四一   自国卑下の悪風  文学士 野上俊夫

 今日我が邦の社会の上下を通じて最も広く行渡つて居る思想上の悪傾向は、自国を過度に卑下して欧米を過度によきものと思ふことである。
 極めて些細な例を挙げて見ても、普通に『舶来』といへば上等なものといふ意味で『和製』といふことは下等な廉物(やすもの)といふ意味になつて居る。鉛筆一本買ふにも、和製のものならば一銭で買はれるのを、二銭三銭出しても別に和製のより品がよく無くても舶来のものを買ひ度(た)がる。日本の政治家などを『和製のビスマーク』だの『和製のルーズヴェルト』だのといふ時は、その政治家を嘲笑する意味となつて居る。日本製で日本人のつかふ品物でも、必要も無い西洋式の名をつけたものが沢山ある。日本製の万年筆にもスワン、ナイル、オーナー或(あるひ)はサンエスなどと名(なづ)け、インキなどにも、同様に西洋の名をつける。婦人の化粧水、白粉(おしろい)、石鹸などにも此の類は極めて多い、クラブ白粉、ホーカー液、ライオン歯磨きなど、一々枚挙するに遑がないが、かく西洋の名をつける方が売れ行きがよいといふのは、即ち現代の我が邦人の自国を卑下して、西洋を崇拝する心持の一端があらはれたものである。
 日常用ひる言葉でも、日本語で分るものをわざ/\外国語(その大部分は英語)に云ひ換へて以て得意として居る例も多い。手紙をレター、用紙をレターペーパーなどから始まつて、『衣食の為めにと』いふよりも『バンの為めに』と云つた方が気がきいて聞え、神といふ代りにゴッドと云つた方がハイカラなやうに聞える。
 或は西洋人と云へば始めから一も二もなく我々日本人よりは優等なるものと思ひアメリカの山の中から飛び出して日本見物に来た杢兵衛やお鍋でも、日本の新聞紙には麗々しくミストル某、ミシス某と書かれ、彼れ等が始めて異国に来てオツ消魂(たまげ)た出鱈目な放言でも、先進文明国の紳士淑女の日本文明に対する批評なりとして紹介せられる。若し本当に少しくえらい学者とか政治家とかいふものが来ると、日本国中大騒ぎで、甚だしきは其の人の歩きまはる沿道何百里の間(あひだ)の村々から小学校生徒が悉く出迎へるといふやうなことになる。外国人に対して丁寧親切にしてやることは至極結構な事であるが、併しそれは飽く迄で彼我(ひが)対等なものとしてで無ければならぬ。徒らに自らを卑下して彼れより一段下等なるものを以て自任し、彼れの前に卒身低頭して追従軽薄の態度を示すならば、彼れは我の厚意に感ずるよりも、寧ろ我を奴隷視し牛馬視し、我れの与ふる厚意は、下等種族が高等人士に対する当然の敬礼として感謝の念を以てするよりも、据傲尊大の態度を以て受くるやうになるのであらう。
 我が邦(くに)は過去五六十年間に長足な進歩をして、今では一等国の仲間入りをしたが、それは大抵、欧米の文明を師として之れを模倣したが為めに出来たのであるから、其師として事へたる欧米の文明を師として之れを模倣したが為めに出来たのであるから、其師として事へたる欧米に対して特に尊敬の念を払ふやうになり、自国の到底彼れに及ぶこと能はざるものなりと考ふるに至つたのは、全然無であるとも云へない。併し我が国の進歩が可なりの程度まで進み、種々の点に於て欧米諸国に比して遜色の無いものが少からず出来て来た(例へば軍事、初等教育の如き)今日に於て、未だなほ自国卑下の陋習を脱する能はず、彼我を公平冷静に比較することをなさずして、始めから彼れは悉く我れにまさると考へる如きは、単に其の事の愚劣なるのみならず、我が国民の民族として自信を失はしめ奮発心を銷磨(せうま)せしめ、彼れと折衝する如き場合には、当然主張すペき我れの権利をも譲歩するといふやうになり、我が民族の将来の発展の上に非常なる妨害を来さしむるに至るのである。
 今試みに、日常我が国の社会に於て見聞せらるゝ、誤れる自国卑下の実例を挙げて之れを検査して見よう。
 其の第一は日本は小国なり、日本民族は小民族なりといふことである。日本は島国で面積も小さい。人口も一億の半位しか無い。之れでは到底彼の領土は日の没した事のなき大英国や、一億何千万の人口を有する露国などに及ぶものでなく、又人口四億を有する支那にさへも劣るかも知れぬといふ風な考へが、かなり識者と称せらるゝ人々の考への中にさへもある。併しながら日本は果して此く小国であうか先づ人口から云ふと、日本本国の人口は五千万以上ある。然るに今日世界第一等の強国といはるゝものの中で、人口五千万以上あるものが何個国あるか。印度や支那の如き国は別として、所謂欧米の列強国の中で日本以上の人口を有つて居るものは只の三つしか無い。第一は一億五六千万を有する露国、第二は九千万以上を有する北米合衆国、第三は七千万を有する独逸帝国である。その他の列強は皆日本以下の人口を有(もつ)て居る。英国の四千五百万、墺匈国(おうきようこく)の四千万、仏国の三千八百万、伊太利(いたりー)の三千五百万等であつて西班牙(すぺいん)などは三千万、更に自耳義(べるぎー)、和蘭(をらんだ)、瑞西(すゐつつる)などの小国に至ると、人口七八百万乃至三四百万に過ぎす、バルカンの小国の如き、人口僅かに五十万に過ぎざる黒山国(もんてねぐろ)の如きがある。即ち今日の列強の殆んど皆我が邦以下の人口しか有しないが、その少い人口がそれ/"\活働して広大なる地域を占有し、自国の人口に十倍もある民族を支配して居るのである。
 又国の大さから言つても、欧州諸国の面積は案外狭いもので、露西亜以外の諸国は、如何なる国でも汽車に一昼夜乗り続ければ一端から他端まで行きぬけられるのである。之れを日本の鹿児島から青森まで三昼夜を要するに比すると、日本もかなり大国であるとの感を抱かざるを得ない。我が国は北緯ニ十度から五十度の間に互つて居るが、欧州で緯度十度の間に跨(またが)つて居る国は極めて少い。尤も日本のはたゞ細長い国であるから、長さだけの比較では何もならぬと云へるが、併し面積について比較しても、日本本国(朝鮮を除いて)十五万方哩の二倍の面積を有する国は、欧羅巴に於ては露西亜以外には無い。英本国の面積は日本よりは小さいのである。
 公平に比較して見て、五千余万の一つの民族が居て、それが独逸のやうな聯邦でもなく、北米合衆国のやうに各民族の集合でも無く、猶太民族のやうに各地に散在して居るのでも無く、純粋なる大和民族のみが一つの鞏固なる団結を作つて、地理上でも明かに境せられたる日本の諸島に占拠して居ると云ふ事は、他に類の無い心強い事であるといはねばならぬ。
 人口が多く面積が大であつても、人間そのものが下等であれば無論何の役にも立たぬ。世間では、欧米人が一見して体格が大きく風采が立派で、皮膚の色が白いなどを見て、直ちに彼等は日本人以上の優等人種であると思ひ極めて居るものが甚だ多い。併しそれが果して事実であるか否かは実際に比較をして見ねば分らぬ。此の比較は勿論多くの方面からせねばならぬことで、頗る困難なことであるが、たゞ之れに関係した方面の事実で、確かに今日世間一般が誤解して居ると思はるゝ事が一つである。それは我が日本国民が模倣にのみ長じでて独創の見に乏しいといふことである。