六二 同情心なき国民 哲学博士 元田作之進
我が国民が従来家族の人々や親戚の人々や、朋友知己や同郷同窓の者に対して、頗る親切であるが、全く縁故のない社会一般の人々に対しては、甚だ冷淡であるのみならず、却つて之を疎外する傾向がある。人を見たら盗人と思へといふ諺は、我が国民性の悪しき一部を説明している。
全体、我が国民には国家という観念が極めて強烈であり、家族親戚の同情も亦深厚であるが、社会といふことになると甚だ無頓着である。四海兄弟(けいてい)または一視同仁といふが如き教訓は昔よりあつたが、たゞ教訓としてあつたのみで、国民一般の実行する所とはなつてゐない。
故に我が国にては西洋諸国の如く、十分に慈善事業といふことが発達せず、誠心誠意之に従事しようと欲する人も少いが、、また之が為(ため)に多額の金を投ずる人も少いのである。何か自分に利益があることあらば寄附もするが、たゞ見ず知らずの人々の為となると、なか/\金嚢(かねぶくろ)の口を開けない。慈善事業の為に金を出すよりも、別荘の一つも築いた方が増しだと思つてゐる。尚ほ甚しきは妾宅(せふたく)の一つも造つた方が面白いといふ調子である。
近来になつて、社会的同情といふことは稍国民に養成せられつつあるのは事実である。古川、安川、大倉、岩崎の諸氏が、自ら学校を起し、既設の学校を補助するが為に少(すくな)からぬ金を出して教育事業に貢献せるが如き、また渋沢、中野、三井等の諸富豪が絶えず各種の慈善事業に寄附しつつあるが如きは、社会が大(おほい)に感謝せねばならぬ。また孤児院、免囚保護、感化事業、不具者教育、施療病院、養老育児、矯風(けうふう)等の慈善事業も段々と起つて来た。地方には青年会と称するものがあつて、その地方に於ける各種の事業に著手(ちやくしゆ)してゐる。赤十字社、愛国婦人会、済世会等も亦一種の社会事業であつて、それぞれ皆成功してゐるといはねばならぬ。殊に日本は天災の多い国であつて、暴風、洪水、海(つなみ)、飢饉、地震、噴火等が時々人民を悩ますので、その度毎に新聞社或はその他(た)の団体が率先して寄付金を募集し、救済の実を挙げつつある。啻(たゞ)に国内に於てのみならず、印度に飢饉があれば印度の為に、皆多大の同情を寄せつつある。是等の事実を統合すれば、我が国民は近来に至つて大に社会に対する同情心を喚起したやうにも見えるが、併しこれは見方に依るので、之を維新前(ぜん)に比較すれば慥(たしか)に社会的同情心が出来た、また之を未開半開の国に比較すればこれまた大に誇るべき所がある。然るに之を欧米諸国に比較すれば、我が国民の社会的同情心、従つて我が国の社会事業、慈善事業は極めて幼稚といはねばならぬ。余は、之を長所の一に数へなくて、之を短所の一に数へ、大に我が国民の覚醒を望まざるを得ないのである。
我が国民が社会的同情心に薄き例を挙げると、我が国の癩病患者に対する態度の如きその一つである。仰[ママ](そもそ)も癩病なるものは人生最も忌むべきの病毒であつて、古人の伝へたる所によれば、三千四五百年以前に於てエヂプトの地、ナイル河畔に発生したといふ。それよりユダヤ人に伝はり紀元前一世紀の頃には、ギリシア、ローマに伝はり、十字軍の頃には遂に欧州全土に波及し、是れが為に斃(たほ)るるものも甚だ多かつた。爾来種々の予防法や撲滅法を施したが為に、今日では露国を除くの外、殆どその跡を絶つたが、南洋、東洋方面には猶ほ猖獗である。殊に印度と日本とに多く、最近の調査によれば、印度には十一万人、日本には三万人の患者があると称せられてゐる。併しその実数は、二倍或は三倍の多きに上るべしといふ。人口との比例上、日本は世界に於て、第一等の癩病国である。西洋諸国には、政府に於ても人民に於ても、努めてその予防の方法を講じ、その病勢をして自滅に至らしめたのであるが。[ママ]わが国では殆ど十万に近き癩病患者に対して、僅に五六の病院があるのみである。然もその病院は外国の慈善家によつて経営せられてゐるといふ有様、病勢は敵なき道を進軍するが如く、才子を捕へ、英雄を殺し、善人を倒し、我が国家を挙げて病死せしめんとしてゐる。この恐るべき現象を目前に見ながら殆ど之を不問に附するに至つては、実に歎息の至りといはねばならぬ。
(『日本人心の解剖』に拠る)