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国民防諜 内務次官 萱場軍蔵

一、本日から向ふ一週間を防牒週間と定め、全国内外地の大部分に於
いて、防諜実践の強化運動が行はるることになつたのであります。
我国は、其の国境の関係もありまして、従来、防諜と云ふことに就
いては比較的無関心であつたのでありますが、この重大時局に際会
し、之を強化することの甚だ緊要なるものがありますので、今回岡本
運動を実施して、官庁官衙を初め、一般国民に対し防諜思想の啓発
普及を図ることと致した次第であります。
二、従来戦争と謂へば、宣戦布告を俟つて軍人が戦場に戦ひ、国民は
銃後に在つてその成敗如何を見守つて居ると云ふ、所謂武力中心の
戦争が行はれたのでありますが、今日に於いては、独り軍人のみな
らず、国民の総意総力を綜合して戦ふ、所謂総力戦の姿となつて参
つてゐるのであります。
 国民はお互ひ銃後にあつて、常に思想なり、経済なりの戦争をつ
づけ、国家の目的遂行の任に当つてゐるのでありますが、而も一旦
武力戦が開始せられますると、この方面の戦争も勢ひ深刻且つ大規
模になつて参るのであります。今、日本は東亜新秩序の建設を目指
して聖戦既に五年、常に輝かしい戦果を挙げつつありまするが、こ
の戦果の蔭にはまた深刻極りなき思想、経済の戦争があり、而もそ
れは銃後にある国民男女一致して力戦奮闘しなければならぬもので
あります。
三、しかしてこの思想なり経済なりの戦争は、実にあらゆる型態を以
て行はるるのでありますが、其の中には真の目的を隠して行はるる
所謂謀略的部面が頗る広いのでありまして、これを普通秘密戦と称
しこの秘密戦に対する防衛を「防諜」と謂ふのであります。従つて、
「防諜」は直接砲弾の危険に曝されて居ない銃後国民が、第一線将
兵と同じ気持ちで闘ひ抜かねばならぬ戦ひでありまして、実に総力
戦に於ける銃後国民の国家的実務であると申すべきものでありま
す。
四、秘密戦は如何にして行はるるかと申しますれば、先づ情報を探る
と云ふ意味に於きまして「諜報」と云ふことが第一に行はるるので
あります。これは綿密な組織と巧妙な方法によつて、あらゆる情勢
を探知蒐集し、その得たる情報は戦争全体を自国に有利に導くため
に活用するものであります。従つてこの諜報は秘密戦のうちでも最
も重要なものであります。
 次に、極めて自然のうちに、敵国の政府または国民の気持ちを、
自国の為に有利に展開せしむるいはゆる宣伝でありまして、或は映
画演劇を初め図書出版物からラジオに至るまで、あらゆる方法機会
を利用致しましてこれに力を注ぐのであります。
 それから又直接相手国の戦闘能力を破壊する目的を以て企てられ
ます謀略と云ふ手段があります。これは主として放火とか暗殺とか
云ふ兇悪な手段を秘密の中に計画するのであります。
 秘密戦の手段、内容かくの如くでありますからして、従つて防諜
の心構へとしては、以上の諜報、宣伝及謀略の各種手段に対して、
それぞれ必要な要心警戒をすることが必要になるのでありますが、
総力戦の分野が広汎になればなる程、この秘密戦の分野も亦、次第
に広汎複雑となりまして、今日では内政、外交、軍事等の各方面に
亙り、又国民の生活態様から感情に至るまで、あらゆることが、秘
密戦の目的、対称となつてゐるのであります。
五、かくして、広汎なるこの秘密戦に於いて、敵性諸国の諜報、宣伝
謀略等の入り込む余地を与へず、国家防衛の実務を果すためには官
公衙や会社、銀行、工場等は勿論、一般国民もよく秘密の保持に専
念し又軽々しく敵の宣伝に乗らず、或は敵の謀略を未然に防止する
の覚悟と用意とを整へて置かねばなりません。
六、防諜は決して「物を云ふな」とか「黙れ」とか云ふ単純な性質の
ものでほありません。
 もつと広い国を守る手段方法であります。従つて、この防諜の実
践のために何を実行し、何を励行すれば良いかと云ふことになりま
すと、官公署団体等に於けるいはゆる防諜措置の励行は、勿論必要
でありますが、これ以上に必要なことは各自の生活を反省して、こ
れに自律自粛を加へ、節度あり、秩序ある生活態度を指して、敵国
の諜報活動の手先として使はれたり或は無意識の間に之に利用さる
るやうなことのないやうにすることが、肝要なのであります。
 かく申しますると、防諜とは如何にも窮屈の様にも考へられます
が、苟くも戦時下総力戦の一瑞を担ふ国民としての自覚をもちます
るならば、その非常時的自覚に依り生活を自省し之に節度を加へる
と云ふことも、明るく愉快になし得らるるのでないかと思はれるの
であります。
 防諜はかくの如くその国民的自覚に基く生活から初まるものであ
りまして、徒らに外国人を排撃したり、之を冷遇することではない
のであります。否、かかる少国民的態度は寧ろ厳に之を慎むべきこ
とであるとさへ云へるのであります。
 彼此よく思ひ合されまして、真に正しい防諜の観念を養ひ、国民
の総力をあげて戦ふこの秘密戦に鉄壁の強陣を堅持し、以て興亜の
大使命に邁進せられたいのであります。
 防諜週間の最初の日に当りまして、些か防諜の趣旨とこれに対す
る態度についてお話を致したのでありますが、本週間をして現に週
間だけのものとして終らしめず有意義に終始出来まするやう、御協
力をお願ひ致す次第であります。  (五月十二日放送)