ソヴィエトの総選挙終る
スターリン新憲法に基く
ソヴィエト聯邦の最高会議
議員選挙は十二月十二日挙
行されスターリン、ヴォロ
シーロフ、モーロトフの諸
氏以下の当選を見て終りを告げたと報道されてゐる。そこで今
回は此度行はれた選挙のことを中心にしてソヴィエトの新憲法、
最高会議の事等についてあらましの説明を述べる事にしたい。
之迄ソヴィエトには一九二四年憲法と称せられる旧憲法が行
はれ、ソヴィエト
の最高権力機関は
旧憲法の第八条に
よる連邦ソヴィエ
ト大会で此の大会
の閉会中は中央執
行委員会が代理機
関となつてゐたの
であるが、一昨年
の二月六日に開か
れた中央執行委員会の席上、モーロトフ人民委員会議長は憲法
改正、特に選挙法の改正を提案したのであつた。そして之に基
いて憲法起草委員会が設けられ、スターリン氏が会長となつて
草案を練つた結果、昨年六月に至つて新憲法の草案が出来、之
を昨年の十一月二十五日から十二月五日迄開かれた、第八回臨
時ソヴィエト大会に附議した結果、十二月五日此の新憲法は採
択されたのである。そしそ新憲法による聯邦最高会議(之は聯
邦会議と民族会議とから成る)が、旧憲法のソヴィエト大会、
中央執行委員会に代つて、ソヴィエト聯邦の最高権力機関とな
つたのであつて、この最高会議議員選挙のため選挙法も改正さ
れることになり、新選挙法は今年の七月中央執行委員会で採択
されたのであつた。そしてこの新憲法、新選挙法に基く最高会
議の総選挙が去る十二日に行はれたのである。
然らばかうした新憲法の採用、殊に選挙法の改正はどういふ
動機、目的から出てゐるかと言へば、要するに不安定なソヴィ
エトの人心を転換させ、殊に之迄都会の労働者にくらべて不平
等差別的な待遇を受けてゐた農民の不満を緩和し、之によつて
共産党の強化をはかり、スターリン独裁をいよいよ強化しよう
といふにあつたのである。
旧選挙法では選挙は普通、平等、勧説、公開の原則によつてゐた
のであるが、新選挙法により普通、平等、直接、秘密の原則による
事に改められた。つまり普通選挙といつても之迄は一定の特殊社会
層には選挙権が与へられてゐなかつたのを、男女の性別を問はず、
宗教、民族、等の関係もなく、満十八歳以上のものは誰でも選挙権
があるやうに改められたのである。次に平等といつても之迄は都会
と農村とでは選挙権は平等ではなく都会では人口二万五千人につい
て、最高機関の代表者を一人選挙するのに対して、農村では十二万
五千人に一人しか出せないといふ具合に差別があり、こゝに農民の
不満もあつたのを、都会、農村共に人口三十万人に一人の割合で聯
邦会議の議員を出すことに改められた。次に前の間接選挙では最高
機関の議員を選挙するのにいくつかの段階を経て行つてゐたのであ
るが、今回の直接選挙によつて、直接に最高会議員の選挙を行ふこ
とになり、又之迄の公開選挙では挙手や起立によつて投票権を行使
して来たのであるが之には自由に意思を発表する事が出来ないとい
ふ欠点があつたのを、秘密選挙つまり投票用紙に書いてある候補者
の名の中投票するものゝ名前だけを残してあとは消して行くとい
ふ、誰にも知られずに投票するといふ方法をとることになつたので
ある。選挙区は小選挙区で一区一人当選となつてゐるが聯邦会議は
五百六十九区であるから五百六十九人又民族会議は五百七十四区五
百七十四人となつてをり、結局両者を合せた聯邦最高会議は千石四
十三人の議員から成つてゐる。
然らば誰が議員の候補者になるかと言へば候補者は党、公共
団体、職業組合、文化団体といふやうなものによつて推される
もの、つまり公認された候補者に限られるのである。そこで新
選挙法は民主的といふ風に言ひふらされてゐるが、実際は候補
者を立てる機関が決つてゐるので、民主的な性質は失はれてゐ
るといはれてゐる。
今度立候補した人も党の息のかゝつた人許りで、ソヴィエト
政府も千百四十三名何れも党員及び党に近い大衆ブロックの公
認候補者と発表してゐるのであつて、要するに御用議員の選挙
なのである。
今回公表された選挙の結果によると、当選者組数千百四十三
名の中、党員は八百五十五名非党員は二百八十八名、男子九百
五十九名に対して、女子が百八十四名も選出されたことは注目
されることである。又投票成績は全聯邦の有権者総数九千三百
六十余万人の中、九千三十余万人が投票し、投票率は九割六分
五厘といふ好成績であつたといつてゐるが、有権者の狩り出し
とかその他政府の威圧がかうした数字をつくり出したのだとい
はれてゐる。
当選者の中主な顔触に就て見ると、スターリン氏を始めヴォ
ロシーロフ元帥その他の軍人、モーロトフ、カリーニン、カガ
ノヴィッチ、エジョフ等の主な政府の役人は皆当選してゐるの
であつて、之は選挙が党の御手盛であること又無競争な事に因
るものである。
以上で今回の選挙についての説明を終ることにするが、かう
して選ばれた者が聯邦会議と民族会議の議員となるのである。
では聯邦会議、民族会議とはどういふものかと言へば、この二
つが集つてソヴィエトの最高権力機関である聯邦最高会議を形
づくつてゐるのであつて、何れも四年毎に選挙されるもので年
二回召集され、両院は平等である。而して聯邦会議は全国民共
通の利益を代表し、民族会議は特殊な民族的利益を代表するこ
とになつてゐる。
さて今回の選挙によつて出来た最高会議は、選挙後一箇月以
内に開かれることになつてゐるが、この最高会議を構成する聯
邦民族両会議の合同会議によつて、最高会議幹部会が組織され
るのである。之は議長一人、議長代理十一人、書記一人、議員
二十四人、合計三十七人から成るもので、立法権は持つてゐな
いが、法律解釈権を持つばかりでなく、宣戦布告、條約の批准
その他の権限を持つてゐて、最高会議の閉会中ソヴィエト聯邦
の実権を握るもので、その議長はつまり他国の元首のやうなも
のである。この議長にはスターリン氏が乗出だらうと専ら見
られてゐるが、スターリン氏がいよ/\黒幕からソヴィエトの
機関に乗出して来て議長就任が実現をすることになれば、スタ
ーリン独裁政治はいよ/\確乎たる地位を占めて来るわけであ
り、此の点最も注目をひく所である。
(十二月十七日放送)