六五 経済上の欠乏 法学博士 神戸正雄
我が国は、経済上に於て何が最も欠乏するかといふに、原料及び販路を欠き、中にも原料を最も多く欠乏するといはねばならぬ。換言すれば、自給経済不可能の状態に在ることを欠点とする。我が官民とも当分此の一時を夢寐(むび)にも念頭より取去つてはならぬ。世界の有力国といへば、今日では英と米とを推すの外なき有様であるが、此の二国は共に洪大なる領土を有し、原料も販路も亦自国領土内に十分に之をもつてゐる。夫れだから仮令彼等は他国から関税及び禁輸によりて排斥せられても、能く自ら経済を立てることが出来る。また他国を苦しめて自国の要求に応ぜさせるが為に関税及び禁輸を利用することが出来る。是れ彼等が益々其の国力を増大にし且つ他の群小を圧伏する所以である。そして日本は恰も之に反し、関税及び禁輸に依つて高圧せられるに於ては、遂に泣く/\我の不便を忍んでも彼の利便を企図しなければならぬ。また他を苦しめんが為に夫の手段を利用することが出来ない。是れ日本の大に伸びんとして伸びることが出来ない所以である。
此の我が国の根本的欠陥に対して、我は如何なる方策を立つべきか。我が国としては、先づ以て世界の全体が、少くとも我が聯合与国が其の原料及び販路を解放することを希望し、我が国は与国をして之を実行せしむべく努めなければならぬ。之が為には固より我が国自身も敢て此の上の保護関税主義を採らぬことだけは、之を辞してはならぬ。此の点に於て自ら多少の犠牲を払ふとも、尚ほ亦広き自由な天地を海外に、得ることを図らなければならぬ。幸にして夫のパリー決議がある。我は之を楯にして反自由的傾向を阻止しなければならぬ。併し之が実際貫徹するや否やには疑念がある。特に米国の如きは、彼のパリー決議にも加はらず、之に就き自由行動を執るを得るの地位に在る。如何にして之を我が要求に従はしめることが出来るか、実は聊か覚束ない。
我は左の如くにして、第一には英米等よりの原料及び販路の自由を得んことを努むべきであるが、また之と同時に支那に於ける其れを得んことをも努め、少くとも此方だけなりとも確保するやう最善の努カをなすべきである。若しも日本にして外交的措置を誤り、米英に於て之を得ず、然も支那に於ても之を失ふが如きこととなるに於ては、日本の地位は実に憐むべきものとなる。斯くならざるやう、施政当局者の油断なき注意と努力とを望まなければならぬ。
併し此の解決は、実は甚だ容易のことではない。大勢に逆行した措置を要し、且つ我に之を貫徹するの実力が十分なりとはいへない。当局者の余程巧妙な手腕に待たなければならぬ。国民は決して安心するを許さない。大なる覚悟を以て当局者を後援しなければならぬ。さて其れ以外に於ける問題は、孰れも内部の施設で、国民が自覚さへすれば自から行はれるのである。そして種々あるが中にも、重要なものは、学術の振興、特に科学の独立を図ること、企業の規模を大にし組織を改良すること、労働者の保護を厚くして、其の精神的並に肉体的状態を改善すること等である。
世界に重きをなす国にして、自給経済難を嘆ずるものはドイツであるが、彼が学術の力を以て其の足らざる所を補ふたとすれば、此の嘆(なげき)を斉しくする日本も亦此の学術に力を用ゐなければならぬことは言ふまでもない。特にまた自給経済難を嘆じない英米が日本以上の学術的基礎をもつに於ては、日本としては此の点に於て一層の努力をなさなければならぬ。欠乏せる材料を外部にのみ依頼しなくて、自力を以
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て補充するの工夫を凝すことが肝要である。更にまた企業の組織を改良し、企業の
単位を拡大し、其の単位の拡大すること難きだけに於ては、聯合、組合を進めて、
統一ある団体的規律の下に世界的に活動しなければならぬ。此の事の行はれぬやう
では、到底今日の英米を始めとして欧諸国の大規模事業に対して太刀打の出来るも
のではない。彼等と競争の地位に立たなければならぬ近世的工業に於ては勿論のこ
と、彼等と別に競争なき我が多少独特な産業に就いても、少くとも我が販売上の仕
組を大なる統一あるものとしなれば、十分な利益を収めることが出来ない。是等
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