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文化政策講話

思想対策 その一

情報局総裁 伊藤述史

 文化政策と申しますと藝術に関しまする以外に、さらに学問、思想
といふ方面まで及ぶのでありますが、かくなりますと、範囲が余り広
くなりますので、普通之等は思想問題と云つて、別に取扱つてをりま
す。ただ便宜上の区別に過ぎません。
 思想問題といふことは、近年非常に八釜しくいはれることでありま
す。それと関聯しまして、思想戦といふことも、よく問題になります。
即ち現代の如き総力戦は当然思想戦をも含むものであるといふ意味で
云はれることが多いのであります。之れは敵国または相手国の人間の
思想上に動揺を起させまして、抵抗意識を弱くするといふ意味であり
ます。茲で思想戦と申しますのは、思想に対して反撃するといふこと
で、両々相容れない思想が対立、争闘すると云ふのとは、多少意味が
違ふのであります。勿論両方の場合を包含することもあります。兎に
角思想戦と云ふ意義は、以上の外に思想が対立して相あらそう、即ち
二つの相容れない思想の同時的存在によりまして、その間に争闘が起
る。之れが正当なる意味で思想戦と申すのでありまして、それは国内
で起ることもありまするし、国と国との間に起ることもあります。
 近代の表現形式を用ひますと、或る国民が国家を組織してまいりま
す場合には必ずその国家建設の根本思想があるのであります。欧州の
国家は昔からの継続のやうに見えましても、なほこの根本思想は近代
国家にもあるのであります。殊に北米合衆国などになりますと、その著
しい例をなしてゐるのであります。その建国の根本思想は、フランス
の革命で明瞭にされました人権自由思想であります。南米諸国の独立
宣言をみましてもこの点は明瞭になつてゐるのであります。東洋諸国
でも同様であります。我国に於きましては之れが肇國の精神といはれ、
神道といはれ、最近は皇道といふ文字が使はれてをりますが、明治の
初年には之を「惟神の大道」といふ文字で示されてをつたのでありま
す。非常に荘厳なる称呼であります。このやうに人によりまして、時
によりましていろいろな文字で表現されてをりますが、その内容のい
かなるものであるとかいふことは、日本人である以上何人も知つてゐ
る國本の思想に外ならないのであります。
 この惟神の大道は建国から今日に至るまで厳然として存在いたして
居るのでありますが外国からの思想が輸入されましたり、又思想界の
混乱と云ふことを見るやうな場合には思想戦が起つたと云ふことは歴
史上明瞭なる事実であります。皆さんの記憶を呼び起す為めに簡単に
申上げますと第一に仏教が輸入されましたときに、詳しく申しますと
仏像が百済から献上されましたときに、之れを拝するか否かと云ふ具
体的な問題を契機としまして思想戦がおこつたのであります。此時に
は思想戦は政治争闘となり民族の消長にも影響したことは申し上げ無
くとも御承知のことであります。それから大化革新後一時反動的な傾
向が見えましたが思想戦と云ふ所迄行かなくて済みましたが段々と時
代が進みまして 土御門天皇から花園天皇頃迄の所謂鎌倉時代になり
ますと当時の思想界には仏教各派の間に非常に盛なる此思想戦が行
はれたのであります。之れは前の場合の如く全然相容れない両思想の
対立と云ふよりもむしろ仏教と云ふ一の思想系統の中にありまして其
主張なり、解釈上の争闘と云つた方が適当であるかも知れませんがと
にかく、外観的にも内面的にも思想戦が起つておつたのであります。
之れに次ぎまして御承知の通り北畠親房卿の企図なども考へられま
すが、矢張後奈良天皇の時代。即ち戦国の末葉になりまして、基督教
が輸入されましてから生じました思想戦に移つてくるのであります。
この時には思想戦は兵火を交ゆるやうな騒動も惹き起しましたし、遂
ひに御承知の如くバテレンの禁止、鎖国といふところまで発展したほ
ど、重大なる影響をもたらしましたことは御承知の通りであります。
その後徳川幕府政下では一方におきましては排仏、他方又排儒と云ふ
形式で思想戦が行はれたのでありますが、之れは多く学者間の論争で
ありまして政治上や又社会面には当時は、非常に重大なる影響を及ぼ
したと云うことは考へられぬのでありますが、然し之れがやがて明治
御維新の導火線となつたと云ふことは、誰も異論がないところである
と存じます。この対キリスト教反対と云ひ排仏儒と云ひましても、之
れは相容れざる又は相容れずと、思考せられました思想と、我が国の
惟神の大道との間の思想戦といつてもまちがへはないかと考へるので
あります。
 明治以降に於きましては、大正の後半から昭和の初めにかけまして
いはゆるマルキシズムの流入伝播、これと関連いたしまして共産主義
の侵入といふ現象がありましたので之に対しまして思想戦が行はれた
のであります。或る意味で申しますと現在まで之れが継続してゐると
いふことができるのであります。
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 以上大体我が国に於きまする思想戦の歴史上重要なるものを述べた
のでありますが、今後に於きましては思想戦は常に行はれるものと考
へなければならないのであります。その理由はこの現在のやうに交通
機関が発達して参りまして、人間や物資の移動が容易になりましたば
かりでなく、思想、学問といふものは、人間や物資の移動と関係無く
つて[ママ]移動されるといふふうになつて来た時代でありますからして、思
想はこの前も申しましたやうに、空気のやうに到るところに侵みこん
で来るのであります。外国の或る地方で発生しました考へ方、物の見
方、生活の仕方、信仰の形様などいろいろな思想の表現はまたたくう
ちに、世界全体に伝播せられたといふのが、現在で之が世界の客観状
勢であります。
 右のやうな客観状勢、即ち世界の実状に鑑みまして我が国と致しま
しては、常に注意をしなければならないといふことは当然であります。
すなはち諸外国否世界全体から種々の考へ方や物の見方、即ち千差万
別の思想が、我国にも流れこんでくるのであります。之れは抑圧するこ
とが非常に困難であるといふことでありますからして、之等の流れこ
んでまゐりまする思想を検討して見なければならないのであります。
この流入思想の検討といふことが第一に考へられる方法、措置であり
ます。この検討といふことはなかなか容易なことではありませんが、
是非やらなければならない必要なることであります。その次は慎重に
検討しました結果によりまして、或る特定の考へ方、或ひは物の見方
等が、その呼び起しまする連想なり、また与へまする影響なり、また
その目指しまする到達点なりを考察しまして、之れは有益であるとか、
或ひは無害であるとか、または有害であるとか、さらに進みましては、
危険であるとかと云ふふうに分類されてくるのであります。之れは流
入思想の系統立てといつてもよいのでありまして、既に批判といふこ
とになつて来るのであります。批判である以上その標準を必要としま
すのは当然であります。この標準は我が国では申すまでも無く先に申
しました惟神の大道といはれたやうに、肇國の精神であります。而し
てこの批判の道程を経ます、とその次に来りまする第三の階段はいは
ゆる取締といふことになつてまいるのであります。有益なるものは奨
励いたしまするし、無害なるものは放任してもよろしいし、併し有害
なるものは禁止しなければならないし、さらに危険なるものは弾圧し
なければならないといふふうになつてまゐるのであります。これがい
はゆる取締であります。もちろんこの治安の維持とか、文化の発展だ
とか、国策の実施などといふ諸種の観察点からみまして、多少の相違
は生じますけれども、その根本には差異はないのであります。すなは
ち統一せられました標準から之等の思想に判定を下すのであります。
 現在のやうな世界の実状では、いたるところ各国とも外国から入つ
てまいりまする思想に対しましては右申しましたやうに、一定の措置
を採ると云ふことが普通であるのであります。また採らなければなら
ないのであります。之等の措置を称しまして思想対策と申すのであり
まして、政府として見ますとこの思想対策を第一には検討、第二には
批判、第三には取締といふ順序になるのであります。第一と第二を合
しまして、普通我が国では検閲といふ名で呼んでゐるのであります。
第三は一般に取締と申してゐるのであります。この検閲と取締とが外
国から流入しまする思想に対する措置であります。これは外国から域
る思想が流入しました直後に行はれることもありまするし、またそれ
て[ママ]我が国内で現に一定の形態、或ひはまた表現形式を取るやうになつ
た後で、始めて行はれることもあるのであります。とにかくその措置
の前後は別と致しまして、国家存在の為めには、これらの措置は是非
行はなければならないところであります。
 ここではいま申しましたやうに、外国から入りまする思想に対し、
いづれの国でもとりまする措置に関しまして、ごく簡単に申しました
わけであります。つぎに之に関連した問題をお話することといたしま
す。

(六月二十一日)