第一編 日本資本主義発達史<br>
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本編は、もと、新潮社『社会問題講座』に発表せられたもので、その第十一巻所載の第一部「日本資 本主義前史」は一九二六年十一―十二月に、第十三巻所掲の第二部「日本資本主義発達史」は翌年一― 三月に脱稿せられた。しかし、それらは、事実、それより前、慶大在学中に起稿した全然別個の二論稿 を修正補筆したものにすぎなかった。<br>
一九二四―五年、日本労働学校その他における『資本論』の講述中、労働者の質疑が常に日本歴史の 現実問題に向けられていることを知り、これに応ずるため、私は、日本社会史および経済史に関するかねての分析の結果を、一応、覚書き式に纏めた。それをほとんどそのまま文章にしたのが第一部である。 労働者の科学的要求は、私をして、進んで明治維新を契機とする日本の政治的、経済的、社会的変革および発展過程の分析に没頭せしめた。その結果は、卒業論文を兼ね、産業労働調査所の日本資本主義の 現勢調査に歴史的考察を与うる目的で、一九二五年末に一応整理されたが、その過半は、翌年一月のいわゆる学聯事件の家宅捜索の際に没収され、また散逸せしめられた。その際、残った資料は、同年二月 中当時なお新たなりし記憶に基づいて、政治研究会の講習草案として纏めたが、この草案においては、家宅捜索の際ほとんど無瑕に残ったので容易に卒業論文として纏め得た所の、従ってまたその草稿をそ のまま講演に利用し得た所の、銀行および生産の集中と金融資本の制覇に関する部分が除外されている。その後引き続いての入獄、病臥、窮乏のため、私は、この草稿に若干の修正を加えて辛くも『講座』第 十三巻の間に合せ得た。それゆえ、本編を本書に収録するに当って、同時に卒業論文の収録をも考慮したが、諸種の事情により割愛せねばならなかった。<br>
かくして生れた本編は、「日本資本主義発達史」としては、その体系においても、その内容において も極めて不完全なものである。しかも、この不完全のゆえに、従来、二、三の出版所や同志の慫慂にもかかわらず、その単行本としての発表をさし控えていた本編を、ここにあえて収録するゆえんは、その後 の研究になる以下の諸編によって、その不満の一部分が充たされるに至ったのと、ことにその後コミンテルン執行委員会の「日本に関するテーゼ」を読むに至って、私の分析が、その一般的見通しにおいて はコミンテルンのそれと一致し、個々の点においても重大な(戦略上の対立を生むような)誤謬を犯していない事を知り得たからである。<br>
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序<br>
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「資本関係を作り出す過程は、労働者を労働条件から引き離す所の過程、すなわち、一方、 社会的生活資料ならびに生産手段を資本に転化するとともに、他方、直接の生産者を賃銀労働者に転化する所の過程にほかならない。……賃銀労働者ならびに資本家を生ぜしめた発達の出 発点となったのは、労働者の隷属の事実であった。その後における進行は、かかる隷属形態の転化、すなわち封建的搾取が資本主義的搾取に転化せらるる所にあった」(マルクス『資本論』 第一巻)。<br>
「社会的生活資料および生産手段の資本への転化」と「直接生産に従事する者の賃銀労働者 への転化」とによって、日本における資本関係の作り出される過程をば、その「発達の出発点」たる「労働者の隷属の事実」と「かかる隷属形態の転化」との過程に即して究明せんがために、 特に、限られた紙数の半ばを「資本主義前史」の解剖に費やすことにした。<br>
だが、かくの如く資本主義前史の解剖のために、特に独立の一編を割愛することは、全体系 の上から均衡を失するきらいがある。のみならず、ここに展開せられたる所は、、資本主義前史としても、厳密な意味においては、余りに過去に溯りすぎたという非難に値する。たしかに、 如上の転化の「発達過程を理解するためには、ことさらに遠き過去に溯る必要はない」。しかるにもかかわらず、なおあえて明治維新以前の日本史をば、資本主義前史なる一編に包括して、 簡単なる分析を試みることにしたのは、主として次の如き理由に基づくものである。<br>
日本資本主義の発達に関する包括的研究が、全然欠けており、たまたまそれに関聯して説か れている数個の研究においてさえ極端なる見解の相違があり、従って我が国資本主義発達の端緒とその契機との正当なる理解は、一応、日本歴史をその発展の過程と変革の契機との視角か ら再検討することなしには不可能である。しかも不幸にして、我が国には未だかかる視野よりする日本歴史の分析の拠るべきものを見出し得ない。<br>
そこで、筆者が日本資本主義の発達史を究明せんがために特に必要とした所の過去の日本歴 史に対する簡単なる分析と展開とは、同時にまた、読者諸氏の日本資本主義発達史に対する理解に役立つ所あるべきを期待して、特に資本主義前史なる一編に概括することにした。<br>
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