国内状勢とその原因 情報局総裁 伊藤述史

 さきには国際状勢を御話申上げましたが、適当なる国策を樹立し且
つ国民が之れに対応する心構へを作る為めには、国内状勢を見る必要
があります。之れから国内状勢を検討して見たいと思ひます。
 現在の国内状勢は各方面から見て非常時である、難局にあると云ふ
ことは明瞭で、或る意味では開国以来の難局なりと云へるのでありま
す。各方面に於ける国内の実状とその依つて生ずる理由、または原因
と云ふことを研究しなければなりません。
 我が国家生活の各方面に於きまする時局の具体的表現の分析乃至説
明は、茲に省略します。それは各人が大体承知しをられるからであり
ます。而しその依つて生ずる原因に至つては、之れを討究するの必要
があるのであります。
 この原因は種々ありますが現在に於いてはその主要なるものは国際
状勢と思はれる。第一に現に四年近く経験してゐる日支事変がありま
す。之れを中心として第二は世界動乱があります。特に欧州に於け
る独伊対英戦争であります。第二には右と関聯して米国の態度であり
ます。之等の点を今少し詳細に説明することと致します。
 第一には日支事変は蒋政権の抗日政権の為め、東亜の隣邦が相戦ふ
に至つてから既に四年に垂としてゐるのであります。この聖戦の為め
我が国が動員し現地へ派遣した軍隊は、非常に大なる数字に上つてゐ
ることは周知の事実であります。その為め先づ国内の人的資源、即ち
勤労体制の上に於いて、数的変動を齎らしたことは当然であります。
地方の農業人口の減少、また都市に於ける工場勤労者の入れ換はり等
のことが、その結果として現はれたのであります。人的資源変動から
来る問題が、国内状勢に非常時の色を与へることは事実であります。
加之、多数皇軍の大陸派遣は、之れに必要なる物資を輸送することと
なり、茲に物資の大陸輸送量が増加したので、その為め国内の物的資
源にも影響してゐること之れ亦周知の事実であります。
 第二に欧州の動乱、特に英独戦争とその深刻化及び拡大は、我が国
の国内状勢にも影響するるところ大で、特に物的方面には相当な影響が
あるのであります。即ち従来欧州より輸入してをりました物資の輸入
杜絶と云ふことと、欧州と関聯せる世界の他の地方特に英帝国属領に
於いても、また同様に我が貿易に制限を加ふることになり、我が方の
輸出がとまり、且つ所要物資の輸入が出来なくなつたと云ふのが実状
であります。この輸出入の変動は、茲に数字で証明することはやめる
と致しましても、実際相当重大なる影響を我が国内の工業に与へて
ゐることは争はれない事実であります。
 第三の米国の態度でありますが、米国はその援英政策の為め、我が
方を準敵国扱ひをし、我が方の所要物資で米国から輸入してゐたもの
が、殆んど不可能になつたと云ふ実状であり、且つ加之米国の態度に
ならふ他国もあり、種々複雑な問題を発生せしめてゐるのであります。
 要之、我が国は国際状勢の為めに人的資源に移動を来たし又多量の
物資を必要とするに拘はりませず、外国よりの物資輸入が困難否不可
能となつたと云ふ現状であります。我々は何も物によつてのみ生きる
ものでは無いのでありますが、物的方面の変動は国内状勢に非常時的
な性格を与へることだけは、国民の均しく認識しなければならないと
ころであります。
 右が直接国際状勢から来る国内非常時の理由でありますが、それ以
外に否、それと関聯してさらに之れを深刻化する事情があるのであり
ます。それは現在の欧州戦争が何時拡大されないとも限らない、米国
の政策如何によつては、欧州戦争が世界戦争にも拡大され得る現状で
ありまして、我々としてはかかる場合に対処すべき万全の措置を講じ
て置かなければならないのであります。
 世界戦争の危険性 − 之れに対処する措置、之れは即ち高度国防体
制の完備 − と云ふことが我が国現在の国内状勢を緊張せしめてゐる
のでありまして、高度国防国家体制の確立と云ふことが現下の急務と
なつて参つたのであります。
 以上のやうに我が国は現在開国以来の難局に立つてゐると云ふこと
而もその依つて来る原因は、大部分国際状勢から来てゐると云ふこと
が、厳然たる事実であり実相であるのであります。
 この状勢は永続するものでありませうか、之れに対応する国策は如
何なるものでありませうか、国民の心構へはいかがあるべきでありま
せうか、之等の問題に関しては次に愚見を申上げます。

                 (四月十九日AKより放送)