国民精神の高揚と結束 情報局総裁 伊藤述史
さきに二回に亙つて我が国国内情勢を検討して見たのであります。
而して到達した結論は第一に現時は開国以来の難局でありますが、そ
の依つて来る最大の原因は国際情勢である。而して国際情勢は何れの
方面を見ても急に好転しさうな様子ではない。相当継続するものと見
なければならぬ。結論の第二は国際情勢の為め我々の直面してをりま
する国内の非常時色は、人的資源の方にもありますが、主として物的
資源の方面に現はれてゐるのであり、さらにその上に高度の国防国家
体制を樹立しなければならない急務があるのであります。之れが我が
国現下の実状であり実相であります。
右のやうな国内外の実状に対して、国民の考ふべきことは第一にそ
の実相即ち現実を認識することであります。盲目では駄目であります。
我々の有する理性によりまして現在の我が地位を良く理解することが
肝要であります。之れは容易のやうで実際非常に困難であります。世
間では不知の為め日支事変は早く終了するのだらうとか、蒋政権と和
平をやれば良いじやないかなどと云つて、物事を判断する人もありま
す。之等は国内外の情勢を良く認識してゐないところから来るもので
我々の持つてゐる知性を十分に働かさずになす判断であります。我々
は現在のやうな難局に立つて国運を進展せしめて行く為めには、国内、
国際の情勢を良く検討し、理解した上で決心もし、国策も定めなけれ
ばならないのであります。無知盲目はこの聖代では許されないことで
あります。この点から見て我の欲すると欲せざるとに拘らず現時の国
際情勢は相当継続する、国内の非常時性も続くものであると云ふ現実
を良く認識しなければならないのであります。
之れは理由なくしてただ慢然と単にかく考へるといふのではありま
せん。既に数回に亙つてこの土曜放送で申し上げたやうに現実を分析
解剖して研究した上で出来た結論であります。国民は現実を理解した
上で、その心構をきめなければならないのであります。盲目的覚悟で
なく、迷信的決心で無く、認識理解の上に立脚した覚悟、心構へが必
要であります。
国民がこの心構へを持つことが必要であると同時に、政府としても
亦時局に対応する措置に万遺憾なきやう努力する任務があるのは当然
であります。先づ以上述べましたやうな国際情勢でありますから、之
れを我に有利に転開して行くことが第一であります。之れは外交の任
務であります。第二には国際情勢から生じました国内の難局を除去す
るか、それが困難なれば出来る限り緩和する方途を講ずることであり
ます。詳言しますれば国際情勢から来た国内の人的資源の調節を行ひ
且つ物資資源の方面に於いては輸入困難となつた物資に関しては、他
方面より求むるか、または之れに代るべき措置を講ずるとか云ふこと
であり、また高度国防国家体制樹立の為めに、必要な諸般の設備や機
構を按配することであります。
右のやうな外交なり、内政なりを実行致します為めに、必要なる国
策を樹立しなければならないのは当然であります。之れは政府の任務
であります。而し国策を立てましても、それを実行するに当りまして
は、国策の樹立だけでは困難であります。国民が理解を以て之れを受
け入れ、その実現に協力すると云ふことになつてゐなければ出来ない
のであります。国民の心構へが前提となるのであります。
或る土曜放送で申上げましたやうに国家総力戦で最も必要なのは国
民の精神力とその結束であることを「ルーデソドルフ」将軍が高唱し
てゐるのでありますが、之れが丁度現在日本の必要としてゐる前提要
求であります。外交上に於いて適宜の措置を講じ、国内に於いてもま
た人的、物的資源の調節をしたり、高度国防国家体制を確立したりす
る為めには、国民の精神力が発揮され、国民の精神的結束が強固とな
るといふことが、絶対的に必要な前提であります。このことなくして
は非常時国策は実行出来ないのであります。人間は動物であるなどと
いふ人もありますが、人間は精神力であります。精神力で動き働くの
であります。国民各々の精神力が高揚され、而も国民全体が精神的に
結合するに非ざれば、非常時国策は実行出来ないのであります。であ
りますから国際情勢から来る我が国現下の難局に対する諸国策も、そ
の実現にはこの国民精神の高揚と結束と云ふことが、前提となるので
あります。現下の日本としては之れが絶対に必要でありますから、如
何やうにしても之れを実現しなければならないのであります。
国民精神の高揚と結束とを実現するには、方法は種々ありませう。
また方法は国によつても差異はあります。最初に申しましたやうに国
民が国内外の情勢を真に認識し、理解して、それに対応するだけの心
構へになれば、それで理論上は十分でありませう。而し実際はなかな
か左様に簡単には行かないので、種々工夫をする必要が生じ、之れが
実際の政治となるのであります。而して我が国に於いては世界無比の
同盟に則つて、それを実現すると云ふより外に途は無いのであります。
我々国民は世界無比の國體を良く体験し実践してをります。否我が国
で国難のあつた場合には、我が国民は毅然として我が國體の精華を発
揮し、国力を挙げて国難を突破した例は歴史上に明瞭であります。現
在は歴史上度々見たやうな国難の時では無いでせうか。現在は我が国
民が国力を挙げて難関突破に当る時では無いでしやうか。若し然りと
すれば、我が国民に対し、現下内外の情勢を明瞭にして、この際挙国
一致進むべきを慫慂する秋ではないでしやうか。その為めには、国民
各自は不便や犠牲は忍んでも、一致努力する必要はないでしようか。
我々には伝統があります。かかる場合には、我が國體の本義に則つて、
進むべきことを明瞭にし。実行する以外何もないのであります。之れ
が我が国に於ける精神高揚、国民結束のただ一つの方法では無いでし
ようか。
之等の点に思ひを致されて発足したのが、昨年秋から近衛公の主唱
せられた大政翼賛運動であります。当初は新体制運動と称されてをり
ました。その当時は主として初めに申した国策の方面、即ち人的資源
の調節、物的資源の再編成等と云ふ、政治経済文化方面、即ち国民生
活全部門に亙つて従来の体制を新らたにしなければならない、と云ふ
方面から観察され、また考案汚されたので、新体制運動と呼ばれたのだ
と思はれます。ところが研究し討議してゐる内に、新体制運動と云つ
ても、之れをその奥にある精神方面から見れば、何にも新たらしいこ
とは無い。肇國以来ある我が国民精神の高揚と、明瞭化に過ぎないの
であると云ふことが判然とするのであります。即ち我々臣民の立場か
ら考へると、臣道実践と云ふことを完全にし、強化することであると
云ふことになるのであります。近衛公が運動の中核体である翼賛会発
会式の際に、若し綱領なるものが必要であるとすれば臣道実践の一語
でつきると云はれたのも、この点を示すものであり、また運動を大政
翼賛運動と称するやうになつたのも、またこの為めであることが判明
するのであります。
大政翼賛運動に対しましては、反対者もあり議論もあるやうですが
之れは大所高所から物を見ないところから来るのだと思はれます。従
来政治と云へば一定の政見を主張し、相争ふ政党しか考へず、また国
民運動と云へば、精動しか考へなかつたやうな方面から見れば、大政
翼賛運動は政党にしなければならぬ。とか、精動にしなければならぬ
などの議論も出ますが、之れは余り従来の成り来りに捉はれた見方で
あります。
かかる見方をしないで、先づ我が国現在の国内状勢、即ち難局を直
視し、その依つて来る国際情勢を考へ、而も之れに対処し、現下の国
難を突破する為めに諸種の非常時国策の必要を思ひ、之れを実行する
上には、是非国民精神力の高揚と結束の不可欠なることに鑑み、且つ
その実行方法として、我が国本来の歴史を顧みますれば吾々日本人と
して、外国の模倣では駄目で、如何やうにしても我が国独自の方策を
案出しなければならぬと云ふ結論に達すると思ひます。之れが大政翼
賛運動であります。さやうに御考へになれば、この運動の意義や重要
性は勿論、運動の中核体の性質なども自然と明瞭になつてくるのであ
ります。経済や文化方面許りでなく政治方面に於きましても、欧米の
影響を受けて出来上つた考へ方であつたのを、いま一応我が国本来の
考へ方、物の見方に置きなほして戴きたいのであります。さやうに致
しますと大政翼賛運動なるものは明々白々となると考へます。
(五月三日AKより放送)