新らしい経済体制                     商工大臣 小 林 一 三




 私は極く最近イタリアからドイツへ廻つて帰国したのでありますが、実際ドイツ国民の現在堪へ忍んでゐる生活の不自由といふものは、到底わが国民の想像も許さぬ程度のものであります。私はこゝでその詳細について申述べることは避けますが、生活必需品の切符制度なども実に徹底的に行はれて居ります。しかもドイツ人はよくこの統制の趣旨を理解して居るのでありまして、この現在の不自由はドイツが将来大いに伸びんがために必要なことであるとして、寧ろ欣然として、この生活の不自由を忍んで居るのであります。
 またベルリンでは、燈火管制も徹底的に行はれて居りまして、如何なる深夜に於ても一度空襲警報がありますと、市民は直ちに所定の防空濠へ避難せねばならぬことになつてゐるから、市民はその用意のために夜間戸締りをせずに寝るのでありますが、これを利用する犯罪が殆んど起きて居りません。
 これは直接何も経済統制に関係したことではありませんが、如何にドイツの銃後国民が政府の方針を理解し政府と一体となつて、今同の動乱に処して居るかといふことの一つの證拠には在ると思ふのであります。実際私は今般親しくドイツ国民のこの心組を目撃して、この結束があつてこそ初めて独軍の大勝利があつたのだと感嘆したのであります。
 飜つて考へまするに、我が国民は光輝ある、世界に比類なき國體を有し、一旦緩急あるときは進んで 陛下の御為め国難に殉ずるを以て誇りとして居るのであります。この我が国民が現下の未曾有の試練に際会して、ドイツ国民でさへ出来る程度のことが出来ぬ筈はないと信ずるのであります。
 然るに現実の問題としてなかなかこの通りに参らぬのは何故でありませうか。これは結局今までの統制がいはば基礎と申しますか、土台と申しますか、国民経済の基本組織を従来の自由主義時代の儘に放任して置いて、この土台から生じて来るいろいろの不都合を掴へて是正して行くといふ遣り方であつたことが、根本の原因ではないかと思ふのであります。
 経済界の指導精神が従来通り営利主義、儲け第一主義に置いてあります限り、どうしても私利の為めに公益を無視するといふことになり勝ちなのは已むを得ないと思ひます。この心構への下では、例へば各種の統制法規が制定されても、これに違反することによつて儲け得る金額が罰金より大きいならば、いくら罰金をとられても違反をする方が得だといふ、恥も外聞も構はない考へ方も起きて来ませうし、統制法規が出た場合その精神を汲み取ることをせず、違反になるかならないかの境目を専門的に研究して、法網を上手にくぐると云ふことにもなるのであります。
 従って私は、この際従来の統制のやり方について根本的検討を加へ、生産者も配給者も消費者も各々その立場に於て、分に応じた御奉公が出来るといふ組織を作り上げることが目下の急務であると存ずるのであります。この体制の下に於ては利己的な個人的な思想は排斥せられ、あくまで国家的観念に基づく公益優先の考へ方が支配することとならねばならないのであります。即ち国民は最早単なる統制の客体たるに止らず国民も亦統制の主体であるといふこととなり、官民一致してこれを盛り立てて行くといふことにならねばならぬと思ふのであります。
 かくて統制は最早他人事ではなく国民自身のものとなつて来るわけでありましで、統制違反の如きは自ら絶滅するものと考へるのであります。
 統制と云ふものは確かに個人の自由を拘束するものであります。従来から享有してゐた自由が制限されると云ふことは不愉快なことでありませう。然しこれも我が国が将来伸びんが為めの生みの悩みであると観念するとき、この苦痛はかへつて大なる希望につながるわけであります。我が国は 上御一人を家長として戴き奉る一大家族であります。従つて共に苦しみ共に楽しむと云ふことは國體の本義であります。この肇國精神を発揚して挙国一致目的に邁進致しまするとき、いかなる難関もこれを突破出来ぬことは絶対にないのでありまして、生産力の拡充に致しましても、物価問題に致しましても、自然に解決されて行くものと思ふのであります。
 今や事変はますます長期に亙り、世界各国との外交関係はいよいよ複雑緊張して参つて居りまして、強大なる軍備とこれを支ふべき経済力とを確立することは焦眉の急務であります。
 世界は今や数個の国家群即ち国家の集りに分割せられ、この国家の集りがそれぞれ其の勢力範囲内に於て自給自足の経済を営み、独自の政治文化を作って行くといふ機運になつて来てゐるのであります。従つて我が国と致しましても、この世界の動きを無視し得ないことは勿論でありまして、従来の日満支を一体とする東亜新秩序の建設といふ目標から、更に一歩進めて南洋をも含む大東亜の協同経済圏の樹立が新たなる使命として取上げられることとなつたのであります。そしてこの大東亜協同経済圏の樹立と云ふことは、一に今後の我が経済力の充実如何に懸つてゐるのであります。
 私共は一日も速かに国内体制を整備し、国民全部が手に手を携へて、この大使命の達成に邁進せねばならぬと存ずるのであります。

「週報」第二〇一号(昭一五・八・二一)