事変下に海軍記念日を迎へて

 明治三十八年末月二十七
八の両日、日本海大海戦に
於ける帝国海軍の大勝利を
記念する海軍記念日は支那
事変下に意義一入深い第三
十三回の記念日を二十七日迎へた。この海軍記念日が定められ、
之により光輝ある大勝利を記念するといふ趣旨は、常に治に居
て乱を忘れず、一旦緩急ある場合に備へて皇軍の士気を振作し、
軍紀の振粛と軍容の整備を企図し、海軍軍備の完璧を期するに
在ることは勿論、更に邦家の前途を祝福し、その隆昌発展を無
窮に期待するために外ならないのであるが、今や重大な事変の
下にあり、而も帝国を繞る国際情勢の動きが予断を許さない時、
万古不滅の偉績を残した海軍記念日は特に意義深いものがある
のである。
 今更述べる迄もなく、日露戦争はロシアの東亜侵略が日清戦
後の彼の三国干渉以来益々積極的となり、我国にとつて脅威的
なものとなつたのに対して、帝国の保全のため、又極東の平和
を維持する為め、敢然国運を賭して起した聖戦であるが、我が挙
国一致の赤誠の迸る処、陸に海に敵の大軍を撃破して赫々た
る戦捷を収めると共に、帝国は一躍して世界一等国の班に列す
るに至つたのである。
 而して日露戦争に於ては、戦争の全期を通じて記念すべき大
小の海戦は尠くないのであつて、海戦の発端に於て敵の機先を
制した仁川沖の海戦とか、或は前後三回に亘つて決行され、壮
烈鬼神を泣かしめた旅順口の閉塞とか、或は旅順港から脱出を
企てた敵の艦隊を撃破した八月十日の黄海の海戦等は、皆我が
制海権の獲得と戦局の進展に大きな寄与をしたものであつて、
何れも海戦史の上に永遠に特筆大書さるべきものであるが、明
治三十八年五月二十七日に於ける日本海海戦こそは、我が艦隊
の全部が之に参加し、皇国の興廃を此の一戦に賭した乾坤一擲
の大決戦で、我が聯合艦隊は勇戦力闘遂にロシア艦隊を撃滅し
曠古未曾有の戦果を収めたのである。
 この日本海海戦の勝利は遂にロシアをして戦意を失はせ、平
和克復の契機ともなつたのであり、之によつて帝国はロシアの
極東侵略といふ大きな脅威を除き、東洋平和の基礎を確立する
ことが出来たのであつて、五月二十七日を以つて海軍記念日と
定められた所以も実に茲に在るのである。
 日本海海戦の大勝利はかやうに我が帝国にとつて極めて大き
な意義を持つものであるが、世界にとつても亦非常に重大な意
義を持つものであつたのであり、東洋の一小島帝国であつた我
が日本は、一躍して世界の海国日本に躍進し、やがて躍進日本
の今日の素地を作つたのであつた。そして世界各国は東洋に於
ける唯一の新興近代国家である帝国に対して斉しく驚異の眼を
瞠(みは)り、この時を以つて世界の歴史には明かに一つの線がはつき
りと引かれ、やがて太平洋時代が転(めぐ)り来ることをも示唆したの
であるが、その太平洋時代は今正に我々の眼前に展開されつゝ
あるのである。世界の列強は今や夫々その海軍力を拡充強化し
乍ら犇(ひし)々と我々の海である西太平洋に臨まうとしてゐる現状で
ある。最近イギリス、アメリカ両国の海軍大拡張計画がしきり
に伝へられてゐることは周知の通りであるが、之は明かに我が
帝国を目標とし、西太平洋をめざす渡洋進攻作戦の陣容を新に
しつゝあるのであつて、我々はこの事態に処していよ/\挙国
一致協力し、堅固な覚悟を以つて我等の生命線を護らなければ
ならないことを痛感するものである。

           ×        ×

 翻つて現下の支那事変を視るに、昨年七月、抗日支那の飽く
所なき暴虐に敢然として立ち、彼等を覚醒させ東洋永遠の平和
を護るため膺懲の師を進めてから茲に十箇月を閲(けみ)したが、忠勇
義烈の我が皇軍は陸に海に空に連戦連勝の赫々たる戦果を収め
旧臘遂に敵の首都南京を陥れ、又さきには徐州の大会戦に敵の
大軍を殲滅させ、聖戦の終局目的を達成するため邁進してゐる
のであるが、今次の事変に於ける輝かしい戦果を謳歌するにつ
けても、我々はその因つて来る所があることを静かに反省しな
ければならないのである。即ち彼の寡勢なる我が上海特別陸戦
隊が、大敵を相手に孤軍奮闘した実績、忠勇なる陸軍の神速果
敢な大陸席巻を始めとし、更に近代戦の花形として登場した我
が陸海軍航空部隊の活躍等、赫々たる戦果の背後には儼然たる
存在を世界に示す帝国海軍によつて、西太平洋の制海権がしつ
かり確保されてゐることを充分認識しなければならないのであ
る。
 そしてこの西太平洋の制海権を握るといふ事は決して一朝一
夕で出来たのではないのであつて、その端緒となつたものが日
本海海戦の大勝利であり、更にその後三十三年の間孜々として
累積された国民的努力の賜に外ならなかつた歴史的事実を顧
みて憶はなければならないのである。
 と何時に我々は彼の三国干渉以来、当時の全日本国民が老幼
男女国を挙げて烈々たる義憤に燃え、克く臥薪嘗胆十年の忍苦
に耐へ乍ら、比類のない挙国一致の精神を発揮して、偉大な業
績を成就した事は、永へに後代国民の亀鑑として銘記されなけ
ればならない所であつて、現下重大事変下に在る我々国民とし
て特に感激新たなるもののあることを覚える次第である。
 今や支那事変は既に第二の段階に入つて、いよ/\戦果は拡
大され国を挙げて聖戦の終局目的達成に邁進しつゝあるのであ
つて、銃後国民の烈々たる忠君愛国の精紳は三十三年前の昔に
彷彿たるものがあるが、我が帝国が当面してゐる今日の危局は、
正しく三十三年前に皇国の興廃を一戦に賭した日本海海戦にも
劣らぬ重大なものであることを片時も忘れることなく、相継ぐ
非常時局を克服して皇国無窮の運命を開拓して行かなければな
らないと痛感する次第である。    (五月二十七日放送)