五、思想戦の目標
既述の如く思想政策の目標形成はかくの如き作用領域の認識に基いてゐる。此の目標は三つあるが、此の区別は現代の体験中よりの実例に基き読者をして容易に理解せしめ得るであらう。 ′
第一の目標は全体の内的精神の維持・建設・強化である。宣伝的指導に依り行はれようが、使命意識の喚起に依り行はれようが、文化的植民的作業に依り行はれようが、結局何れも自信を強固にするに在る。此れに対する顕著な実例はケマル・アタテュルク(訳註、一九三五年迄はケマル・パシャと称す)のトルコである。経済的に窮乏し他国に依り占領され全く意気沮喪し無智で大部分は文盲な人間から成り文化的道徳的価値を喪失せるトルコは、意志強化に依つて数年ならずして混沌の中より更生し、現代的秩序を有する国家となつたのである。僅かの間に無力なる中世的国家から一足飛びに権威ある国民国家となつた。民族の斯の如き精神的更生が最も秀れた意味に於ける防禦であると云ふことに何人も異議をさしはさむことは出来ぬ。他民族から自信と自覚の権利を剥奪せんと考へてゐる者にはそれは攻撃と見えるであらう。
第二の目標は同感の獲得、世界輿論を繞る闘争、被宣伝者に対する敵の影響の防禦である。此の種類の最も広汎にして顕著な実例は、一九一四年より一九一八年に至る間に宣伝の手段を以てクリューハウス及びエム・ビーにより世界に明かに且痛切に示されたから、今日は世界の隅々に至る迄思想戦の価値と意義並びに方法に関しては明瞭に知られてゐる。
精神闘争の第三の目標は直接的攻撃であり、それはボルシェヴィズムに依り最も広範囲に亙り孤立化・士気沮喪・分離・精神破壊等の恐る可き手段を以て行はれてゐる。
世界大戦の時代と称せられる現代を又正当にも未曾有の思想戦の時代と呼ぶことが出来るであらう。絶えず増加する思想戦の手段と方法の数によつて----映画・ラジオ・テルヴィジョン丈でも考へて見よ----右の言輩の正しいことが日々立証される。手段と方法は絶えず精巧となり、人間心理に関する知識は、学問の進歩に依つて愈々深まり、人間生活に精神力の参加する可能性は愈々増大して行く故に、精神的武器が益々盛んに用ひられても何も怪しむに足らぬであらう。