支那事変の最近の動き 情報局第一部第三課長陸軍中佐 藤田実彦

 昨今の新聞紙や雑誌等を繙いてみますと、時局の中心は将に太平洋
問題に集中されてゐるやうに思ひます。巷間に於いて取沙汰せられて
をりますことも、また同じやうに太平洋問題、日、米、英問題のやう
に思ひます。しかし、大陸に派遣せられてをります皇軍は、それ等の
動きに拘らず、黙々として支那事変の処理に、新支那の建設に、治安
の確立にまた蒋政権の覆滅に邁進してゐるのであります。そして最近
に於ける皇軍作戦の最も、著明なるものは蘇北作戦即ち江蘇省北部地
方に於ける治安粛清作戦であります。
 元来江蘇省北部地方には、中央系の韓徳勤軍と共産系の新四軍の主
力が蟠踞し、民家より掠奪搾取して自活の道を講じ、以て我が後方の
攪乱を策しつつあつたのでありまして、今回我が南部、林田、石井、
野田等の各精鋭部隊は航空部隊の協力の下に、これ等の敵軍を潰滅す
べく、去る十六日行動を開始し、遂に二十日朝、韓徳勤の本拠である
興化県城を包囲攻略したのであります。
 地図のおありの方は、何卒地図を御覧下さるやう御願ひいたします。
 これより先、有力なる一部隊は既に十七日興化北方の時堡鎮、十九
日には沙溝鎮、崔鎮等を攻略し、南下東進せる主力部隊と呼応して
北方より輿化に突入したのであります。
 なほ陸の荒鷲遠藤航空部隊は、本作戦に協力し高郵湖東方地区にあ
る敵の各拠点を弾撃し、その司令部を完全に粉砕し、多大の戦果を挙
げたのであります。かくして敵軍は我が巧妙なる包囲作戦と猛攻とに
よりまして、殆ど潰滅潰走し、敵将韓徳勤も身を以て遁走したやうな
状態であります。
 さて興化城を攻略した我が諸部隊は、同地附近の残敵掃蕩をなしつ
つ、さらに戦果を拡張し、東方に進撃を続け十九日如泉附近より北進
した高橋、山本、中島、尾家等の各部隊、並びに航空部隊は空陸相呼
応して二十二日朝、蘇北新四軍の温床である東台城を南、北、西の三
方面より挟撃し、遂に同地をも攻略したのであります。
 また敵魯蘇辺区遊撃副司令李長江は去る十三日部下七縦隊数万を
率ゐて和平陣営に投じ、寧ろ皇軍に協力し本作戦に参加し為めに泰県
附近に於いては、共産系新四軍の管文蔚八千を東西より包囲挟撃潰
滅することが出来たのであります。今日までに判明した本作戦の綜合
戦果は、かなり大きなものがあるのでありまして、敵遺棄死体溺死者
だけでも二千五百を下らず、捕虜七百二十三を算し、その他火砲七、
重機三、軽機二九、小銃一一〇八、拳銃二七、手榴弾三、七九八、水
雷六、汽艇二、電話機九、印刷機二、塩、綿等極めて多数を鹵獲して
ゐるのであります。
 わが軍今次作戦地域は有名な湖沼地帯でありまして、その作戦の特
徴はクリーク或ひは湖水を利用し、水路によつて進撃したことであり
まして、城壁の攻撃もまた舟艇によつて敢行するといふ有様でありま
す。そして、我が将兵は連日の雪、雨、寒気によつて非常に行動を妨
害されたのでありましたが、よく万難を排し、益々志気旺盛爾後各地
に於いて残敵の掃蕩に奮闘中であります。なほ本作戦には海軍艦艇の
一部も密接に協力し、敵軍に甚大なる打撃を与へてをりますことは、
皆様十分承知して頂き度いことであります。かうして着々支那建設治
安作戦は進捗してをるのであります。
 なほ皆様既に御承知の先般行はれましたところの、香韶ルート遮断
作戦の敵に与へた効果は、昨今著しく目立つて参りました。
 元来この香韶ルートは、蒋政権にとりまして仏印、ビルマの両ルート
遮断後の最も重要な援蒋物資輸送ルートであつたのでありまして、蒋
介石は例の巧みな逆宣伝を以て、何等の痛痒も感ぜずと呼号してゐま
すが、このルート遮断の彼に与へた打撃は実に大きいのであります。即
ち蒋政権、香港政庁並びに華僑等は、このルートを利用して特に新年度
に於きましては相当物資の搬送を計画し、上海、米国方面とも連絡し、
多数の物資取引及びその集積を準備してゐたのでありますが、これが
遮断に依つて、香港の物価に忽ち大変動を来たし、奥地供給のため相当
の高価を示してをりました物資は、搬出の路を失ひ物価は急激に暴落
し、遮断前に比べますと三分の一以下に低下したものさへあるのであ
りまして、これが為めに香港有力華僑はその営業を停止するの止むな
きに至つたものもあるのであります。従つてこのままでは香港は益々
衰微するといふので香港政庁に於きましても特にこれを重要視し将来
その活路を見出すに苦しんでゐるやうな有様だといはれてをります。
 さて以上のやうな状態にも拘らず、蒋政権はあくまで援蒋国家群の
援助を頼みとして徹底抗戦を叫んでをり、而も援蒋国家群の援蒋はさ
らに一段と強化されつつあるのでありますから、これ等の国家群と我
が国との国際関係は益々複雑悪化する傾向にあるので、我々一億はさ
らにその覚悟を新らたにせねばならないのであります。しかしこのこ
とは今さらこと新しく私が申すまでもなく。国民が斉しく承知しまた
互ひに叫んでをるところでありますが、果して一億その覚悟が出来あ
がつてゐるかを観察してみますると、なほ疑念なきを得ないのであり
ます。真の覚悟が出来たといふのは、何も口にこれを唱へる事でなく
政治家も国民も各々がこの非常時下に於ける内外の情勢を承知し、国
家の要求するところに向つて邁進する姿になる事であると思ひます。
 即ち生産にたづさわるものは、国家の要求するものをその要求に基
づいて専念作り、国民は国家存立の為めには凡ゆる苦難にあふも黙々々
としてその要求する処に堪へて行くこと、これがその真の覚悟を意味
してゐると思ひます。
 然るに国内の一部にはなほ個人主義的思想を捨て得ず、ただ営利一
点張りで行つてゐる人があるやうに思ふのでありますが、そんな人々
は前に述べました大陸で活躍してゐる将兵はただ御国の為め、東亜の
建設の為めにといふ一念の下に、命懸けで動いてゐるといふこと、即
ち之等将兵が利慾といふことを考へたら、一日も戦争を敢行すること
は出来ないのであることを十分考へて頂き度いと思ふのであります。
 国民の各々がその職域に於いて国家が要求するところを十分認識し
て、黙々と働いて行つたら援蒋国家群如が如何に日本に対して圧迫を加
へましても、びくともする必要はないのであると思ふのであります。
 今は徒らに議論に浮身をやつす時ではないのであります。ただ総て
が国家の要求するところに基づいて、実行実践して行くことが一番大
切であると思ふのであります。
 皆さん、政治家も、官吏も、軍人も、国民一般もただ手に手をとつ
て国家とともに砕ける覚悟で、その日その日の仕事に突進して、第一
線で利慾を離れ、生命を的に働いてゐる将兵の労苦に応へて頂き度ひ
と御願ひする次第であります。
                         (二月二十五日放送)