時局下に於ける産業組合の使命 農林大臣 石黒忠篤

 本日は第十六回産業組合記念日であります。産業組合は明治三十三
年産業組合法が公布せられましてから四十年余、その間先覚者竝びに
官民一致の努力に依り、漸次その基礎を固め、今日の状況を見るに至
つたのでありまして、大正十五年以多本日を産業組合記念日とし、全
国各地に於いて之を意義あらしむる為め、毎年各種の催しを行つて参
つてゐる次第であります。
 産業組合は既に皆様御承知の通り、主として中小産者がお互ひに肋
け合はうといふ気持で、資金を出し合ひ、信用、販売、購買または利
用事業を行つて、組合員の産業または経済の発達を図ることを、目的
とする団体でありまして、信用組合は組合員に必要なる資金を貸付け
るとともに、組合員から貯金を預り、
販売組合は組合員の生産した物
を販売し、購買組合は組合員に必要なる物を購買して、之を組合員に
配給し、また利用組合は組合員に必要なる設備を設けて、之を利用さ
せる事業を行ふのであります。従つて、都市と農村とを問はず、また
農業興業商業等の産業に、従事する者ばかりでなく、一般の消費者
も、産業組合を組織して、お互ひに扶け合ふことが出来るのでありま
すが、我が国の産業組合は、主として農村に発達したのであります。
 我が国の農業は、非常に小さい規模の農業者が大部分でありまして
全国平均一農家の耕作面積は、一町歩余りでありますし、全農家の約
半数以上は、その耕作面積が、五反歩内外のものであります。このや
うに零細な農家にとつては。例へば肥料、農器具等、農業経営に必要
な資材、または消費生活に必要な品物を買入れるにも、また収穫した
米麦その他の農産物を販売するにも、個々別々に之を行つたのでは、非
常な不利不便を免れない結果、どうしても、協同一致して纏らなけれ
ばならないのであります。また農業経営に必要な資金を、借り受け度
いと思ふ場合にも、同じ農村に住んでゐる人々で、金銭に余裕ある人
人は、組合に貯金をし、資金を必要とする人々は、之を借りるといふ
工合に、お互ひに融通し合ひ、助け合ふことが必要であります。これ
らの要求に答へる最も合理的な制度が、即ち産業組合であります。こ
のやうな事情に依つて、我が国の産業組合は、主として農村に於いて
非常な発達を致したのでありまして、今日組合数は約一万五千、組合
員数は約七百五十万人であり、その出資総額は四億二千余万円、払込
済出資金は三億一千余万円の多きに達してをります。而してその事業
分量は、貯金額は三十五億円を超へ、貸出金十一億余円、一箇年の販
売高十一億余円、購買高六億三千五百余万円を示す状況であります。
 惟ふに過去四十年の永きに亙る発展過程を通じ、近時に於ける産業
組合ほど著しき進展振りを示したることは、未だ嘗てなき事例と申さ
ねばなりませぬ。昭和七年農山漁村の不況打開の為め行はれました農
山漁村経済更生運動に於いては、産業組合はその中枢機関として活動
し、農山漁村の建直しに多大なる貢献を致し、また今次事変発生以来
青壮年の応召、軍馬の徴発、軍需品並びに戦時国民必需農産物の供給確
保、貯蓄の奨励等、農山漁村に対し重大な責務が課せられまするや、
産業組合は、農山漁村に於ける生産者の団体として、農会その他の農
業者団体とともに、その全機能を発揮し、発揚して、その使命達成に
邁進し、克く時局の要請に応へつつ且つ自らをして進展せしめたので
あります。さらにまた時局の長期化に伴ひ、東亜新秩序建設の為めに
農山漁村の負ふ責務の最も重大なものは、戦時食糧竝びに各種重要農
林産業の増産でありまするが、産業組合は食糧供給源であり、健全な
る人的資源涵養基地たる、農山漁村の生産的且つ生活的協同体の再建
を根本目標として、農山漁村関係の各種団体と一致協同して、各々そ
の職分に応じ、その目的貫徹に邁進しなければならぬのでありまして
その使命の愈々重大なるを痛感せざるを得ないのであります。
 食糧増産確保の為め、必要な方策は、種々あると思はれますが、そ
の生産を担当する農民の、基礎組織の問題として之を取上ぐるときに
は、農業生産及び農村生活の拠点たるべき部落の組織を確立し、農業生
産上に於ける協同作業その他協同化に依る生産力の増強を期し、生産
資材の配給統制及び農産物の販売統制等を、綜合的一元的に実施し得
る機構の整備が当面の課題の一つであります。幸ひ農産漁村には、昔
から隣保共助の精神があり、団結の力が自然に備つてゐたのでありま
すから、之を活用して、部落の農業団体として、農事実行組合を整備
して農会及び産業組合に加入し、部落会等とも密接なる連絡を保ちつ
つ、全員一体となつて、農業生産を阻害する各種の条件を克服し、生
産増強に邁進致さねばなりませぬ。
 また断期の目的達成の為めには、農業諸団体の現状から稽へまして
相互に協調提携して一体的活動を強化することが、極めて必要である
と考へられるのでありまして、産業組合といはず、農会といはず、そ
の他各種団体が一層相互の連絡協調を密にし、有機的結合を図つて絶
力発揮の実を挙げ、各々職域奉公の誠を效し、以て時局の要請に即応
する戦時体制強化に努めねば相成らぬのであります。即ち産業組合が
時局の進展に即応し、今後力を注ぐべき事項も多々あるわけでありま
すが、時局下喫緊の要務たるこれら諸施策の実現に対しましては、特
に産業組合の協力的活動に俟つべきもの、極めて大なるものあること
を感ぜざるを得ない次第であります。
 以上申述べました如く、産業組合が最近に至り急速なる発展振りを
示しましたこと、また今日の時局下†に於いて益々重要なる役割を演じ
つつありますることは、産業組合が移り代りつつある経済組織に適合
せる機構たることを如実に立証するものであります。
 御承知の如く今や我が国経済界は、高度国防国家建設の為め、公益
優先の根本理論が強調せられ、経済新体制確立の急務が叫ばれてゐる
のでありますが、元来産業組合組織は夙にこの精神に則り、かかる制
度の上に立つてゐるのでありまして、私は茲に産莱組合組織の合理性
及び発展性を見出すべきものと考へるのであります。即ち産業組合は
従来自由経済制度の裡に在つて、その存在の意義を認められたと同様
計画経済制度の下に於いても、さらに一層その真価を認めらるべきで
あります。もとより産業組合の本質及び精神は、新体制下に於いては
組合員本位、組合本位の観念から超越して、国家本位に醇化せられ、
昂揚せらるべきものなることは当然であり、国家目的達成の為めに課
せられたる責務を分担することを経営の本義とし、国家とともに相進
み、相栄えるべき心構を竪持すべきこと、また当然でありまするが、
かくの如くして、正しい組合精神は新体制の下に於いて益々産業組
合の基礎たる協同経済機構は、新体制の下に於いて益々その本来の面
目を発揮すべきものと、堅く信じて疑はぬのであります。
 時局重大の秋、茲に意義ある産業組合記念日を迎ふるに当り、全国
一万五千の産業組合、竝びに七百五十万の組合員が、克く使命の重要
性につき、さらに一段の深き想ひを致さんことを冀ふとともに、組合
精神の拡充徹底を図り、組合運動を通じて率先して職域奉公の誠を尽
さんことを、特に切望して已まない次第であります。

                         (三月六日放送)