健康報国      厚生次官 児玉九一

 今回全国的に行れました第四回健康増進運動の第一日、四月二十八
日は畏れ多くも 皇后陛下から結核予防に就いて優渥なる令旨を戴き
ました日でありまして特にこの日を第一日とし、運動の主眼点を結核
撲滅母性及び乳幼児の体力向上、国民の栄養改善の三つに置いたので
有りますが、本日運動期間を終るに当りまして、以上の三点につき平
素の考へを申述べたいと存じます。

 申す迄も無く、国家が発展致します為には、国民の精神が正しく強
く明るくあることが必要であり、その上に国民の体が強くなければな
りません。今度の事変が起りまして以来、戦線に働かれる将兵の方々
も、銃後の護に従つてをられまする国民も互ひにがつちりと手を組ん
で、一糸乱れず御奉公を励んでをられまする状態は、さすがに日本国
民だなと思はれるのであります。然るにそれが一たび国民の体力につ
いて考へますると、遺憾ながら欧米の諸国に比べて、劣つてゐる点が
少なくないのであります。
 元来我が国の出生率は、他国に比して非常に高かつたのであります
が、近年幾分づつ下つて参る傾向を現はし、なほその上に心配なこと
は死亡率の高いことでありまして、しかも結核で死亡する者と乳幼児
の死亡が非常に多いといふことであります。
 先づ結核についてでありますが、近年国民の体力が以前よりも下
つたといふことの原因は、主として結核の蔓延に因るのだといはれて
をります。最近十箇年に於ける国民の死亡の原因を調べて見ましても、
結核が一番大きい原因でありますのみならず、年々それが殖えて参る
のであります。現在全国に於ける結核患者は驚く程多いのであります
が、殊に恐しいことには好んで青壮年の人達を侵します為めに之等の
働き盛りの人達が元気を失つて活動が出来なく成り遂には生命を失つ
てしまふ者が非常に多いのであります。このやうなわけでありますか
ら、政府も特に結核の予防撲滅に尽力をしまして、結核療養所、保健
所、健康相談所等を設け、結核予防会等と呼応して一面には蔓延を防
ぎ、一面には既に侵された人々の回復に努めてゐる次第でありまする
が、速かにこの目的を達します為めには、どうしても一般国民諸君の
結核に対する理解と確かとした覚悟を要するわけでありますから、是
非共国民一致の御協力を願ひたいと存じます。

 さて次の問題は.母性竝に乳幼児についてであります。我が国は死
産の多いことと、乳幼児の死亡率が高いこととは.世界に類の無いほ
どでありまして、人口を増加する為めには、どうしても母性の健康を
進めて、死産を防ぎ、出生率を高めることが必要であります。と同時
に一且生れました子供は、一人たりとも亡くさぬやうに丈夫に育て上
げなければならぬのであります。政府に於きましてはこの点に鑑みま
して、一昨年来全国の生後満一ケ年以内の乳幼児について、その健康
状態を調べ、必要な注意と適切な指導とを与へてゐるのでありますが
国民諸君に於かれましても、死産や乳児の死亡の多い原因を能く御考
へに成りまして、母性の健康、乳幼児の育て方等に就いて、十分の御
注意を願ひたいのであります。
 次は国民栄養の改善でありまするが、国民の体力に重大な関係を持
つてをりまする栄養は、之を常に改善して、体力の増進を図らねばな
らぬのであります、殊に国民の体力が幾分でも下り、また時局の関係
で食糧の上にいろいろな影響を来しつつありまする現状に於きまして
は、一層その必要を感ずるのでありまして、栄養の摂り方について新
らたな工夫をしなければならぬのであります。食物の必要なる分量、
種類、その食べ方といふやうなことに、十分注意して、必要以上に沢
山食べるとか、食品の組み合せのわるい為めに過不足を生ずるとか、
または噛み方が不十分な為めに必要な栄養分を逃して了つたりするこ
との無いやうにして、食量[ママ]の無駄を無くし、益々健康を増進するやう
に致さねばならねと存じます。

 今回の健康増進運動の実施に当りまして、国民諸君の真剣な御協力
を得ましたことは、誠に感謝に堪へない次第であります。

 申すまでも無く、国民体力の向上は、国防の強化も、生産力の拡充
も資源の開発も、文化の向上も、あらゆる方面の基礎と成るものであ
りまして、その事の重大であればあるほど一朝一夕に目的を達し得ら
れるものではありません。

 どうぞ、今回の運動を長い鎖の一つの環と御考へに成りまして、常
にこの運動を続けてゐるといふ心持で、努力して下さることを切に御
願致します。之を以て私の御話を了ります。

                  (五月七日AKより放送)