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思想対策 (その三) 情報局総裁 伊藤述史

 二回に亙つて思想対策のことを御話し致しましたが、それは主とし
て消極面でありまして即ち検閲取締と云ふことが主であつたのであり
ます。しかし思想対策は消極面だけでは駄目でありまして是非積極面
にも及ばなければ十分で無いのであります。
 総ての思想的現象に対しまして之れは良いとか、悪いとか云ふだけ
では、それは思想の発生を待つて初めて採れる方法に過ぎないのであ
ります。取締を致します反面には是非取締当局としてその適当、必要と
信ずる思想の伝播なり、宣布をしなけれぼ完全とは言へないのであり
ます。国内だけのことでありますと、消極的対策ばかりでもやつて行
けないことはありませんが、国外に対しましては消極的措置は思想対
策としては価値が少いのであります。国外に向つて共産主義は反対だ、
三民主義も改訂を要するなどと申しましても、それだけでは不十分で
あるばかりではなく、効果は無いのであります。排斥し反対する思想
の代りにこれこれの思想が適当であると積極的に表示、宣布し之れを
成程と云ふやうに説明して行くところに初めて対外思想対策の効果が
現はれるのでありまナ。勿論之れは対外関係には是非無ければならな
いと云ふことを申したので、国内でも亦同様のことが言へるのであり
ます。
 世界各国ともかかる対策を考へて海外に思想宣伝をしてゐるのであ
ります。同時に国内でもやつてをります。度々申すことでありますが
暦で申しまする第十九世紀は欧州が世界を風靡した時代でありまして
之れは主として物質的方面の優勢に基因したのでありますが、之れに
伴つて思想方面にも亦欧州の考へ方が世界に伝播したのであります。
之れは物質方面か表明しまする科学主義と思想方面の基調であります
る人権主義、自由主義が代表的なものであります。之れが政治上では
民主主義自由人権思想となり、経済方面では自由競争、自由貿易と云
ふやうな形式で伝播されたのであります。欧州の物的勢力が優勢であ
りました関係上、思想方面でも当然のことのやうに考へて之等思想を
受け入れたのであります。政治上の優勢は往々思想的支配をも伴ふと
云ふことを申しますが、その通りであつたのであります。
 之れが先回の欧州戦争で崩壊し初めたのであります。欧州の優勢は
物的方面では米国に凌駕せられて来る、政治的には日本が現はれる、
加之欧州自体の内部に於きましても従前のやうに思想、政治、経済各
方面に統一的風潮が消えまして反対の傾向が各所で著しくなつて来た
のであります。第一はソ聯を中心とします共産主義、第二が伊国を中
心とします「ファシズム」、第三が独逸を中心とする「ナチイズム」と
云ふ風に従前の統一された欧州に以前と異つた考へ方が対立を見るや
うになつて来つたのであります。米国や濠洲などでは欧州の後継者で
あるやうな態度を取つて来ましたが、我が国は満洲事変以来思想方面
にも亦我が国独自の伝統、更に之れを普遍化すると云ふ考へ方が著し
く擡頭致しまして皇国または皇道と申して独自の立場を宣明するに至
つたのであります。
 右のやうに大観しますと現時の世界は政治、経済上のみならず思想
的にも相対立した思想系統の同時的存在と云ふ状[ ]にあるのでありま
す。英米は国内では宣伝の必要も少ないのですが海外に向つては民主
主義を宣明して居ります。其宣伝が近時弱くなつて来たことは民主主
義だけでは駄目だと云ふ証拠であります。之に反して、ソ聯、伊国、
独逸其考へ方が新しく出来ただけあつて国を第一とし国外にも其依つ
て立つ思想形態の説明宣伝をなしてゐるのであります。特に共産主義
に関しましては説明しなくてもよい程明瞭であります。独逸やソ聯の
新聞紙を御覧になればすぐ之れが明瞭になります。外国の記事は少な
いが、其の代りに共産主義や「ナチズム」の国家生活各部門に対しま
する応用なり、適用なりに関しまして記事を沢山出して居ります。又
世界の事件に関しましても其立場からしました解釈を示して、間接に
其主義を宣伝してゐるのであります。国内の報道は殆んど其の国の政
治方針の説明で埋まつてゐると云つてよいのであります。
 之れ迄説明してまいりますと、我が国に於いて為すべき思想対策の
積極面は如何なるものであるかと云ふことは説明しなくとも皆さん方
の脳裡に明瞭であると信じます。我が国の依つて以て立ちます大精神
即ち肇國の精神に外ならないのであります。換言致しますれば「國體」
と云ふ二語でつきるのであります。従ひまして我が国の内外に対して
致しまする思想政策の積極面は「國體明徴」と云ふ以外には何物も無
いのであります。
 このことは当然すぎる程当然でありますので、我々の中でも当り前
のやうに考へて一層深く考へ、研究をすることが十分では無いやうに
思はれるのであります。独逸でもソ聯でも如何でせう。其の根本主義
を政治、経済、文化各方面に関係して適用し説明し宣伝してゐるので
あります。更に進みましては学問、藝術迄其の根本思想によつてやり
直さうとしてゐるのであります。でありますから思想方面に於きます
る論議も相当盛んに行はれてゐるのであります。之れを日本人が見て
成程と思つたり、思想的活溌さを感心したりするのであります。何も
私は之れを悪いとは申しませんが、外国の方を感心すると同時に我々
は果して如何であらうかと云ふことを今一層否以上検討して見る必
要はないでせうか、私は其必要が切実であると信ずるのであります。
 我が国では数年来幸ひ國體明徴が唱道され初めまして一時は相当一
般の関心を買つたのでありますが、現在は如何でせうか。昨年秋新体
制運動が起りました時には多少再興したやうな様子がありましたが議
会以来又何んだか関心の中心から隔れて来たのではありますまいか、
各位の御考慮を願ひます。
 國體明徴と云ふことは単に政治方面のことばかりでは無いのであり
ます。経済、思想方面は勿論日常生活に迄之れを押し広めまして国民
生活の各部門に亙りまして其の考へを徹底さすことが必要であります
が果して其れをやつて居りますか、之れは御互ひのことでありますか
ら、御互ひで考へなければなりません。口には國體明徴を唱へまして
も、一たび経済問題になりますと、不相変十九世紀の欧州思想によつ
て支配され、又之れを金科玉条と考へてゐる人は無いでせうか、若し
ありますれば之れは経済方面にはまだ、國體明徴が徹底してないと云
ふ証明になります。何も経済方面には政治方面程此の点が明瞭に行く
とは考へませんが、併し、根本思想は明瞭になるものと考へます。文
化方面も亦同様であります。之れは其の道の先覚者が國體の根本を考

へられて其れを文化の各方面に及ぼしまして、藝術は斯く斯くである、
文学は斯くあるべしだと云ふ風に案出即ち演繹致しまして、之れを大
衆なり又其の道に従事してゐるものに知らしめ、研究せしめて行くと
云ふ風にならなければ出来ないことであります。従ひまして実際には
各方面に於きまして偉大なる人間の出現を待つて初めて出来ることで
ありますが、併し理論上も実際上にも国民は常に其れを心懸けてゐる
ことが必要でありますと同様に、政府に於きましても亦其の立場で奨
励なり、後援なり、援助なり、助言なりをすると云ふことにならなけ
ればいけないと信じます。
 之れが私の申しまする思想対策の積極面であります、従来とても政
府は之れをやつてゐたのでありますが、私は現時のやうな状勢下に置
きましては一層明瞭に、一層系統的に、更に組織的に進まなければな
らないのだと考へてゐるものであります。然らば之を具体的に云へ
ば如何なることかと云ふ問題になります。此の次に例を以て其一端を
申上げることに致します。

  (七月十二日放送)