四、思想戦の心理的作用範域

20

 「対象」と共に作用範域と密接に結合せる思想政策の目標に関する問題が生する。作用範域は種々の心理的機能即ち記憶・思惟・想像及び社会表象、知的・審美的・。倫理的・宗教的・社会的の諸感情、欲望の諸現象即ち衝動・傾向・情熱・意志構成・理性である。目標と作用範域は思想政策の方法及び手段を決定する。防禦と攻撃は心理学的企図の組織及び形成に対し更に広い観点を作り出す。
 一の全体社会が有する記憶表象の中で最も高等なものは歴史意識であつて、それは最も重大な政治的要因である。国民的自覚を決定し政治的経験に重要な一定の出来事の生々たる維持、不愉快な出来事を歴史から忘却する一民族の能力、歴史意識の深さと広さ及び伝統の継続等は一民族の政治的慣習、民力の涵養、抵抗力及び行動の自由にとり極めて重大である。北米合衆国に於て南北戦争の記憶が国民の頭からすつかり消え去つてしまつて居り、時々行はれるそれに関する記念祭や記念碑除幕式等が殆んどありふれた芝居じみた魅力しか有せぬと云ふ事実は、合衆国を対外的行動の自由を妨げる国内的対立から開放したのであつて、それに依り強い精神力が外部へ向けられ得或は政府の役に立つのである。反之、独逸の統一国家建設後に部族的対立が依然残つてゐた為に、独逸の外交に極めて大なる支障を来した。全独逸的歴史意識の皆無は、一九三三年に至る迄政治的事件に対する国民の統一的な精神的反応を常に不可能ならしめた。一九三三年の革命以来初めて独逸民族の国民的記憶形象が正しい軌道に復した。此の革命は極めて大規模の精神的革新であつて、その意義は外国の此処彼処に見られる鋭敏な反応を見れぽ最も好く理解される。教育・文化促進(独逸の先史研究が今日模範的に示してゐる如き)・国家形成・宣伝等は構成的人心獲得政策の主張課題箇の一である。
 歴史意識は現実政治的要因である。それ故に歴史意識の形成は、環境に何等の影響を及ぽさずに措くものではない。その意識的変化は往々にして一種の平和的競争へ人を誘致するものである。ファッショ政治に依る古代羅馬の再喚起は、常に伊太利人の歴史意識をニ

15

 千五官年の古代忙迄碗張したばかりでなく、伊太利領でない地中海領域を伊太利の勢力範
 韓中に引入れた。歴史意馳は外因からの想い畝轡に封⊥国民を免疫此する手段としては守
        ′
 勢的翠孟であるが、歴妄執が昂捜した箸には頼紳的攻警段である表溝嘉
 的関係と陶土の黎掘に基いて、トルコ民族は今日その歴史的如来をへヅティーチル人及び
 シユーメラー人から著するものとしてゐる。公の歴史書「タリー」はトルコの歴史畢の此
   一手
 の給態を凍用し、凡ゆる畢校に於て数へられ、一九二二年七月三十言Hの法令に依つて在
 外トルコ人の児童にも「タリー」に準摸して歴史を数へらるべきことが決定された。「トルコ
 の地は歴史上最も古い文化の格蟹である」と或る官製の宜俸ビラに書いてあるが、これはト
 ルコ戦争の絵頻†ルコ人を「野蟹人」と見傲す欧羅巴人の従来の歴史観に封し自民族を防
 禦することを以て満足せす、明かに文化固民の悶に於ける平等敏、香その文化的優越性の
 承認を要求する山の歴史構成である。イラJ人の更生運動をサッサエーデン王朝(諾註、▲
       ●
 準沌後ニニ七年頃アルタクセルクセス一准に依り鎗設され、六三六年に滅亡せるペルシャ
 の※朝)の偉統に結合する努力やフアラオ王朝の歴史を現エヂプト民族の意添中に生々と
 鞄動せしめんと凍る新興譲ヂプ下民族の企囲の裏面には、右と同じ様な拳が潜在して屠り
 且そこには欧洲緒民族の造かに劣つた組兜の系譜を些か皮肉る気配が恩ら称る・
 外因q攻撃が歴史的記憶表象に向けられるならば」それは闘争揚と窪椅。コエアス似
                                     /
 前のアメリカ太帝国をスペイン人が占領してaメリカインデイアン恥臥史倦統を重く破壌
                                            ノ
 した為に、土着の文化民族は妖隷となつた。少数民族の歴史像の中に外因の磨舟表象をこ
                                                                                            。ヽ
 つそり持込むこと、外固の菓続を胡合すること、人心樟得の目的でケーふギンホーフ流の
 書饅で直接に歴史を偽作することは、記憶表象のせ界に於ける「戦闘」である。 、
 心理拳的意味の想像卦象の中では、国民的峯問表象を繰る周季、教育に依るかかる寡聞
                                                                           ●
 表象の油糞、生清領域の縮小・旗行禁止(少数民族に封し用ひられる)等に依るかかる宴問
 表象の妨書と破壊が例として拳げられる。客観的虞理を主観的に歪曲する為に「閲心」1
 嗜好・傾向√熱情▲トーに訴へることに伐り判断に影響を及ぼす場合に、特に思惟表象の作瀾
 領域が現はれる。チェッコその他東方諸図の組成民族[閑する統計が姓名・嘗零その他の
 分析のカを借りて世人を迷はす為に作成せる如き、偶の或は歪曲された科挙的・政治的・

16

研究資料の提供は同様に世界像を破壊する方法である。
 併し思想政策的作用の最も最大な領域は祀曾表象のせ界である。「我等」意識即ち批禽約
                           」
自我の意識は凡ゆる金濃政令の主要なる精神的基礎である。それ故に此の意識の摘草と蹟
大及びその固季は凡ゆる精紳的茸践に於て廣汎な領域を占める、方亨衣服・儀攣風習等の
                                                                                                        ●
                                                                                      ●
如き「本能的」に或は血に規定され或は蟹展史的に襲生した共通財の強化を行ふことによ
り、外的勢力の及ぼさんとする凡ゆ畠影響に封し虜もよく叉最も確賓に防禦し得るのであ
る・それ故に文化政策的閑季に帥聯して既に別の箇所で論述した所の少数民族の文化礁系・
 に対する攻撃、危険なる二雲量仰の培養、民族的同顆感情の破壊−これは就中ポルイエ
                               ー
ゲイズムの分離政策が非常な残忍牲に道教展せしめたものである1が存准する。
一一文化膿系の基礎の上に、個惜をして自己を各鰭の部分として認識せしめる所の明確にし
 て強調されたe弛合的自発が金牌の精紳的生活から生れる。常に僧値観念及び使命観念に
具現してゐる人種的、尚民的、国家的、身分的自覚に於て金牌は他の共同杜合より自己を
∵J直糾し、象濃は諸々の民族・人種・商家の頗聯やに串己の個性竜糞碇嘗?且叉、若し全謂
                                  lり‥、 一
 が「我等」意識即ち同類意馳を保持してしゐるならば、全館は如何払&多迫時に紗ても卑下
 感情や弼燈状態の為に生する人心動鴇を克服し得る。ポーランド人が其の「未だ波瀾は失
      ●                        \
 掛れす」と云ふ歌を歌つた響り、彼等は其Z図民的主格を破壊せんとする敵に封与る戦争
 中も図蒙の再興に対する現茸的希望を持つてゐた。「我等」意識が全館の中に栂ざすこと強
                               秒
 ければ強い程、叉此の意識が酷ければ温い程、他国人の「精神」に及ぽすその光輝と魅力
 は愈々大である。「永遠のローニ「太陽の捜せざる滴図」 「ステファン王即位以来山千年
                                    、
 の鰭圃」「偉大な国民」「選ぼれた憐民」「紳自身の拘束」「凡てはつランデルンの為に、フ
 ヲンデルンは巷督の環に」「中拳民図」「玉造」等凡て此等の意識形態と使命初念は仝贈の
 中でその費紡を典たし更にその外へ進出したのである。民族共同祀禽・血縁北ハ同政令・速
 命[ハ同融合の意識、国民の「我等」に於ける大いなる同胞意識は、俵つて以て杢饅が事賓
 上劣敗し得る「椅紳障壁」である。■個々人の意識は此の一「我等」意識に昂揚する。「国民めl
 運命は鑑ちに以て叉個々人の運命である。個々人は国民の偉大なふ業績や歴史やその賂来
 を自己のものとする。個人は、豪族の遺産の中に於ける如く宗教的周民的政治的自覚が創

17

 通せる記念建築物の申で鴇攣する。」かくて「自我」は他図の楕紳の侵入や攻撃に封して何
 等の寄を受けぬ棟忙不死身となる。/
 祀禽意識はかかる意義を有するが為に精細的攻撃の主要舞峯である。文化的分離政策・
 生物的同化政策・国家的分離政策並びに大戦中掛特に聯合図に依り猫逸及びドナウ王図に
 封し行はれ、。後にはボルシエゲイズムに伐り凡ての文化民族に封し行はれた破壊・撹乱・
 分離の篤の産倦は、常に精紳的な封光・緊張郵・亀裂線に足場を求め、「我等意識」が大戦
 前の猫逸に於ける如く未だ成熟せす或怯往年のドナウ王図に於ける如く眈に頑朽してゐe
                                                                                       す
 ならぼ教典を漁期し得る所の民族的統一を破壊する方法である。
 赦禽的償値に対する攻撃は常に叉、敢禽的感情と云ふ心理畢的範疇により構成される領
 域に於ける攻撃である¢国民的自虐心・愛摘心・犠牲欺書・名啓感情及び心理畢の「同情
 的感情」に村應した連帯感惰と朋友感情或は政令畢の所謂「爵迫に臨んでの連帯性」(例へ
     、                     ル
ぼ農民の軋此労働完同補助・保険制度及び信用組合制度の根本野念・少数民族に於ける
 自教的労働奉仕の形に於ける臥助の組織・冬季救済事業等)は最も激烈な思想闘黎の行は

                     ′
 れる地盤である。欒節者養成に依る少数民族に於ける融合的感情の破顔、探偵組繊の手段
 を以て相互的不信を教生せし破ることに依る連帯性の破壊(諸民族の撹乱の為に特にソ磯
 に於て教達してみる如き)、割込移住を以て住宅地閑聯を切断することに依る連帯性の破壊
                                                                                _







                            ∩で
 のである)、保険制度(フ三ックス・プラ」グ)の破壊、周倦結社豊芸、ポーランドに
 於けるが如く少数民族の青年奉仕轡働者の駆逐、支配的民族の拘束に愛陶心彰向抄ること
 (「余は余の選べる圃に柴蓉と生命を捧ぐ」と外因系アメリカ人瀕「屋條旗」の歌の音律に
 従つて歌ふ)、圃民的卑下感情の強制(「外圃軽米国人」、取替及び植民地に対する責任に関
 する≠こ、政府と図民の間の連繋の破壊(大戦中に於ける聯合軍の宜鍵盤句「我々は帝政
 猶逸とは平和を締結せぬ」針金照せょ)、構成に射する信念の破壊(その為にユダヤ人は最
                                    一▼
 も豊富な園餅手段を有してゐる)1凡て此れ等は純粋な融合感情の領域に於ける政治的
 頼紳闘争であ息。
                               −

18

  融合的感情に対する思想戦に類似してゐるのは」道徳感情及び法律感情の領域に於ける
                                                                                              ′
 思想駁である。謀叛人オスィエツキーに対するや和ノーベル賞の授輿はその一例である。
 ユダヤ新聞に依る造徳的感情の破壊もそれに属する(「殺人着ではなく殺容された者が悪い
                                 〆
 めだ」とか、その修法律感情・造衝感情を傷ける有名な合官菓)。此の心理畢的観噂の立像
 的利用は所謂自耳轟の中立侵客を利用して中立諸図に封して街った聯合図の立像戦及び英
                     ′
 紡がギリシャの中立を侵して駁き乍らそれを合法的なりと宣言したことであつた。ヴェル
 サイユ平和條約に於て聯合圃が国際的裁判官の如く振舞つたのも亦その一例である9悪意
 を以て罪恵的行為を犯したと云ふ印像を輿へる為に戦敗圃に胡し付けられた養鞍を「償ひ」
 (漑慣)と呼び、法律感情を誤導する為払「懲罰」の名の下に自らの強奪行為をカムフラ
 ージュしたのは何れも感情的嬰困&心理畢的利用である。植民地強奪及び中欧協商固かち
 強制的に取上げた領土の大部分打併合を「委任統治」の名目の下町描著したのは、法律感
                                                      \
 悟を最も巧み灯利用せるものである0父性的老婆心即ち植民地民族の利鉱の為の所謂無我
 的献身、混代的教育理念の皮肉(澤註、未閑人を教育して文明人とする)、囲際法的迷彩の
 三つをいみ七くも常卓漁ぜ嘗飢永為礁め委任統瀕働嫁吋国際聯盟規約中に取入られるこ
 とに依り一種の紳竪味を帯び、戯敗因を長い間ごまかすことが出来たn此の保税の文言は
 アンダロサクソd人の宗溌的信仰園倦の宗教宜俸用冊子を想超せしめる。ヾ若し人が清教徒
 的鞠鰹特にアメリカの婦人園鱈の勢力を考慮に入れるならば、かかる條規の文言の教典は
一般に理解し得られるであらう。政治朗未経験者には滑稽に悶えるかも知れぬが、婦人園
 硯に伐るホリウッドの撮影所の風紀検閲から要件統治制遥の距離は心理畢的に見れば僅か
 一歩に過ぎない。かかる心理からクィルソン大統領の「民族自決」と云ふ叙事詩的叫びが
 生れたのである・徒つて国際聯盟規約仇第二十二促虻、添律的形態を珠つた思想政策の此
 の上なく秀れた澄嬢である0γ     つ■ \\
  「戦争の結果、。先に支配せる図家の主樵の下に且つことをムあ、而して現代のせ界の特
 に尉難な事情の下に自ら統治し得ざる民族の居住せる植民地及び領土に臥しては、次の
  如き原則が適用される。此等諸民族の祀祀と費展は文明の紳竪なる課題であり、此の辣
                                                         ′
  題の資行の為の確資性を此の促文に取入れるこねば合目的であると考へらる。\庇の原則

19

■ を茸際に貨現する為の最章の方途は此等諸民族の後見役をば、補助手段や経験或は地理
 的位置に基きかかる責任を最もよく引受けることが出発且進んで引受ける進歩せる国民
 に委託す訂ことである。此等の図民は聯盟の委任統治者として叉聯盟の名に於て此の後
 見を為すべきものとす。」
 /
 此の方法に封し異議を申立てることが難しいので、国民的櫻迫方津を容易に根榛付ける
為に、此の方添は欧洲に於ても採用されるに車つた。一九三七年に敢行された論集「思想
と行為」に於てチェッコ大統領エドアード・ペネシユは荘重に、一九一入年合併されたカ
ルバーロシアに自治を輿へるべきチェッコの條約的義務を無祓し絢際聯盟使規流に臼く、
 「今カルバーロシアに由治植を輿へるならぼ、それは此の固に於て非民主主義的政治徒
 つて新しい紛糾への道が開かれることを意味するであらう。却ち少数民族が多数民族を
             一
 女配することにがるであらう0かかる情勢下に於て膚際の民主主義的自治の完成の為に
 特特長年に雪政治的経済的文化的準備を行ふことは、望七主義的・フラーグ改札灯轟韓
 やあつたと余は明言する。歴史上初めてかかる行政穂を獲得する人民の手に「図の行政
 ∵横を渡すことは虐めて責任の大なる事であると云ふことを人は忘れてはなら氾。チさサ
 コスログァキヤ共和圃政府はカルバーロシア人に完全な自治樺を輿へる以上は、それが
 虞に敷浪を野すこと而して此の教典が将来に慮り永続的であることを欲するものであ
 る・」          。       →い
 かかる世界輿論の法律心粗の利用に於て窟と同様の経度と意辣さを有する唯忘封舵例
                                     −
 は、外因に於てツアー政府の獲絡せる樵利頂ポルシエゲイズムが自縛「放隼」したことで
 ある℃
  「ソ聯政府は、、ペル小シヤ民族が攣皿的に、蟹展的にその凡ての所有物を自由に管理する
 ことを希虚して、粛のッァ▲」教府が人ルhと締結しペルシャ人民の橙利を減少せしめ
  た如き凡ゆる性的の鷹発と無数とを宜する。
  ソ聯政府は、アジア諸民族の協賛なくして此等諸民族む攣斗を確催すると思ふ虚構名
 目の下に」l速は漸次併合する目的でT他仇欧洲諸図家と東方に関する條約む締結せ
 る蔵敷ロシア政府の政策を排撃する。アジア諸国蒙の主権を償濱せるのみ経ちす、欽洲

1a

 の盗賊的列国に依る東方諸民族に対する粗暴なる組織的臥制度迫を招来せる此の罪悪的
  政策をソ聯政府は香應なく非難す渇ものである云々。」
 一九】二年二月二十六日にソ聯とペルシャの聞に縮結された像約に右わ如く記されてゐ
 るが、ソ聯は此の條約に俵少、帝政ロ、ンアが経済的開率の儀典接待した利益を放零する代
 りに、アチを欧倒に対して使験してソ聯に対する人膚む得んと企てたのでぁる。同様に
 カラハンが支那と緒結したる性的の意囲も亦かかる感歎のものである。
  →支那た於ける因民的革命遅効に対するロシアの影響の問題が非常に畳大なものと考へ
 _ られるのは全く首然である:=ミ…:……此の影響は何等宜俸の結頻ではなく」 ソ聯が支
                     ●
  那に封し官業丈でなく資伐に於て行ふ耕の正義の政策に基ペものである…:∵…:==・
   ソ聯の書き政策に何等か犯罪的なものがありとしても、吾人はそれを誇りとし、その
  責任を潔く引敷けるものである。」     、
  国際法的條約に於ける一定の樵利を散薬した代償としてポルシエゲイズム化が許される
 ならば、かかる人心樟得方法は勿論所謂宜俸を必要としないであらう。而してかかる輿論
                      か
め法律感情に訴へて人気を得る方法も、ソ聯が一度東亜晩於て英囲と衝突するや、直ちに
 その正憎を暴露した。
 「今後佃幾年も荒れ狂ふであらう所の此の武器無き戦争に於て反撃が必要であることを
 洞察せざるは正に狂気の沙汰であらう。
  経済的投資は飴りに大にして、数百年の努力の成巣を失ふことは出来ぬ:=::=・:…・
 眼に見えざる戦争も眼に見える戦争の如く人と物資の特別の動員を必要とする。大英帝
。図をして優秀な手段に放りやがて支那に於て特樺を得せし掛る如き反抗運動が必要であ
 る・・…・此の非軍事的戦寧に於て不断の攻撃の理論を唱道する一人の新しいクラウゼゲイ
                                     h町
  ッッが必嬰である==ニ=…===・。」
 斯の如くソ聯の支那赤化の秘密をあぼいた人は英人の親文豪。フトナム・ウイールであつ
 た。一度は秘密暴露により■危険に押したソ聯の支那赤化工作も、やがて再びカムフラージ
 ュの下に進められた。
 融合挙の知る多くの種類の感情及び感情群の叶で特に「共感」は頼師岡率の領域である・

1b

共感には臥感及び反感の二極の感情群があり、瀾者は同情・共鳴等であり−後者は慧・
嫉妬・嫌悪等である。特に宜俸は此の共感と云ふ小範疇に基礎を撞いてゐる。宜俸はその本
                                                ′
質上同感を樺得することであ少、或る立像事項仝饅に封し整且爆音旬輿論せ喚租して理解・
共鳴を得ることであるい度量俸は被立像者の欝享者に轡する反感等の喚起を目的とする・
 かかる共感は他の思想政策手段に於ける組立俸に於ては飴り役割を演ぜぬ確信感怜・理解
 感情・資利感情の如き重く種類の興る理智的感情から明確に濱別されねばならぬ0「洪螺次
       ′
き基督窟」の思想1「堅気のユダヤ人もゐる」壬漑此の理智的感情に塞くもので、利
益収得可能性等(感情功利主義)に対する見込がその精紳的態度を決凌してゐるのである。
少数民族の統一を破る為に用ひられる「積極的協働」▲と云ふ合言葉や大臣の地位や議合参
                                                                                              一
畑を以て少数民族の諸糞沢を謬惑することは重く理性的打算に基く確信感情に対する刺哉
 である。例へばすエアコに於ける濁逸人の「政府に射す渇頼彪的凌持」裾、ズデーチン璃逸
 人の統】速動に封し「規寛政策的考量」に基いて行はれる「破壊者」の役割をプラーグセ
顔じてゐる。此の理智朗感情に塞いで巧みに作られた周濠政策の経済儲域から多くの少数
 民族成員の投降者が払て来る。         【
  本来の宜俸に於ては理智的感情への呼び掛けは所謂共感の隙租と結合して初めて成功す
・る見込がある叫論理的理論のみを以て人々を態解せし町詮服せんと欲することは飴少。に冷
 やかすぎ、心の奥底に迄湊透して人心を動かすことは出発ぬ。それ故、理智的宜俸に極め
                               ●
 て虚い飴地を輿へた英国の反瑞戦時宜倦も宗教的並びに感情的に色付けられた。礪逸の哲
 畢及び歴史記廼此対する闘争は部分的に非常に冷瀞な軋澄により途行され、無味乾燥な功
                                                                      、

 利主義的観念を有する英国の圃家掛及び文化哲挙が論ぜられた。それにも拘はらす英国の
 宜俸が人々の共鳴を喚起したのは、清教徒的俸銃を忠賓に守り最も冷かな村澄にさへも宗
 教昧即ち使命意識が附加された為である。英図は聯合圃の諸民族中にか」の如き宜俸を行
 ふことに依り、思想政策上大な月儀典を樟待した。
 感情の輿蛮(一入三〇年休圃町飯者がベルギー人の感情興奮に懲へてベルギーの革命を
 惹起せしめた如き)及び感情の低減。タ仇一八年聯合図の立体が猫逸の戦線兵士に草生せ
 しめたれき)1「毎分八人のアメリカ兵が上陸しっつある」と宜俸ビdフに記遷れてゐた

1c

 1・1は感情生活の領域に於ける思想戦の粋なるものである。生活感情の破壊(従来マーダ
 レッごサンガー夫人やゥエルズその他の人々に依り産貯制限の推奨を以て行はれた)、梱
  土感情の無力化(スペインに於てボルシエゲイズムに依り行はれてゐる文化財の破壊、琴
                                                                     \\
 圃系氷人に依りインデイやンに封し企てられ或は行はれてゐる強制的移住)は人間心理の一
  地盤上に於ける間接戦略の賓践的事例である。     I
                              わ\
  思想政策の第三の領域は本能的慾望・悟性的慾蜜の二つである。戦争中の経済封鎖は飢
            /
 殊に依る国民感情の破壊を目的とする。人を恐怖せしめる武器(タンクの驚怖)は人々に恐
 怖感情を超させすことに依り凡ゆる道徳的圃民的慣値を放架せしめ自己保存の本能に徒は
 しめる。古代の東洋た於ける戦争捕虜の取扱ひ(サルマナサール\山世は彼自身の骨自に依れ。
 ぼ一萬四千四月人を眉目にし、た)、植民地に於ける湊動や国民的一揆の首魁に対する確忍な一■
 ′死刑(英閑人に依りアイルラン下と印度に於で度々行はれトソ聯では目下盛んに行はれて
 ゐる)、その他の苛酷な威嚇方法は吾人の審共感を害する怖れがあるから故には唯概括的に、
  礪れるに止める。かかる方法は今でも決して消滅して居らぬ。ゲイルヘルム・フィルヒす
 ーが亜細亜内部に於ける回数闘争に閲して戯適した著述「回々数」を見ると−東郷人と呵
 々教徒の双方の倒に於ける威嚇手段としてかかる方法が用ひられてゐる。彼はその竣忍な、
 行状を一赤裸々に記してゐる。ウイッカム・竺デイード及びセトン・ワトソンが喚洪王国を仙
 破壊する為に、叉、ローレンスがオスマン帝椀を崩壊せしめる為に巧みに動員し待た圃民‥
                               恥
 的情熱の喚起・強化・支持は此の領域に属するものである。併し叉観い防護力及び抵抗力
 が此の領域で滴養され得る。而して抵抗椅沖の意志縛成、国民的自制心の計董的指導、道
 徳的政治的理性の行為に対する民族の政治的理解等は或る目的を達成する為の堅忍と闘争
 に於て驚く可き力を喚起し得る軒のである。         、