戦争開始と中立の宣言

 イギリスのドイツに対する宣戦布告によつて、果然
ヨーロッパ全土は、第二次ヨーロッパ大戦の大動乱に
捲きこまれることになり、之に対し、早くも九月三日、アメリ
カ、アイルランド、オランダの各国は、中立を宣言したと報ぜ
られる。一体国際法上宣戦の布告とか中立の宣言とは、どうい
ふ效果を伴ふものであらうか。之について解説して見よう。
 宣戦布告とは、一方の国より対手国に対して戦争に訴へる旨
を宣言することで、ハーグ条約によれば、戦争の開始は必ず宣
戦によるか、又は戦争開始の条件附宣言を含む、最後通牒によ
らなければならないと定められてゐる。
 つまり最後通牒の場合は、ある国が最後通牒を発し、相手国
がその通牒に註されてゐる最後的な要求を通牒に定められてゐ
る期限内に容れなかつた場合、その期限が尽きると同時に、戦
争に訴へることが出来るので、今回イギリスとフランスが、ド
イツに対して、三日午前十一時十五分(日本時間午後七時十五分)
期限として、最後通牒を発し、その期限が完了するとともに、
チェンバレン首相が全世界に向つて「イギリスはドイツと戦争
状態に入つたことを告げなければならなくなつた」と放送した
ことは周知の通りである。
 かやうに戦争の開始は、普通宣戦によるか、或は最後通牒に
よらなければならないとされてゐるが、イギリスは、今回最後
通牒の期限が尽きると同時に、更にドイツに対し、イギリスは
ドイツと戦争状態に入つた旨の通牒を手交した。この通告は、
ドイツに対する正式の宣戦布告を構成するものと見られてゐる。
 戦争の開始は、これらの場合の外、実際の敵対行為によつて
行はれることも認めなければならないとされてゐるが、この場
合は国際法上、果して戦争の状態と見做されるかどうか問題と
なつてゐる。
 近年では宣戦布告をしないで、実際の敵対行為に因つて、戦
争が行はれる場合が多く、さきのエチオピア戦争も、実際の戦
闘を以て開始された。エチオピア戦争は果して、国際法上戦争
と言へるかどうか、国際聯盟で問題となつたことがある。
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 さていよ/\戦争開始となると、国際法上直ちにどういふ結
果を生ずるかといふと、先づ第一に交戦国間の外交関係は中止
され、
 第二に交戦国双方の人民の間の交通や貿易は、従来の例によ
ると禁止されることになつてゐる。
 第三は開戦の際自国の港にある敵の商船は、徴発又は抑留す
ることが出来る。但しこの場合は条件が附されてゐる。
 次は中立の宣言であるが、普通中立国は中立を宣言するのを
例としてゐる。然し戦争に参加しないで、中立を維持しやうと
する国は、必ずしも宣言をする必要はない。
 戦争の原因に関係がなく、又戦争をしてゐる何れの国とも同
盟関係又は従属関係がない国は当然中立国と看做される。
 かやうな中立国は、国際法上次のやうな権利を与へられてゐ
る。第一は中立国の領土は侵してはならないこと、第二は中立
国の領海は侵してならないことで、これを中立領域の不可侵と
いつてゐる。このやうに中立国は権利も与へられてゐるが、一
方では亦義務を負つてゐる。
 即ち中立国は、単に戦争を行つてゐる何れの国に対しても、
公平不偏な態度を維持することが、必要である許りでなく、更
に交戦国の一方に対して、戦争上の利益又は不利益となるやう
な結果を産むに至る行為例へば交戦国の一方に対して、軍隊や
軍艦、軍用材料等を送るやうなことは中立国としては絶体に避
けなければならない。更に交戦国の双方に対して、かやうなこ
とをすることは許されないと定められてゐる。その他中立国の
負ふ義務としては、色々のことが挙げられてゐるが、この点に
ついては省略する。
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 イギリスとドイツ間の戦争開始に伴つて、アメリカでは中立
法の発動が予想されてゐるが、中立法はかつてアメリカが、さ
きのヨーロッパ大戦に参加した苦い経験に基いて設けられたも
のである。その目的はアメリカが戦時禁制品を輸送することに
よつて、他国間の戦争や内乱に引きこまれるのを防止しやうと
いふにある。従つて早くも中立を宣言したアメリカは、この中
立法を発動するために、目下布告文を作つてゐると報ぜられて
ゐる。                (九月四日放送)