国防保安法に就て
三十日の衆議院には時局下特に重大な「国防保安法案」が提
出され、柳川司法大臣から提案理由の説明があつた。之は国家
総動員法中改正案と並んで、今議会に於ける政府提出の最重要
法案の一つである。
近代戦は文字通り国家総力戦である。従つて相手国の国力を
知るといふ事が戦争の勝敗に影響を及ぼす事は極めて大なるも
のがある。そこで敵性国は我が国の国力、我が国の重要機密に
ついてあらゆる手段でその真相を掴まうと努力してゐるのであ
る。そこで敵性国に於いては早くから何れも極めて厳重な規定
を設けて諜報及び謀略を防いでゐたのであるが、我が国では軍
事上の秘密を保護する為めには既に軍磯保護法等の規定がある
が、外交、財政、経済等に関する国家の最高機密を防ぎ獲るべ
き法規は遺憾ながら未だ備はつてゐるとは言へなかつた。そこ
でこの法律を設ける必要が生まれた訳である、従つてこの法律
は国家の重要な機密等の外国に漏洩するを防ぐ事及び敵性国の
我が国に対する思想謀略、宣伝謀略及び経済謀略に対抗し、国
防の完璧を期する事と目的をしてゐる。総てこの見方から本法
制定の目的を見るべきである。
さて本法は条文二章四十条及び附則から成つてゐて、第一条
に本法にいふ所謂「国家機密」たるものの意義を規定してゐる。
それによると国防上外国に対して秘密にせねばならぬ外交、財
政、経済その他に関する重要な国務攣例へば御前会議、枢密院
会議、閣議又は之に準すべき会議(四大臣会議とか五大臣会議
とか謂はれてゐるもの)にかけられた事柄及び議事、帝国議会
の秘密会にかけられた事柄とか議事、また以上の会議にかける
為めに準備した事柄、その他行政各部の重要な機密事項といふ
ものに取締の対象を置く事が第一条に於いて明示されてゐる。
第三條から第七條は国家機密を探知、収集する事外国にもら
す事及び之を公にする事等を罰する規定である。この公にする
心とはスパイでも誰れでも知り得る状態におく事であつて、そ
れが国家に及ぼす害悪は直接に外国にもらす事と同じである。
そこで罪の一番重い者は死刑、又は無期懲役に処される事にな
つてゐる。
次に第八條は外交、財政、経済に関して我が国の国防上の利
益を害する不利益な情報を、故意に外国に通報する目的で探つ
たり集めたりすることを罰する規定で、探り、集めて外国に通
報した場合が之に含まれる事は勿論の事である。
更に第九條は、外国が宣伝によつて我が国内の治安を乱さう
とすること、所謂宣伝謀略を防ぐ為めの規定であり、又第十條
は我が国の経済界を混乱させょうとする所謂経済謀略を防ぐた
めの規定である。この宣伝謀略、経済謀略が、相手国を内部か
ら崩壊させる、即ち相手国の国民の結束をその国民の手で突き
こはさせようとする為めには、最も効力ある手段であることは
今更説明する迄もない事である。
次に第十七條から第二十八條は犯罪捜査に関する手続の規定
ですが、ここで注意すべきことは現行法制上、犯罪捜査の中心
機関である検事が、直接捜査の任に当ることで、これは捜査の
敏速且つ適正を期する為めであります。
最後に第廿九條から第卅八條は、起訴された後の訴訟手続に
関係するもので、訴訟手続の促進と訴訟の進行中に国家の重要
な機密が、外部に漏れるのを防ぐ事を目的としてゐる。即ちこ
の国防保安法の罪は何れも重大犯罪で政治、外交に大きな影響
を持つ場合もあり得るもけなので、従つて訴訟手続も出来る丈
早く進行させる必要があり、この為めに二審制を採り、第一審
判決に対して上告は許すが、控訴は許されない事になつてゐる。
又裁判は公開を原則とするが、機密のもれるのを防ぐ建前から
弁論又は訴訟記録の謄写につき、制限を加へる権限が裁判長に
与へられてゐる。例へば弁護士が国家の重要機密に触れるやう
な弁論を必要とする場合には書面を以てする、といふやうな事
柄である。
(一月三十日放送)