一一 國體の精華と民族の特質 法学博士 穂積八束
我が國體の精華は万国に誇るべき所にして、日本の國體と国民道徳との基礎は祖先教に淵源す。祖先教とは、祖先崇拝の大義を謂ふ。我が日本民族の固有の体制は血統団体たり。血統団体とは、民族が其の同始祖を敬愛するに由りて共存団体を成し、祖先の威力に服従するに由りて平和の秩序を維持するを謂ふ。小にしては家を成し、大にしては国を成すものなり。
祖先崇拝の大義は、血統団体を構成し維持する原因たると同時に、血統団体の存続また祖先崇拝の大義を鞏固にし深遠にする成果あり。二者相俟ちて消長し須臾も離るべからず。而して我が固有の国民道徳たる忠孝友和親愛の道は、一に皆祖先崇拝の大義に原由し、血統団体を保持する軌徹たり。我が堅固なる国家の体制は、祖先教の基礎の上に立つ。これを千古に継ぎ万世に伝ふるは、我が民族の特質にして、実に我が國體の精華たるところなり。
人は独立孤存し得べきものにあらず、共同団結して以て其の生存を全うす。而して其の団結する原由と形体とは固より一ならず。但し利害を以て集散し、約束を以て協和を維持するものは、其の団結固からず、また久しからず、利害の異同は状況に従ひて時に変転し、人為の約束はまた人為を以て解除せらるゝを免れざるなり。血族相依ては、是れ自然の団結なり。児孫が父母の保護の下に団欒するは社会の始にして、民族が同始祖の威霊の下に国を成すは天賦の団結なり。血脈相通ずるは天然の連鎖なり、人為を以て之を絶つことを得ず。利害の観念の外に超越し、敬愛の至情に由りて離るべからざる共同生存を成すものは血族団体なり。
血統は之を祖先に受け、之を子孫に伝ふ。故に其の団結は永久なり。血族関係は利害を以て離合断続するを得ず。故に其の団結は鞏固なり。而して之を統一するものは、祖先の威力なり。故に子孫が其の祖先に対するや、敬愛の情厚く、忠順の念深し。家に在りては、家長は祖先の威霊を代表し、家族に対して家長権を行ひ、国に在りては、天皇は天祖の威霊を代表し、国民に対して統治権を行ふ。家長権と統治権とは共に君父が其の祖先の自愛する子孫を祖先の威霊に代りて保護する権力なり。
吾人の今日あるは、吾人の祖先が血統団体を建設し、維持し、遺伝したる余恵なり。何が故に血統相近き者が相依りて家を成し、民族を成し、また国を成したるか。祖先を崇拝し、其の威力と慈愛との下に生存の保護を全うせんと欲する天性の至情に外ならざるなり。汝の父母を敬愛し、其の慈愛なる保護の権力に従順なる至情は延いて之を其の父母の父母に及ぼすべし。吾人の祖先の祖先は即ち畏くも我が天祖なり。天祖は国民の始祖にして、皇室は国民の宗家たり。父母拝すべし、況や一家の祖先をや。家長の位は祖先の霊位にして、皇位は天祖の霊位なり。父母は現世に在る祖先たり。天皇は現世にある天祖たり。父母に孝なるペき所以は、即ち皇室に忠なるべき所以にして、之を一貫する国教は祖先の崇拝なり。此の大義は吾人の祖先が国家を成したる基礎にして、吾人が之を、永遠に維持する軌道たるものなり。
人は、信仰に由りて動作す、限定せられたる人智は、宇宙の現象を綜合して之を其の根柢の真理に帰結し、絶対の理法を自覚して行動すること能はざればなり。吾人の祖先は、肉体の外に不死の霊魂あることを確信し、また子孫を慈愛する父母の威霊は、顕界に於て其の肉体を失ふと雖も、猶ほ幽界にありて其の子孫を保護することを確信するなり。是れ祖先崇拝の大義の淵源にして、敬神の我が国教たる所以なり。我が固有の國體、民俗、祖先の祭祀を重んずるより重きは無し。家は祖先の威霊の住む処、国は天祖の威霊の住む処にして、祖先の威霊は家国を防護す。吾人は祖先の生命の継続にして、子孫は吾人の生命の延長たり。祖先の祭祀を不朽に絶たざるは、吾人の肉体に於て代表せらるゝ祖先の生存は、永遠に伝へんと欲するなり。祖先と吾人と子孫とが、家国の観念に於て同化し、其の繁栄にして永久なる存在を全うする大義此処に存す。
祖先の霊位を現世に代表する君父に忠孝なるは、祖先に忠孝たるなり。君父が臣子を愛護するは、祖先が其の子孫を愛読するなり。夫婦の和、兄弟(けいてい)の友、民族の共愛、悉く皆我が同祖の祭祀を重んじ、之を永遠に伝へ、祖先の家国の鞏固にして永久ならんことを欲する祖先の遺志に適従する道ならざるはなし。我が祖先崇拝の大義は国民の確信に出で、不朽の國體は之に由りて其の基礎を立て、国民の道徳は之に由りて深厚なり。斯(こ)の国斯の民を千古に溯り万世に亘りて保持するものは、此の國體の精華たる我が固有の祖先教の力なり。吾人は将来に通じて、益々此の美を発揮せざるべからず。
(『愛国心』に拠る)