国防保安法と泰仏印居中調停  情報局次長 久富達夫

 国内問題と国際問題について一つづつ簡単に御話し申し上げます。
まづ国内問題としましては、今議会に提出された重要法案の一つで
ある国防保安法についてであります。これは今日の重要な時局に於き
まして、国家の存立を維持し、その全能力を集中して外に当りまする
為めに、第一条件として欠くことの出来ないものとして、提出された
ものであります。
 その趣旨は、国家の最高の機密、即ちどうしても外に洩れてはなら
ない機密を守らうとするものでありまして、これを洩した者はたとへ
大臣であらうとも、重きは死刑に処するといふ、重大なものでありま
す。
 御承知の通り今日の戦争は、いはゆる国家総力戦でありまして、現
にドイツは、米国から英国に送られるあらゆる物資を大西洋で撃沈し
てゐますし、我が日本もビルマルートを破壊して重慶の蒋政権に送ら
れる救援物資を遮断してゐるのでも御判りかと思ひます。国家がその
全力を集中して戦争しまするには、軍事上の秘密が守られまするのみ
でなく、政治、経済、外交などに関する最高の秘密も、軍事上の秘密
と同様の重要さをもつに至つたのでありまして、昔軍事探偵などと呼
ばれたスパイ戦は、軍事のみならず外交はもとより、政治、経済、思想
等あらゆる方面に拡げられてをります。従つて国家の重要機密であり
まする限り、その一つが洩れますることも、一つの蟻の穴が大きな堤
防を破壊すると同じやうに国家を敗亡せしめることとなるものであり
ます。私はかくの如き重要な法律が必要となつたそのことについて、
国民は充分に考へねばならぬと思ふのであります.即ち今世界はあげ
て大戦争を行つてゐる。日本もまたその渦中にあるのであります。軍
事以外の戦争はすでに英米との間にも行はれてゐるといつても、差支
へない状態なのであります。国防保安法の成立についても国民生活の
一つ一つが、現在では戦時生活に外ならぬといふことを、痛感する次
第であります。
 つぎにこの国防保安法によつて、国民の間には今後はますます政府
は秘密主義になりはしないかといふ心配があるやうに聞きました。つ
まりこれからは国民には何も知らされないのではないか。新聞にもラ
ヂオにも本当のことが出ないのではないかといふ心配であります。し
かし左様なことは断じてありません。と申しますのは、この国防保安
法に依りて、しばられる重要機密は、閣議とかまた、四相会議、五相会
議などにかけられた事項や、各役所のそれこそ最高の官吏のみ知つて
ゐるべき事柄で、従来とても決して公表されないものであります。従
ひましてこの法案は決して国民から時局の真相に対する認識を奪ひ、
また国策の基調や方向に対する国民の関心、理解を妨げようとするも
のではありません。政府と致しましてはこの法律に依りまして、敵の
第五列の策動を防止しますが、同時に国民に知らせるべきことはどし
どし知らせ、これに依り、国論の昂揚、国策の徹底を図り、国民全体
の心からの協力を求めんとする所存であります。殊にわれわれ情報局
はこの趣旨に於いて大いに勉強する所存であります。
 つぎに国際問題としましては、泰国と仏印との国境紛争調停会議に
ついて一言申述べます。これは目下世界の視聴を蒐めて、東京に於い
て開催されてをりますことは、皆さん御承知の通りであります。昨年
末、泰国、仏印間に国境に関する紛争が発生しました時に、我が国と
しましては、これは単に両国間の問題に止まらず、東亜人全体の問題
であるとの見地から、我が国が両国が武力に訴ふることなく、平和裡に
解決せられんことを欲したのでありますが、その後不幸にして遂に両
国間に戦闘が行はれるに至り、その戦局が益々拡大せられ、東亜全体
の為め前途頗る憂慮に堪へないものがあるに至りましたので、一月二
十日帝国政府は戦闘行為の即時停止と、居中調停を正式に両国政府に
申入れた次第であります。幸にして両国政府も我が国の東亜安定の熱
意を諒解し、調停の第一歩を為すサイゴン停戦会談も帝国軍艦上に於
いて、急速且つ円満に妥結に到達致し、しかも両国の代表は日本人の
操縦する我が国の航空機に搭乗して、空から束京に入り、去る二月八
日には早くも正式の会議が開催されるに至つたのであります。両国の
我が国に対する信頼の念の如何に厚いかは、これによつて明らかであ
りますが、我が国と致しましても、一且立つて調停の労を執るに至り
ましたからには、第三国が如何に策謀しますとも、十分なる決意と責
任とを以て問題の解決に当り、東亜に於ける指導者としての重責を果
さんとするものであることは申すまでもありません。世間には我が国
の新東亜建設の理想実現に非常に不安な気持をもつてゐる人があるや
うです。または非常にせつかちな考への人もあるやうです。例へば政
府、軍部は一体何をしてゐるのか、ぐずぐずしてゐたら大変ぢやあな
いかとか、または、こんなことでは先が心配だとかいふ類です.しかし
よく考へて見ようではありませんか。つい九年ばかりまだ十年にもな
らない前には、日本人は満洲から追ひ出されかかつてゐた。それがい
まではどうですか。立派な兄弟の国が出来て固く手を結んでゐる。つ
い五年前には日本人は支那全土から閉め出しを喰ひさうな形勢だつ
た。南京には蒋介石が頑張つて数百万の軍隊と優秀なるあまたの飛行
機を備へて、小学校の子供にまで「日本をやつつける」ことを教へて
ゐた。それが今日では南京に親日政府が出来て相共に新東亜の建設に
努力しようといふことになつてゐる。われわれは今日支那から飛行機
の攻めて来る心配は一つもない。まだ一年前までは仏印からは重慶へ
抗日物資がどしどし送られ、泰に於ける日本の立場もまた大変よくな
かつた。それが今日ではどうですか。仏印から重慶への輸送路はビタ
リと止められ、日本に必要な米や何かは、仏印からどしどし来るやう
になつた。泰国もまた同様で、我が国の軍艦の上で両国は停戦協定を
やり、さらに我が国の飛行機で代表が東京へ来て会談をやつてゐる有
様です。かくの如く着々として日本の理想は進んでゐます。然り、い
ま一歩にしてさらに大なる発展が遂げられようとしてゐるのです。
 いろいろ苦しいこともありませうが、国民は政府軍部に充分信頼し
て、あせらずあわてず頑張つて貰ひ度いと思ひます。泰と仏印との会
議についても英米等敵性第三国はあらゆる妨害をやつてゐます。或ひ
は極東危機説のデマを飛ばし、或ひは印度、濠洲等の兵隊まで動かし
て、物々しい戦争準備をするなど、なかなか死物狂ひの様子さへ見え
ます。それだけ日本としては、大いに腰を決めてかからねばならない
状態にあります。泰と仏印との調停会談は先も申した通り、ただそれ
だけの問題ではありません。極東に於ける将来の形勢を決すべき大事
な一目であり、同時に欧州はもとより、世界全般の形勢に嚮くべき一
石なのであります。国民各位に於かれましても今回の泰、仏印調停会
談に対する我が国の真意と、その重要性を十分に理解せられ、政府軍
部を信頼されて、結局たのむべきは、自分の力であるといふ信念に基
づき、着実確固たる態度を持せられんことを衷心より希望致し度いと
存じます。
 我が固は今容易ならざる時局に直面致してをります。しかしまた有
史以来.かくの如き多望なる、かくの如き前途に光明のあるときに際
会したことはありません.二千六百一年こそ、我々が子孫末代に誇る
べき足跡を世界歴史に残さねばなりません。


(二月二十二日放送)