土曜放送

難局の永続性 情報局総裁 伊藤述史

 現時の非常時局が、続くのであるか否かと云ふことを御話し致しま
す。国民と致しましては、現時の難局が一日も速かに終止することを
願ふし、政府としてもその為めには全力を挙げて、努力すべきは当然
であります。従つて現時の非常時性の正体を、研究しなければならな
いのであります。
 我が国の非常時性は、国際状勢から来ることが主なものであるとす
れば、それが続くか否かも、また国際状勢が変はるか続くかによつて
決定されるものであることも、また明瞭であります。即ち国際状勢如
何によつては、我れの欲すると欲せざるとにかかはらず、我が国の難
局非常時もまた継続する可能性があるのであります。我が国の一方的
努力のみでは除去し得ない、といふことを先づ念頭に置いてもらひ度
いのであります。この点を今少し説明致します。
 第一、欧州戦争でありますが、これは独伊の勝利に終ることを信じ
ますが、而しこれが何時終止するかは国際状勢によるのであります。
特に米国の態度如何が非常に影響するのであります。英国は米国の援
助無くしては、戦争継続は不可能であります。而して米国の状勢はこ
の前も申上げた通り援英政策が日々強化されてゐるのであります。
議会で決議された予算額でも八十三億弗、我が三百六十億円と云ふ巨
額になります。この米国の対英援助が英国をして抵抗を継続せしめて
ゐるのでありますから、何時まで米国の政策が継続するかが現実の問
題となつて来ます。米国の政策は輿論の動向によつて左右されます。而
してその輿論は殆んど全部英国援助であります。又輿論の如何に拘ら
ず大統領は殆んど独裁権を持つてをりますが、この大統領は初めから
英国援助であります。この大統領はまだ四年も職にあるのであります。
だからこの点から見ましても米国の英国援助は緩和されることは無い
と見なければならず、すると独伊側の武力が非常に優勢となる迄、英国
は抵抗を継続して行く、否米国の援助がそれを可能ならしめてゐると
見なければなりません。かく見ますと欧州戦争は我方としては独伊側
の迅速なる勝利で終結することを希望し信じてをりますが、その通り
なるかならぬか、これも我方の努力範囲を超越した問題であります。
 第二に支那事変であります。我々東亜の民族が相争ふの愚を何人も
知つてをります。我々は蒋政権が抗日戦をやめることが支那民衆を塗
炭の苦しみから救ふ途だと思ひますが、蒋政権は仲々この明白なる道
理を了解しないで不相変抗戦を継続して居るし又其意思であることは
既に重慶政権の御託をした時に申し上げた通りであります。これには理
由があります。即ち英米委両国が援英政策を明瞭にし且つ強化したと云
ふことであります。蒋政権も亦英米の援助なくして独自に抗日戦をや
るだけの力が無いことは明瞭であります。ですから蒋政権の抗日戦が
継続するか否かは一に英米の援蒋政策が続くか否かに懸つてゐると云
ふて良いのだと思はれます。処で英国特に米国が援蒋政策を強化しつ
つあることは明瞭でありましてこの状勢に変化のない限り且つ又変化
しないと考へる限り、蒋政権は抗日戦をやめないと見なければならぬ
のであります、世間では往々此点に関する誤解があります。由来支那研
究者は支那ばかりを見るのが一般であります。支那人と話せば多少理
窟の解る連中は、英米の援蒋も決して支那人の幸福を望んでするので
ないと云ふ位のことは知つてをり、且つ日支相戦ふは理由のないこと
だ、平和を希望するくらゐのことは云ひます。それで重慶との媾和が出
来るなどと考へて行動するやうになるのは人情です。之れは木を見る
ものは山を見ずで、蒋政権との媾和などはそんなに生ま易さしく出来
るものではありません。大体支那の現状は単に内部だけで決定するの
ではありません。国際状勢により決定せられるのであります。而してこ
の方面から見ますと、英国も米国も蒋政権が抗日戦を継続することが
絶対に必要なのでありますから、援蒋をやります。之れが継続する間
は重慶は媾和をしない、日支事変は永く続くものであると思はなけれ
ばならないのであります。世間では日支事変を早く片付ければ万事よ
いと考へてゐる方が多いのでありますが、それは左様に簡単には行か
ないのであります。ただ東亜の平和は日支協力により建設しようとし
て立つた、汪精衛氏を主班とする南京政府が厳然としてあります。之
れとは現に条約締結も見てゐるのでありますから、日支事変の終了は
汪政権の確立につれて出来ることであると言ひ得るのであります。ま
た我々としましては之れが唯一の時局解決方法であると考へてゐるの
であります。即ち汪政権の努力が増加し、その地位が確保され、而し
て日本との協力が実現するにつれて、大東亜共栄圏の建設が事実とな
つて現はれ、而して日支事変は終末に近づくものであると言へるので
あります。この方面から見ても、我々日本政府、日本国民の態度が非
常に重要な役割をなすのでありまして、その態度如何によりまして速
遅の差を生ずるのであります。而しなほ相当の年月、努力をしなけれ
ばならぬと云ふのが、東亜の実相であります。
 右述べましたやうに我が国の直面してゐる難局は国際状勢に由来す
るところ大でありまして、而もその国際状勢は当分急に変化しさうに
も無いといふ結論に達したわけであります。或ひはこの結論に対して
は不愉快に感ぜられる人もありませう。而し冷静に考へて見ますと、ど
うもこれより以外の結論は出ないやうな気が致します。若し他の結論
があれば御報知願ひ度いのです。私も専心研究致します。再言致しま
すれば、我が国の現状は非常時も非常時開国以来の難局である。而も
その由来するところは国際状勢によるのが大部分である。国際状勢は
現在のところ何れの方面を研究しても、急転直下好転し相にも見えな
い。我々の直面してゐる我が国内外の難局は当分継続するものである
と云ふ結論に達するわけであります。
 国民と致しましては良くこの点を考へてもらい度いのであります。
この基礎の上にのみ、国策も立てらるべく、また国民の心構も作られ
なければならぬと思ふのであります。然らざれば架空の国策、現実無
視の気分と云ふことになり、我々は世界の実状から遊離することにな
るのであります。単に希望のみで現実に即せない世界は、実現出来な
いのでありますから、あくまで我々は時局の継続性を頭に入れて、考
へなければならないと存じます。 
                       (四月十二日AKより放送)