颯爽と歩きませう
歩くのは、身碩を鍛へるに犬襲
長い運動だといふことほ、前にこ
の闘民粛本で申し上げましたが、
今周はこの歩くことについて、少
し重代しく申し上げることに致し
ます.
昇】線に立つにも、銃後で抑寧
公†るにも先づ土基となるものは
健庚であのます。何確も触放に注
意して身捜を鍛へておくことが肝
心でありますが、毎8忙しい仕事
を持づてゐますと、特に超勤をす
るといふことほ、いろいろの耕掃
から溌磨抑串としては赦しいこと
であります一
そこでこの歩くといふ−」とが、
格好の猥湖上1て残り上げちれて
ゐるのでありますが.これなら碓
にでも出来ることでありま†。歩
くことほ、ただ足はかりの超勤で
ほなく、全身の項勤になるのであ
りまして、胃腸の作用が盛んにな
つて渦化を助け、また全身の血の
めぐりが上くなりま†。それから
また清い多気を駒一杯†つて歩き
ますと、自顔に晰が弼くなるし、
皮膚も覗くなるのであります。そ
の上、歩くことは全身を捷ふ濯勒
でありますから、轟勢も大野よく
々るのでありまナ。それにぜたこ
の歩いたため疲れましても、ニの
破れは大変早く快復するものであ
りま†。
かう考へま†と、歩くといふこ
とは揺に女流な運動であると申さ
なければた勺ません。それだのに
現代のやぅに機械が褒鐘し、汽車
があり、電革があゎ、鎖動和があ
るといふ粒の吋になりますと、私
凄は8鈴歩く槻曾女失ふことにな
るので易々ま†.特に.都曾では
交通槻開が非常に裁放してを力ま
すため、別に急ぎの用でもたいち
よつとした用達にも魂物を利用す
ることになり、そのたあ抄く力を
決って凍てゐるのであります。都
身の人が、一般に蔽いといはれて
ゐる廊樹の一つほ、かうしたとこ
ろにあるのであ々まn。
今日皆様におナすめしtいの
は、正しい歩き方で親炎色艶くこ
とでありますが、この場合大切な
ことは、歩く場合には姿勢を正し
くするといふことで、止地の婁弊
は正しくしておかなければなゎま
せん.
れ⊂敬川兜つ州を鑑直ぐにし、鞠
覗か伸ばして、扱く引きしめるや
うに致します.そして胃は前方の
やや謁めのところに注ぐやうに
し、肌H心もち張り気味にして暇
に力を入れて歩くのが、正しい歩
き方であります。
岬は引ずつたり、払がいつも地
つたままだつたむするのほエくな
いので、足は私党を渥直ぐ前にむ
けて、一木の椒の邦伽をふむやぅ
に歩くことが大切であ勺ます。睦
は、胴が地につくときと、後脚が
地仙むほなれる時と二岡完全に伸
びるのがょいのであゎま†。
榊婦人方は、外輪にお歩きにな
るのが殆んど全部であわます。こ
れほ槻袈や繁の粥掃から氷たもの
でせぅが、正しい樅硫な歩き方と
は吋されません.
故に碗の耗勺方で†が、これ株
碍の力を抜いて灼然にたれ、仰の
窪びに合せて短く前頓に載るやう
に†ることが大切でありま†。牢
(34)
ナるに正しい革弊でh滑らかに足を
鶏び.執爽と力強く歩くのが正し
い歩き方であ〜まナ.
亡の正しく歩く場合の一魔の標
革を申し上げますと、軍除で歩く
沌さは一分間に宵十四歩、歩哨は
儲から也まで七十正確、つまり杓
二尺五寸とされてを巾ま†が、普
汲−般に大人は、特別に物をもた
ないで平地を渉く場合は入十野
へ約二尺六寸充分)から入十茄楯
へ約二尺入寸)の沙塙.歩数は一分
聞に訂廿歩から古二十五少が鵡常
の標泄−しなつてをりま†。御婦人
の方は、歩哨は七十茄騨(約二尺方
寸レから八十桐へ約二尺六寸五分)
歩数にして山分胤に百二十茄少か
ら首升少位が標準とされてゐま
ナ.この位の沙数と少幅で沙きま
すと、姿勢も上くなりまして、湿地
として大盤放浪があるのですが、
この標準に上りますと一分聞に凡
そ首米.十分間に一キP、従つて
四キー、つまり−亜を四十分から
四十五分位で歩くことになりま
・T.
併し、この正しい歩き方も.歩
いてゐる内に、自然に骨得される
ものでありまして、正しい歩き万
は歩いてゐる内にH然に貼れて来
ろものであります.Hの評論より
兜行都「努めて歩くや、つに激し
ませう。この一渉一沙がと巾もな
ほさず、酢進H木の闘民生晒をお
しす†めるのだといふ藩気と薄び
キ似て歩きませう.
そして沙いてゐる場合は、雑念
をはなれて.注意力影鮎申するや
ぅ仁政しますと、同時に糾帥む鍛
へることになるのであります。
我が国では、背から渉くことは
身心を鍵へる方法とトて、輝く抒
ほれてゐたのでありま†。お功さ
んや歌人や俳人の行脚巡歴、さむ
らひの武者修築、一粒の人の遍路
也鵡など、日本人は青から盛んに
歩いて身心をきたへたものであり
ます。族に出て天地山然の聞を歩
きまけることによつて、武士ほ劇
を錬り、俳人は俳句を恢へたもの
であります.芭蒲や西行といふ人
は.賢に徹底的に一生を歩きまは
った人であります.俳教でも特に
行脚といつて歩くことを尊びます
が、これについてはかういふ話が
あります.
譲南行脚の一人の坊さまが、
野中の一木温を。ぽくぼく歩い
てゐるゥすると向ふから二三人の
雲水が衆た。たまたま橋の庶中で
出建つた。と、一人の雲水が突然
雑作岡谷をきりだした.
「この河の傑さはどれ狩ぢやJ
つま巾仰教の探さ計聞ふたのであ
ります。
ところが拙さまは、
「休演の探さは、頭の中でこわく
ってゐては分らね。射ら瀕さを知
れ」と許り一喝しまたスタスタと
歩きだしたといふ話があります.
名高い祀宗のお堵さんたちの天
地をヤのみにするやうな東映と
か、瑞伏きほまろ出鶴見の耐影は、
かうして歩くことによつて、身盟
をさたへ、肝玉を鉄つて贅はれた
ものであります.
日本人は、一万来自然を愛し、歩
くことを柴しんだ留民でありまL
て、物見とか遊山また革社中とか
横銘などが幽放で、紳敵やお寺に
まいるとか、お山に参詣†ること
を盛んに行つたのであります.
ひとりで歩く⊥りも、友達とl
紹に幽捜で渉きますと、その難し
みは一層潔くなり、自然にお互に
純じく†乙粍紳も養はれることに
な巾ます.職場とか、粥組などで、
この沙く−」とを、一つの行#とし
て横行†るやうに致しますと.た
だ身飽に良い許りでなく.喝性と
しての訓練が出来ることになり.
大酸意義のあることであります.
最後に禍鮫で歩く場合の心得を
申し上げますと、左側通行み守る
ことほもちろんであ〜まナが、照
くもない正を、荘一杯に溝に並ん
で歩くのはさけるやうに致しませ
ぅ.〓人まではよいとして、それ
以上になりま†と、縦に長くなつ
て歩くやうに致しませう.また歩
(ご娼)
きながら埋草を†つたり、物をた
べるのほ措心したことではあ♪ま
せん.温には俵や革む吐かないこ
と、温を汚さないこと、自然の世
界を愛Lて草木を折つたりなどし
ないやうに致し菅せう.かうした
ことはいまさら申し上げるまでも
あゎませんが、姥念ながら、まだ
ときどきないでもないやうです.
皆が轢Tく愉快に歩くためにほか
うした心得は、きはめて肝心なこ
とであり」す.すべてが一億小心
力む合せて行く時でありま†.皆
が愉快にやつてゆけるやぅお互ひ
に菊をつけませ`鈍れ立つて歩
くときは.覇だつた人なゎ、また
建れの人がお互ひに気をつけ合つ
て、柴しくそして組吠と妙くこと
に致しませぅ。
(六月十二日放送)