諜報綱の発達と
防諜の心得

 我が国で秘かに活躍して
ゐたスパイ網の一斉検挙が
行はれたが、今回は前回に
続いてスパイとこのスパイ
を防ぐ防諜について解説し
よう。
 近代戦は国家総力戦であり、武力戦と竝び或は武力戦に先ん
じて、外交戦や経済戦、思想戦が熾烈に展開される。従つて諜
報とか謀略、宣伝等の所謂秘密戦が重要な役割を演じてゐる。
 第五部隊とか又は第五列と呼ばれるドイツの諜報謀略班が驚
くべき活動を示したのは周知のことだが、これと同時にその卓
越した兵器とか新作戦について、イギリスやフランスの窺ひ知
ることを許さたかつたドイツ防諜陣の成功も見逃すことは出来
ない。
 防諜とは要するに外国が我が国に向つて行ふ諜報や謀略、宜
伝等の所謂秘密戦に対する防衛であるが、外国の諜報機関はど
ういふ風にたつてゐるかと言へば、暴露されたイギリスの諜報
網を見ても判るやうに、各国共その国の凡ゆる機関と個人を動
員して、広汎なしかも綿密な諜報網を組織してゐる。
 しかも今日に於ける諜報機関の特色は、この諜報機関が国家
的な統制を持つ組織となつてゐることで、各国共政府に諜報の
中央機関があり、外国に於ける諜報機関はその指揮統制の下に
活溌な活動を行ふものである。諜報機関が蒐めた情報は凡ゆる
方法を以て中央機関に報告され、其処で検討される。
 それでは諜報機関つまりスパイはどういふ手段で相手国の機
密を探り出すかと言へば、合法的な手段と非合法的な手段があ
る。
 スパイは勿論機密文書や情報を手に入れようと暗躍してゐる
が、近年防諜といふことが発達したため、スパイは非合法的な
手段を探ることが次第に困難になり、従つて巧妙にも合法的な
手段を探るやうになつて来た。
 スパイと言へば探偵小説に出て釆るやうな怪しい男やマタ・
ハリのやうな美しい女スパイを想像し勝ちであるが、現代のス
パイは会社とか宗教団体のやうな組織体の仮面をかぶつて合法
的なやり方を採つてゐる。
 近年の傾向の一つとして著しいものは、機密情報の周囲にあ
る推定資料を集めて、科学的にその目的とする情報を集めると
いふやり方である。
 その一の現れに合法的な文書諜報がある。つまり相手国で発
行される各種類の新聞や雑誌、年鑑、統計、報告その他の公け
にされた文書や絵とか写真を科学的に蒐集整理し、目的とする
情報を求めるといふ方法である。現代はこの文書諜報で、大部
分の目的を達し得る場合が多い。その他合法的な手段としては
見学とか視察の名目により、或は文書を以て紹会を発し、その
回答を得るといふやうな方法で、正確な資料を把握(にぎ)るやり方が
あるが、又相手国の政界や財界などの有名な人とつとめて接触
し、出来るだけ会談する機会をつくつて、その話の間に情報の
手がゝりを掴まうとする方法がある。
 この方法は内政や外交に関する機密情報の蒐集に最も利用さ
れる手段である。
 かやうに諜報機関の活動は今日極めて巧妙にしかも合法的な
名目の下に行はれるから、国民の充分の注意と警戒が必要とさ
れてゐる。
 次に謀略と宣伝も諜報の対象となるが、謀略には思想的に相
手国を崩壊させようといふ思想謀略、経済的に攪乱しようとい
ふ経済謀略、実力によるテロ謀略等が挙げられるが、宣伝も謀
略と併んで行はれ、思想謀略の手段として.巧みに行はれてゐ
る。
 かやうな外国の諜報、謀略網に対しては、国民としては先づ
秘密を守ること、苟くも秘密に関する事項は一切誰にも漏らさ
ないことが肝要である。第二は軽々しく信用しないことが必要
で、スパイは一般の人と同じやうに至るところに合法的な生活
をしてゐるから、うつかり信用しないことが必要である。
 要するに防諜思想の徹底化といふことが重要であり、国民が
戸締を厳重にし、火の用心をしない限り、盗難や火災を予防す
ることが出来ないと同様に、個人なり団体なりが自ら秘密が漏
れることを防ぎ、相手国の宣伝や謀略を警戒しない限り、真の
防諜といふことに完璧を期することは出来ない。

                     (七月三十一日放送)