『国家主義団体の理論と政策』抄  (山本彦助検事)


国家主義団体の理論と政策

第一編 国家主義団体の基礎理論

 こゝに、国家主義団体とは、所謂国家主義運動をなす団体で、処罰、取締の対象となるものをいふ。従つて、国家社会主義団体、血盟団等の如きも、無論、こゝに、これを、取扱ふが、大政翼賛会の如きは先づ論外である。


第一章 中心的指導原理

第一節 皇道、日本精神


 所謂、国家主義団体の殆どは、理路を皇道、若は、日本精神に見出して、これに遡る。従つて、こゝには、先づ、皇道及日本精神の何たるかを述べ、次節より、主義に及ぶ。

第一、日本精神

 一体、日本精神とは、如何なるものか、世間、通常、日本精神を説くに、二つの型がある。即ち、日本精神を、理論的に究明し、而して、これを、把握せんとするもの、その一、日本精神は、実行の過程に於てのみ、体得、味得し得らるゝものであるとするもの、その二、而して、後者に又二つがある。その一は、国家改進の過程に於て、初めて、体得、味得し得らるゝものとし、他は平素の、行住坐臥に於て、これを、体得、味得し得らるゝものであるとするのである。以下順を追うて説明すれば次の如くである。

一、理論的日本精神論

 日本精神の本質を、理論的に開明、把握しようとするのである。小山松吉氏は、いふ。

元来、日本精神といふのは、日本国民思想の中心たる霊をいふのであるから、容易に之を捕捉し難いのは、当然である。殊に、古来日本国民は、所謂言挙げざる事を、その信条として『神ながらの道』に付ても、その理論を子孫に残してゐない。 − 要するに、日本精神は、米国人ワーレン・メーソン氏が、我神道に関する論説中に述ぺてゐる様に、上古人の潜在的の意識である。」(日本精神読本)

更に、高楠順次郎氏も、いふ。

日本精神といふものは、日本民族の生命であります。それで我々生命の中心たるもの、ベルグソンの言葉でいへば内的生命といふもの、一番に我々に中心の生命であるもの、それが我々の心を通して思想となつて現れ、又我々の身体を通して行為となつて現れ、それから我々全体の生活となつて現れ、又我々が共同に生活する団体生活の光景となつて現れ、次第に外現するのであります。その最中枢の内部からして段々に外面を照し、放射線状に総ての方面に行渡つて居るのが日本精神であります。その内的生命とも謂ふぺき中心の生命であり、中心の霊性であるものを指して日本精神と謂ふのでなければならぬ。さうすると、その外に現れる外現の相は、明白に判りますけれども、外現する中心の霊性と云ふものは、どんなものであるかといふことは、我々に説明出来よう筈がない。それは、斯う云ふものであらうと想像する事は出来るかも知れぬ。けれども、これをどんなものであると明言することは、不可能である。」(日本精神の内容)

 と。即ち、日本精神の本質、実体を、直接捉へて説明することは結局、不可能であるといふことになるのである。従つて、和辻哲郎氏は、その発露に於て、捉ふぺしとして、次の如く述ぺてゐる。

日本精神といふ言葉の下に、人は何を意味させてゐるであらうか。最も通俗の用語に従へば、それは、恐らく大和魂と同じく個々の日本人に宿るところの何らかの形而上的な実体を指すのであらう。或は、漠然と気塊、気概といふ如きものを指すのかもしれない。しかし、斯るものは、それが形而上学的であるといふまさにその理由によつて、直接に認識され得るものではない。で常識は、既にこのものへの正しい通路を見出してゐる。即ち人は日本精神をその『発露』に於て捕へようとする。爆弾三勇士の行為 は、日本精神の発露であるといふ如きである。かく外に発して露されたものを媒介とし、そこに己れを表現するところの主体的なるものを捕へる仕方は、我々が精神を把握し得る唯一の仕方であるといつてよい。」(続日本精神史研究)

 然らば、次に、その発露を通して見たる日本精神の様相は如何。諸家の説くところを列挙すれば、次の如くである。

(1) 小山松吉氏
(イ) 我が国民は「我国は神国なり」との確信の下に、敬神崇祖の心篤く、万世一系天壌無窮の皇室を戴きて終世易ることなく、忠孝一本の道を守りたること、
(ロ) 家名を重しとし、君国の為には死を軽しとしたこと、
(ハ) 我が国民は、尚武の気に富み、武士道を完成したこと、
(ニ) 我が国民の殆どすべてが、詩想に富み、その性格は優美であり、明朗であり、潔癖であること、
(ホ) 我が国民は、事あれば振ひ起ち勇猛であるけれども、本来の性格は平和を愛好すること


(2) 井上哲次郎氏
(イ)明快 (ロ)純潔 (ハ)高大 (ニ)悠遠 (ホ)平和

(3) 平泉澄氏
(イ)忠義 (ロ)尚武

(4) 荒木貞夫氏
(イ)・・・(ロ)仁愛(ハ)勇断(ニ)・・・ 
※入力者注・スキャンミス

(5) 正木直彦氏
(イ)進取性 (ロ)包容性 (ハ)徹底性

(6) 緋田工氏
(イ)一貫的統一性 (ロ)一体的汎神性 (ハ)進歩的容融性 (ニ)現世的快適性 (ホ)積極的平和性

 而して、日本精神の淵源をどこに求めるかといふに、それは殆ど全ぺて、我が建国の事実と理想とに求めてゐるのであつて、小山松吉氏の如きは、「日本精神とは、万世一系の皇室を戴き、君民一家、君国一体の国体より発生する国民の精神をいふのであつて、之を実質的に説明すれば、敬神崇祖を信念とし、忠孝一本の大義に則り、武徳を尚び、平和を好む国民精神をいふのである。」と定義し、緋田工氏は、「日本精神とは、日本国体の尊厳に随喜し、その本質を弥々顕現発揚せしめんとする精神をいふのである。」としてゐるのである。

二、革新的日本精神論

 大川周明氏は、日本精神の如何なるものなるかは、「我国史の中に」求めらるべきで、それは、国家「改造即ち破壊」の指導精神であると説き、(「日本精神研究」、「国史読本」)
 井上日召は、

我が万邦無比なる国体の真髄を徹見し、我等の全心全霊を、完全なる日本国家の建設に集中することが、即ち、日本精神である。

とするのである。要するに、彼等のいふ日本精神論は、日本精神それ自体を、理論的に把握しようとしりものではない。国家改造の根本原理として、その過程に於て、日本精神を把握しようとするのである。従つて、彼等は、非日本的なりと思はるゝものへの戦を挑む。こゝから、共産主義排撃、資本主義打倒及政党政治否認の主張が生れ出て来るのである。そして、無論、それは、非合法手段によるも亦己むなしとするのである。

三、実践的日本精神論

 実践的日本精神論は、日本精神の真諦は、理論的智的にのみ把握せらる、ものではなく、日本人としての日々の生活の裡に実践的に体得せらるべきものであるとし、それは、飽くまで、国憲を重んじ国法に遵ふぺきであるといふのであつて、日本精神そのものを、詳しく説明することは、これを避けるのである。試に、安岡正篤氏の云ふところを挙ぐれば、即ち

学者は、色々な各自の立場から、これが日本精神であると説明することに努力してゐる。けれども、実は言端語端愈々其真を遠ざかるのであつて、日本精神は、斯くの如しと説いたときは、すでに真の日本精神は逸せられて居るのである。日本精神そのものは、日本をして真に日本たらしめてゐるあるもの、これなくば日本及日本人が、存立活動できないあるものであつて、斯くの如きものは、概念的に説明出来るものではない。冷暖自知する外はない。」(日本主義とは何ぞや)。

更に、又、

日本精神とは、何ぞやと例のイデオロギー癖に耽つたり、或は日本精神を談柄にして社交の消閑に供するに過ぎなかつたり、一知半解の標語を用ひて、徒らに之を鼓吹する様な風が所在に見聞せられる。元来あだなる『ことあげ』を忌む日本精神として、かういふ現象は甚だ宜しくない。真の日本精神は、もつとみづみづしい修理固成を実現してゆかねばならぬ。」(「日本精神運動の帰趨」国維、昭、九、三)

 と。更に、紀平正美氏も、日本精神そのものは、抽象的論理を離れたるものとするのであるが、かくして、日本精神の真諦は、言論や抽象的論理にては、捉へ得ざるもの、平常日々、行して、以て、了解されねばならぬものとするのである。
 かくの如く、日本精神は、三種顆に論ぜられてゐるが、何れにしても、日本精神の思想的根底は、遠く、「国体の精華」「肇国の大精神」に遡るのである。従つて、「神武建国精神の宣揚」「神ながらの道」「神国日本の実現」等の観念となつて現はれて来るのであるが、畢竟するに、日本精神は、第一義的のもので、美の享受が、直感的体得であると同様、単に、理論的に究明しただけで、了解出来るものでない。理論的に開明するとき、既に、第二義的に堕するが故に、我々の日常生活に於て、すべて、国体の本義に徹し、日々、行して、以て、直観的に体得し、感受する外、方途がない。

第二、皇 道

 皇道とは、何か、その根柢をなす世界観は、如何様のものか。皇道は、理論に非ずして悟道であり、行であるとは、幾多先賢の達観するところである。元来、日本歴史には、一貫した一つの流れがある。即ち、それは、皇道精神である。而して、それは、遠く、日本神話に、淵源を求めることが出来る。神話に盛られた内容は、その事実性について、一々根拠を挙げて科学的に証明することは、無論、不可能であるが、吾々が、行為の規範といふことを考へるときに、神話に盛られた思想内容は、実に、多くの真理を含んでゐる。そこには、 天皇の悟の道があり、臣民我等の実践すぺき行動原理即ち臣道がある。而して、それは

 中心に帰一するの原理 全体に統一するの原理

であつて、軈て、

 修理固成の原理

遂に、

 一君万民、君臣一体、億兆一心、八紘一宇、四海同胞の原理

である。而して、この原理は、

  古事記や 歴代 天皇の御詔勅

に顕現されてゐるのである。
 熱烈に皇道を説く天野辰夫は、一切の第一前提は「我」とは何であるかといふ問題を根本的に解決することであつて、従来の「我」とは「人類」であるとか、「個人」であるとかするのであるが、何れの見方も誤りで、我とは「人類我」に非ず、「個人我」に非ず、絶対に「日本民族我」「皇民我」であるとなし、「日本民族我」「皇民我」の最高行動原理は、皇道であり、又皇道は、 天皇道であるとし、次の如く述ぺてゐる。

「民族我の本体は、
 伊邪那岐 伊邪那美
両尊の御本体其のものであるのであります。茲に於て我が本体たる岐美二神が、如何なる魂の持主であらせられ如何なる使命を有せられ又如何なる行動を為されたるかと云ふ此事実を知ることは其の事実に依つて 二神の生命即ち我生命の本体の作用を知る事が出来るのであります。即ち本体の作用を知る時に於て其の本体の作用に関する換言すれば本体の行動に関する原則を発見することが出来るのであります。
我等は、我の本体たる 岐美二神の御魂也其の御魂の延長である
 天照大神
の御魂を中心とせる魂の根源の行動に関する原則が、即ち其の魂の延長又は現相である日本民族我の行動原則たることは、呑むことの出来ぬ真理であります。即ち皇道とは、我等の魂の本源である
 遠大皇祖神
の御魂の原則こそ其の内容を為すものであります。従つて歴史的事実に基き知るを得べき
 皇祖神
の行動原則こそ最も重要なる皇道の要素であるのであります。− 古事記に依れば、日本民族は、宇宙創造の神を
 天之御中主神 高御産巣日神 神産巣日神
以上造化の三神を始めとして
 別天神  神代七世神
に依りて宇宙が創造されたと説いて居ります。
 ダーウヰンの如く唯物的科学的なる進化論に非ずして祖先の発生に至る迄宇宙創造の現象を神の力と信じ、神秘的進化論を信奉し、即ち自然を敬ひ自然を愛する精神に基いて居るのであります。
 此の宇宙創造の神を経て最後に生れませる而して最初の日本民族の祖先は、即ち
 国生神  即ち我等の  遠大皇祖神  たる
 伊邪那岐 伊邪邪美
両神であります。
 岐美二神は 天之御中主神 達の御神勅に依り即ち
 漂へる四方国を修理固成せ
との御神勅により所謂国生の事業に着手せらるゝのであります。此の御神勅を奉じて先づ 岐美二神は結婚の式を挙げて居られます。女神が先づ我が愛する男よ即ち

           
と呼び掛けられ、之に対し、男神は、女神が先に呼び掛けたる事は良ろしくない不良(フサワズ)と直感せられたのでありますが其の儘答へられて、我が愛する女子よと、即ち

と申されて結婚の式を済まされたのであります。其の後の二神の御生活の結果は、蛭子を生ませられ、淡島を生ませられたので男神は、結局これは結婚の時に女神が先に呼び掛けたる事が禍して斯様な不幸なる結果になつたに相違ないと考へられて女神と共に再び
 天之御中主神  達の御判断に依つて
 伊邪那岐 伊邪邪美
の尊の考へて居られた通り女神が呼び掛けられた事が禍を為したのでありました。其処で、新に結婚を仕直して、一切を出直されまして、此度は男砕から

03

  

と呼び掛けられ、女神が之に

と答へられて其の厳粛なる式を終らせられたのであります。其の結果大八島を生み諸々の役立つ神々を生ませられたのであります。此事実を、思想的に観察すると、古事記の書き方は、飽迄神を主とし神秘的なる説明をして居るのでありますが、此事実を単なる自然神話に非ずして、人文神話として解釈し、然かも此内に表はれたる出来事を思想的に観るならば、実に素晴らしき出来事でありまして、我等の魂の本源たる
  伊邪那岐  伊邪那美
の尊は漂へる四方国を造り固めなす、即ち未完成なる世界を完成し救はれざる民族を救済するの念願を以て自らの使命と覚証されたのであります。然るに此二神の実際生活は、女神を中心とせし恋愛至上主義的な享楽主義的な個人主義的な生活でありました結果、蛭子即ちヤクザな子供骨のない片輪者が生れたといふ事は、精神的にヤクザな子供を生んで子女の教育も行届かない子孫の永遠無窮の充実発展の如きは思ひも依らない事であつたのであります。而して淡島を生れたといふ事は、即ち水の泡の如き結果であつたといふ事を表はして居り、其の誤れる生活の結果産業の発達は見るぺきものなく、当時は勿論農業のみでありましたから収穫を得ざりしことや、不毛の土地を開墾して結果を得ざりしこと等 を意味するのであります。
 換言すれば、恋愛中心であり享楽中心であり夫婦本位であり個人主義的であつた生活は、民族使命と覚証せる世界の完成、民族の済度といふが如き素晴らしき使命を達成する其の主体たる現実なる国家竝子孫を得る事が出来ずして、従つて使命達成の主体たる国家を完成し得ざるが故に固より使命の遂行は望み得ないのであります。然し乍ら本来全体の幸福大慈悲の下に覚証する如き素晴らしき魂の持主であらせられました事故、翻然として覚証し再び民族使命に判然と覚証されて結婚を仕直したといふことは、従来の男女中心の恋愛至上主義的生活より目醒めて、使命至上主義的人生観の下に任務遂行至善の生活に入られた事を意味するのであります。而して、漂へる四方国を造り固めなすといふ素晴らしき使命に目醒め其の使命を遂行達成する事に対して一切の行動を帰一された結果、即ち大日本大八洲を生み給ひ
  天照大神
を始め素晴しき神々を生ませられたといふことは、使命至上主義生活に精進したる結果、着々として其の使命達成の主体たる国家創造の事業が発展しつゝあることを意味するのであります。尚自己の誤れる生活に気付かれたる時に、有りの儘に神にこれを告げて神託を得て居られます点は、日本民族の清廉、潔白、廉恥、反省の心の強きこと、神と共に生活し常に神の御力の垂護の下にあるの確信、其の信念に基いて神の欺くぺからざることを、信仰せらるるの宗教的心根の表はれであると見られます。以上の出来事の事実の裏に、日本民族の使命の何ものたるか、使命至上主義生活、任務遂行至善の生活、清廉潔白清らかなる正しき生活、朗らかにして隠しごとなき生活等の貴ぶべきこと、竝、婦人女子中心の恋愛享楽個人主義的生活の忌むべき思想等が表はれて居るのであります。」
 而して、天孫降臨に際し、
 天照大御神
の下し置かれたる「宝詐天壌無窮」の御神勅は、右の如き
 高天原精神
を最も具体且つ明瞭率直に表現して居るものであるとし、曰く、
「豊葦原云々の御神勅によりまして、日本民族の 天皇は、明瞭にせられてあります。而して豊葦原の御神勅に『我子孫の皇たるべきの地なり、爾皇孫就て而して知召せ』
と申して居られますことは、即ち、日本の政治的中心が定められたるのみならず、政治原則其ものも明瞭に之によつて決定されて居るのであります。即ち、皇道の内容をなす政治原則は、天皇政治なのであります。万世一系皇統連綿たる皇孫が、永遠無窮に民族の中核的生命として国家を統治し給ふのであつて、天皇政治とは、右の御神勅に閘明せられたる如く、天皇の直接政治を意味して居るのであります。『就て而して知召せ』とあるのは、即ち、皇孫直接に豊葦原の瑞穂の国に行きて日本民族を統治せよ
 といふことであります。『知召せ』とは統一することと知るとい
 ふことと更に直接といふことを要素として居るのでありますから、
 間接政治、君臨すれども統治せざるの政治、代議政治、覇道政治、
 侵略政治、独裁政治、専制政治等と、天皇政治とは本質的に相
 容れざるものであります。」
  「天孫に対し奉つて、是の如き有難き天壌無窮の神勅を下し給
 ふと同時に、皇孫に庖徒し奉れる臣下に賜つた御神勅があるので
 ぁりまして、之を『皇孫防護の神勅』といふのであります。壌壌
 杵専にお供致しまして臣民の代表者五人を「五伴緒」と申すので
 ぁりますが、その中の更に代表的人物であるところの天児屋根命、
 大玉命に『皇孫を善く防護せよ』といふ神勅が下つて居るのであ
 ります。I之、即ち、天児屋根命、大玉命よ、汝等は、皇孫に
 近侍して、書く、皇孫を輔弼し奉れ、汝等臣民は、『ひもろぎ』
 の原理を奉じ、天皇の近衛兵として、一君万民、君民一体、億兆
 一心、忠誠絶対の任務を尽せょと仰せらる1御神意なりと拝察せ
 らるゝのであります。」(国体皇道)
  「而して、神武天皇が、橿原に都を定め給ひし時、下し給ひ
 し建国の詔のうちには、
           アマツカミ
  『上は、則ち、乾霊、国を授くるの徳に答へ、下は、則ち、皇
  孫、正を養ふの心を弘めん。然る後、六合を兼ねて以て都を開
  き、八紘を掩ひて字となす、亦、可ならずや』
 とあり、之は、建国の理想で、修理固成の天美を目指しておはす
 のであります。− そして、明治天皇の教育勅語のうちにも、
 斯かる国体の宣揚があるのであります。」
  「我々は、無限の祖先を遡り行くのであります。而して、歴史
 の上に備として存するところの我々日本民族共通の祖先を見出す
 のであります。之を 遠大皇祖神 天祖 伊弊諾 伊弊冊の神と
 申します。伊弊諾 伊弊冊命の御子が、皇祖 天照大神であり、
 而して、天照大神の直系皇統が 天日嗣 天皇であらせらる1の
 であります。而して、我々は、伊弊諾 伊弊冊の神の御末である。

04

天祖 伊弊諾 伊弊冊の神に発する日本民族の『魂と血と歴史』
が、あらゆる祖先を経、父母を通して『我』に現相してをるので
あります。『我』には即ち、『我』の生み出された根源がある。父
母を通して有てる無限の祖先なる根源がある。我々のこの存在の
只中には、無限の祖先の『魂と血と歴史』が躍如として躍つてを
る。髪の毛一本にも、足指の爪先にも、血の一滴一滴にも、我々
の細胞の一つ一つに無限の祖先が躍動して居る。『我』は日本民
族の『魂と血と歴史』の延長現相である。而して、天皇の皮下
を流るる御血の滴りは、長けれども、我々の皮下を躍如として、
流れつ〜あるのであります。而して、之が躾て、我々の国体内容
をなすの一要素であるのであります。」(国体皇道)
かくして、天野辰夫は、皇道の具体的内容を挙ぐれば、次の如く
であるとしてゐる。即ち、
一、天祖(あめのみおやの神、伊弊諾、伊弊碑命)の神の党と行
  であり、
一、惟神日本魂の党と行であり、
一、日本精神原理であり、
一、修理固成の天業恢宏の原理であり、
一、人類最高の使命にして皇国日本の国是遂行の絶対原理であり、
一、万悪折伏融合大和の原理であり、
一、従つて絶対主義全体主義的原理であり、
一、「まこと」の道であり、
 て天之御中主碑、高御産巣日神、林産巣日神に現する「まこと
  のむすぴしを以て収本原理とし、

 て窮幽一如祭政一致の境地に於て、神の絶対真理を地上に荘厳
  する大法であり、
 て天日嗣 天皇の党と行、禅の子日本民族みこと我の党の行に
  関する最高原理であり、
 一、依て敬神愛民の 天皇道となり、
 −、敬神紫祖、忠誠至孝、信義謙譲等の皇民這となり、
 一、斯くて一君万民、君民一体、億兆一心なる 天皇政治の原理
   となり、
 一、惟神日本魂の党と行にして躾て 天皇万歳大君の辺にこそ死
  するを以て無上の念願とするみこと我の絶対原理となる。
 尚、鹿子木員信も「皇道に就て」(思想研究資料、特七三号)に
於て、元来、物の本体は使命にあるとし、日本各国に当り、日本国
 家に負はされたる使命は、岐英二神に下し給へる御神詔の「是の漂
 へる国を修理囲成せ」といふ点で、これは、乱離混沌に秩序を打建
 てょ、随所々々に新秩序を建設せょといふのであつで、こゝに、日
 本国家の本質を観ることが出来るとし、更に、天照大御神の下し給
 へる「宝詐天壌無窮」の御神勅は、これ実に、日本国家統治の主体、
 従つて、皇国の政治的秩序建設の中心原理が、唯一、無二永遠不動
 なるを宣言されたものであるとしてゐるのである。尚又、日立洋文
 は、貞道には、止揚過程なしとして、次の如く述ぺてゐる。
   「吾々は、これを論理の立場から研究することも出来る。それ
 は、弁証法的綜合の香定である。固より人類進化の発展過程は、
 弁証法的であるが、綜合過程に於て、弁証法論理は、反対概念の
 挙止を予定してゐる。掬体皇道に関する限り、この対立概念は、

 許さるべきでない。日本の国体、統治の主体、帰一概念は、建国
 以来既に定まり、対立止揚による弁証法的統一ではなく、直接的
 統一である。これは、皇道の事実と民族信仰とによつて裏書さる
 ゝものであるが、その綜合過程は、直観的である。西洋の政治史
 は、君民闘争の歴史であり、従つて弁証法的過程であつた。皇道
 は之に反して君臣一体の渾然たる融和統一であつて、『香定の香
 定』もなく、止揚過程もない。これは単一民族として其自体の生
 成発展なるが故である。」(「価値の一考察」日本論叢、昭、十四、
 一)
        第三、皇道と日本精神
 然らば日本精神と皇道精神との関係如何。日本精神は、「肇国の
大精神」に淵源すること前述の通りである。「肇国の大精神」は、
 「修理固成」の天業恢宏精神である。天業恢宏精神は、即ち、皇道
精神である。従つて、皇遺精神は、日本精神の中心をなすものであ
るといふことが出来る。この点につき、椎尾弁匡は、第七十四議会
に於て、次の如く述ぺてゐる。
  「日本精神、其の中心が即ち皇遺精神である。皇道精神は極め
 て尊いもので、日本の命であると同時に世界の指導精神でなけれ
 ばならぬと信ずる。常に世界一切の長所を採入れて而もよく世界
 に伸ばして行く事の畑来る生々澄刺たるものである。
  理窟や甲乙の事実の繋がりの外に全体的に一つの大きな命とな
 り、流れとなつて居る所に此の貞道の偉大なる所以がある。日本
   〔ママ〕
 は史観ではない。実に一貫せる歴史そのものであつて、生命その
 ものであるといふことが尊い。」
       第二節 純正日本(皇道)主義、国家ハ国民)
            社会主義、協同ハ体)主義、農本自治
            主義
  通常、国家主義団体の採る指導理論には、次の四つがある。即ち、
  (一) 純正日本(皇道)主義
  (二) 国家(国民)社会主義
  (三) 協同(体)主義
  (四) 島本自治主義
  而して、右は、何れも、互に、反撥、排撃を繰り返へし、争つて
 ゐるのであるが、皇道、日本精神を、その根本原理とする点に於て、
 その根基を同じうし、北、西田一派の社会民主々義系の流れに対し、
 これを、国家主義運動の正統派的存在なりとなすことが出来るであ
  ら>フ0
         第二純正日本(皇道)主義
 一体、主義といふことは、如何になすぺきかといふ規範である。
 従つて、そこには、要求がある。皇道主義、日本主義は、貞道精神、
 日本精神より近出し釆つたところの一つの要求である。而して、そ
 れは、現代日本を対象としての政治的、経済的、社会的要求である。
  尤も安岡正篤は、この主義なる語を、次の如く解釈してゐる。
   「日本主義といふ場合の主義は、文字通り『義を主とす』と解
  せねば、真に迫らない。義は、理論でも言葉でも文章でもなく、
  実際行為である。」
  尚、興亜青年運動本部は、その主張に於いて、次の如く述べ、主
 義なる語の使用に反対してゐる。

05

   「皇道は全体主義理想の極致にして、独伊流抽象的全体主義に
  具体性を与へ、之を完成する最高の大道である。他の主義の対立
  を予想し、前提とする『主義』の概念を以て、天地の公道、人倫
  の常経として絶対無二なる皇道を説くことは、誤りであり、皇道
  主義は、言葉自体が内容的に矛盾を有する。」
  次に純正日本(皇道)主義とは如何なるものか。純正日本(皇道)
 主義は、日本(皇道)主義の下に、社会主義を消化し、その長所を
 採入れて、新日本の建設をなさんとするもので、当然、社会主義社
 会の出現を、予定してゐるのではない。この点に於て、国家社会主
 義と異り、その意味に於て、純正なのである。而して、天皇中心
 の政治組織、一君万民、一国一家族の社会組織の実現を期し、日本
 国体の原理、建国の精神に照して、筍くも、非日本的なるものは、
 勿論、似て非なるものも、すぺて、その何たるを問はず、これを排
 撃せんとするものである。例へば、
   「国家社会主義は、共産主義の亜流にして、日本主義を冒漬す
  るものである。国家社会主義は、資本主義の後に来るものは、只
  社会主義のみと予断するものにして、真に、我が日本の国体を解
  せず、日本精神の徹底せざるものである。」
   「国家社会主義は、時局の重圧に堪へ兼ね、国家主義の仮面を
   被れる社会主義である。」
  と主張し、排斥するのである。更に、又
   「日本主義は、反資本主義たると共に、また反社会主義でなけ
  ればならぬ。世には資本主義に非ずんば社会主義、社会主義に非
  ずんば資本主義と云ふ仲間単明瞭なハ而して浅薄な)公式的観念が
 行はれてゐる。これは、経済上の原則として資本主義と社会主義
  の二者以外に認めないところから来てゐるのである。若も、社会
 主義なるものを、単なる経済上の原則と併し、反資本主義即社会
  主義と解することが出来るならば勿論吾々と錐も、社会主義を香
 定するものではない。然し社会主義は、単なる経済上の原則でな
  く、また反資本主義の同義異語でない筈である。元来社会主義な
  る語は、無数の定義を持つものであつて、一概にこれを香定し去
  ることは出来ぬかもしれぬ。然し今日に於て普通に社会主義と云
  はれるのは所謂マルキシズムであつて、経済上の原則たると共に
  政治上の原則である。それは社会民主々義であるか、共産主義で
  あるかであり、何れにせょ、終局に於いてインターナショナリズ
  ムの上に立脚する一の民主政治の主張である。
   広義の日本主義的主張の中には、飽くまで社会主義的伝統を固
  執し、日本の国情に即しっ1社会主義を実現せんとするものを往
  々発見する。社会主義日本の建設といふ如き主張は、要するにそ
  れである。然し、此の種の主張は本質上社会主義に属するもので
  あつて、決して日本主義たるぺきものでない。日本主義は、経済
  上の原則の必ずしも資本主義及び社会主義のみに非ざることを明
  らかにして、か1る社会主義的主張を克服し清算して行かねばな
  らない。」(小粟慶太郎「日本主義の自己批判」)
  と述ぺ、かくして、彼等は、日本主義の経済原理として、皇道を
 主張し、資本主義に代るもの必ずしも社会主義に非ずと説くのであ
 る。而して、この派に属する者は、皇道に徹すること、即ち、臣道
 実践を強調し、理論及組織よりも、精神及行に、重点を置き、皇道

 を説くに、必ず神話に潮叫る。そして、唯物史観、階級主義を徽底的
 に排撃するのである。
              〔ママ〕
 次に、皇道主義と合体主義との区別である。元来、全体主義は、
 個人主義に対するもので、要するに、実在するものは、個人が先か■
 全体が先か、といふ問題であつて、全体主義は、全体があつて、而
                                                 ヽ ヽ
 して個人があるのだといふ主義である。然るに、皇道主義は、全体
 ヽ ヽ ヽ
 即個人といふ主義である。この点につき、平沼前首相は、次の如く
 述ぺてゐる。
   「全体主義といふのは蓋し西洋でいはれる個人主義に対する言
 h実のやうに自分は辞してゐるのであります。個人を本位とするの
  ではなく全体が本位である、即ち全体の為には個人は之に従はな
  ければならぬ、自分の利害の如何に拘らず之に従つて行かなけれ
 ばならぬといふ意味であらうと思ふ。我国に於ける皇道は斯の如
 き意味ではないと考へてをります。我が皇道は総ての者をしてそ
  の処を得しむる、天下の一人もその処を得ざる者なからしむると
  いふのが我が皇道の神髄であると自分は考へる。この点より考へ
  ますれば全体のことも考へなければならぬし又個人のことも考へ
 なければならぬのでありまして、全体のために個人を犠牲にする
  といふ絶対の考とは全く連ふのであります。」(東京朝日新聞、昭
 十四、一、二十五)
 尚、三宮維信は、日本主義と全体主義との異同につき、次の如く
 述ぺてゐる。
   「近来、両者同一のものの如く考へてゐる者がある。勿論、ヒ
  ツtラーの全体主義には可成、日本主義的のものが感ぜられるが
   ヒットラIの持つ全体主義と日本主義は、人格至上主義に於でノ
   致点を有してゐる。唯ヒットラーの持つ全体主義の上にはヒット
   ヲーの人格以外に何者もない。然るに、日本主義の上には、皇統
、 三千年の歴史を有する不滅の皇室を戴いてゐる。鼓に重大相違が
  ある。人格のない全体主義は、社会民主々義と同義語である。」
   ハ日満経済、昭、十四、二)
  元来、日本主義は、一面復古的性格を持つ。それは、必然、肇国
  の淵源に遡らなければならないからである。他面、積極的進取的革
 新的性格を持つ。修理固成、八紘一宇が、日本構禅の精華、根砥で
 あるからである。それは、国内的にも、国外的にも、その充満性を
 持つものである。この点につき、下中弥三郎は、次の如く述べる。
    「国内的には挙国一家の建前に於て、全国民の福祉を追求し、
  国際的には正義を以て世界を光輝する。これが真実の日本主義で
   ある。貞道である。」
         第二、国家(国民)社会主義
  国家社会主義は、未来社会の展望につき、当然、社会主義社会の
 出現を予定して、その前提の下に、国家主義運動を展開するもので
  あつて、結局、国家国民主義と社会主義の「合の子」である。
、一、国家主義
   国家主義は、個人主義、自由主義に対立する思想であつて、国家
 至上主義、国家第一主義を強調するものである。この点につき、林
 契未犬は、次の如く説明してゐる。
    「国家主義とは何か、それは、要するに国家至上主義だ。国家
、 第一主義だ。個人の全生活は国家に依存し国家に依つて統制され

06

  ることに依つてのみ完うせられる。だから個人は何よりも先づ国
  家に奉仕し、国家の福利を増進し、国家のために協働すぺきであ
  つて、あらゆる個人的慾望、部分的利益は、国家の下位におかれ、
  従つて国家のためには何時でも犠牲に供する覚悟がなければなら
  ぬ。一国民の政治的、経済的、道徳的、学術的の諾活働は、個人
  のためでなく、階級のためでなく、他のあらゆる集団のためでな
  く、たゞ国家のために、国家本位に行はるべきだ。かういふのが
  国家主義のイデオロギーだ。」(国家社会主義とは何ぞや)
  然らば、この国家主義と日本ハ皇道)主義との関係は、どうか、
 更に、皇室中心主義との関係如何。日本国家は、一君万民、皇室を
 中心としたる家族国家である。そして、天皇即ち日本国家である。
 従つて、日本に於ける国家主義は、畢尭、日本(皇道)主義、皇室
 中心主義といふことが出来る訳である。この点につき、赤松克麿は、
 次の如く述ぺてゐる。
   「我々は、自分の家族を愛し、自分の祖国を愛する。祖国を愛
  し、祖国の進歩発展を期する意識が、国家主義である。国家は、
 一朝一夕に造られたものではなくして、永い歴史を通じて造られ
  たものである。従つてそれは強度の伝統的性質を持つて居る。と
  ころで、各国家の発達の歴史は、夫々相異してゐるが故に、国家
  主義もまた各々特色を持つて居る。従つて、日本国民の国家主義
.は、当然日本的特色を有する。この意味に於て、日本の国家主義.
  は、日本主義と呼ぶことが出来るのである。」
   「日本の国家主義は、日本独特の国体を基礎として、日本国家
  の進歩発達を図らんとするものである。日本の国家は 天皇を家
 長とする一大家族であるといふことは、国民の伝統的信念である∧
  一 日本の国家主義が、最も著しい特色を有することは明かなこ
 とで − 日本の国家主義は 天皇を中心とする大家族主義の徽底
 でなければならぬ。」ハ「国家主義と社会主義」生命線、昭八、一)
 次に、資本主義との関係は如何。資本主義の指導原理は、個人主
義である。個人主義は、飽くまで、個人の福利を第一義的のものと
認め、国家は、単にその手段に過ぎないものとする。而して、個人
主義が、経済生活に通用されるとき資本主義となる。私有財産制、
自由放任主義、営利主義、凡てこれらは、個人主義的経済秩序たる
資本主義の特有の制度である。従つて、個人主義に対立する国家主
義は、個人主義を指導原理とする資本主義をも排撃する。これは、
近代的意義に於ける国家主義の特徴である。明治大正時代に於ける
反動的国家主義と異る所以である。
 国粋主義は、明治、大正時代の欧化主義に対し起つたものである
が、その指導原理は、矢張り皇道主義、日本主義である。従つて、
その意味に於て近代的意義に於ける国家主義に相通ずるが、普通一
般には、極めて極端なる反動的意義を含ませてゐるのである。
 尚、加田哲二は、国家主義につき、次の如く述ぺてゐる。
   「アナキズムは、国家を一切の自由に対する拘束の根漁と見て、
 これを敵視し、個人主義は、国家を個人の生活のための手段と考
 へ、マルクス主義は、このアナキズムと個人主義の中間的主張で
 ある。国家主義は、これらの立場を香定し、国家の最高存在を主
 張する。 − 日本が他の国家と区別せらる最大の特徴は、日本がl
 神国であり、この神国の使命を世界に宣布するといふことであ
 る。」(「日本国家主義の発展」)題1鴻贈1
 ニ、国民主義
 国民主義は、『祖国のために一切を』といふ祖国至上主義である。
 従つて国際主義を強調する共産主義に反対する。祖国の特殊的伝統
 に、独自性と優越性を認め、消極的には、外的非国家的諸勢力を排
 除すると共に、積極的には、これを、外国に対して拡充宣揚せんと
 するものである。この思想は、神武建国の御詔勅にある「八紘一
 字」の御精神に、即ち、見出すことが出来るのである。従つて、又、
 個人主義、資本主義に反対する。
 然らば、国家主義と国民主義との関係はどうか、両者共に資本主
 義、共産主義を排撃する点は、相同じである。併し、林英未夫氏は、
 これを厳格に区別してゐる。即ち、国家主義は、個人主義、自由主
 義に対する国家至上主義であるが、国民主義は、国際主義に対する
 祖国至上主義であるとするのである。蓋し、観念的には、これを区
 別することが出来るであらう。しかし、日本に於ける現実を見るな
 らば、両者の区別は、これを見出すこと、まことに、困難である。
 即ち、国家主義が、外国に対する場合には、結局、我が国の独自性、
 特秩牲、優越性を、強調し、この光輝ある我が日本の独立を擁護す
 るは勿論、進んで我が国勢の発展によつて、我が優越せる文化、国
 民理想を世界に宣布せんとするのであるから、要するに国家主義は
 国民主義と、その本質に於て一致するといふことが出来るのである。
 三、社会主義
 社会主義は、社会の目的を遂げることを主とし、一応は、社会の
 利害を第一位に置くのである。この意味に於て、社会主義は、個人
主義に対立す尋のであるが、終席に薯は、個人豪と同様個人の
目的、個人の自由を第一義としてゐるのである。この点につき、作
田荘一は、次の如く説明してゐる。
  「個人主義は、個人の目的を第一に置き、同時に個人の自由を
 第一に置く。従つて個人主義は、個人の自立を認め、この自立し
 た個人が、色々に結合されて社会とか国家とかを成すといふ風に
 見て行くのである。故にこれは、第一義的に立つて居るものは個
 人であるといふ見方である。従つて個人主義は、個人の責任を認
 め、如何なることが個人の上に起つても、それは個人の責任であ
 り、又如何なる章を受けても、それは当然に個人の受くぺきこと
 であるといふやうに個人自立を認めるものである。− 社会主義
 の方はどうかといふと、その色々異つた傾向、違つた思想のもの
 を通して見るに、社会主義も亦終局には、個人の目的及個人の自
 由を第一義に置いて居る。全体の目的、全体の自也といふものを
 第一義に置いた社会主義論者は、私は未だ見ないやうに思ふ。そ
 こでは、矢張り個人の目的、個人の自由が窮極の目標になつて居
 る。社会民主々義も然りであり、共産主義も亦同様である。『理
 想の社会といふものは、各人の自由の発展が、一般人間の自由の
 発展の条件となる所の自由人の聯合である』といふのが共産主義
 の主張であるが、それは自由個人の聯合又は組合であるから、共
 産主義、マルキシズムも矢張り一つの社会主義として個人目的、
 個人自由といふものを第一義に置いて居る。社会民主々義は、国
 家の存立を認めながらも、やはり、個人本位を強調して居る。所
 が個人主義が個人自立と個人費任とを内容とするに対して、社会

07

 主義は、その点に於いて個人主義とは全く達つて来るのである。
 即ち社会主義の見方からは、個人の自立を認めないのである。個
 人の行動は、社会に於いて決定されるものである。社会から動か
 されるものであると見るのである。即ち社会主義にあつては、社
 会といつても、特に自然法則の行はれる社会に於ては、個人は自
 ら行動を決定することの出来ないものである。従つて個人には、
 行動の費任もないと見る。此の点に就いては、マルクスも『自分
 は資本家を決して責めない、資本家に責任を課さない、資本家も
 亦社会の自然法則によつて動かされる人形に過ぎない』といふ意
 味のことを云つて居る。従つて如何に金持になつても、それは、
  その人の働きではない。又如何に貧乏になつて苦しんでも、その
 人の罪ではない、その人の貴任ではないといふのであつて、貴任
 は社会にあるとするのである。社会が個人を動かしてゐるのだか
  ら、それに依つて生ずる所の結果は、社会が費任を取るのだとす
  るのである。従つて、救済の場合に於いても、個人主義にあつて
  は、所謂自助といふことが、一の格率となつて居るが、社会主義
  の方では、個人が自ら救ふ方法は決してないと見てゐる。これは
  社会の方から救つてやらなければならぬ、それ以外には救ふ道は
  ないといふのである。その救ひ方に就いては、無力なる個人が組
  合を設けて助け合ふ行き方と、無産者の団結で国家権力を握り、
  それでやらうといふ行き方とがあるが、執れにしても、個人の貴
  任や、自助を香定するのである。繰り返していへば、個人主義と
  社会主義とは、個人目的、個人自由といふ本質的な点に於いては、
  同じであるが、個人は如何なる立場に立つか、個人の黄任は如何、
 又個人は如何にして救はれるかなどの点に於いては、全く違つて
 居るといふことが出釆る。」(国家論)
 結局、個人主義と社会主義は、共に、個人至上主義に属し、個人
 至上主義の双生児であると云へる訳である。
 ところが、社会主義は、資本主義を香定する。作田澄一氏の説明
 を借れば、
  「社会主義に於いては、1個人自立の代りに社会俺立、個人
 貴任の代りに社会費任といふ理論を執る。従つて社会に於いて果
 して如何にすれば、人々の救済解放が出来るかといふことが問題
 となり、此処に資本主義廃止の問題が、始めて結び付いて来るわ
 けである。斯して、資本主義に対する社会主義は、資本主義廃止
 といふことを中心の思想として居るのである。」(前同)
 そして、社会主義に於いては、資本主義の営利経済及賃労働を廃
 止し、生産手段を労働者の手に収め、労働組織体が、生産を行ひ、
 責任は労働組織体に於いて負ふといふのである。この貴任と指導と
 を、労働組織体に持つて行き、国家に持つて行かないといふところ
 に、国家主義と明かに達ふ点が存するのである。
 尚、共産主義と、社会民主々義との相違につき、同氏は、次の如
 く述ぺてゐる。
   「社会主義に於いては、今迄の生産は、資本家の手に引受けら
 れて居るが、それを今度は労働組織体に於いて引受けて行くと云
  ふことになるのである。此処で、もう一歩進んで、然らば、労働
 組織体といふものを動かすものは何か、当局の費任を誰が引受け
  るのであるか。此の点に関しては、之を社会連帯の議会に持つて
  行くものが、社会民主々義であり、労働者の独裁政治に持つて行
  くものが、共産主義である。」(前同)
 四、国家(国民)社会主義
  (一) その本質
 前述の如く、国家主義、国民主義は、国家至上主義の立場をとり、
 社会主義は、結局、個人至上主義の立場をとる。即ち、両者は、出
 発点と到達点とを異にし、二者、雲泥の如く相違してゐる。然し、
 資本主義香定といふ点については、二者共に、同じである。そこで、
 こゝに、どちらも、よささうであるとして生れたのが、国家(国民)
 社会主義である。語り、国家(国民)社会主義は、日本の国家主義、
 国民主義と西洋の社会主義との合の子である。河合栄治郎はこの点
 につき、次の如く説明してゐる。
   「国家主義が、反資本主義の色彩を明かにすることにより、社
 会主義に接近し、社会主義が、マルクス主義より離脱したことに
 ょり国家主義に歩みより、かくして両者の結合が可能にされた。」
 然らば、国家社会主義の内容は、如何なるものであるか。林契未
 犬は、次の如く述べてゐる。
   「国家社会主義は、国家が国家の目的を遂行するために取ると
 ころの手段である。そしてその目的は国家がその理想を達成する
 ための一階段として必要とするところの当為である。国家の理想
 は最高完全なる文化を保有する協働的本然社会としての国家を建
 設することにある。そして国家が、この理想を達成するがために
 は全国民の道徳及理智が完全に発達し、その奉仕力が最高度に充
 実し、国民的協働が遺憾なく行はれることを必要条件とする。然
 るに資本主義とその必然の結果たる有産無産両階級の対立及闘争
 は右の必要条件を充たすために多大の障害をなすものであるから、
 国家はこの障害を除き、その理想に向つて前進すぺき道程を清め
 るために、資本主義を撤廃し、搾取の弊害を排除し、階級闘争を▲
 根絶する目的を以て、社会主義を実施しょうとするのである。勿
 論社会主義が実施されたからといつて、直に理想的国家が出現す
 るわけではない。たゞ国家は現在の資本主義の下にある国民の経
 済生活が余りに大なる害毒を流しっ〜あるがゆゑに、先づ以てこ
 れを排除することを当面の急務とし、且その方法が社会主義以外
 にないことを信ずるものである。
  国家主義は、併し、単なる国家の権力作用によりて国家の中に
 行はれる社会主義一般を意味しない。若し仮にさうだとすると、
 現にソグエート聯邦に行はれつ1ある共産主義を初めとして、殆
 どすぺての社会主義国家が国家の中に行ふものであるから、いづ
 れも国家社会主義にほかならぬものとなる。して見れば国家社会
 主義は他の種頬の社会主義から区別さるぺき何等かの特徴をもた
 なければならぬ。そしてその特徴は国家主義を指導原理とするこ
 とにあるのである。
 元来広義の社会主義はその中に共産主義、社会民主々義、ギル
 ド社会主義、サンデイカリズム、無政府主義等を包含するが、か
 ゝる諸流派の分裂の原因は、主として彼等の問に於ける国家論の
 相違に基くのである。例へば階級国家論をとれば共産主義となり、
 多元的国家論(国家に対する個人の優越性を主張し、個人の利益
 を第一義的のものとし、国家は単にその手段たる一派生社会に過

08

  ぎないとするもの)を取れば、社会民主々義となる.ギルド社会
  主義、サンデイカリズム、無政府主義も、各それに独特の国家論
  をもつのである。一元的国家論とは、国家が本然社会なることを
  認め、且それが人間の社会生活に対する最高の統制力たることを
  肯定するものである。従つて、吾々の如く一元的国家を肯定する
  ものは、当然、国家社会主義者たらざるを得ない。そして国家主
  義を指導原理とするところの社会主義が、即ち国家社会主義とな
  るのである。国家社会主義は、実に国家主義と社会主義との結合
   にほかならない。T
   国家社金主義は、国民の経済生活の禍福に関しては、国家がそ
  の仝費任を負担すると同時に、国家は全国民に対して、その全能
  力を挙げて国家に奉仕すぺきことを要求する。かるが故に、国家
  は国民の奉仕カを能ふ限り増進せしめ、常にそれを最良の能率に
  於いて保持することを必要とする。そして国家が、この目的を達
  成するがために、個人本位、個人中心の経済活動に制限を加へ、
  資本の私有と営利主義とを禁過し、搾取と不労所得を排除し、著
  移を抑制すると同時に、貧困を救治し、有産無産両階級の対立及
  闘争を根絶することの必要を認める。約言すれば、資本主義に代
  へるに社会主義を以てしようとするのである。」(「国家社会主義
  とは何ぞや」国家社会主義、昭、七、六、「国家社会主義の国家
  観」同)
  要するに国家社会主義は、我が国体の特異不変性を認むると共に、
 経済組織に於いて我が国内に社会主義を実現せんとするものである。
   ハ二) 共産主義との相違

 共産主義の意義は前題の如くであるが、この主義にありては、国
家は、単なる階級的圧制概関に過ぎない。従つて、圧制の必要が去
れば、国家は廃用に帰して、死滅するといふのである。そして、唯
物史観を、その基本原理とし、無産階級独裁を叫ぶのである。
 今、こ〜に、国家(国民)社会主義が、共産主義と相違する点を
拳ぐれば、次の如くである。
 第一に、国家観である。後者は、階級国家論及国家死滅説を採る
  に反し、前者は、道穂的又は概能的国家論を主張し、国家の不
  滅を説く。
 第二に、前者は、大体に於いて唯物史観を香定する。
 第三に、後者の国際主義に対して、前者は、国民主義を強制する.
 第四に、前者は、プロレタリア独裁に反対する。
 第五に、国体論である。後者は君主制撤廃を強調するが、前者は、
  皇室中心主義、一君万民主義である。日本固有の国体に立脚し
  て社会主義を実現せんとする。
 第六は、満洲事変、支那事変に対する態度である。後者は、所謂
  帝国主義戦争なりとしてこれに反対するが、前者は新秩序建設
   の立場からこれを支持する。
 (三)一国社会主義との相違
 一国社会主義は、要するに
  m 「コ、、、ンターン」と分離し、
 似 日本の君主制を「ロシア」の「ツアリズム」と同視する反君
  主闘争に反対し、
 伽 「コ、、、ンターン」の抽象的団体主義によらず、日本を中心と


   する叫」国の社会主義を実現し、
 求@更に「コ、、、ンターン」の植民地国家分離政策に反対し、先づl
  日、満、台、鮮勤労民衆の結合による社会主義国家の実現を期す
 るものであつて、その指導原理は、個人主義、国際主義を根本よ
 り排撃し頂いのである。この点に於いて、国家主義を指導原理と
 する国家社会主義と相違するのである。
 (四) 国家資本主義との相違
 国家社会主義は、営利主義を香定するが、国家資本主義は矢張り
一種の資本主義で、営利性を香定しない。この点につき、林共栄未
 は、次の如く述ぺてゐる。
   「資本が、私有せられ、且それが公益を目的とせずして、私利
 を目的として営利活動の具に供せられてゐることが、あらゆる社
 会的弊害の源泉である。だから、その弊害を除去するがためには、
 資本を公有にし且その営利性を剥奪し、専ら公益のみを目的とし
 て、これを利用する方法を取ることが、根本的に必要なるの要件
 である。この意味に於て、国家社会主義と国家資本主義とが判然
 区別される。国家資本主義も亦私有資本を国有に移して、一種の
 統制経済を行はんとするものであるがそれは依然として一種の資
 本主義であつて、必ずしも国有資本が、営利手段に供せられるこ
 とを香定するものではない。」(「国家社会主義とは何ぞや」国家
 社会主義、昭七、六)
 (五) フアツシズムとの異同
  フアツシズムの意義につき、ムツソリーニは、
  「生命の深奥に個々と迫り乗る民族の深き要求の発露」

 であるとし、共産主義者は、
  「資本主義の帝国主義的段階に於けるブルジョア独裁の一形態」
 であると云ひ、自由主義陣営よりは、
  「全体主義(国家主義者は国民主義)を理念とし、反資本主義を
  標梼する独裁主義的勢力」となしてゐる。
  元来フアツシズムは、ムツソリーニが
  m 国家主義 国民主義
  似 議会否認 独裁主義
  伽 反社会主義 労資協調主義
  等を標梼し、政治運動に乗出すやうになつてから、大体、この形
 態に属する政治運動を、フアツシズムと称するやうになつたのであ
 る。この点につき、林英未犬は、次の如く説明してゐる。
   「ファシズムとは、民主々義従つて議会政治を香定して、それ
  に代ふるに、国民の参政権に何等かの制限を加へ、以て或る一党
  派のみを絶対的優越の地位におき、反対党を圧迫して、完全に且
  永続的に政権を掌握し、独裁政府を樹立して存分にその政策を強
  行しょうとする新政治形態を指すものと認めてょい。従つて、フ
  アツシズムは、必然且当然に自由主義をも香定する。フアツシズ
  ムは、自由主義を以て徒に社会的紛乱と部分的利益の軋轢とを助
  長するに過ぎざるものと認め、権力によつて言論及行動の自由を
  制限し、政治及経済を完全なる法的統制の下に支配しょうとする
  ものである。この故に、フアツシズムに於ては、原則として政治
  は、中央集権的乃至専制的であり、経済は、所謂計画経済である
  か、或は高度の干渉主義の下に統制される。次に、フアツシズム

09

   は、所謂ブルジョア・デモクラシーを排斥すると同時に、プロレ
   タリヤ独裁をも排斥し、超階級的独裁を行ふことにょつて実質的
   に政治経済の全部を、国家本位に帰一統制しょうとするものであ
   る。従つて、必ずしも一挙に資本主義を打倒して社会主義を樹立
   しょうと図るものではないが、併し、少くとも現在の民主的自由
   主義国が、例外なしに苦しんでをる社会の不安、世界の動揺、経
   済界の混乱を有効に救治して、国家のためにする全国民の協働を
   督励し、或は強要せんとするものである。」(「国家社会主義とは
   何ぞや」国家社会主義運動、昭、七、六)
   従つて、フアツシズムは、超階級的イデオロギーの下に、国家本
  位、国民本位の政治形態を確立しょうとする点に於て、国家社会主
  義と、その目的を同じくするものであると云ふことが出来る。そし
  て、フアツシズムの主張も亦社会主義的色彩を帯び、国家社会主義
  も亦、独裁主義的色彩を帯びてゐるので、国家社会主義は特に、自
  由主義及左翼陣営からは、等しく、フアツシズムの名称を以て、呼
  称されてゐるのである。
   (六) 批 判
    m 天野辰夫
   国家社会主義は、皇道違反であるとする。即ち、
    「国家社会主義は、根本的に皇道原理違反であり、天皇政治無
   視であつて、貞道政治とは絶対に相容れざる原理を内容とするも
   のなるが故に、皇国日本に於いては、断じて之を香定されねばな
    らぬ。」
    似 山川 均

 国家社会主義は、中産階級的立場に立つものであるとして、次の
如く云つてゐる。
   「経済的には、資本主義の危概によつて絶望的な境地に迫ひつ
                                         〔ママ〕
 められ、上からは、大資本に重圧され、下からは、無産階級××
 に脅やかされてゐるところの、そして大ブルジョアジーの政治的
 指導に信顧を失つた、しかも量的には優勢の中産階層、これが、
 ファシズム (国家社会主義)の社会的根拠である。中産階層は、
 根本的には、資本主義のイデオロギーといふ大きな囲ひの外には
 踏み出さない。しかし彼らは、支配的なブルジョアジーとは異つ
 た、事物の中産階層的な見方と考へ方とをもつてゐる。彼等の階
 級的位置は、支配的ブルジョアジーと無産階級との中間に立つて
 ゐる。そこで彼らは、′階級的な見方一般に反対する(それが彼ら
 の階級的見方なのであるが)。彼らはまた、階級的利害の上に立
 つ階級闘争に反対する。彼らは、か1る中産階級的立場を、階級
 を超越した立場だと考へてゐる。そして、この立場を一切の階級
 を超越した国家の立場、全体としての国民の立場と同一に視る。
 彼らは、彼らを絶望の境地に陥しいれた資本主義の無統制状態に
 反対する。彼らは、一方には、プロレタリアート階級の要求とし
 ての社会主義に反対する。そして彼らは、超階級的な国家の干渉
 と統制とを要求する。これが、彼等の『社会主義』である。」(「国
 家社会主義とサラリーマン大衆の態度」雑誌サラリーマン、昭、
 七、六)
   仰 河上 肇
 同人は林英未大の国家社会主義を以て、大ブルジョア至上主義だ
 と批判する。即ち、         .瑠璃題周狙瀾瀾瀾題瀾瀾瀾瀾用瀾
   「林氏の国家社会主義は国家主義と社会主義との結合である。
  その中心思想をなすものは国家主義である。この国家主義とは
  『国家をある超階級的神性の絶頂に持ち上げ、その祭壇にはあら
  ゆる犠牲が捧げられねばならぬ』となすところのフアツシストた
      ヽ ヽ ヽ ヽ
  ちの国際的なイデオロギーの一つに属する。吾々はそれが実際に
  は何を意味するか検査しょう。!林氏の国家主義の『国家』の
 代りに『大ブルジョア』を置いて見たなら最もよく解る。即ち
  『国家主義とは、要するに大ブルジョア至上主義、大ブルジョア
  第一主義である。全国民は何よりも先づ大ブルジョア独裁に奉仕
  し、大ブルジョアのためには協働し、大ブルジョアの福利を増進
  すぺきであつて、あらゆる個人的欲望、部分的利益は、大ブルジ
  ョアの必要のためには何時にても犠牲に供する覚悟がなくてはな
  らぬ、』といふことになる。これは謂はゆる国家主義の現実の内
  容だが、もしかういふ国家主義に『立脚して』社会主義が実現さ
  れるのであるなら、瓢箪から駒が出るどころか熊でも虎でも何で
  も飛び出すであらう。
  〔中略〕次に所謂国家主義の政治的意図は何んであるか。それは
  階級闘争の拗尭を勧告することにある。それは苦難に充ち充ちた
  久しきに亙る階級闘争を通じて始めて実現され得る社会を、国家
  主義によつて、即ち階級闘争の拗棄によつて、直に実現されうる
  かの如くごまかすのである。」ハ「国家社会主義の理論的検討」中
  央公論、昭、七、六)
   編者注 傍線の箇所は原文にはなく、引用者が要約したことを示す。



        第三、協同(体)主義
 一体、協同主義とは、如何なるものか。協同主義といふのは、結
 局、個人主義と全体主義の長所を掴み上げ、両主義を止揚して一層
 高い立場に立つものであるとするのであるが、この点に基き、昭和
 研究会発行パンフレット「協同主義の哲学的基礎」に化、次の如く
 述ぺてゐる。
   「西洋の利益社会的文化に対して、東洋には古来の共同社会的
 文化が、その特徴を失はぬま1に今日まで存してゐる。我々が日
 本頼碑の美点とするものは、概ねか〜るところに発するものであ
  つた。しかしながら東洋風の象徴的表現は、あまりに任意なる解
 釈を許し、確固たる発展の基礎とするには論理的根底を欠いてゐ
 る。そこから生ずる渋滞を脱し、普遍的に理解され得るものとす
 るためには、先づその現代的発想を求め、これを理論的に再組織
  することが必要である。
  我々が東洋に発見し、以つて西洋の思想を是正するに足ると見
  るものは、その独特なる連帯の思想であり、協同の思想である。
 帰一と云ひ、王道と云ひ、その根底には極めて実践的なる協同思
 想が働いてゐるのである。日本の国体の根源をなす一君万民、万
 民輔巽の思想は正にその清華と云はなければならぬ。
  新思想原理は、機械的な平等主義ではなく、独裁的な強権主義
 でもない。それは真の指導者原理に立ち、大衆の自発性と有機的
 に結合したものでなけれほならぬ。今日いはゆる全体主義は、自
 由主義や共産主義に対する批判として意味を有するものであるが、
 やゝもすれば内に於ては成員の人格を軽視し、外に対しては閉鎖

0a

   的である傾向を有し、屡々官僚主義、独裁主義となり、偏狭なる
   独善的民族主義に陥る弊がある。か1るものを超克し、新秩序建
   設の根拠たり得ぺき全く新しい哲学、世界観の確立こそ、我々日
   本人の費務である。
   ′ それはまさに協同主義の原理に立つものでなければならぬ。」
    (五頁)とし、更に、
     「協同主義は個人主義と全体主義とを止揚して一層高い立場に
   立つものである。それは全体主義の如く社会を個人よりも先のも
   のとし、社会に個人の存在の根拠としての実在性を認める。併し
   それは個人の独自性を香定することなく、個人主義の如く個人の
   人格、個性、自発性を尊重するのである。協同主義に於て社会は
   個人に対し単に超越的でも単に内在的でもなく、超越的にして内
   在的、内在的にして超越的であると考へられる。云ひ換へれば個
   人は社会から作られるものであり、作られたものでありながら独
   立であつて逆に社会を作つてゆくものである。」(五二頁)
   とするのである。而して、更に、協同主義は、革新的であつて、
  計画的統制の必要を強調し、次の如く述ぺる。
     「協同主義は全体の立場に立つが、この全体を段階的に発展的
   に考へる。協同は先づ国民の協同であり、次に東亜諸民族の協同
    の如きものであり、更に世界に於ける協同である。併しかやうな
   段階は直線的にのみ考へられるのでなく」国民的協同は同時に東
  一亜的協同の基礎に於てあり且つこれの実現の方向を含み、東亜的
   協同は同時に世界的協同の根拠に於てあり且つこれの実現の方向
    を指示してゐるのである。全体はつねに発展的である。民族にし
 ても発展するものである。協同主義は現存の状態に止まる協同を
 考へるのでなく、新たに発展すぺき全体の立場からの、かゝる全
 体を実現する為めの、協同を要求するのである。従つて協同主義
 は、現状維持的な協同主義ではなく、革新的であり、革新の為め
 の協同主義である。
  協同主義は個人主義的或ひは自由主義的無政府状態に対して全
 体の立場に於ける統制の必要を認める。この統制は綜合的、合理
 的、計画的でなければならない。全体主義的統制が上からの官僚
 主義的統制に陥り易いのに対して、協同主義の強調するのは自主
 的な協同である。協同主義は下からの組織が形成されることによ
  つて全体的統制の実現されることを求める。従つて革新的な国民
 運動や国民組織は協同主義の大いに関心する所である。併し下か
 らの組織といつても、協同主義は抽象的なデモクラシーに立つも
  のでなく、却つて指導者に重要な意義を認めるのである。協同主
 義の要求する指導者は専制的独裁者でなく、国民から防離したも
  のでなく、却つて国民の中に入つて国民を教育し、国民の要求を
 取上げてこれを指導的に組織する者である。」(五三頁)
 即ち、指導者原理を説くのである。そして、指導者の理念は一方、
 特に卓越せる個人の意義を認めるのであるが、他方、かやうな指導
 者は、大衆と最も密接に結び付いてゐて、大衆の自主性を専重しっ
 〜、大衆を代表し、大衆を組織して、これに一定の方向を与へ、こ
 れを、指導するものでなければならないといふのである。
 要するに、協同主義は、自由主義、個人主義の一面を強調すると
 ころに、重要なる意義があるのである。例へば、次の如く述ぺる。
  「新しい原理としての協同主義は!個人の自発性を認めるこ
 とが文化の発展にとつて肝要であるといふ認識に立つことが要求
 されてゐる。そのうちに含まれる部分が多様であるとき全体は豊
 富であり、そのもとに立つ部分の独自性を認めることのできぬ全
 体は自己が真に強力でないことを示すものである。」(新日本の思
 想原理一四頁)
        第四、農本自治主義
 農本自治主義とは、制度学者権藤成卿の主張するところであつて、
云ふまでもなく、農業本位で、大工業化を香定するのである。同人
は、自然にして治する社会の伝統、不文律は、既に太古に始まり、
農本主義による自治主義が、社会生活の本義であるとし、官治を攻
撃するのである。
一、農本主義
 農本主義とは何か。即ちそれは、人間の生活は農を基本とすぺき
もので、農は実に日本国民の経済生活の出発点にして又終局点であ
りとし、すぺて農村本位に考へ、農村を基礎とする自治制の建設、
農業を中心とする君民一如の国体の復帰を主張するものである。
 棒藤成卿によれば、その農本主義の基礎は、所謂社稜体統論にあ
 る。即ち
  「社とは土地の為にして、稜とは五穀の義である。人が其の土
 地に住み、その土地の生産に存活する自然の天化を尊び、皇室と
 人民と共に之を奉祝したもので、是の意義よりして「衣食住、男
 女の調斉」を以て祭(マツリ)が起り、政ハマツリゴト)が始ま
 り、進んで国としての形態が出来たものである。之を約言すれば、

 一般人民の自然的自治の上に政治が施行され、天化自然の社稜を
 其土台として、その国が建設されたものである。そこで国家の政
 体組織等は幾回変化しても社稜は決して動かぬので‥ある」(農村
 自教諭)
 樺藤成卿の所説に於て、最も重要な基礎観念は「民性」であり、
 民性とは「衣食住、男女の調斉」をより善く、より幸福にせんと望
 むところの人間の性情である。これを以て人間生活の基礎的出発点
 なりとし、これを重視するのである。
  橘孝三郎又曰く、「頭にうら1かな太陽を戴き、足大地を離れ
 ざる限り人のせは永遠であります。人間同志同胞として相抱き合
 つてる限り人のせは平和です。人各々その額に汗のにじんでゐる
 限り、幸福です。誰か人としてこの永遠に平和な幸福を希はない
 者がありませうか。然らば土の勤労生活こそ人生最初の拠り処で
 なくて何でせうか。I実に農本にして国は初めて永遠たり得る
  ので、日本に取つてこの一大事は特に然らざるを得ないのであり
 ます。日本は過去たると、現在たると、将た又た将来たるとを間
 はず土を離れて日本たり得るものではないのであります」。(日本
  愛国革新本義)
 何故に、農を以て出発点としなければならぬか、その理由として、
 長野朗は、次の如き四点を挙げる。(自治日本の建設)
  第一に、農業は唯一の非搾取的のものであること。
 第二に、農は産業の根本であつて食糧その他凡ての原料を生産す
   るものであること。
 第三に、農は本質的に個人的では成立せず、協同的共存的でなけ

0b

    ればならぬこと。
  第四に、農業は土地による生産者を基幹とするもので、国家組織
   の基礎をなすものなること。
  かくの如くして、農業は、産業の最も根本的のものであつて、商
 工業は、農業の上に立ち、都市は、農村の上に立ち、すぺての産業
 の組織は、農業を基礎とすぺきものである。而して、この共存的本
 質を有つた農業を出発点とすることに於て、一方経済上に於ける共
 存の原則を打ち樹てることが出来、又農村ありて初めて国家組織の
 基礎が成り立ち、農民なくして国はないと主張するのである。
 二、自治主義
  次に、彼等の第二の思想的特徴は、「自治の強調」である。村治
 沢同盟のスローガンには「自治社会の実現」と云ひ、農本聯盟の綱
 領中にも「我等は共同と自治の精神により農本社会の確立を期す」
 と掲げ、長野県の日本農民協会亦その綱領に於て「自治的農本政
 治」「自治的経済組繊」「自治的農村文化」の建設を主張してゐるの
  である。
  権藤成卿の所説に於ても「自然而治」の観念が一貫してゐるのであ
 る。然らば、自治とは何であるか、権藤の現に従へば、
   「予は此の自治とは何の義なるやの疑問に対し、自然而治は大
  衆結束の精粋なりとの一語を以てこれに答ふる者である。本と此
  の自然而治は、智者に依つて治めらる1ものでもなく、強者に依
  って治めらるゝものでもなく、鬼神の冥罰にも、仏陀の冥福にも、
  微未の関係なく、各人各箇、其天実の性に率ひ、本能を啓き、一
  身の自制より一家自ら泊まり、進んで隣間共に自ら治まり、更に

 進んで郷邑共に自ら泊まり、郡固より天下に及ぼすものにして、
 決して他より治めらる1ものではない。」又曰く、
  「古語に『飲食男女は人の常性なり、死亡貧苦は人の常難なり、
 其性を遂げ其の難を去るは、皆自然の符、故に勤めざるも民之に
 赴き、刑せざるも民之を努め、居海に近きものは漁し、居山に近
     かり
 き者は佃し、民自然にして治る』とある!乃ちこの自然にして
 治まる『自然而治』と云ふことは、或は『原始自治』とも称し、
 自治の主体をなしたものである。此自治の主体は、大衆自然の意
 思に起り、修陸和協の規矩を生じ、公同共済の準縄を立て、以て
 一郷一村の収束より、一郡一国の調整となり、而して仝天下に拡
 充す可き、大同自治立制の起源となつた。」ハ「成俗の漸化と立制
 の起源」中央公論、昭、七、六)
 長野朗は、又自治を以て「我伝統の政治原則」なりとして曰く、
  「人は絶対に独立自主でなければならぬ。独立自主の民にして
 始めて、人格があり進歩がある。従つて経済的に人が人を搾取し
 て生活することが不合理であるやうに政治的には人が人を治むる
 ことは不合理である。そこで我国古来の政治は自治を本旨とした。
 自治は各人が自ら己を治むることである。この自ら治むる独立人
 が柏共同して生活を全うする。従つて人が人を治むる官治には非
 常に反対して来た。人が人を治むる官治の結果は、各人の独立心
 は失はれ、現在見るが如く人民は全く活気を失つて官吏の為すが
 まゝに動き、進歩なく改善なく、弊宰を潮除するの反撥力を失つ
 て魔窟し去るものである。又官治のためには多数の官公吏を養つ
 て多くの公費を費し、ために人民の負担を重からしめ、官吏の訣
   彗瀾朋欄毒
  歌にkり人民を痺弊せしむる.然も政終は救滞、煩雑、形式に流
  れて実情に合せず、民を害すること甚しきものである。即ち官治
  は奴隷政治であつて人間の人格を認めないものである。ために、
 我古来の政治は一貫して自治に則つて来た。」(自治日本の建設)
 三、批 判
  m 津久井寵雄
 同人は、権藤成卿の「自然而治」の所説を批判して、次の如く述
 ぺてゐる。
   「権藤氏の所論を概評すれば、甚だ失礼ながら、それは極めて
 単純なる無政府主義であり、古代讃美主義である。氏のロを極め
 て呪岨する国家主義なるものは、十九世紀の遺物たるプロシヤ官
 僚式ないし軍国主義的のそれであつて、現在叫ばれつ1ある個人
 主義乃至階級主義のアンチ、テーゼとしての国家主義或はブルジ
                               〔ママ〕
  ョァ的乃至プロレタリア的インタナショナルズムへの対立物とし
 ての国家主義(国民主義)といふが如きものは殆んど全く氏の考
  慮に上つて居ない。」
   「かくて日本も建国の昔から、自然而治の国であり、社稜体統
 の国であると権藤氏は云ふのだが果して然りか香か。禅武天皇の
 建国そのものが、武力を以て東方にまつろはざるものを平げ、一
 の強権による支配を確立されたわけではなかつたか。無論、当時
 に於て現在の如き複雑大規模の国家組織の無かつた事は無論だが、
 それは断じて自治や無政府を意味するものではなからう。百歩を
 譲つて往昔の社会が自治無政府なりとするも、それが現在に於て
 尚ほ同じく望ましき或は可能なるものだと断言することは出来な

                          袖りJ域′‘汁  りり∃1nhJ竹J〆・′叫ノuパ′
 いけ人間の内的及外的生活に於て、往昔と比較に針らね孝雄さと
 規模の大さとを加へた現代社会に於て、徹底した自治即ちアナー
 キイが果して可能であるかどうか。
  穂川時代の自治制度、隣保制度は樺藤氏も之を讃へてゐるが、
 之等は、徳川による中央集権が一方に完備されてゐたから、巧く
 実成され得たのである。中央権力の統制指導その宜しきを得て始
 めて自治の効果は挙るのであつて、それの無い自治は結局混乱と
 放縦を蘭すのみである。」(「改造理論に於ける諸問題」生命線、
 昭七、十一)
 尚、農本主義につき次の如く述べてゐる。
  「一体人間の生活は農を基本としなければならぬといふ理論も
 成り立たないし、往昔から今日まで、人間の生活が農を基本とし
 てゐたといふ事実もない、トー農業を始める前に、人類は既に工
 業を有してゐたと断定しなければならぬ。かくして火と工業とが
 あつて始めて農業は人間の生活の手段となり得たので人間生活に
 おいてむしろ農よりエの方が基本的であつたのである。」
  「更に一歩を進めて考へれば、吾々は、衣食住男女の関係のみ
 を重視され、人間生活と云へば之れ以外になきが如く主張する権
 藤氏に多くの不満を見出さゞるを得ない。衣食住男女の関係は、
 人間生活の基礎的な出発点であり之なきところの人間生活なきは
 無論だが、之等が普通の程度に充されてある揚合には、人間は更
 により以上の欲望が発動するのである。中でも基本的なものは名
 誉慾と優勝慾であり、之に基いて人類社会百般の進歩向上が蘇ら
 されるのである。人間は単なる生活を欲せずして、より書き、よ

0c

り複雑なる、より便利なる、より豊富なる、生活を欲する。ひとたび近代文明の洗礼を受けたる人類が、何千年も太古の原始生活に還元することが出来るかどうか、出来るにしてもそれを欲するかどうか、極めて大いなる疑問である。」(前同)
(2) 山川 均
同人は、次の如く批判する。
「農業の現在、即ち資本主義体制の一部としての農業に対する批判から、昔の農業を回顧し、咏歎することが若し農本主義だとするならば、それは、単なる復古主義反動主義のセンチメンタリズムである。 − 当時(往昔)農業は、殆んど唯一の生産方法だつた。それ故に、農は天下の大本なりといふことは、生産は、天下の大本なりといふことと同意義だ。」 (「新農村運動のイデオロギー」経済往来、昭七、十一)
(3) 尾崎 陞
尾崎陛(日本建設協会)は、農本主義につき、次の如く批判してゐる。曰く
   「吾々が農村の協同体を強調し、革新運動の拠点としての農村
  を重視するのは、所謂農本主義者の主張に対する賛同を意味する
  ものではない。鹿本主義者が、農業社会として発展して来た日本
  民族の社会故国衆生活の特性を正しく把握し、農村生活の中に保
  持されてゐる民族生活原理を強調するのは正当である。然し乍ら、
  彼等は、近代的磯城生産のもつ進歩的役割と、それの発展、近代
  日本に於ける都市と農村との交流を正しく理併し得ない。一
   彦本主義者は、エ発生産を著しく軽視し、工業生産を中心とす

 る都市の生活を農村へ還元すぺきことを主張するが、次代社会に
 於ける工業生産と都市との役割は現在よりも低下することはあり
 得ない。」と。
 要するに、農本自治主義は、我国の基礎は、農業であつたのであ
るから、その経済組織に於ては、農業を基礎とし、その政治組織は、
農村を中心としたる完全なる自治制度の実現を期するといふにある。
而して国家による強力統制に反対するのであるが、自治は、「太古
に始まり、神武建国にょり確立されてゐる」となし、農本自治主義
は、建国の大精神を根本原理とするものであるとするのである。
     第二章 汲生的指導原理
 前章に於て、述べたるが如く、皇道、日本精神を、根本基底とし、
 一、純正日本ハ皇道)主義
 一、国家(国民)社会主義
 一、協同(体)主義
 一、農本自治主義
 の四つの主義が、存在するのであるが、これら中心肘掛轡掛掛より
                                          ヽ ヽ
 して、現在日本の諸般情勢を批判するに当り、そこに、生ずる派生
 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
 的指導原理とも称すぺきものが、三つある。即ち、
 (イ)反議会主義 (ロ)反社会主義 (ハ)反資本主義
 である。即ち、純正日本(貞道)主義は勿論、国家(国民)社会主
 義、協同(体)主義、農本自治主義と維も、ひとしく、反個人主義、
 反自由主義なるが故に、個人主義、自由主義を指導原理とする議会
 主義、社会主義及資本主義に対し、極力、反撃を加へるのである。
                            ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
 かやうにして、我が国家主義紐体は、大体に於て、
 山 天皇中心政治の徹底、1譲合中心主義の否認卜天皇御親
  政の確立
 似 既成政党の排撃、Iこれと結託する財閥の打倒
                           ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
 仰 社会主義の排撃、1共産主義及社会民主々義団体の撲滅
 求@資本主義経済機構の修正若は根本的変革、 − 国家統制経済、
  計画経済の徹底
 求@亜細亜民族の社会主義、帝国主義よりの解放 − 大東亜新秩
  序建設 − 強硬外交の確立
 求@右諾主張貰徽のための直接行動(広義)主義1議会進出反
  対
等の綱領政策を掲げ、その根基をなす指導原理、即ち、皇道、日本
精神を高らかに標梼し、その運動スローガンとしては、「昭和維新
断行」「錦旗革命の実現」「新日本建設」「大東亜新秩序建設」等を
高唱してゐるのである。
       第一節 反議会主義
 反議会主義の語に二様の意義がある。その一つは、デモクラシー
議会政治に対する呑認の意味で、即ち、天皇政治、独裁政治を意
味するものであり、他の一つは、政権獲得の手段としての反議会主
義であつて、この意味に於ける反議会主義は、直接行動主義を意味
 するものである。
        第一、議会政治否認の原因
一、理論的根拠
 議会政治は、国家主義運動の中心的指導原理たる国家主義、即ち、
 日本主義と相反するものなりとして、呑定するのである。この点に

 つき、建国会の「擬音」には、次の如く一述音れてゐる¢
   「フアツシズムは、国内的に個人主義に対立する国家主義の運
 動であります。 − 人類の社会の中で組織の最も発達したものは、
 即ち国家でありますから、個人主義に対立するものは、社会主義 ■
 でなくて、国家主義であります。殊にマルクスの社会主義は、名
 は社会主義でありながら、実は極度の個人主義でありますから、
 フアツシズムは、国家主義によつて、社会主義を排斥するのであ
 ります。このフアナシズムが、代議政治を軽んじて専制主義に傾
 くのも、近世の代議政治が、自由主義即ち個人主義だからであり
 ます。近世の代議政治は、個人主義であるからこそ、特に個人主
 義の著しいイギリスに発達したのであり、又国家よりも個人を重
 んずるからこそ、個人を単位にして、一つでも多くの投票を得た
 ものが、議員となり、一人でも多くの議員を得た党派は、勝つと
 いふ多数主義の政党政治になるのであります。然るに、フアツシ
 ズムは、個人主義に反対するのでありますから、多数主義の代議
 政治を軽んじて実質主義の専制主義に傾くのであります。」
 更に、天野辰夫は、次の如く述ぺて議会政治、政党政治を否認し
 てゐる。
   「日本の憲法は、議会制度を認めては居りますけれども、議会
 政治を認めて居るのではない。西洋に於ては、議会制度といへば、
 即ち、議会政治のことでありますが、日本国に於ては、議会制度
 即議会政治、議会制度即政党政治、政党政治即議会制度なる原理
 も事実もあり得ない。何等の妥当性を有するものではない。二者
 は、全く、根本的に達つて居るのであります。憲法の定むるとこ

0d  ろの議会制度なるものは、即ち、貴族院と衆議院とによつて組織
  せられたる議会が、法律案汝予算案を審議決定するものであると
  いふことに他ならないのでありまして、只、衆議院は、予算案の
  先決権 − 貴族院に先立つて議決するといふ特権を有つて居るに
  過ぎないのであります。西洋の憲法に定められたるが如く、議会
  が、挽に、衆議院 − 更に政党 − 即ち、人民が政治を行ふ権限
  を有して居るのではないのであります。議会又は衆議院又は政党
  又は人民に、政治主体たる権限を与へて居るのではないのであつ
  て、議会は人民の 天皇政治翼賛任務に基←『翼賛機関』たるに
  他ならぬのであります。現代、自由主義者、民政主義的旧勢力、
  左巽陣営 − 現代知識階級者流の常識となり通説となりつ1ある
  ものが、如何に反国体、非国体的なるかを知るべきであります。」
   「政党政治といふのは、単に政党が政治に携るといふ意味では
  ないのでありまして、政党内閣制度に根抵して、議会に多数を占
  めた政党が、政治上法律上当然に、内閣を組織するといふ民主的
  政治を意味するのであります。然るに、日本の政党者流は、即ち、
  内閣組織の大命は、天皇から降るのであるから、政党内閣制と
  雄も、一向差支へないとかういふ言訳をして居りますけれども、
  既に選挙によつて、民意の多数を獲得したる政党の首領にのみ大
  権が、降下しなければならないといふことは、天皇の御意思は、
  選挙に関する限り、常に、人民の意思に拘束せられ、之に追随し
  なければならないといふ結果になるのでありまして、即ち、政治
  の中心、政権行使の主動意思は、人民にあつて、天皇之に追随
  し給ふのみ。明瞭に、之、民主々義国家に他ならぬのでありま

 す。」(国体皇道) ′
ニ、実際的根拠
 議会政治否認の実際的根拠は、議会政治、及政党政治の実際に求
 むることが出来る。先づ、議会政治の実際については、
 山 奥論の府でない、
 似 真面目に国政を審議しない、
 伽 党利党略の駈引場である、
 梶@院内に於ける言論を封鎖し、暴力の自由を是認する、
 求@政権争奪の舞台場である、
 との非難を浴せ、そして、政党亡国を叫ぶのである。これに関し、
 佐藤清勝(勤王聯盟)は、「政党亡国論」に於て、次の如く指摘し
 てゐる。
 m 政党政治の専制
  a 政党領袖の専制、b 党員自由の束縛、
  似 政党政治の悪弊
  a 選挙の干渉、b 政権の争奪、e 賄賂の公行、d 金権
  の放屁、e 司法権の撹乱、f 党利本位、
 仰 政党政治の亡国性
  a 国家を以て党派心の犠牲とす、b 賢良忠貞の排斥、
  e 姦曲講詐の助長、d 国家大計の閑却、e 国民道徳の破
  壊、f 大権の下移、g 党派間の闘争が国家の禍乱となる、
 かくの如き、政党政治の香定は、結局、政党の香定で、更に、政
 党と結托する財閥の香定である。
 前述の如く議会政治、政党政治は、自由主義、民主々義の主張を
 持つてゐるいそして、これを更に深く追求してゆくと、所謂天皇
 機関説を抱懐してゐる。そこには、憲法を改正することなくして、
 内閣官制を改正することによつて、統帥権を、内閣の方に、傾せし
 めることが、出来るといった考へ方を持つてゐる。民政党の如きは、
 議会中心の政治を徹底すべしといつた綱領を掲げてゐたのである。
 これは、明かに、皇道に反する。従つて、極力、排撃されるのは、
 蓋し、当然のことと云はなければならない。
        第二、天皇政治、独裁政治
  議会政治を、否認することは、前述の通りであるが、然らば、こ
 れに換ふるに、如何なる政治形態を以てせんとするのか。この点に
 つき、天野辰夫は、
   「国家社会主義は、当然の結果として、国家改造後、独裁政治
  を行ふが、純正皇道沢は、之と達り 天皇中心政治である。」
 となすのである。蓋し、国家社会主義は、元来、国家主義と社会主
 義との立場に立つのであるから、帰結は、結局、こ1に到達し易い。
一、国家(国民)社会主義、協同(体)主義の独裁政治
  この系統に属するものは、結局、ファッショ独裁政治即ち一国一
 党派の独裁政治を認めてゐるものの如くである。元来、独裁政治と
 は、今中次麿によれば、
   「国家政体の一種にして、非常的、便宜的、過渡的意味に於て、
  国家的又は階級的必要の為めに、合法的に又は非合法的に、その
  地位を取得したる個人又は団体の、法律に超越せる専悉的、実力
  的支配である。」(現代独裁政治学概論)
 といふのであるが、ファッショ独裁政治は、無論、ブルヂヨアー独
裁政治、プロレタリア独裁政治と異る卜林襲来未は、▼フアツシ蒜
 裁につき、次の如く述ぺてゐる。
   「フアツシズムは、民主々義的政治形態を香定して、数政党の
 対立出それに伴ふ政権の争奪を排除し、これに代ふるに正しく国
 民の大多数を代表する一党派のみを絶対的優越の地位に置き、肇
 固にして永続的なる政府を組織し、以て真に国利民福に適合する
 政策を遂行しょうとするものである。固よりか1る政府が、果し
 て国民大多数の輿望に副ひ得るや、香やは、施政の実績に徽する
 外はないが、併し現代の民主々義国に於けるが如く、如何なる党
 派も政権争奪にのみ腐心し、選挙の勝利にのみ全力を集中する有
 様では、到底政治の革新、経済の繁栄、国家の興隆を期すること
 が出来ないから、か1る弊風を除去する為めには、一党派にのみ
 独裁的権力を尊顔せしめ、かすに年月を以てし思ふ存分に、その
 主義綱領を実行せしめねばならぬ。」(「フアツシズム教育論」)
   「国家社会主義は、これ(民主々義)と異り、国家主義的であ
 ると同時に、質的なる政治形態を欲求するものである。国家主義
  の下にありては、国家の理想を奉体し、国家の目的に貢献し、私
 情を棄て〜国家に奉仕しょうとする者の判断力は、然らざる者の
 判断力よりも、ヨリ高く評価される。人格価値の高低は、常に国
 家に対する奉仕カの多少によつて決定される。従つて、人格平等
 の観念は、香定せられ、国民の参政権には、適度の制限が加へら
 れ、一般的多数決制度は廃棄され、質的優者は、量の多少に拘は
 らず、質的劣者に対して、完全なる指導権を把握しなければなら
  ぬ。」ハ「国家社会主義原理」)

0e

  かやうにして、彼は、「全国民を正しく代表するところの一党沢
 の独裁政治」を主張してゐるが、唯、その主義綱領は「飽くまでも国
 家本位であつて、個人や階級の利己的活動を厳に抑制し、常に、全
 国民的福利を追求するものでなくてはならぬ」としてゐるのである。
  更に、中野正剛(東方会)は、党部結成につき、次の如く述ぺて
 ゐる。
   「一切改革の前提条件は、革新的政治力の結集である。故に政
  治勢力の組織化が、急速に実現されねばならない。此の政治力こ
  そ、新体制確立の原動力であり、推進力である。此の政治力を結
  集する為めに、政党を再編成して国民各層の革新的分子、既存職
  能団体の中核的分子、既成政党貝中の善良分子を以て、党部を結
  成し、此の党部は、政府の指導下に置かるぺきものでなく、政府
  の母体となり、国民組織再編成の指導的地位に立つぺき様に構成
  さるべきである。即ち、議会新党とは其の趣を異にし、対象的に
  は、政府、軍部、党部とも云はるぺき権威あるものとなすぺきで
  ある。」
  尚又、ファッショ独裁につき、山川均は、次の如く述ぺてゐる。
   「彼らは、(国家社会主義者)独裁に対して、民主政治を主張
  するものではない。民主的な政治形態が、事実上のブルジョア寡
  頭支配であることに彼らは失望した。彼等は階級的に無力だから、
  強い権力の降臨を待望する。彼らは、資本主義の破綻を、支配的
  ブルジョアジーの動揺的な政治の責任に帰する。かうして、彼ら
  は、超階級的な強大な権力、超階級的な独裁政治を謳歌する。」
   ハ雄−話「サラリーマン」昭、七、六)
 かくの如く、国家社会主義者は、党の独裁を認めるものであるが、
 国家社会主義と同じ系統にある協同(体)主義者も亦、同様、一国
一党の独裁政治を認むるものの如くである。
 二、純正日本(皇道)主義の 天皇中心政治
  これに反して、純正日本(皇道)主義系に属する者は、一国一党
 の独裁政治は、結局、所謂幕府政治の実現となり、民意強行の政治
 となる。これは、一君万民の我が国体の本義を素る。我が国に於て
 は、万民斉しく巽賛の黄に任ずるのであつて、国民の一部たる一党
 が、権力によつて、巽賛を独占することは、絶対に許されないとし、
 我が国の政治形態は、必ず 天皇政治でなければならぬ。天皇政
 治これ即ち、国民総意の全体政治であり、日本主義の政治原則でな
 ければならぬとするのである。中谷武世は次の如く主張してゐる。
   「しからば、日本主義は、フアツシズム的独裁政治、一国一党
  政治の樹立を意図するものであるか、香、断じて香。日本主義的
 政治原理は、天皇政治の徹底にあつて之れ以外にない。政党政
  治は、実質的に金融ブルジョアジーの独裁である。労農政治は、
  プロレタリアの独裁である。フアツシズムは、強力なる党の独裁
  である。日本主義は、是等の両種の階級独裁と共に党の独裁をも
  排し、全一無私一君万民の 天皇政治の実現を強調するものであ
  る。日本に於ては、国民の総意を反映する対照は、議会でなく一
  に 天皇である。 天皇政治は、独裁政治であつて、国民総意の
  全体政治である。 天皇政治即ち国民政治である。」ハ「日本主義
  の再吟味」)
  尚、下中弥三郎は、天皇政治につき次の如く述べてゐる。
   「日本は 天皇国である。政治、経済、教育すぺて瀕をこゝに
 出発しみなこ1に帰潜する。
  今日、現前様との葛藤、紛争、相剋、溝渠、みな『日本は 天
 皇国である』といふ事実を忘れて、外国に於ける『ものの考へ
 方』を以て考へょうとしてをる、そこに一切の禍根がある。
  従つて今日、政界の人々、軍の人々、財界の人々、官界の人々、
 教育界の人々乃至一般国民が、徹底的に反省を要する点は此の
  『日本は 天皇国である』といふ根本認識に徹することである。
  第一に反省すぺきは、天皇国日本の国体が諸外国の国体とど
 うちがふかといふ点である。
  天皇国日本にあつては、ものの考へ方も、事の計画の立て方も、
 それの実行も、すぺて国体に淵源する。天皇から出発する。す
 ぺてが 大御心の現はれとして現はれでくる。従つてまた一切の
 思想、計画、実行の方向が『皇運の扶翼』に葵向する。一切が
 天皇に出で 天皇に帰する。
  国土も 天皇の国土であり、国民も 天皇の国民である。国土
 と国民によつて営まるゝ産業もまた 天皇の産業であり、此の産
 業の運営によつて国民生活を基礎づけて行く指導機関たる諸官庁
 もまた 天皇の官庁であり、官庁の綜合源たる政府の 天皇の政
 府たるは勿論、法の適用、行政の執務に当る官吏の 天皇の官吏
 たるはいふまでもなく、国家の干城、天皇の御守護として存す
  る軍が 天皇の軍たるもまた言説の妥なきところである。
  一切が 天皇に出発し 天皇に葵向すると申しても 天皇御一
 人にて一切を御決め遊ばさる〜わけではなく、各部の国務をその
 司々にお委ねになり、陛下はその大網を総攫あらせらるゝのであ
 る。委ねられたる司々の人々は 大御心を体した政を執り行ひ、
 国民また 大御心を体して国民としての使命任務を完うするので
  ある0
  政治も、法律も、経済も、教育も、軍事もすぺて 天皇を中心
 として営まる、といふ意味は、一切が 天皇の御栄えの中にある、
 国の繁栄も民の幸福もみな 天皇の御栄えの中に余すところなく
 含まれてあるといふ意味なのである。
  この意味を推拡すれば 天皇の御心即ち国民の心なのである。
 利己心に拐はれぬ国民の心はやがて 天皇の御心なのである。所
 謂君民一体、一君万民なのである。
  天皇の御本質の中には 天皇の 御自身の個人としての利害と
 いふごとき意味は微塵も含まれてゐない。天皇の御利害はやが
 て国家の利害、従つてまた国民の利害なのである。
  天皇のお考へあそばすところは利己心に囚はれぬ限り国民すぺ
 ての思念するところであり、利己心に囚はれぬ限り、国民の思念
 するところは、やがて 天皇の思念あらせらるゝところなのであ
 る。即ち 天皇の御心の中に国民の心がある。
  天皇の中に国民がある.
  それ故に、天皇政治の中には独裁政治、専制政治といふごと
 き面影は微塵も含まれてゐない。ファッショやナチやコン、、、ユユ
 ズムが内容とするカによる政治、独裁専制の影は少しもそこに介
  在せぬ。
  いふまでもなく独裁政治といふのは、一団体、一政党、或は一

0f

  個人の意志が悉に専制するのである。民の心を心とせらる1 天
  皇の御心を体して 大御心のまにまに司々の執り行ふ政治、天
  皇政治とは似ても似つかぬものなのである。天皇国日本の国体
  が他国に顆似のないやうに、天皇国日本に行はる1政治もまた
  世界の何れの国にも類例がないはずである。時に歪曲され、現に
  歪曲のま1あるとは申せ、真の形の 天皇が実現すればそれは、
  何れの国に行はる1政治とも、その形、その質を異にするものた
  るはいふまでもない。」(東亜建設第三号)
  尚又、或者は、次の如く述ぺてゐる。
   「新政治体制確立の目的は、半身不随的な日本国家を健康体た
  らしめんとするにある。即ち、バラノトにして統一を欠ける現状
  を有概的に結び付け、完全な生命体たらしめんとすることが、其
  の目的であり、理想である。独逸のナチの如き体制は、我国家に
  於ては、許されざるを以て、一君万民、万民輔巽の理念に基き、
  指導すぺきである。指導者は、固より 天皇たるべきは勿論であ
  るが、国民を直接指導する総理大臣は、天皇御親政に巽賛する
  敬虔なる態度と行動を忽がせにしてはならない。一国一党は幕府
  的存在となる云々の心配は、此の辺にあるもの故、新体制の中央
  指導部の構成メンバーは、皆此の 天皇帰一の精神に惇らざる様
  行動し国民指導の上に於て、飽迄其の師表となるぺき実践がなけ
   ればならぬ。」
         第三、直接行動主義
  第二の意義に於ける反議会主義は、即ち直接行動主義である。換
 言すれば、それは、政権獲得の手段として議会に多数を送り、それ
 にょつて政権を獲得せんとするの方法に依らず、直接行動の方法に
 ょつて政権を獲得せんとするものである。
  この直接行動主義は、更に細別すると、三つになる。即ち、
 一、直接暴力行為。
 二、上部工作即ち政治中枢部の人物との間に関聯を作り、これに、
  自己の主義主張を進言して、政治の実際に具現せしめんとする
   もの。
 三、大衆運動即ち自己の主義主張を、文書、演説等にょり発表し、
  大衆の心を捉へ、これを大衆運動に発展せしめ、大衆の圧力を
  以て政治中枢部に影響を与へ、革新の実現へ導かんとするもの。
 の三つがある。最後の大衆運動の点につき、赤松克麿は、次のやう
 に云つてゐる。
   「ファッショ運動の第二の特娩性は、その果敢なる実践主義に
 存してゐる。そこに行動的魅力が充満してゐる。彼等は、単に議
 会に多数の議員を送ることを以て、能事終れりとしないのである。
  かの議会壇上に於ける、戯曲的な弁が、真にカがあるなどとは考
  へてゐない。彼等は、街頭の大衆に訴願し、これを獲得しょうと
  する。嵐の様な大衆的示威運動を、効果的に発展せしめようとす
  るのだ。華かな『議会の王者』ょりも強き『街頭の王者』たらん
  ことを望む − ヒットラーは、自信に満ちて云つてゐる。『生き
  ょうとする者は、又戦はねばならない』と。まことに実践主義の
 最高表現である。静止は死を意味する。生きようとする者のみが、
 常に動き戦ふのだ。」(「各国ファッショ運動の特貌性」改造社「フ
  アツシズム研究」)

        第二節 反社会主義
 国家主義団体は、社会主義を香定する。元来国家主義運動は、初
 め、共産主義運動の克服を主要目的として、登場し来つたのである。
 従つて、極力これを排撃する。ところが社会民主々義等も共産主義
 の双生児であることが明瞭となつたので、終には、共産主義、社会
 民主々義等社会主義全部を排撃するやうになつたのである。
 彼等の反社会主義は、大体、次の形に於て現はれる。
 m 反国際主義
  似 反階級主義
 梶@反唯物史観
 梶@国情無視、国体否認に対しての反対
        第一、反国際主義
 反国際主義の理論的根拠としては、彼等の指導原理とする国民主
義に相反するが故である。即ち、国際主義は、国家を超越したる全
 人類の福祉を以て第一義とするものであつて、全人顆のためにとの
根本観念の下に、国際間の平和、国民相互の協調、尚進んでは、国
家を香定して、全人類の共同社会すらも夢想するのである。然るに
国民主義は、前述の如く国家至上主義、祖国至上主義であつて、他
国家の利益よりも、祖国の利益、福祉を、主張するのであるから、
 その閏、氷炭相容れざるものあるは、寧ろ、当然のことと云はなけ
ればならない。況して、現在の日本は、国際的危機に直面せるに於
 てをやである。この点につき、林英未夫は次の如く述ぺてゐる。
  「現今の日本国民としては、寧ろ、国民主義に立脚して、行動
 するのが当然である。今や、我日本は、国際的に孤立し重大なる

 時局に直面してゐるのであるから、祖国の危急存亡を前にして、
 国際主義に依つて、行動することは、到底許されないことである0
 我国民は、建国以来、吾々祖先が滴養し来つた伝統文化とを擁護
 するが為に、是非とも、国民主義に立つことを要するのである0
 それが、吾々日本国民としての当然の道徳であり、又信仰でもあ
  るのである。」(「国家社会主義と統制経済」)
 更に、赤松克麿は、国際主義は実践的可能性なしとして、次の如
 く、排撃する。
  「マルクス主義的インターナショナルの誤謬は、人顆の闘争歴
 史を階級的にのみ認識して、之を民族的又は国民的に認識せざる
 ところにある。−我々は、各国のプロレタリアートは、階級舶
 争と共に民族闘争の渦巻を脱することが出来ないと認識するが故
 に、共産党の主張するが如き国際的統一戦線を形成することは、
 不可能なりと認める。− 『万国のプロレタリア団結せよ』この
 スローガンの下に結成されたのが、第三インターナショナルであ
 る。問題は此処にある。自由主義のせ界経済の下にあつては、資
 本主義を打倒しさへすれば、直ぐ後に、単一的なる世界社会主義
 経済の生れることを予想することが不可能ではなかつた0しかる
 に、独占主義的世界経済の下にあつて世界が幾つかの独占国民経
 済機構に分立し対立してゐる場合、かりに各帝国主義国家が、崩
 壊して社会主義国家となり、それと共に、各被圧迫民族が、独立
 した止するならば、其の際各社会主義国家は、直ちに自由合意を
 以て、単一的世界組織を結成するのであらうか、換言すれば、同
 時的に世界革命が成就した暁に於てアメリカ、支部、ロシア、印

10

  度等々が直ちに其の独占する資瀕と市場とを世界に開放し、之を
  世界国家の中央政府の管理下に差出すであらうか、そして又アメ
  リカやオーストラリアは、門戸を開いて有色人種の労働力を迎へ
  るであらうか。この点に関して、極めて前途を楽観し、世界革命
  の後、容易に統一的世界経済が生れるものと信ずるのが、共産主
  義者である。こゝに共産主義のインターナショナリズムに関する
  空想性が露出して来る。」(「新国民運動の基調」「国家社会主義と
   インターナショナル」)
  尚、更に、野島辰次は、第三インターナショナリズムは、社会主
 義社会の美名に隠れて、ソグイエート帝国主義の野望を実現せんと
  するものであるとして、次の如く攻撃してゐる。
   「『万国の労働者団結せょ』とは、有名な『共産党宣言』中の
  名文句だとして、共産主義者が、今日でも有難がつて居る標語だ
  が、これも、よく吟味して見ると全く其の内容は空疎である0共
  産主義は、思想的には、明かに国際主義で、だから共産主義の理
  論故に実践の指導権を経つてゐる、ロシアの共産党は、本部をモ
  スコーに、支部を各国の首都に設けて、プロレタリア運動の国際
  的田結を、はかるべく赤色国際主義の宣伝と実行とに狂奔してゐ
  るのであるが、彼等の目指す処は、外国の独立を香定して、すべ
  てをソグイエート聯邦の中に、抱擁しょうとするのだ0そのため
  に、彼等は、国際的侵略を、はかると共に、国内的には、階級闘
  争を激化しょうとたくらんで居るが、かかる国際主義が如何に其
  の根砥の薄弱な思想であるかは、一方の国際主義の現はれである
  ところの国際聯盟が、名のみ美しくして、実の伴はない事実に見

 ても明かである。」(「マルクスの夢を迫ふ愚を止めよ」)
        第二、反階級主義
 次に、国家主義団体は、共産主義者の唱ふる階級闘争説を香定し、
 従つて、その階級国家論、階級独裁主義に反対するのである〇
一、階級闘争説香定
 マルクスの階級闘争説は、人類の歴史を以て、階級闘争の歴史と
 なすのである。この見解は、一階級の功利のみを目標とするもので、
結局、個人主義の立湯に立つ。ところが、国家主義革新論者の信条
 とするところは、個人に優越して国家の存在を第一義とする国家至
上主義であるから、その当然の帰結として、階叔闘争説を香定せざ
 るを得ないのである。この点につき、井及香樹(建国会)は、次の
 如く述べてゐる。
  「マルクス及びエンゲルスの書いた『共産党宣言』によれば、
  『過去の歴史は悉く階級闘争の歴史である』と言ひます0しかし
 之も誤謬であります。なぜなれば、二つの階級が共同して一つの
 社会を組織するのは、たとへ多少の程度に於ては利害の反対があ
 るにもせょ、大体に於ては両者の利害が一致するからであります0
 しからば階級闘争説は、マルクスの偏見で・ありませう0 マルクス
 に従へば、資本主義が発達すると大資本家は小資本家を打倒し、
 また労働者は労働者と競争して極度に労働賃銀を引き下げると云
 ふのであります。さうすると、人類の闘争は、たゞ階級と階級と
 の間に存するのではなくて、資本家と資本家との間にも存在し、
 また労働者と労働者との間にも存在するのであります0しからば
 即ち人類の歴史は、悉く階級闘争の歴史だと云ふのは変な話では

 ありませんか。マルクス唯物史観説は、唯物論に立脚して経済を
 重んじ道徳を軽んじた煽見でありましたが、此の階級闘争祝も、
 性悪観に立脚して人類をたゞ利慾の闘争にのみ耽る所の動物に過
 ぎぬといふ偏見であります。けだし、近世の初期以来、人心が唯
 物的、利己的になつたから、イギリスの哲学者ホップスの如きが
 率先して唯物論及性悪説を唱へました。マルクスもまたホップス
 の亜流に過ぎぬのであります。故に、かのホップスが、『人生は
 万人の戦場』だと云つたやうに、マルクスもまた階級闘争の名に
 ょつて極度の利慾闘争を鼓吹したのであります。」(「日本はどう
 なる」日本主義、昭、七、六)
 尚、林英未犬も、国家社会主義の反階級主義につき、次の如く述
 ぺてゐる。
   「国家社会主義は、同時に又階級主義を香定するものである。
 マルキシズムの基本的原理は云ふまでもなく階級主義であつて、
 唯物史観といひ、階級国家論といひ、無産階級独裁といひ、すぺ
 て階級本位、階級中心の理論である。それは無産階級の福利のみ
 を第一義的のものと看傲し、無産階級以外の多数者をも抱擁する
 国民全体の福利は殆どこれを眼中におかない。1これ国家主義
 が到底共産主義と相容れざる所以である。」(国家社会主義原理)
 二、階級国家論、国家死滅論反対
 かくの如くマルクスの階級闘争説に反対する彼等は、当然の帰結
 として、マルクスの階級国家論を香定する。彼等は、国家主義を、
 指導原理とするのであるから、一元的国家観に基づき多元的国家観
 たる階級国家の観念を排斥するのである。マルクス、エンゲルスの
 国家についての根本観念は、国家は、一階級が他階級を搾取し、支
 配せんがための機関に過ぎざるものであるといふ点にある。故に、
 社会主義実現の暁には、階級消滅し、国家は当然消滅しなければな
 らないとするのである。こ1から国家死滅説が生れて来る。然るに■
 革新論者は、一律に、この階級国家論を香定し、国家の道徳性、有
      〔ママ〕
 機性を強張し、国家を以て、永久的存在なりとなすのである。野島
 辰次は、次の如く述ぺる。
   「マルクスの国家観は、階級国家論である。1−国民の一部に
  過ぎない支配階級の利益独占税関、それが、国家だと云ふのだか
  ら、まるでお講にならない。第一彼等の主張する『プロレタリア
  に祖国なし』といふ観念にどれだけの現実性があるか。妥当性が
  あるか。国家は、一種の本然社会である。国民社会である。日本
  にも色々の政治が、今までに行はれたが、どんな政治が布かれよ
  うとも、日本の国家そのものは、二千五官年来、かうして立派に
  存続してゐる事実を何と見る。そして本然社会であるが故に、こ
  の日本国家は、これからも、永久にその結合を続けて行く。レー
 ニンの言ふ如く、国家が死滅するなどとは、階級意識に偏した空
  の見解で空の空たるたはごとに過ぎない。」(「マルクスの夢を迫
  ふ愚を止めよ」 フアツシズム第四号)
  更に石川準十郎は、階級国家論の誤りなることの根拠として、次
 の二を挙げてゐる。
   「第一に、階級搾取の維持を内容とせざる国家 − 例へば階級
  搾取廃絶の為の国家の既に現はれて来て居るといふ現実の事実に
  矛盾する。既に必ずしも階級搾取の維持を内容とせざる国家1

11

  我々はその例として先づソグイニット・ロシアを挙げるに蹄躇し
  ない − の現はれて来てゐる以上、そして又将来、多々益ミ現は
  れんとする社会的必然にある以上、国家を以て階級搾取維持機関
  なりとする国家概念はもはや維持され得ない。
   第二に、この概念は社会主義の立場から見て、国家権力の掌握
  を社会主義実現の必演的前提条件として志すところの社会主義の
  当為的立場に背反する。若し国家が階級搾取維持機関に過ぎざる
  ものであり、それ以外に何等の社会的概能をも有し得ないもので
  あらば、既にマルクス国家理論批判の中にこれを指摘せる如く、
  社会主義は一般に何等国家権力(従つて国家)の掌握を必要とし
  ない。いづれも無政府主義の主張するが如く、これをば即時永久
  に破壊し去るぺきである。国家を社会主義実現の必頻的手段とし
  てその掌握を期するからには、これに対して階級搾取維持機関と
  して以外の若くは以上の存在を認めるものでなければならない。
  而して、既に階級搾取維持機関に非ざる国家の存在を認めるから
  には、国家を以て専ら階級搾取維持機関なりとする国家概念は、
  同じく最早維持され得ない。」(「マルクス主義か国家主義か」日
  本社会主義、第一巻第三号)
 三、階級独裁主義香定
  更に、彼等は、共産主義の唱へるプロレタリア独裁即ち階級独裁
 に反対する。この点につき、林英未犬は、次の如く述ぺる。
   「共産主義は1過去に於ける有産階級の独裁を打倒し、これ
  に代ふるに無産階級の独裁を以てしようとするものであるから、
  それは労働者農民だけの棒益を擁護するためには有力なる方法で

 あるが、併し彼等はいかに多数であつても国民の一少部分であり、
 又彼等の道徳及び理智が他の部分よりも優秀であるとは常識上認
 めることを得ないのであるから、彼等の独裁の下に全国民の利益
 幸福が増進されやうとは到底考へられない。人或はソグイエツト
 聯邦の例を引いてこれに反対するかも知れないが、併し現在のソ
 グイニット聯邦は名義だけは無産階級独裁であつてもその実、共
 産党首脳部にある少数者の独裁であつて、大多数の労働者農民は
 惟命惟徒ふ状態にあるのである。」(「共産主義を排斥しフアツシ
 ズムを謳歌す」 フアツシズム第四号)
        第三、反唯物史観
 唯物史観の根本観念は、即ち、唯物主義である。物質的生産力が、
経済組織を規制し、経済組織が、政治、文化、道徳等一切を決定す
 るといふのである。しかし、彼等は、何れもこれを香定し、或はこ
れを修正せんことを強調する。
 橘孝三郎の如きは、社会革新が、弁証法的形式をとつて、一つの
型にはまつた形式の下に行はれるといふ事に反対し、唯物弁証法を
以て、マルクスの空論であるとするのである。曰く、
   「例のマルクスの弁証法的唯物史観によつて説明さる1如き社
 会変革の如き事柄は、何処にも実際としてはありませんので、一
 片取るに足らん空論に外ならんのであります。更に『万国の労働
 者よ団結せょ』なぞと申した所で、問題になつたものではないの
 であります。特に東洋に取りましては労働者が社会変革改造の原
 動力として新しき歴史の大回転を来たさしむるが如き事は夢み得
 ぺき性質のものではないのでありまして、マルクスの説く所はた
一朝朝一
 はありません。成程救済され解放されなくてはならないのは国民
 大衆です。だから結果的形式から見れば、被支配的国民大衆の支
 配群覆滅であり、従つて革新の階級性的形式となるのであります。
 それを直ちに所謂弁証法的形式を取つて、一つの型にはまつた形
 式の上に革新が行はれると同時に、それ故に被支配階級に属する
 大衆を煽動し、暴力行為にまで動員することによつてのみ革新の
 実が挙げらる1もの1如く解釈するやうな事は余り事実を無視し
 た話で、事を誤ること之より大なるはなしと思はねばなりません。
 歴史社会の実際はマルクスの書いた通りにはこぶぺく余りに生き
 てをるし、複雑でもあるし、偶然を許容し過ぎるものです。殊に
 日本はどこまでも日本であつて、英国でもなければ、ロシヤでも
 なければ、ドイツでもありません。勿論のこと日本の事はマルク
 スなぞが少しも解つたものでもなく、レーニンに指図を受ける筋
 合のものでもなく、ヒットラーの真似なぞ出来るものではありま
 せん。それをマルクスはさう書いてゐないとか、祖国ロシヤ共産
 党本部の指令がどうだとか、ヒットラーがかうしなかつたとか馬
 鹿々々しい事をならぺて革新だなぞと申しながら純情無智な大衆
 を馬鹿にして、大きな面をして居る所謂革命ブローカーの如きに、
 いくら馬鹿でも我々大衆はもう馬鹿にさる〜やうな事はなくなつ
 たと信じますが、かやうな従軍は俗に云ふ郷子身中の虫と称する
 奴で罪最も深く、立ち所に屠らねばなりません。」(日本愛国革新
 本義)
 林英未犬も亦、
  講シ竹灯掛斬る革命の原因掛、同国に於斬る生産関係乃至経
 済状態そのものの弁証法的発展にあるのではなくして、それとは
 直接関係のない他の原因が、その革命を実施せしめたのであり、
 又革命後に於けるロシヤの情勢も生産関係乃至経済状態そのもの
 の自己発展の結果ではなくて、共産党指導部の目的意識的、計画
 的創造である。云ひかへれば、政治が経済を、観念が現実を支配
 しっゝあるのである。」(国家社会主義原理)
となし、更に、同人は、社会進化発展の葵概は、決して、経済的要
素のみならず、すぺての社会関係は、平等の地位に立つもYとし、
観念的弁証法と唯物弁証法とを綜合した彼の所謂綜合弁証法(統一
史観)なるものを提唱する。即ち、
  「例へば、経済制度を変革しょうとしても法律制度が之を妨げ
 ることもあれば、道徳制度を変革しょうとしても、宗教制度が之
 を妨げることもあらう。香もつと適切に云へば、之等の制度その
 ものが本来概念的に差別し得るだけであつて、実は一全体として
 の社会に綜合せられ、常に相互影響の下に成立してゐるのである
 から、他の諸制度と没交渉に或る一制度だけを切り離して変革す
 ることが不可能である。T社会諸制度は綜合的に変革されなけ
 ればならぬ。そしてこの変革の契機となるものは、人間の本能な
 のである。」(前同)
とし、赤松克麿は、マルクス主義唯物史観に修正を加へ、階級闘争
と民族闘争にょつて、社会は進化し、発展、運動するものであると
するのである。曰く、
  「全人類を、ブルずョ了、プロレタリアの二階級に分けて人類

12

  の歴史は階級闘争の歴史であるといふのは事実に反した一面的認
  識である。一民族の共同生活と他の民族の共同生活との問に生存
  闘争の歴史があるといふことは厳然たる事実である。−階級意
  識と共に国民意識があつてそれは強いものである。階級意識は最
  近のもので、資本主義が発達してょり二、三十年以来のものであ
   る0それに反して国民意識は数千年以来の本質的本能的のもので
  ある。その本能的なものを強ひて無視して押へて階級意識だけあ
  るといふ公式の下に階級一天張りの闘争をやつても国民の魂に触
  れないといふ処に従来の社会民主主義及び共産主義の誤りがある
  と思ふ。」(「ファッショを語る座談会」政界往来、昭七、六)
         第四、我が国情の無視、国体否認に対しての
             反対
  前述の如き反対は、概して理論的立場よりするものであるが、国
  家主義団体の反共産主義は、決してか1る理論闘争のみに立脚する
  ものでなく、万古不易の国体を変革せんとする不迄なる思想を、日
  本国民としての信念を以て、撃滅せんとするものである。そして、
  日本の現状に対し、革新の必要を痛感するが、その革新の方法は、
  飽くまで、一君万民の国体を基礎とし、日本精神に立脚して行はれ
  なければならないものであるとし、「日本の国体と相容れない共産
  主義の原理」等をとり入れて、これが改造をなすは、絶対に香定し
  なければならないと主張するのである。大日本生産党機関紙「改造
  戦線」第十一号社説には、
    「日本フアツシズムを信奉する吾々日本フアツシストは、共産
   主義を信奉する共産党貝及之と同じ系統の諸団体の党員に対して
 如何なる態度を採るぺきか↑ それは、常に、はつきりして居な
 ければならない、いや既に、はつきり決つて居ることだ。議論に
 は議論で、思想には思想で、だが彼等も多分は一つの信念の下に
 事をなして居るのであらうから議論や思想ではなまぬるい。信念
 には信念で1そこへ行くより他に方法はない。白熱的な信念と
 信念との正面衝突0ロではない手だ、頭ではないカだ。吾々日本
 フアツシストは、日本フアツシズムの命ずる所に徒ひ、徹底的に
 日本共産党員及び同じ系統の詔団体の党員を撃滅すぺし。その手
 段、その方法等は問題ではない0確固たる信念の下に即座に行動
 すぺし、これである。これあるのみである。」
       第三節、反資本主義
       第∴国家主義団体の反資本主義
 国家主義革新団体が、反資本主義を標傍するに至つたのは、極め
 て、最近のことに属する。このことは、明治大正時代に於ける国家
主義革新運動と明確に区別せらる〜一大特色と見るぺきである。即
 ち、明治大正時代に於ける国家主義運動の特色は、主として、反動
 主義(欧化主義、社会主義に対する反動)に終始したかの観があつ
 たのであるが、昭和時代に入つてからは、日本の客観的情勢に刺戟
                 〔ママ〕
 せられ資本主義に対する改革を目指して運動を開始するに至つたの
 である0勿論このことたるや、すぺての国家主義革新団体が、明確
 に反資本主義を標樟しっゝあるのではない。或ものは、資本主義に
 対し何等論及せず曖昧の態度を持しっゝあるものもあり、或ものは、
 又資本主義は、これを認むるの要ありとし、或ものは、又これを全
 く否認するものもあるのである。国家社会主義系協同(体)主義系、
 壊本自治主義系の譜栖体は、すぺて、資本主義を否認する。純正日
 本皇道主義系のものと雄も、最近続々と、資本主義否認を標樟しっ
 1ある。そして、これは、満洲事変、五・一五事件以来の顕著なる
 傾向である。そして、尚、資本主義を擁護する田体と雄も、我が国
 資本主義の現状を、そのま1固執せんとするものは殆どなく、少く
 とも、現在の資本主義経済の修正は、これを認め、特に所謂財閥の
 専横に対しては、何等かの対策の必要を認め、これを現状のま1に
 放任すぺしとする者は、皆無の如くである。かくの如く大部分は、
 反資本主義を標梼するのであるが、たゞ、左巽論陣にあつては、本
 質的に、その見解を異にし、フアツシズムは、その本質に於て、帝
 国主義時代に於ける資本主義防衛のための反動的役割を果すべく生
 れたものであつて、各国資本主義の危概に応化するために特殊的に
 要求された自然発生的の運動形態であると主張するのである。そし
 て、結局、国家資本主義の立場を採るものであつて、断じて、反資
 本主義と見らるぺきものではないと云ふのである。しかし、資本主
 義の指導原理は、個人主義、自由主義、営利主義にある。所謂国家
 主義は、これ等個人主義、自由主義、営利主義を排撃せんとするも
 のであるが故に、要するに、国家主義革新団体の傾向は、反資本主
 義なりと断ずることも、不可能ではない。
一、国家(国民)社会主義の反資本主義
  この派の反資本主義は、極めて徴底してゐる。即ち、彼等は、現
 資本主義を打倒して、社会主義を実現せんとするものである。そし
 て、国家社会主義派は、国家主義陣営内に於て、真に反資本主義を
 標傍するものは、独り我が国家社会主義のみにして、他は、資本主

 義の範疇を出でぎるものとして次の如く述ぺてゐる。
   「今日俗に漠然と『ファッショ』と呼ばれて居るものには、二
  つの流れがある。根本に於て、資本主義を肯定するものと、根本
  に於て、資本主義を香定するものとの二つである。前者は即ち我
  々以外の『ファッショ』であり、後者は即ち我々の『ファッシ
  ョ』である。我々を『国民ファッショ』と云ふならば、前者は正
  に『ブルヂヨア、ファッショ』と呼ばるぺきものであり、結局資
  本主義の擁護である。言葉の仝き意味に於て、前者は『国家資本
  主義』であり、後者は『国家社会主義』である。」(日本社会主義、
 昭、七、七)
  而して、彼等の資本主義に対する攻撃は、極めて痛烈であつて、
 貧富の懸隔、労働条件の低下、階級闘争の激化、中小商工業者の没
 落、政党の腐敗、国民文化の顧廃等は、すぺて、資本主義の結果で
 あるとなし、これを改革するには、独り社会主義あるのみとなすの
 であつて、この点、左翼論陣と同様である。要するに、国家社会主
 義の反資本主義は、主として、社金主義的立場より、これを香定す
 るものと見ることが出来るのである。
 二、協同(体)主義の反資本主義
  更に、協同ハ体)主義泥も、極力反資本主義を主張する。即ち、
   「協同体主義とは、結局、資本主義の原理である経済第一主義、
  資本第一主義、利潤追求第一主義の止揚にあるのであつて、日本
  固有の原理であるところの生命奉還、経済奉還の精神を第一義と
  する。」ハ日本建設、昭、十五、七)
 として、反資本主義を標梼するのである.

13

   (尚、この点については、後述日本建設協会指導理論参照)
  三、純正日本皇道主義の反資本主義
   国家社会主義が、主として、社会主義的立場より、資本主義を香
  定するに反して、純正日本主義派は、資本主義が、依つて存する個
  人主義、自由主義、営利主義が、日本主義、皇道に反し、従つて一
  君万民、一国一家族の精神に反するの故を以て、排撃する向が多い。
  結局、資本主義は、個人主義的精神の産物であつて、一国一家族の
  日本主義とは、全く氷炭相容れざるものとするのである。
   この点につき、神武会は、
    「我等が三千年の光輝ある歴史を回顧するとき、其処に終始一
   貿せる一君万民主義の流れを確知するであらう。1過去の改革
   原理が、常に一君万民の王道を基調とせし如く、来るぺき昭和維
   新の原理も亦、一君万民共存共栄主義たるぺきことは多言を要せ
   ず。されば我が王道精神に反する営利本位のエゴイズムに立脚せ
   る資本主義制度の変革なくしては、更生日本建設を望むは不可能
   にして、然も此の抜本的大改革を腐敗せる支配階級に望むは、万
   年黄河の水清きを待つの愚にして、木に依りて魚を求むるとは正
   に如斯を云ふのである。」ハ日刊「日本」第八十七号主張)
  といつてゐるのである。
  四、農本自治主義の反資本主義
   農本自治主義は、農村の自給自足を強調し、近代的な大社会の代
  りに、自給自足的な小社会の還元、都市及びその工業との対立を主
  張する。即ち、自治農村は、政治上の自治権を享有するのみならず、
l耶那−−批ll批耶正一【正正正野−転取払【む−血取払振lr


ら消費までの全行程を、その中に含み、何等、他に依存することの
ない社会である。ところが、「明治以降、欧洲に発生せし商工中心
の営利主義が、我国に輸入せられ、滑々として、農村をも犯し、其
在来の経済楼構を破壊し、農村より農産物の加工、配給棒を奪ひ、
農産物を商品化した。」その結果、農村は、自給自足的な完全体た
る性質を失ひ、今日の破滅に陥つたものであると主張する。而して、
今日農村の生きる道は、これ等の都会を、漸次鰐消し去らしめるこ
とにあつて、これが為めには、農村が協力して都会に対して、売ら
ず買はず、農村自給自足の経済を取るべきだと主張するのである。
従つて、その主張は、都市商工本位の唯物的西洋資本主義の全面的
抹消であり、東洋的精神文明による新社会、原始村落共産体を大き
く引延した共同体の建設を目指してゐるのである。橘孝三郎は、次
 の如く述ぺる。
  「近せ資本主義西洋唯物文明なる歴史社会的結晶は、都市を中
 心として結晶されたものであるといふ事です。1秩に文芸復興
 期を経て宗教改革を通過し、大陸発見から、重商主義時代に入り、
 やがてフランス革命からイギリス産業革命を見て、近世資本主義
 がロンドン中心を以て発達するようになつた近せ資本主義唯物文
 明結晶下に於けるヨーロッパは、全く東洋的文明とかけ離れたも
 のを創り出してしまつたのであります。即ち思想に於ては、唯物
 的個人主義思想が基調となつて、従つて唯物的個人主義的自由闘
 争主義となり弱肉強食主義となる。更に、このことは理智至上主
 義を採り、情的徳性の美を忘れて、科学は、万能の威を振ひ得る
一転取折掛刑眠P
 中心地を撰んで大都市的形態によつて形造るやうになると同時に
  これを中心として一切の社会関係を規定しっ〜社会過程を動かす
  に至つたのであります。この辺の具体的事実は何より大東京で目
  撃、体験し得るのが、我々の悲しむ可き現状と申さねばならんの
  であります。1我々は先づ近世資本主義唯物文明の超克を力説
  高唱する次第です。T東洋の兵精神に還つて、世界的大都市中
  心に動かされつ〜ある個人本位的烏合体的、寄合所帯的近世資本
  主義社会を超克、解消し得るに足る、国民本位的、共存共栄的、
  協同体完全国民社会を築き上げる事の外ないと信ずる者でありま
  す。かくてこそ、また虐げられたる東洋を西洋の手より解放し得
  るものであると同時に、西洋をも救済し得るものと申さねばなり
  ません。」(日本愛国革新本義)
         第二、資本主義経済に代はるぺき経済組織
  世界は、今、資本主義経済の行詰りに逢着してゐる。従つて、各
 国ほ、これが対策に苦心し、資本主義修正の運動を行ひつ1ある。
 これには、先づ二つの型がある。
 一、個別的修正
  二、統一的修正
 である。前者は、現状行詰りの原因の数々を摘出し来つて、それに
 対する対策を、個別的に樹て、現状を打開しょうとするのである。
 後者は、前者では、却々事が運ばないので、経済を全体的に統一的
 に修正しょうといふのである。そして、これに又、三つの傾向があ
 る。即ち、





「   郎滞胡を僻召した生産業非彗名がナチ粥原頚に準拗して凝営機
   能を指導し、その機能を発揮せしめんとする体制である。併し、
  (二) 組合主義的統制経済
  (三) 資本主義的統制経済
 である。(一)は、中央経済権力の下に、厳密完全なる統制を行は
 むとするもので、実験国は、云ふまでもなく、ソ聯である.それは、
 生産手段を、国有とし、生産と消費とを▲国家計一圃により遂行しで行
 かうとするものであつて、経済の私的活動を排撃するが故に、すぺ
 ての経済活動は、中央政府より指令せられ、計画されるのである。
 (二)は、協同組合主義を基調とする国家統制経済で伊太利の経済
 組織が、これである。組合主義は、社会主義の如く、資本主義の如
 く、個人第一の主義ではない。それは、協同組合意識の洗礼を受け
 た個人的創意を基礎とするのである。即ち、個人の自由主義的撰択
 をして、国民的、国家的目的に、自発的に、服従せしめるのであるハ
 協同組合主義の精神は、ここにあるのであるから、個人の創意の自
 由は、国家的利益と衝突せざる範囲内に於て、容認せられるが、そ
 れが、国家的利益を脅かすや、忽ち制限又は抑圧せられるのである∧
 (三)は、私的経済活動を基礎とし、国民経済全体を有機的に中央
 権力の下に統制しょうとするものである。これは、資本主義的自由
 を基礎とするもので、現在独過国の採用しっ1あるものは、大体こ
 れである。ソ聯の経済組織が、行政の主体と、企業及生産の主体と
 が、同一体なるに反して、独速のそれは、行政の主体と、企業及生
 産の主体とが異り、後者が前者に、指導監督統制せられるのであるハ
一、国家(国民)社会主義の経済組織
  彼等は、「資本主義の後に来るものは、只社会主義あるのみ」と





  は 企業における改革要綱
    我々の当面せる問題は前段の説明でほゞ明瞭になつたこと1

14

   (尚、この点については、後述日本建設協会指導理論参照)
  三、純正日本皇道主義の反資本主義
   国家社会主義が、主として、社会主義的立場より、資本主義を香
  定するに反して、純正日本主義派は、資本主義が、依つて存する個
  人主義、自由主義、営利主義が、日本主義、皇道に反し、従つて一
  君万民、一国一家族の精神に反するの故を以て、排撃する向が多い。
  結局、資本主義は、個人主義的精神の産物であつて、一国一家族の
  日本主義とは、全く氷炭相容れざるものとするのである。
   この点につき、碑武会は、
    「我等が三千年の光輝ある歴史を南扇するとき、其処に終始一
   h質せる一君万民主義の流れを確卸するであらう。 − 過去の改革
   原理が、常に一君万民の王道を基調とせし如く、来るぺき昭和維
   新の原理も亦、一君万民共存共栄主義たるぺきことは多言を要せ
   ず。されば我が王道精神に反する営利本位のエゴイズムに立脚せ
   る資本主義制度の変革なくしては、更生日本建設を望むは不可能
   にして、然も此の抜本的大改革を腐敗せる支配階級に望むは、万
   年黄河の水清きを待つの愚にして、木に依りて魚を求むるとは正
   に如斯を云ふのである。」(日刊「日本」第八十七号主張)
  といつてゐるのである。
  四、農本自治主義の反資本主義
   農本自治主義は、農村の自給自足を強調し、近代的な大社会の代
  りに、自給自足的な小社会の還元、都市及びその工業との対立を主
  張する。即ち、自治農村は、政治上の自治権を享有するのみならず、
  経済的には、その共同体の全成員の生活に必.要な一切の資料生産か
 ら消費までの全行程を、その中に含み、何等、他に依存することの
 ない社会である。ところが、「明治以降、欧洲に発生せし商工中心
 の営利主義が、我国に輸入せられ、滑々として、農村をも犯し、其
在来の経済機構を破壊し、農村より農産物の加工、配給権を奪ひ、
 農産物を商品化した。」その結果、農村は、自給自足的な完全体た
 る性質を失ひ、今日の破滅に陥つたものであると主張する。而して、
 今日農村の生きる道は、これ等の都会を、漸次鮮消し去らしめるこ
 とにあつて、これが為めには、農村が協力して都会に対して、売ら
 ず買はず、農村自給自足の経済を取るぺきだと主張するのである。
 従つて、その主張は、都市商工本位の唯物的西洋資本主義の全面的
 抹消であり、東洋的精神文明による新社会、原始村落共産体を大き
 く引延した共同体の建設を目指してゐるのである。橘孝三郎は、次
 の如く述ぺる。
   「近世資本主義西洋唯物文明なる歴史社会的結晶は、都市を中
 心として結晶されたものであるといふ事です。1挽に文芸復興
 期を経て宗教改革を通過し、大陸発見から、重商主義時代に入り、
 やがてフランス革命からイギリス産業革命を見て、近せ資本主義
 がロンドン中心を以て発達するようになつた近世資本主義唯物文
 明結晶下に於けるヨーロッパは、全く東洋的文明とかけ離れたも
  のを創り出してしまつたのであります。即ち思想に於ては、唯物
 的個人主義思想が基調となつて、従つて唯物的個人主義的自由闘
 争主義となり弱肉強食主義となる。更に、このことは理智至上主
 義を採り、情的徳性の美を忘れて、科学は、万能の威を振ひ得る
  ものの如くに偶像化されてゆく。かくて人々は唯々物質的利害閲






     ヽ

 中心地を撰んで大都市的形態によつて形造るやうになると同時に
 これを中心として一切の社会関係を規定しっ〜社会過程を動かす
 に至つたのであります。この辺の具体的事実は何より大東京で目
 撃、体験し得るのが、我々の悲しむ可き現状と申さねばならんの
 であります。1我々は先づ近せ資本主義唯物文明の超克を力説
 高唱する次第です。1東洋の真精神に還つて、世界的大都市中
 心に動かされつゝある個人本位的烏合体的、寄合所帯的近世資本
 主義社会を超克、辟消し得るに足る、国民本位的、共存共栄的、
 協同体完全国民社会を築き上げる事の外ないと信ずる者でありま
 す。かくてこそ、また虐げられたる東洋を西洋の手より解放し得
 るものであると同時に、西洋をも救済し得るものと申さねばなり
  ません。」(日本愛国革新本義)
       第二、資本主義経済に代はるぺき経済組織
 世界は、今、資本主義経済の行詰りに逢着してゐる。従つて、各
 国ほ、これが対策に苦心し、資本主義修正の運動を行ひつゝある0
 これには、先づ二つの型がある。
 一、個別的修正
 二、統一的修正
 である。前者は、現状行詰りの原因の数々を摘出し来つて、それに
 対する対策を、個別的に樹て、現状を打開しょうとするのであるQ
後者は、前者では、却々事が運ばないので、経済を全体的に統一的
 に修正しょうといふのである。そして、これに又、三つの傾向があ
 る。即ち、







               一】H
 (二) 組合主義的統制経済
 (三) 資本主義的統制経済
 である。(一)は、中央経済権力の下に、厳密完全なる統制を行は
 むとするもので、実験国は、云ふまでもなく、ソ聯である0それは・
 生産手段を、国有とし、生産と消費とを国家計画により遂行して行
 かうとするものであつて、経済の私的活動を排撃するが故に、すぺ
 ての経済活動は、中央政府より指令せられ、計画されるのである0
 (二)は、協同組合主義を基調とする国家統制経済で伊太利の経済
 組織が、これである。組合主義は、社会主義の如く、資本主義の如
 く、個人第一の主義ではない。それは、協同組合意識の洗礼を受け
 た個人的創意を基礎とするのである。即ち、個人の自由主義的撰択
 をして、国民的、国家的目的に、自発的に、服従せしめるのである0
協同組合主義の精神は、ここにあるのであるから、個人の創意の自
 由は、国家的利益と衝突せざる範囲内に於て、容認せられるが、そ
 れが、国家的利益を脅かすや、忽ち制限又は抑圧せられるのである0
 (三)は、私的経済活動を基礎とし、国民経済全体を有機的に中央
権力の下に統制しょうとするものである。これは、資本主義的自由
を基礎とするもので、現在独逸国の採用しっゝあるものは、大体こ
れである。ソ聯の経済組織が、行政の主体と、企業及生産の主体と
が、同一体なるに反して、独速のそれは、行政の主体と、企業及生
産の主体とが異り、後者が前者に、指導監督統制せられるのである〇
一、国家(国民)社会主義の経済組織
 彼等は、「資本主義の後に来るものは、只社会主義あるのみ」と

15

 なし、しかも、その社会主義は、一国内に於ける社会主義を期し、
 強力なる国家権力を以て経済の計画統制を行はんとするものである。
 この統制につき、林契未犬は、
  「国家社会主義の必要とする法的統制が、国民経済生活の全部
 に亙るものでは決してない。統制すぺき範囲と程度とは1、国
 家社会主義の目的を達成する必要欠くぺからざる限度に於て、決
 定さるぺきものである。そして、その適当なる限度は、各国に於
 ける資本主義発達の態様及程度如何によつて、多少相違するもの
 である。1併し、その原則ともいふぺき若干の事項を指摘する
 ことは可能である。」(「国家社会主義とは何ぞや」国家社会主義、
  昭、七、六)
 とし、次の如き事項を、列挙してゐる。
  m 私有資本(生産手段、貨幣、有価物を含む)を、原則として
  公有に移す。そして、専ら公益のみの目的として、之を利用す
   る方法をとる。
 似 土地は、その用途如何に拘らず、原則として、全部之を国有
  とする0之は、経済的利害の問題でなく、空気と同じく、人蘇
  生存の自然的、絶対的要件であつて、しかも、人為的に生産す
   ることを碍ないものであるから。
  求@諸産業改外国貿易を全国的に統制する。
  仰 分配は、原則としては、国民個々の奉仕力の維持及増進に過
  不足なき程度に行はれなければならぬが、劃一的に、均等なる
  配給をなすことは、不適当であり又不可能である。従つて、概
   略なる規定と制限を設け、その範囲内に於て、国民各自の選択

   に任す。
 求@教育は、すぺて国費にょつて行はれ、全国民に対して、均等
   に開放する。
 求@私有財産制度の全廃を主張するものではない。原則として、
  土地及資本の公有を要求するに止まる。併し、私有財産は、各
  自に必要なる限度に止め、且各人均等に与へられる。
 かくして、全国民は、挙つて、国家に奉仕する勤労者となり、そ
 こには、搾取もなければ不労所得もなく、渾然たる無階級社金が成
 立し、階級闘争も、その跡を絶つといふのである。
 尚、近藤栄蕨は、次の如く述ぺてゐる。
  「社会主義経済は、計画経済である。基礎的生産と配給の手段
 を、国家の手に集中し、全国民の需要と国家資源及び生産能力の
 正確なる総括的計算の上に、国家産業を遂行するところの組織で
 ある0それは真正なる意味に於ける産業の合理化だ。それは個々
 の資本家の独占的利潤を目的とする生産制度ではなくして、国民
 全般の経済的安定と向上とを目指す処の制度である。」
  そして、これが為の経済的基本条件として、次の如きものを、挙
 げるのである。
  「(一) 重要産業が国家の手に集中されること。
   即ち、土地、鉱山、大工場、発電所等々が国営となつて大規
  模の生産事業が国営化すること。国民全般の生活を支配する社
  会的生産(大量生産)の概関が個人資本家にょつて所有され、
  それ等個人の金儲けのために経営される問は、国民全般の利益
  のための統制経済は断じて行はれ得ない。それ等が掬民全般を

  代表する桓象の手に移計れない限りは、統制経済は単なる夢で
   ある。
   だが、社会主義統制経済の基礎をなす主要産業の国営は小規
  模に行はれる諸々の企業(中小農業、小規模製造業、手工業、
  小売販売業等)を含まない。これ等の多くは、生産の手段が進
  歩するにつれて、将来、漸次に消滅するか、或は大規模産業に
  合流する顆の企業であるから、強制的に統制さるぺきものでは
   ない。
 (二) 鉄道、汽船、電信、ヲヂオ等々交通運輸、通信機関の国有、
   国営。
   国営産業による生産物は、国家の中央及び地方配給櫻関を通
  じて市場に供給されるか或は消費組合を通じて需要者に配給さ
  れる。海外貿易も当然国家の管理下におかれる。
 (三) 金融機関の国営或は公営。銀行は統一されて国有となる。
  地方金融は充実された信用組合等の力をかりて完全化される。
 (四) 米穀、肥料、原料品、燃料等の国家管理故に国家配給。取
  引所の廃止。
  以上の如きが社会主義統制経済実現の第一歩である。か1る国
 有及び国営の断行なくして統制経済は単なる空論に終る。」(「か
 くて資本主義は倒れる」)
 二、協同(体)主義の経済組織
   この派に属する者も、国家社会主義の経済組織と同様の見解を
 持つてゐるやうである。たゞ、問題のとり上げ方が、それと異つ
  てゐて、企業経営機能の公共的性質を確認し、経営担当者に、公
瀾的人蒋を航与せんとするものであるク今、暗和研究会幻朋案如朋一
 「日本経済再編成試案」をみれば、次の如くである。
 m まへがき
   今日、生産経済の基礎的単位は経営である。生産増強を目指.
  す如何なる統制経済体制も、まづかゝるものとしての経営を捉
  へることが何よりも肝要である。併し近代産業組織においては
 一経営が一企業として運営されてゐる場合もあるが、通例、幾
  つかの経営が一大企業の傘下に統率されてゐる場合が代表的で
  ある。か1る場合において、資本所有の見地を暫くはなれ、生
  産技術的見地から見るときには、一企業に所属する経営の新な
  分離結合を行ふことが、国民経済的に言つて、例へば生産性を
  高めるために、或は全体としての原料、動力、その他資料の節
  約のために、より合理的であり、より能率的である場合も決し
  て稀れではないのであるが、併し、それには生産技術的見地を
  貫くことが既に容易でなく、たとへそれを貫き得たとしても、
  経営の分離結合による組替へが完了し、かゝる新な状態が落ち
  つくまでは、一時少なくとも生産経済に混乱を生ずるものと見
  なければならぬ。従つて、目下の場合、最初から経営の分離結
  合を目指して進むことは、かへつて改革倒れとなる惧れがある
  のでこ1には原則として現存の企業経営から出発することとし、
  たゞ経営の分離結合に関して将来修正を加へうぺき契機を包含
  せしめることをもつて満足しなければならぬ。
 似 企業の現代的性質
   企業の現代的性質は二重である。それは一方において資本所

16

 有の機能を営み、この限りにおいて、それは私的利益の追求に
 よつて動かされてゐる。併し他方において企業は公的(社会
 的)機能を営み、この面においては公的利益に役立つてゐる。
 而して国民経済の維持発展はこれら二重の機能の総体によつて
 行はれて来たのである。即ち、私的利益の追求は公共利益の増
 進を結果したのである。従つて、従来、企業の公共的機能の側
 面は資本所有の機能の蔭にあつて、多く注視されないで来たし、
 またそれで宅も差支へなかつたのであるが、併し私的利益の専
 悉的な追求が企業の公共的機能と衝突するが如き今日の時代に
 あつては、企業のもつこの公共的側面は充分に強調されなけれ
 ばならぬ。
  企業のこの二重の性質は、機能的には、資本所有と経営機能
 との分離となつて現はれてをり、人的には資本所有者(出資者、
 株主)と経営担当者との分離に具現されてゐる。勿論、企業そ
 のものは資本所有と経営概能との結合体であり、企業における
 出資者が同時に経営担任者たることも決して稀ではない。而し
 てまた私的利益の追求と公共利益の促進とが合致してゐる時代
 には、企業の二つの側面、二つの機能を分離して考へる必要も
 なかつたのであるが、私的利益の追求が公共利益と矛盾衝突す
 る時代においては之を混同したり無差別に考へたりすることは、
 かへつて重大なる過誤に導く所以である。蓋し企業における私
 的利益の追求と公共利益の増進との矛盾撞着は、企業における
 資本所有も経営楼能との分離にも拘らず資本所有が企業の支配
 樺を握つて居り、経営櫻能が之によつて制肘を被りその公共性
 を発揮しえないところに生ずるものであり、徒つて問題解決に
 あたつては、企業の二つの側面を区別し、企業に於ける私的利
 益の専悉的な追求を統制するとともに企業の経営機能を充分に
 発揮せしめるが如き方式に之を求むべきであるに拘はらず、ま
 さにこのときにおいて企業の二つの側面の区別を忘失すること
 は、実に問題辟決の鍵を見失ふと同様だからである。企業にお
 ける私的利益の追求と公共利益の増進との矛盾撞着に対する従
 来の解決案が、或は国有化と云ひ、或は半官半民会社の設立
 (例へば久原房之助氏案)といひ、専ら資本所有の問題にかゝ
 づらはつてゐるのは、資本所有の処理に執心するだけで経営楼
 能の発揮といふ肝心点を把握することを忘れてゐるのである。
 我々の当面する問題解決の要点は、企業における経営機能を資
 本所有から解放することそれ自体にあるといふょりもむしろそ
 の解放の方式にある。それは単に資本の私的所有を香定したり、
 之を制限したりすることによつて解決さるべき性質のものでは
 ありえない。資本所有を国有に移して見ても、或は私的資本を
 国家資本に参加させてみても、それだけではなんら経営機能の
 発揮を約束するものではない。蓋し、企業における経営機能は
 資本所有の利潤追求を発条として濁るからである。そこで問題
 は資本所有と経営機能との対立関係をそれ〜付〜如何に調整すれ
 ば、純粋な生産本位の生産を増強しうるかといふ事である。従
 来は資本所有と経営機能との対立は利潤追求によつて統一され、
 従つて企業的活動は資本所有によつて支配されてゐた。然るに
 『外からの統制』に代つて『内からの統制』の必要、即ち統制

 が経営内部にまで這入るべき必要に当面しては利潤追求が統制
 されなければならぬ。利潤統制が行はれ、配当が利子化すれば、
 経営そのものには何んの変化も起らないが、併し経営機能はそ
 の旧き発条を失ふことになる。換言すれば、今まで資本所有と
 経営機能との対立を統一せしめてゐた利潤追求が統制されるこ
 ととなれば、なるほどそれは経営機能の資本所有からの解放の
 条件とはなりえても、今度は経営機能を発揮すべき一つの動因
 が失はれることとなる。国営事業や半官半民会社の経営活動が
 とかく退嬰的となり非能率的であると非難されるのも、この形
 態における企業には自ら経営概能を発揮すぺき動因が欠けてゐ
 るからである。そこで以上の所論を要約すれば、企業における
 資本所有と経営機能との分離の事実を捉へ、資本所有による利
 潤追求を統制することが必要である。それによつて経営機能は
 資本所有から解放されるであらう。が併し解放された経営機能
 はそれによつて同時に自力発揮の従来の一動因を失ふのである。
 従つてこの解放された経営機能に自力発揮のなんらかの新な動
 因が賦与されなければならぬと云ふことになるのである。経営
 機能は生産力増強の根本である。生産力増強を目指す新な経済
 体制が経営機能を資本所有から解放せしめる根拠も、解放され
 た経営機能に自力発揮のための新動因が賦与されるとき、はじ
 めてその正当性を主張しうるのである。
  ナチはかゝる動因として指導者原理を取り入れてゐる。ナチ
 的精神を体得した生産業指導者がナチ的原理に準拠して経営横
 能を指導し、その機能を発揮せしめんとする体制である。併し、
  この指導者体制を採用することは攻囲では不可能であり、又決
  して適当でもない。我々はわが国情に即した新な方式を工犬す
  ぺきであり、またかゝる方式を創造することも出来ないのであ
  る。
  たゞ之の場合、一言しておかねばならぬことは、利潤の無限
 追求といふことは、たしかに経営機能の発揮のため従来の強き
  動因ではあつたが、それは資本が経営を起し、企業を創立して
 行く面においてこそ殆んど唯一の動因であつたといへるが、経
  営機能の発揮といふこと自身に問題を集中して考へてみると、
  近代的な株式組織の大企業においては最早やたゞ一つの動因で
  しかないといふことである。近代企業における経営機能の発揮
  は、産業に従事する全員の職能的な活動に倹つものであり、そ
  の活動を推進する直接の動機は、必ずしも会社利潤率の高低の
  問題ではなく、直接には他ならぬ給料、賞与、賃銀、手当であ
  る。いはゞ広い意義における「給料制度」といふものが近代企
  業における生産活動の経済的な直接の支柱であり、土台である。
  それは経済が個人企業から株式企業へと、組織が大きくなれば
  なるほど、ます〈顕著となるのである。そしてそれは恰も、
 経営の公共的性質が私的利益追求から分離し前進し来るのと相
 呼応するものであるが、その公共的性質を完全に分離し、経営
  の機能を発揮せしめるためには、この給料制度の近代企業にお
  ける重要性を更めて把握することが必要である。
 例 企業における改革要綱
   我々の当面せる問題は前段の説明でほゞ明瞭になつたこと1

17

  思ふ。即ち我国は今日利潤統制の実施によつて企業における経
  営概能を資本所有から解放し、経営機能をして従来の利益本位
  の建前より生産本位の建前に移行せしめることが、要請されて
  ゐるが、然らば、かく解放されたる経営機能をして如何にして
  生産本位の自力発揮を可能ならしめるか、その自力発揮の動因
  を如何にして賦与しうるか。これが問題の中核である。
  この間題に対する解決案として、
  (一) 利潤追求といふ旧き一つの動力に代る新しき一つの動力
   として、企業の経営機能の公共的性質を確認し経営担当者に
   公的人格を賦与することが提案される。これは主として現在
   のところ利潤追求と経営機能との二つの結び目に立つてゐる
   経営首脳者をめぐる問題として提起されねばならぬ。
  (二) 企業に従事する大部分の成員は純粋なる給料制度の上に
   立つて職能的に活動してゐるのであるから、これに対しては
   給料制度の拡充運用を積極的ならしめることによつて、その
   地位の職能的、公共的、従つてこれまた単なる私人につかへ
   る私人に非ずして、公人的な地盤の上にあることを自覚せし
   める必要がある。経営鴇当者が公的人格を賦与されるとすれ
   ば、全従業員もまたそれにつらなつて公的栄誉がその活動の
   立つ構禅的土台でなければならぬ。
  以上二つの積極的な条件によつて次の変化が予想される。
   第一の条件は、具体的には会社の社長及び常務取締役をして
  公共人(強ひていへば経済官吏であるが行政官吏とは区別され
  ょう)たらしめることであり、現実的には企業状態に殆んど何

 んらの変化を労らさない。併し経営の担当者の性質資希が一私
 人から公共人に変化するとともに、従業員においてもその立場
 が既にもつてゐる公共的性質と職能的性質をハツキリ自覚する
  ことにより、経営横能は次の如き変化を喚び起し生産本位の経
 営横能の発揮にとつて頗る大なる効果を及ぼすものと考へられ
  る0
  (イ) 経営者は資本所有者に対しては統制利潤の確保に対し
    て賓任を有するだけであり、その主たる責任は公共的、社
   会的な部面に移行し、直接には生産経営部面に帰着するこ
   と。即ち経営機能は生産本位に営まれる。
   (ロ) 経営者は企業の経営において資本所有に拘束されるこ
   となく生産本位の創意と能力とを発揮することを得る。即
   ち経営者としては新しき自由が獲得され、その能力と創意
    との動員只が行はれる。
  (ハ) 経営者の適格性乃至謂ゆるメリットは純粋に経営機能
   によつて判断され、経営者相互問に生産本位の経営機能の
   発揮をめぐって競争が行はれること。その結果は生産品の
    質故に量における改薯を粛らすであらう。
   (Iこ 経営者の地位及び経営者の機能が公的に資格づけられ
   る結果、彼等の公共利益への協力参加をして直接且つ積極
    的ならしめる。
  (ホ) 経営者が経営概能の職分において国家に対して貴任を
   負ふが故に、企業の指揮においても又犠牲の負担において
    も公共意識の下に互に協調しやすいこと。

   へへし 経理の公開の可能性故にその真実性を確保しうること。
   (ト) 以上と汲んで、全従業員の職能的、公共的立場の自覚
    は、経営担当者の活動と態度を公共的、職能的な立場から
    批判し督励する関係も生れる。
   (チ) 技術が私的な雇主に対する貢献から、公共的、国家的
    な貢献へと解放され、技術向上、発明、発見を新しく高き
    栄誉の下に促進せしめることが出来る。
   (リ) 給料制度の積極的拡充は、一般従業員の生産活動を積
    極的ならしめるばかりでなく、経営の担当者、指導者の活
    動の新しき経営的基礎を保証する。事実の指導者は配当制
    限によつて指導者としての報酬を減退せしめられない。
    (株主としての所得減退とは全く別である。事業指導者と
    してはその能力に応ずる経済的保証の上に立つことが肝腎
    であり、そこに職能本位は徹底する。)
 次に以上の前提のもとに企業の経営機構故に企業の利益金処分に
 大凡そ次の如き変更を必要とするであらう。
 ○企業経営機構の変更
企 糞
・業務部 公的人格を賦与されたる経営担当者によ
    つて構成。右の経営担当者の決定は原理
   的には又理想的には従業者より合理的な
    仕組を経て選出し、政府の認可を得る方
   法が最良であるであらうが暫定的に当分
    の間株主総会より、乃至は之に従業員を
   加へた組織を通して選出の上、政府の認
    可を得る方法を採る。
・監査部 企業財産の監査。監査役は株主総会より
    選出する。
      ○利益金処分の変更
  (イ) 統制利潤。限定配当。最低限度を公債利子におき最高
   限度を公債利子プラス危険率(例へばドイツでは二%)と
    する。
  (ロ) 政府納付金。会社税に充つ。尚後に述ぺるカルテル経
   費も之より支出。利益金の一定率。
  (ハ) 社内留保金。利益金より(イ)及び(ロ)を差引ける
   洩額。この処分は業務部の権限に属する。法定積立金、厚
   生資金、蓄積資金、従業者に対するボーナス制運用資金等、
   これを如何に運用処分するかは業務部の経営概能発揮と関
   聯し、その創意に倹つところ大である。
   以上は暫定案であり、細目の研究を進めると共に決定案を
   作成すぺきである。
 梶@統制櫻構その一−産業部門全体組合の結成
  全体組合は同一産業部門の各企業の業務部代表者をもつて構
 成される。企業の業務部代表者は云ふまでもなく公的資格を有
 するが故にかゝる者によつて構成される全体組合はその性質か
 ら云へば一種の公共的機関であるが、同時にそれは同一産業部
 門の企業の(代表者の)結合体であるが故に、その横能より見
 れば強制カルテル(シンジケート或はトラスト群)に顆する。
 従来カルテルは企業間の利潤追求の無統制なる競争を制限して

18

 その弊害を匡正するために同一産業部門の企業によつて結成さ
 れたものであり、その機能は大戦後に撞頭して来たカルテル新
 学説(レーニヒの意味における)によつて、『生産の需要への
 適応化』にあると主張されてゐるが、併しその反面カルテルが
 独占組織であり、カルテル政策が独占利潤の実現を目的として
 ゐるといふ非難も全く之を免れることが出来なかつた。実際カ
 ルテル的統制の経験は一方に於てそれが配給部面における自治
 統制方式として妥当であることを示してゐることは事実として
 之を認めねばならないが、併し他面カルテル内部における利潤
 追求の『形をかへた競争』がカルテル的統制を弛緩せしめ、生
 産力を阻害し、資本の移しい浪費を伴ふこともまた之を認めな
 ければならぬ。要するに、理論上故に経験上従来のカルテル的
 統制の欠陥はカルテル結成の企業が産業部門全体のための生産
 本位の建前からではなく、全く自己の利益本位の建前から経営
 されてゐるところに胚胎してゐたと断じて誤りないのである。
  然るにこ〜に提案される全体組合は公的人格を持つ経営者に
 よつて構成されるが故にその性質もまた従つて公共的であり、
 カルテル新学説の主張するが如き純粋のカルテル的機能を果し
 うるであらう。のみならず、以下その構成故に機能の説明に当
 つて指摘されるが如く、全体組合は最高経済会議の作製する計
 画数字の実現と個々の企業の経営活動とを結びつける媒介体と
 なるとともに、個々の企業にとつては云はばその統制会社とし
 て産業部門全体の生産力水準の向上、適正価格の決定、統一的
 配給等、産業部門全体の経済性の確保に役立ち得るであらう。
     ○全体組合の構成








 全体会議は各企業の業務部の代表者をもつて構成する。
 業務部は全体会議より選出す。組合事業を指揮経営する。
 監督官は組合に於ける政府の代表者にして組合活動を監察し、且
 つ所管官庁と組合との連終を図る。
     ○全体組合の機能
 仙 組合業務部の代表を最高経済会議(後出)に送り、計画数字
  の編成に協力せしむ。(組合の権利と義務)
 似 計画数字において決定されたる生産故に配給に対する責任に
  該産業部門全体の協同引受。
 仰 該産業部門の企業に対する生産の分担量の決定。
 求@生産品の統一的配給故に原料資材等の共同購入。
 求@経営(又は企業)の分離結合(合併、新設、休止等)。
 求@統制価格の決定。これは物価委員会の承認を要す。
     ○全体組合編成の範囲
 理想的にはわが国民経済を構成するすぺての産業部門に亙つて全
 体組合が結成されるのが望ましいこと勿論であるが、自由主義の
 建前にある現在の経済組織から一足飛びにかゝる状態に飛躍する
 ことはたゞにそれ自体が困難であるばかりか、かへつて運用の不
 仙馴れから新統制機構に混乱を持ち込む憐れがある。従つてこゝに
 は先づ準備的に(例へばドイツの『ドイツ経済の有機的建設の準
 備に関する法律』を想起せょ)鍵鎗産業について全体組合の創設
 を考慮すぺきである。而して何をもつて鍵鎗産業と見るぺきかは、
既に我々の課題とするところが建設期経済体制の編成にあるので
 あるから、(イ)国防経済の強化及び(ロ)生産増強の二つの規
準をもつて識別することが出来る。この観点からすれば、全体組
合編成の範囲は
 一、鉱業及び基礎原料工業
 二、重要生産手段工業
 三、輸出工業
 四、基本的生活必需品工業
 に及ぶべきであつて、之をや1具体的に列挙すれば
 一、各種鉱業
 二、工場統計表における主要事業別中の金属工業の大部分
 三、同じく右主要事業別中の機械器具工業の大部分
 四、同じく化学工業の大部分
 五、同じく窯業の一部(陶磁器、ガラス・セメント、石灰等)
 六、同じく紡績工業の一部(製糸、綿糸、人絨、毛糸織物、メ
  リヤス等)
 七、瓦斯及び電気業
 八、その他製材、印刷、製粉、製糖、製薬、医療材料品及び大
  規模の土木建築業等の如き之に属すると考へられる。
 但し、事業種別は右の如く大体工場統計表における主要事業別

 を採用し得ると考へられるが、しかし場合によつてはなほ主要事
 業別を細分する必要があるとともに、他方においては之を結合す
 ることも可能のやうである。その際、既にカルテルの結成を有す
 る産業部門及び工業組合全国聯合会の組織を有する部門を参考と
 すぺきであらう。要は最初のうちは全体組合編成の範囲を必要欠
 くぺからざる分野に極力限定することである。
     ○全体組合の組織
  全体組合は原則として直接的に企業の業務部代表者をもつて組
 織されるぺきであるが、併しか〜る原則がそのま1通用され得る
 のは、一産業部門に属する個々の企業が大規模であり、ほゞ均等
 してゐる時においてゞある。一方に少数の巨大企業があり、他方
 に多数の中小企業が併立するが如き産業部門において、まづこれ
 ら多数の中小企業をして工業組合を結成せしめ、その工業組合の
 代表者をして巨大企業の代表者とともに当該部門の全体組合を組
 織せしむることは、全体組合の事務を簡単化し活動を敏速ならし
・めるに役立つであらう。同様に一産業部門所属の企業が甚しく多
 数に上り、或はその事業もしくはその製品が、経済的に地域的性
 質の・濃厚なる場合には、まづ個々の企業をして地方組合を結成せ
 しめ、その上にて全体組合を組織せしむることが適当と考へられ
 る。要は一方において全体組合と個々の企業との連繋を出来る丈
 け緊密ならしめるとともに、他方全体組合の組織をして可及的に
 単純化し、以て媒介的統制機関としての全体組合の横能発揮の条
 件を確保すべきである。
  なほ序ながら全体組合の組織と関聯して次の二点を注意して置

19

  きたい。
  第一は近代的中小工業としての下請工業の問題であるが、これ
  については下請工業は或は主たる企業に特約関係を結んで該企業
  を中心とするトラスト形態の形成に参加するか、もしくは自ら工
 業組合を結成して当該産業部門の全体組合に連繋すぺきであり、
  自ら独立の全体組合を組繊するほどの必要はないものと考へられ
  る。第二の点は全体組合と配給機構との関係であるが、前項全体
  組合編成の範囲を論ずる際、既に言及した如く、全体組合はまづ
 鍵鎗産業について編成さるぺきであり従つてそれは既刊『我国配
 給櫻構改革試案』の云ふところの『法規に由る生産割当消費規正
 等の如き強度の統制が行はれる場合の配給横構』が問題となる。
  右『改革試案』によれば、か〜る場合には配給横構は最も高度の、
  系統化乃至組織化が必要であり、機構改革は共販会社形態のもの、
  共販組合形態のもの及び統制的機能をもつ商業者組織のもののい
  づれかとなつて現はれるぺきこととなるのであるから、これらの
  形態の配給機関を当該産業部門の全体組合に連繋すればよい。而
  して配給機関は配給の円滑を期するのみならず、進んで需要に対
  する供給の過不足に関して全体組合の適切なる触手たる役目をも
  果すものとなる。
      注 意
  m コンツェルン乃至は所謂混合企業(多角経営)の所属部門の
   決定、放びにか1る企業の自家消費の問題等については、細目
   プランにて考究する必要がある。
  炒 各産業部門に従つて全体組合がカルテル形態ハ例へば紡績
  業)シンジケート(例へば石炭菜)もしくはトラスト形態(機
  械工業)等のいづれを採るぺきかは個々の産業部門について決
  定さるぺきである。
 仰 組合の概能はカルテル及び工業組合等の経験を多分に利用す
  ぺきである。
 〔ママ〕
 求@統制横構その二、I最高経済会議の設置、最高経済会議の
  機能と構成は次の如し。
  A 概 能
   (イ) 国民経済計画の編成 − 所謂物の予算の拐成であつて、
    物動計画、生産拡充計画、優先制度の決定。消費割当の決
    定等を行ふ。
   (ロ) 物価統制1物価委員を置く。
  B 構 成
       −政  府
 最…経紺会…」…紙附朋
   専門■委員 基融機関代表
             −農業代表
             T産業部門全体組合代表
     注意。日滴支ブロック経済の進展につれて最高経済会議
        は拡充されることを要す。
 求@統制機構の総観
  以上述ぶる所の統制経済機構を之に関聯する他の撥関(暫定
  的)と共に系統づけれは凡そ次の如くなるであらう。而して右

  の統制機構における経済計画の編成手続故にその実現方法の概
  要は次の如し。
 (一) 計画原案の作製
  m 需 要
 (イ) 政府需要予定額の提出
 (ロ)各産業部門需苧定額の語↑[…璽悶力拡充要
   (ハ) 輸出予定額
 似 供 給
 (イ)各産業部門生産予嘉の捉苧崩悶…悶
   (ロ) 輸入予定額
  例 最高経済会議事務局は右の提出予定数字に基き原案を作製
   す。
 (ニ) 計画決定案の作製
  m 最高経済会議に於て各全体組合に対し計画原案の説明
  似 各全体組合は計画原案にて示されたる当該部門の分担数字
   に就き検討審議
  仰 各全体組合にて検討審議せし結果を持ち寄り最高経済会議
   にて最終決定す。
 (三) 計画決定案の実行
  m 計画数字の実現上の費任は、全体組合は之を最高経済会議
   に対して負ひ、
  似 各全体組合は自己分埴数字の実現方法に就き全体会議にお
   いて之を決定し、
  仰 全体会議において決定された各企業の分担数字の実現に対
   しては各企業の業務部が全体組合に対してその費任を負ふ。
  即ち計画の編成においては上からの指導に対し下からの要求が
 反映し、計画の実現にあたつては上から順次に生産経済の基礎的
 単位たる企業に至るまで、それぞれ計画数字の実現に対する費任
 関係をもつて結ばれてゐる。而してこの費任関係に立つそれぞれ
 の費佳肴はいづれも公的人格を賦与されたる人々であるから、か
 1る責任観念をもち、計画数字の実現上の黄任を負ふのは当然の
 任務であり、その公共的費任を如何に完全に果すかは、それぞれ
 の部署における人々の能力と創意との如何にか1る。かくして経
 済計画はもはやぺ−バー・プランではなく、権威ある実行プログ
 ラムとなりうるのである。」
三、純正日本(皇道)主義の経済組織
 彼等の主張する経済組織については、必ずしも、資本主義の次に
来るぺきものは、社会主義とのみ予断せず、皇道の本義に基く経済
組織の実現を期するのである。しかし、その具体計画については、
必しも一致しない。極めて現資本主義機構維持的のものがあり、或
は、金融機関の国営のみを説くものがあり、或は、国家社会主義と
同程度の国営又は国家管理を説くものがあり、或は又、民有国営と
するものがあり、又、国有民営とするものであるのである。概して、
皇道経済を主唱する者は、軍人の生命奉還と同様、経済奉還を強調
し、経済組織の根本である所有観念につき、次の如き立場をとるの
 である。

1a

  「自由主義に於ては、私有財産の所有は、絶対に個人の権利で
 あつて、国家も之に干渉することは出来ない。法律もこの人の自
 由を保護する為に、個人が集つて契約したものである。従つて、
 この財産を個人又は団体の営利追求本位に使用、収益、処分する
 権利は、絶対不可侵であるとする。国家の必要とか、国防の充実
 とかゞ目的ではなく、個人の利潤追求が主目的である。私益第一
 である。これに基いて、一切の経営も、生産も行はれてゐるのが、
 資本主義経済である。次に、社会主義の方は、財産が資本家階級
 に独占されてゐるのに対して、之を労働階級の手に奪還しょうと
 するのである。然し、その根本観念は、依然として、個人を中心
 とする階級の利益中心である。資本家の所有を労働階級に代へた
 にとゞまるのである。つまり、自由主義と社会主義の所有観念は、
 個人営利中心である点に於いて、同様であり、たゞ財のあり場所
 が異るのみである。之に反し、吾等の皇道による所有観念は、財
 産は、皆之 天皇の所有せらる〜ところで、国民は、之を分享す
 るのである。天皇が所有せられることは、国民が夫々の分に応
 じて、財を分享分有し、一人も所を得ぬものがなく、それを、国
 家の為に充分に活用する状態そのものである。天皇は、大御親
 であり、国民は、赤子である。大きな家族国家であるから、財の
 所有状態も、家のそれの如きものである。財産は、すべて皇産で
 あり、之を、各々が分享してゐることが、我国の所有の本当の姿
  である。だから、国民が富むことは、即ち 天皇が富まれること
  であり、天皇が富まれることは、国民が富むことである。国民
  が、未々分享した財産を国家の為に活用し、費任を以て増産して


 行く場合に、天皇はその所有を御保障になる。即ち、その意味
  で所有権は神聖である。然しもし、この享有財産を悪用し、私利
 私慾の為に所有し、利用する場合に、国法が之を制限することや、
 国家が集中的に財を利用する必要の生じた時は、之を収用する事
  のあるのも、当然である。現在に於ては、財産が一部の階級の営
 利本位の所有になつてゐる。貌に金融の如き、その最大のもので
  ある。我々はこのやうな誤つた所有関係を正して、国体本然の所
 有にかへすのが、経済体制の眼目と考へる。それには、先づ誤れ
  る所有権を一度、天皇に奉還し、つゞいて意法の本義に合つた所
 有関係を確立すぺきものと考へる。これが、我々の主張する経済
 奉還であつて、や1もすると経済奉還といふと、私有を呑定した
  国家社会主義のやうに解釈するものもあるが、決してさうではな
  く、誤れる所有を改めて、国体に即した所有を打立てるといふの
  である。同時に、我々が私有を認めるといふ意味も、資本主義的、
  自由主義的所有を認めるのではなく、皇産分享分用の精神に基い
  た私有を認めるのである事を呉々も注意すべきである。資本主義
  と社会主義の両者を克服するのが我々の立場である。それには一
  応、それ等の所有観念及制度を解体し、改めて国体に基く所有関
  係を再編成するのが新体制の出発点である。これに基いて、経営
  も、分配も、再整備せられるものと考へる。」
  しかしながら、右の如き主張に対し、浪人系の国家主義団体は、
 極力、反対する。最近、頭山潤、葛生能久外三名は、「憲法擁護の
 赦」を発表して、次の如く述べてゐる。
   「或は、産業奉還を標梼し、公益優先の理念に薄口して、永世
 不磨の大典たる我憲法の尊厳を侵犯し奉るが如き言議を敢てする
 者あり。是に於て乎、全国民をして我が憲政の前途に一大不安を
 抱懐せしむるに至り施いて生活の不安と人心の動揺とを深刻化せ
 しめつゝあり。I憲法発布の上詮には、『朕は臣民の権利及財
 産の安全を貴重し及之を保護し此の憲法及法律の範囲内に於て其
 の享有を完全ならしむぺきことを宣言す』と仰せられたり。皇国
 が外に向つて国威を張らんとするに際し革新の美名の下に欽定憲
 法の精神を無視するが如き、制度組織を改定せんとするが如き、
 又国民生活の不安を招来するが如き、最も戒めざる可からざる時
 なりとす。」
 要するに、この一派は、極めて現状維持的で、資本主義現櫻構擁
護の立場にあるのである。
 四、農本自治主義の経済組織
 長野朗の提唱する経済組織を、挙ぐれば、次の如くである。
 川 経済は現在の営利本位より厚生経済に移る。
 似 農を本とした共存共済の我が古来の法則による。
   即ち先づ農の基礎となる土地をして絶対不動にし、その売買
  流動兼併を禁ず。我古制は地について戸を配した、この古制に
  還す。次に農業は農産物の生産、加工、配給をも含ませ、以て
  工業、商業より独立する。かくて農工互に搾取せず工は純然た
  る工業となる。
 倒 産業組織は自治であり、農村に於ては部落を単位として組合
  を組織し、逐次聯合して全国的に拡大す。
  工業も工場を単位として、逐次聯合す。交通機関、通信機関
  その他特娩の全国的性質を有するものは全国的に組織す。
 糊 産業は国民生活充足のために統制を加ふ。
   この統制は産業の自治に基く全国的の需要を調整する為めの
  統制である(官僚資本主義的統制に非ず)
 求@産業部門は政治部門と離れ産業統制委員会の手に帰す。(「自
  治日本の建設」「現実に即せる日本の改造」経済往来、昭七、
   七)
 尚、後述、橘孝三郎主張の経済組織参照。
       第四節 大東亜新秩序建設
 大東亜の新秩序を建設し、依つて以て、東洋平和を、永久に確保
 し、延いて、世界平和に寄与せんとすることは、今次支部事変に対
 する日本の終局目標である。ところが、大東亜新秩序建設の指導理
 念について、国家主義革新陣営の唱ふるところは、種々雑多である
 が、大別すれば、次の三つである。
 一、東亜協同体 二、東亜聯盟 三、皇道亜細亜
        第一、東亜協同体
 要するに、前述の協同体原理を、一国家に通用すれば、国民協同
 体となり、東亜に拡充すれば、東亜協同体となるといふのである。
 しかしながら国際主義につき、昭和研究会は、次の如く述べてゐる。
  「東亜協同体の思想は抽象的な世界主義を打破するものである。
 しかもそれは抽象的に世界主義に対立するのでなく、− それは
 真の世界の統一が可能になる為めのものである。東亜協同体はゲ
 ゼルシャフトを止揚した一つの全く新しいゲマインシャフトとし
 て、封建的なゲマインシャフトのやうに閉鎖的でなく、却つて同

1b

  時に世界的開放的であつて、世界の諸国に対してその門戸が開放
  されてゐるのである。」(新日本の思想原理二二頁)
  尚、三民主義につき、次の如く述ぺる。
   「東亜協同体の思想は三民主義を思想的に克服しっ1、しかも
  三民主義のうちに含まれる要求を実質的に実現するものである。
  三民主義のうちに含まれる要求は今日三民主義によつては実現さ
  れることができないのである。I三民主義にいふ民生主義は社
  会主義につらなり、この社会主義は共産主義に通ずる危険を有し
  てゐる。東亜協同体の建設は支那にとつても新たに活きる道であ
  り、三民主義に新しい協同主義が代ることによつて三民主義のう
  ちに含まれる要求、特にその民生の要求は実現され、新しい東亜
  の独自の文化が形成されるに至るぺきものである。」(同二二頁)
  尚更に、三木清は、支那に、民族の独自性及特秩性を認めなけれ
 ばならないとして、次の如く述ぺる。
   「ともかく、日本は封建主義を打破し、同時に自由主義を超え
  たものを作ることが必要である。このことは亦同様に支那につい
  ても云へる。しかし支那と日本とでは発展段階が異つてゐる。東
 亜協同体論は夫々のか1る特秩性を認めてゆくのである。端的に
  云はう。支部民族の要求してゐるのは明治維新の日本の如き自由
 主義的要求である。之を認めなくて支部に発展はない。支那民族
  の独自性を認め、その特殊性を認めねばならぬ。然る上で全体性
  の理念に立つた協同が必要なのである。」(新国策、四巻一四号)
        第二、東亜聯盟
  裏聯盟なる呼称は、昭和∧年三月九日、満洲国協和会発表の
 「声明」中に、始めて、表はされたのである。即ち、
   「清洲国協和会は王道主義に基く建国精神を広く国民に普及徹
 底せしめ、且つ確乎たる信念を持する国民を糾合し、反国家思想
 乃至は反国家運動を排撃し、民族協和の理想郷の完成を期すると
 同時に、最後の目標は混沌たる状態に在る全支那本土に民族協和
 の運動を及ぼし、進んでこれを全東亜に拡め、東亜聯盟を結成す
 ることに依つて東洋文化の再建と東亜永遠の平和を確保するに在
  り。」
 と。今、東亜聯盟協会発行に係るパンフレット「東亜聯盟建設綱
領」に依れぼ、東亜聯盟の指導原理は王道主義なりとして、次の如
 く述べてゐる。
   「東亜聯盟の指導原理は王道主義による。
  西洋にも哲人政治の思想はあつたが、その政治の実際は強権支
 配による覇道の傾向が極めて強い。資本主義の発達と共に帝国主
 義の強化はその必然的結果である。
  東洋に於ても勿論覇道政治が多く行はれた。然し権力者が最高
 道徳の実践者であり、道治を目標とする王道政治は数千年来東洋
 諸民族の共通の政治理想である。特に日本に於ては国体の然らし
 むる処、この理想は時に消長あつたにせょ、大体に於て力強く実
 行せられて今日に及んでゐる。
  !王道の精神により、如何に各民族がその自由と尊厳とを保
 ちつゝ大同団結をなすぺきや、又各国家がその内政を如何に革新
 すぺきやは、今後東亜聯盟建設途上に於て逐次具体的に立案検討
 せられ、系統づけられ、以て指導原理として完成せらるべきであ


  る。」
  而して、同協会は、東亜聯盟の政治組織は、
 (一) 聯盟成立に関する共同宣言及協定、
 (二) 聯盟に加入せる各盟邦国家の憲法又は法律を以て定められ
   る0
 とし、東亜聯盟統制機関を設け、その管掌事項は、
 m 聯盟共同の国防
 似 聯盟共通国民経済の組織
 であるとし、聯盟各国家は、聯盟憲章又は聯盟協定の指示する範囲
内に於て、独立的に、自国の主権を行使する。而して、聯盟各国家
 は、その自由なる意志に基き、聯盟より脱退する権利を有するので
 あるとするのである。
        第三、皇道亜細亜
 この派に属するものは、大東亜建設の指導理念は、皇道以外にな
 し。日本民族永遠の理想である「八紘一字の棉神」に基き、漂へる
国々を「修理固成」するのである。東亜協同体論及東亜聯盟論は、
執れも、自由主義、個人主義、平等主義を根本基底とするものであ
 つて、肇国の精神に反し、皇国の主権を、晦冥ならしむるものであ
 ると排撃するのである。維新公論社は、機関紙「維新公論」(昭、
 十五)に於て、次の如く述ぺる。
  「琵政権運動は東亜協同体理論の政治的表現であり、東亜協同
 体理論は琵政権工作の理論的表現である。雨してそれは、共に御
 詔勅に背反し奉れる反国体的意図を蔵し、日本的東亜新秩序建設
 を阻止する。支部に三民主義を清算せる真の親日興亜の政権を作
 らむが為には先づ日本に三民主義と同質なる自由主義を清算せる
 皇道維新内閣を必要とする。欧米ユダヤ勢力に支配せられてゐる
 支那を独立せしめ、その道義的再建設過程に於て之を皇国日本人
 の結合一体化に指導し遂に皇道亜細亜の基体を作ることが現段階
 に於ける日本の国策であらねばならぬ。領土欲求と皇道宣布の清
 神とは本質的に異る。前者は自国の利益の為に他国を犠牲に供す
 るものであり、後者は救はれざる民族を救済し、未完成なる世界
 を完成せむとする日本民族使命の遂行である。」
 更に、中村萱(日本論叢社)は、機関紙「日本論叢」(昭、十五、
一)に於て、次の如く述ぺる。
 →私は東亜共同体論、東亜聯盟論を全的に香定したり、危険思
 想視したりするものではない、寧ろその理論の基底とするものに
 対してはその主張者以上に強い共感を持ち、極めて率直なる共鳴
 の意志を持つが、昨年(昭、十四)中に於て日本の論壇に入り込
 んだかゝる理論の提唱は極めて理想主義的なものであつて、その
 意味からいふならばその行きつくぺき結論には極めて不当なるも
 の、直言すれば日本の立場、日本民族の使命、日本の自立を危殆
 に瀕せtむぺき論拠が隠されて居ることを認めるからである。」
 尚更に、宇田尚は、その著「対支文化工作草案」に於て、
  「私は東亜の新体制において日本はその指導的立場に立つこと
 を率直に発明すぺきであると主張する者である。かくてこの意見
 (東亜聯盟論)と私見とは、一面的に対立的なものとして現はれ
 てゐるのであるが、かゝる対立はどうして生じたかを考へるなら
 ほ、それは日本の行動を信ずる者と信ぜぎる者との相違であらう

1c

  と私は考へる。又物を全体として見る者と部分に執する者との相
  違であると考へる。I・現在及将来の日本は本来の面目に還つた
  日本である。東亜、アジア、世界に対する自分の真の道徳的、文
  化的使命にめざめたる日本であり、明治大帝の御聖旨、皇祖皇宗
  の御聖旨を正し(深く理解して、その実現に向つて邁進する日本
  である。私は此の故に日本が指導的立場に立つても、国際聯盟に
  おける英仏の二の舞をなして慈意的行動の横車を押すやうなこと
  の生ぜぬことと確信するものであり、日本が道徳的、文化的に支
  那を指導することによつてのみ、支那は真に道徳的に是正され、
  又文化的に進歩発展することが出来る。1指導とはこの場合に
  おいては、被指導国家の正しき成長に対する積極的協力である。
 親の子に対する、兄の弟に対する自然の願望と行為とを積極的協
  力と解釈する意味に於て日本は東亜を指導するのである。」
 と述ぺてゐるのである。
     第三章 北一輝、橘孝三郎の思想
  我が国に於ける、所謂国家主義運動中には、日本主義運動でない
 即ち正統派でない一つの力強い思想の流れがある。それは、北一輝
 の社会民主々義思想である。同人の著「日本改造法案大網」は、革
 新陣営内にありては、革命経典とまで云はれ、この書の革新陣営に
 及ぼした影響は、極めて大なるものがある。西田税は、北一輝に師
 事するもの。而して、この両者より、直接影響を受けたる者も、今
 尚、随分、残存してゐるのである。
  橘孝三郎の思想は、前にも一部触れたるが如く、権藤成卿の流れ
 を汲むものである。しかし、橘は、北の思想の影響をも受けてゐる∩

 徒つて、普通、橘の思想は、北と棒藤の中間に位するものなりと云
 はれてゐるのである。
        第一節 北一輝
         第一、根本思想
  北一群の根本思想は、社会民主々義である。社会民主々義は、広
 義社会主義の一種であつて、個人主義、自由主義を根本指導原理と
 なし、国家団体は、その手段に過ぎないのである。換言すれば、国
 家国体の存在は、認めることは認めるが、それは、個人の目的を達
 せんが為であつて、個人の権威を強調するのである。かくの如く個
 人主義、自由主義を根本指導原理とするが故に、議会主義は勿論、
 資本主義と雄も、根本的に、これを、排撃するものではない。従つて、
                〔ママ〕
  (一) 天皇機関説を奉持し、議会至上主義、民意強行の政治を行
   はんとし、
  (二) 経済櫻構の根本に於て、私有財産制及私人企業を認め、営
   利主義、資本主義を是認し、これに、強度の中央集権的制限を
   加へ、
  (三) 而して、国家改造の手段としては、クーデター主義を認め
    るのである。
 「北一輝の根本思想を、社会民主々義なりとする根拠は、彼の著
 「国体論及び純正社会主義」に見出すことが出来る。即ち、次の如
 く述ぺてゐる。
   「現在に最も待望せられつ1あるものは誠に浮べてに捗る統一
  的頭脳なり。飼より微小なる著者の斯ることの任務に堪ふるもの
  に非らざるは論なしと錐も、僧越の努力は、凡ての社会的諸科学、

 即ち経済学、倫理学、社会学、歴史学、法理学、政治学、及び生
 物学、哲学等の統一的知識の上に社会民主主義を樹立せんとした
 ることなり。
 著者は古代中世の偏局的社会主義と革命前後の偏局的個人主義
 との相対立し来れる思想なることを認むると維も、其等の進化を
 永けて今日に到達したる社会民主々義が、国家主義の要求を無視
 するものに非らざると共に亦自由主義の理想と背馳すといふが如
 く考へらるべきものにあらずと信ず。 − 社会の部分を成す個人
 が其の権威を認識さる1なくしては社会民主々義なるものなし。
 貌に欧米の如く個人主義の理論と革命とを経由せざる日本の如き
 は、必ず先づ社会民主々義の前提として個人主義の充分なる発展
 を要す。」(同書緒言)
  「社会民主々義は社会の利益を終局目的とすると共に個人の権
 威を強烈に主張す。個人と云ふは社会の一分子にして社会とは其
 の分子其のことなるを以て個人即ち社会なり。」(前同二七七頁)
  「『社会民主々義』とは個人主義の覚醒を受けて国家の凡ての
 分子に政権を普及せしむることを理想とする者にして個人主義の
 誤れる革命論の如く国民に主権存すと独断する者に非らず。主権
 は社会主義の名が示す如く国家に存することを主張する者にして、
 国家の主権を維持し国家の目的を充たし国家に帰属すべき利益を
 全からしめんが為めに、国家の凡ての分子が政権を有し最高機関
 の要素たる所の民主的政体を維持し若しくは獲得せんとする者な
 り。」(前同五六六頁)
  「進化とは理想実現の聯統なり、 − 善の理想を実現する今後
 の方法は社会民主々義にあり。真の理想を実現する今後の方法は
 社会民主々義にあり。実の理想を実現する今後の方法も社会民主
  々義にあり。」(前同四六一頁)
ニ、以上の如く、彼は、国家の存立を認めながら、個人本位を強調
 するのであるが、我国体につき、彼は、日本の国体は、三段の進化
 をなせるを以て、天皇の意義も亦三段の進化をなせりとなし、結局、
 現在日本は、民主国なりとし、徒つて、天皇機関説を採り、議会政
 治を強調するのである。即ち、
   「日本の国体は三段の進化をなせるを以て天皇の意義又三段の
 進化をなせり。第一期は藤原氏より平氏の過渡期に至る専制君主
 国時代なり。此間理論上天皇は凡ての土地と人民とを私有財産と
 して所有し生殺与奪の権を有したり。第二期は源氏より徳川氏に
 至るまでの貴族国時代なり。此間は各地の群雄又は諸侯が各其範
 囲に於て土地と人民とを私有し其上に君臨したる発多の小国家小
 君主として交戦し聯盟したる者なり。徒て天皇は第一期の意義に
 代ふるに、此等小君主の盟主たる幕府に光栄を加冠する羅馬法王
 として、国民信仰の伝統的中心としての意義を以てしたり。此進
 化は欧洲中世史の諸侯国神聖皇帝羅馬法王と符節を合する如し。
 第三期は武士と人民との人格的覚醒によりて各その君主たる将軍
 又は諸侯の私有より解放されんとしたる維新革命に始まれる民主
 国時代なり。此時よりの天皇は純然たる政治的中心の意義を有し、
 此の国民運動の指揮者たりし以来現代民主国の総代表として国家
 を代表する者なり。」(日本改造法案大網「国民の天皇」)
 とし、民主国とは、彼の説明によれば、「君主が国家の人希の下に

1d

行動する国家の一部分である」場合であつて、更に、天皇楼関説を
主張して、次の如く述ぺる。
  「吾人は −国家人格実在論の上に国家主権論を唱ふる者な
 り。」(「国体論及び純正社会主義」五四六頁)
  「今日の国体は国家が君主の所有物として其の利益の為めに存
 したる時代の国体にあらず、国家が其の実在の人格を法律上の人}
 格として認識せられたる公民国家の国体なり。天皇は土地人民の
 二要素を国家として所有せる時代の天皇にあらず、美濃部博士が
 広義の国民中に包含せる如く国家の一分子として他の分子たる国
 民と等しく国家の機関なるに於て大なる特権を有すと云ふ意味に
 於ける天皇なり。臣民とは天皇の所有権の下に『大御宝』として
 存在したりし経済物にあらず、国家の分子として国家に対して権
 利義務を有すると云ふ意味の国家の臣民なり。政体は特権ある一
 国民の政治と云ふ意味の君主政体に非らず、又平等の国民を統治
 者とする純然たる共和政体に非らず。即ち、最高横関は特権ある
 国家の一分子と平等の分子とによつて組織せらるゝ世俗の所謂君
 民共治の政体なり。故に君主のみ統治者に非らず、国民のみ統治
 者に非らず、統治者として国家の利益の為めに国家の統治棒を運
 用する者は最高機関なり。是れ法律の示せる現今の国体にして又
 現今の政体なり。即ち国家に主権ありと云ふを以て社会主義なり。
 国民(広義)に政権ありと云ふを以て、民主々義なり。」(前同五
 六∧頁)
  「皇位に即く権利、選挙者たる権利は決して主権にあらずして
 安樺を行ふぺき地位に対する棒利なり。故に近代の公民国家に於
 ては如何なる君主専制国と雄も又直接立法を有するほどの民主国
 と錐も、其の君主及び国民は決して主権の本体に非らず、主権の
 本体は国家にして国家の独立自存の目的の為めに国家の主権を或
 ほ君主或は国民が行使するなり。従つて君主及び国民の権利義務
 は階級国家に於けるが如く直接の契約的対立にあらずして国家に
 対する権利義務なり。果して然らば権利義務の帰属する主体とし
 て国家が法律上の人格なることは当然の帰納となるぺく、此の人
 格の生存進化の目的の為めに君主と国民とが国家の楼閑たること
 は亦当然の論理的演繹なり。」(前同四九一頁)
 更に、日く、
  「現天皇は維新革命の民主々義の大首領として蔦雄の如く活動
 したりき。『国体論』は貴族階級打破の為めに天皇と握手したり
 と雄も、その天皇とは国家の所有者たる家長と云ふ意味の古代の
 内容にあらずして、国家の特権ある一分子、美濃部博士の所謂広
 義の国民なり。即ち天皇其者が国民と等しく民主々義の一国民と
 して天智の理想を実現して始めて理想国の国家機関となれるなり。
 一雄新革命以後は『天皇』の内容を斯る意味に進化せしめた
 り。」(前同八一四頁)
  「天皇は国家の利益の為めに国家の維持する制度たるが故に
 天皇なり。」(前同八三九頁)
  「撥関の発生するは発生を要する社金の進化にして其の継続を
 要する進化は継続する機関を発生せしむ。日本の天皇は国家の生
 存進化の目的の為めに発生し継続しっ1ある機関なり。」(前同九
 七六ゴ只)

  更に、又、日く、
   「実に国家に対してのみ権利義務を有する国民は天皇の自刃に
 対して国家より受くぺき救済と正当防衛権を有するなり。即ち等
 しく天皇の形態と発音とあるも、今日の天皇は国家の特権ある一
 分子として国家の目的と利益との下に活動する国家機関の一な
 り。」(前同五〇一頁)
  「日本天皇は独逸皇帝撃と同一の水準に置かるぺき凡物にあら
 ず。『天』は維新革命によりて現天皇の『賢』に与へ更に帝国憲
 法によりて万世一系の『子』に与へたる重大なる国家櫻関なり。
 国家機関に反するものは国家に対する坂逆なり。社会民主々義は
 国家の叛逆たるぺからずして国家主棒の完全なる自由によりて国
 家の生存進化に努力するのみ。」(前同)
 かくして、彼は、
  「明治二十三年の帝国憲法以後は国家が其の主権の発動により
 て最高楼関の組織を変更し天皇と帝国議会とによりて組織し、以
 て『統治者』とは国家の特権ある一分子と他の多くの分子との意
 味の合致せる一団となれり。」(前同九六二頁)
とし、議会による政治を強調するのである。
三、更に、彼は、不敬不達思想の抱懐者であつて、彼の思想は、我
国体と、全く相容れざるものである。而して、彼にとつては、天皇
は、「国民の天皇」(日本改造法案大綱)であつて、天皇あつての国
民ではないのである。即ち、「国体論及び純正社会主義」を見れば、
次の如き言説をなしてゐる。
  「皇室は −国民を強力によりて庄伏せし堂々たる征服者な

 り」1¢(五九入京)
   「日本の国体は君臣一家に非らずしで堂々たる国家なり0天皇
 は本家未家に非らずして国家の機関たる天皇なり。」ハ六〇五頁)
   「吾人は恐るべき国体論の破壊者を示す。誰ぞ、現在の天皇陛
 下なり! I即ち天皇の有する権限によりて外国を日本の版図
 に包含せることなり。日清戦争によりて支那人を包含せる如きは
 己に君臣一家論と忠孝一致論とを破壊したる前駆にして、日露戦
 争によりて霹西亜民族を国籍に編入せるは実に山僧共の神輿を粉
 砕すぺく、頑迷なる国体論者の土人等を排斥して内地雑居の条約
 を締結せる者は実に大日本帝国皇帝陛下の名なりしぞ。 − 実に、
 日本国今日の国体を以て家長国なりと云ふは神道的迷信にして何
 の根拠なし。其の君臣一家論と云ひ忠孝一致論と云ふ者を家長或
 は本家が家族と末家とに対して絶対無限権を有したる時代に唱ふ
 るならば事実の如何は別問題として理由あるぺきも、是を親籍関
 係の平等を原則とする今日に於て主張するに至つては明らかに自
 殺論法なり。故に、『民の父母』と云ひ『天皇の赤子』と云ふが
 如き語は歴史的踏襲の者にして恰も『神聖』の其れの如く意義な
 し。」(六一三頁)
   「系統主義の民族なりしと云ふ前提は世界凡ての民族の上古中
 世を通じて異なり、而もその故に万世一系の皇室を奉戴せりと云
 ふ日本歴史の結論は全く誤謬なり。忠孝主義の民族なりしと云ふ
 前提は世界凡ての民族の上古中世を通して異なり。而もその故に
 二千五官年間皇室を奉戴せりと云ふ日本歴史の結論は皆明らかに
 虚偽なり。」(六一入頁)

1e

  「天皇が如何に倫理学の知識に明らかに歴史哲学につきて一派
 の見解を持するとも、吾人は国家の前に有する権利によりて教育
 勅語の外に独立すぺし。I臣民は克く忠孝に世々その美を済し
 て万世一系を奉戴せりとの天皇の見解と吾人の見解と全く合する
                    〔星室〕
 能はずとも、そは天皇の歌風と茎詩人の文句とが背馳するが如き
 者と等しかるぺく、吾人は学理攻究の自由によりて、皇室の常に
 優温閑雅なりしにも係らず、国民の祖先は常に皇室を迫害打撃し、
 万世一系の傷けられざりしは皇室自家の力を以て護りしなりと断
 定するに於て何の悍りあらんや。」(六二一頁)
  「古事記日本書紀が伝説によりて神武の移住を今日より二千五
 官年前なりと数へしむるとも、其の伝説たることに於て『其寿各
 々一万八千歳』と云ふと同一なり。1即ち記録すぺき文字なか
 りしと云ふ一千年間と数へらる1伝説年代は当然に政治史より削
 除すぺきことを主張す。」(六三〇頁)
   「而して、謡名せられたる天皇の文字の内容は原始時代の一強
  者として定めよ。」
   「あ1今日四千五百万の国民は殆ど挙りて乱臣賊子及び其の共
 犯者の後裔なり。吾人は日本歴史の如何なる頁を開きて之が反証
 たるぺき実を発見し、億兆心を一にして克く忠に万世一系の皇室
  を奉戴せりと主張し得るや。」(六七〇頁)
   「『爾臣民克く忠に』とある忠の文字の内容は上古及中世の其
  れの内容とは全く異なりて、国家の利益の為めに天皇の政治的特
  権を尊敬せょと云ふことなり。」ハ八四八頁)
  更に、日く、
  「吾人は断言す1王と云ひ治らすと云ふ文字は支部より輸入
 せられたる文字と思想とにして原始的生活時代の一千年間は音表
 文字なりや象形文字なりや将た又全く文字なかりしや明らかなら
 ざるを以て神武天皇が今日の文字と思想に於て『天皇』と呼ばれ
 ざることだけは明白にして、其の国民に対する権利も今日の 天
 皇の権利或は権限を以て推及すぺからざる者なりと。」(四九九
 頁)
  「憲法の所謂『万世一系の天皇』とは現天皇を以て始めとし、
 現天皇より以後の直系或は傍系を以て皇位を万世に伝ふぺしと云
 ふ将来の規定に属す。」(八三〇頁)
四、かくして、彼は、資本主義経済楼構の根本である私有財産制を
是認する。即ち、「日本改造法案大網」には、次の如く述ぺてゐる。
  「民主的個人の人格的基礎は則ち其の私有財産なり。私有財産
 を尊重せざる社会主義は、如何なる議論を長論大著に構成するに
 せょ。要するに原始的共産時代の珂顧のみ。」(一三頁)
  「此の日本改造法案を一貫する原理は、国民の財産所有権を香
 定する者に非ずして、全国民に其所有権を保障し享楽せしめんと
 するに在り。熱心なる音楽家が借用の楽器にて満足せざる如く、
 勤勉なる農夫は借用地を耕して其勤勉を持続し得る者に非ず。」
  (二三頁)
  「限度以下の私有財産は国家又は他の国民の犯すぺからざる国
 民の権利なり。国家は将来益王国民の大多数をして数十万数万の
 私有財産を有せしむることを国策の基本とするものなり。」(六三
  頁)


  両し1て−ヽ更に、「」国体論及び純正社会主義」には、次の如く述べ
 てゐる。
   「社会民主々義は私有財産制と個人主義の完き発展を永けて国
 家の理想的独立個人の絶対的自由に至るぺき国家主義世界主義な
 り。即ち、国家の全分子が私有財産権の主体となれる個人主義の
 社会進化の過程を経ずしては、全分子の自由平等の競争発展と扶
 助協同によりて全分子の全部たる社会を進化せしめんとする国家
 主義世界主義は夢想に止まるを以てなり。」(九八二頁)
 更に、又、
   「個人の権威を主張する私有財産制の進化を承けずしては社会
 主義の経済的自由平等なき如く、国家の権威を主張する国家主義
 の進化を承けずしては万国の自由平等を基礎とする世界聯邦の社
 会主義なし。」(九九五頁)
 としてゐるのである。
 五、尚又、彼は、階級闘争を認める。即ち、「国体論及純正社会主
 義」には、
   「一切は階級闘争による。闘争に打ち勝ちたる者の頭上に権利
  の金冠が輝やく。」(九〇四頁)
 とし、更に、
   「社会の進化は階級競争の外に国家競争あり。」
   「社会民主々義は階級競争と共に国家競争の絶滅すぺきを理想
  としつゝあるものなり。」
 とし、初め、階級闘争は、「法律戦争による強力の決定の外に途な
 し」としてゐたのであるが、後、クーデターを認むるやうになつた

 のである。同書には、又、次の如く述ぺてゐる。
   「法理学上の国家は国家主権の社会主義なり、而しながら凡て
  の政治的勢力は経済的勢力に在るを以て今日の経済的階級国家が
 政治の上に階級国家の実を表はしつゝあるものなり。是れ社会民.
 主々義が経済的方面に革命の手を着けたる所以にして、而して其
  の革命が現今の法律を是認して法律戦争によりて優勝を決定しっ
  1ある所以なり」。(八五五頁)
   「革命とは思想系を全く異にすると云ふことにして流血と香と
  は問題外なり。 − 社会民主々義の革命と云ふは、今の少数階級
  の私有財産制度ハ個人主義の理想したる社会全部分の私有財産制
 度にあらず)を根本より掃蕩して個人が社会の部分として部分の
 全体たる社会を財産権の主体たらしむる共産制度の世界たらしむ
  る別思想系に転ずることに在ればなり。」(八九四頁)
 六、次に、彼の晩年に於て、彼の思想根砥に、何等かの変化があつ
 たのではないかといふ問題である。彼が、「国体論及び純正社会主
 義」を著はしたのは、彼二十三歳の明治三十九年春である。そして、
 上海に於て、「日本改造法案大網」を稿したのは、丁度、それから
 十三年の後なる大正八年である。蓋し、後者の根抵に流るゝものも、
 矢張り社会民主々義である。大正十五年一月、「日本改造法案大網
 第三回の公刊頒布に際して告ぐ」なる彼の論文中にも
   「理論として二十三歳の青年の主張論弁したことも、実行者と
  して隣国に多少の足跡を印したことも、而して此の改造法案に表
  はれたことも、二十年間嘗て大本根砥の義に於て一点一重の訂正
  なしと云ふ根本事の諒解を欲するからである。思想は進歩するな

1f

  んど云ふ遁辞を以て五年十年、甚しきは一年半年に於て自己を打
  消して倍然恥なき如きは、 − 政治家や思想家や教師や文章家は
  其れでも宜ろしいが、1革命家として時代を区劃し、幾有年の
  信念と制度とを一変すべき使命に於て生れたる者の許すぺきこと
   ではない。純粋の理論を論説して居た二十台の青年だらうが、千
  差万別の事情勢力の渦流に揉みくちやにされて一定の航路を曲げ
  易い三十台だらうが、已に社会や国家に対して言説をなし行動を
  取つた以上は年齢や思想如何を以て免除さるぺからざる費任を感
  ずぺき筈と思ふ。一貫不惑である。」(思想研究資料第三十四輯)
 と豪語し、彼の晩年、即ち、二・二六事件当時に於ても、彼の思想
 根抵には、何等の変化なく、依然、社会民主々義を堅持し、天皇櫻
 関説を採り、天皇専崇の念全くなかりしものと推定せざるを得な
  いのである。
         第二、国家改造方法
  北は、日本革命遂行の手段として、クーデターを主張する。この
 方法によつて、日本革命の遂行を主張したのは、同人が初めてであ
  る。同人の著「日本改造法案大網」巻頭には、次の如く、述ぺてゐる.
    「憲法停止。天皇は全日本国民と共に国家改造の根基を定めん
   が為に天皇大権の発動によりて三年間憲法を停止し両院を解散し
  全国に戒厳令オ布く。
   権力が非常の場合、有害なる言論又は投票を無視し得るは論な
  し。如何なる憲法をも議会をも絶対視するは、英米の教権的『デ
   モクラシー』の直訳なり。是れ『デモクラシー』の本面目を蔽ふ
   保守頑迷の者、其の笑ふぺき程度に於て日本の国体を説明するに
 高天ケ原的論法を以てする者あると同じ。海軍拡張案の討議に於
 て、東郷大将の一票が、醜悪代議士の三票より価値なく、社会政
 策の採決に於て『カルル・マルクス』の一票が、大倉喜八郎の七
 票より不義なりと云ふ能はず。由来投票政治は、数に絶対の価値
 を附して質が其れ以上に価値を認めらるぺき者なるを無視したる
 旧時代の制度を伝統的に維持せるに過ぎず。
  『クーデター』を保守専制の為めの権力乱用と速断する者は、
 歴史を無視する者なり。奈翁が保守的分子と妥協せざりし純革命
 的時代に於て、『クーデター』は、議会と新開の大多数が王朝政
 治を復活せんとする分子に満ちたるを以て革命遂行の唯一道程と
 して行ひたる者。又現時露国革命に於て、『レニン』が、機関銃
 を向けて妨害的勢力の充満する議会を解散したる事例に見るも
 『クーデター』を保守的権力者の所為と考ふるは甚しき俗見なり.
   『クーデター』は、国家権力則ち社会意志の直接的発動と見る
 ぺし。其の進歩的なる者に就きて見るも国民の団集その者に現は
 る1ことあり。日本の改造に於ては必ず国民の団集と元首との合
 体による権力発動たらざるぺからず。
  両院を辟散するの必要は其れに拠る貴族と富豪階級が此の改造
 決行に於て、天皇及国民と両立せざるを以てなり。憲法を停止す
 るの必要は彼等が其の保護を将に一掃せんとする現行法律に求む
 るを以てなり。戒厳令を布く必要は、彼等の反抗的行動を弾圧す
 るに最も拘束されざる国家の自由を要するを以てなり。而して無
 智半解の革命論を直訳して此の改造を妨ぐる言動をなす者の弾圧
 をも含む。」
 かくの如く、改造遂行の手段とレて、クーデターを認め、戒厳令
 施行に導き、その問に、大詔換発を仰ぎ、一挙現行政治機構の運用
 を停止するに至らしめ、在郷軍人 − 軍部1を以て、改造せしめ
んとするもので、後日の不穏事件の多くは、この影響を受けてゐる
 のである。
        第三、国家改造建設策
 北の建設策は、「日本改造法案大網」に現はされてゐる。要約す
 れば、次の如くである。
巻一、国民の天皇
   「天皇は国民の総代表たり。国家の根柱たるの原理主義を明か
 にす。此の理義を明かにせんが為に神武国祖の創業、明治大帝の
 革命に則りて宮中の一新を図り、現時の枢密顧問官其他の官吏を
 罷免し以て天皇を輔佐し得ぺき器を広く天下に求む。
 華族制を廃止し、天皇と国民とを阻隔し来れる藩屏を撤去して明
 治維新の精神を明にす。
 貴族院を廃止して審議院を置き衆議院の決議を審議せしむ。
 審議院は一回を限りとして衆義院の決議を拒香するを得。
 審議院議員は各種の勲功著聞の互選及勅選による。
 二十五歳以上の男子は大日本国民たる権利に於て平等普通に衆議
 院議員の被選挙権及選挙権を有す。
 地方自治会亦之に同じ。
 女子は参政権を有せず」。
 となし、国民の自由を拘束して憲法の精神を毀損するが如き語法
律の廃止を唱へ、戒厳令施行中、改造内閣を組成し、内閣貞は、従
 来の軍閥、吏閥、財閥、党閥の人々を斥けで、全国上り広く囲器を
 選び此の任に当らしめ、普通選挙に依る国家改造議会を召集し、改
 造を協議せしめる。但し此の議会は 天皇の宣布した国家改造の根
 本方針を討論することは出来ないとしてゐるのである。更に、是は.
 法理論ではなくて事実論である。日本 天皇陛下にのみ期待する国
 民の神格的信任である。斯かる神格者を 天皇としたことのみによ
 りて、維新革命は仏国革命よりも悲惨と動乱なくして而も徴底的に
 成就したが、再び斯かる神格的 天皇に依りて、日本の国家改造は
 露西亜革命の虐殺兵乱なく、独逸革命の痴鈍なる徐行を経過しない
 で、整然たる秩序の下に貫徹することが出来るだらうとしてゐるの
 である。
 そして又皇室財産は、徳川のそれを継承せるものなるが故に国家
 への下附を説き、皇室費を年額三千万円とし、国庫より支出せしむ
 ぺきだとしてゐるのである。
 巻二、私有財産限度
 日本国民一家の所有し得べき財産限度を一石万円とする。私有財
 産を尊重せざる社会主義は、如何なる議論を長論大著に構成しても
 要するに、原始的共産時代の回顧に過ぎない。私有財産限度超過額
 は、凡て無償で国家に納付させる。若し是に違反した者は、 天皇
 の範を蔑にし、国家改造の根基を危くするものと認め、戒厳令施行
 中は、 天皇に危害を加ふる罪及国家に対する内乱の罪を通用して
 之を死刑に処する。若し国家改造後に、私有財産制度を超過した富
 を有するに到りたる時は、其の超過額を国家に納めさせる。そして
 此の合理的勤労に対して、国家は、其の納付金を国家に対する献金

20

 として受け、其の功労を表彰する道をとる。そして 天皇は戒厳令
 施行中、在郷軍人団を以て改造内閣に直属した楼関となし、国家改
 造中の秩序を維持すると共に、各地方の私有財産限度超過者を調査
 し、其の徴収に当らしむる。尚互選組織の在郷軍人団会議を開き此
 の調査徴集の常設機関とするとしてゐる。
 巻三、土地処分三則
  こ1に於ては、私有地限度、超過土地の国納、土地徴収機関、民
 有地、市有地及国有地等につき述ぺてゐる。即ち、
   「日本国民一家の所有し得べき私有地限度は、時価十万円で、
 小地主と小作人との存在を認むる。凡てに平等でない個々人は、
 其の経済的能力享楽及経済的運命に於ても、劃一でないのである
 から、小地主と小作人の存在することは、神意とも云ふぺきで且
  つ又社会の存立及発達の為に、必然的に経由しつ1ある過程だと
  し、私有地限度を超過せる土地は、之を国家に納付せしむる。そ
 して国家は其の賠償として三分利付公債を交付する。(但し私産
 限度を超ゆることは出来ない。)此の私有地限度超過を徴収する
  ことは、近代的所有権思想の変更ではない。単に国家の統一と国
  民大多数の自由の為に、少数者の所有権を制限するに過ぎないと
 し、在郷軍人団会議は在郷軍人団監視の下に私有地限度超過者の
 土地の価値徴集に当ることとする。そして将来に於て、其の所有
  地が私有地限度を超過した時は、其の超過せる土地を国家に納付
  して賠償の交付を求める。更に国家は皇室下附の土地及私有地限
  度超過者より納付したる土地を分割して土地を有せざる農業者に
  給付し、年賦金を以て英の所有たらしめる。都市の土地は凡て之

 を市有とし、市は其の賠償として三分利付市債を交付し、大森林
 又は大資本を要すぺき未開墾地又は大農法を利とする土地は之を
 国有とし国家自ら其の経営に当ることとしてゐる。そして都市地
 価の騰貴する理由は農業地の如く所有者の労力に原因するのでは
 なくて、大部分都市の発達其の者に依るのであるから都市は其の
 発達より結果せる利益を単なる占有者に取らすぺきでない。尚日
 本の土地問題は単に国内の地主対小作人のみを解決して足れりと
 しない。土地の国際的分配に於て、不法過多なる所有者の存在
 することに革命的理論を拡張しなければ、一瞥の価値もないの
  だ。」
 と言つて居るのである。
 巻四、大資本の国家統一
  こ1に於ては、私人生産業限度、資本徴収機関及国家生産的組織
 等に関し論述してゐる。即ち、
 私人生産業の限度を資本一千万円とする。海外に於ける国民の私
 人生産業亦同様。斯様に限度を設けて私人生産業を認むる所以は、
 次の点にある。
  (一) 人の経済的活動の動機の一が私慾にあること。
 (二) 新なる試が公共的認識を待つ能はずして常に個人の創造的
  活動に依るといふこと。
 (三) 如何に発達するも公共的生産が国民生活の全部を覆ふ能は
  ずして、現実的将来は依然として小資本による私人経済が大部
   分を占むる者だといふこと。
  (四) 国民自由の人権は生産的活動の自由に於て表はれた者に付、


  ▲特に保護咤助長すべきものなること。
 私人生産業限度を超過した生産業は、凡て之を国家に集中し国家
の統一的経営とする。之は米国の「ツラスト」独速の「カルテル」
を更に合理的にして国家が其の主体となるもので「ツラスト」、「カ
ルテル」が分立的競争より逢かに有利であるといふ実証と理論とに
ょりて、国家的生産は将来増大される。超過資本の徴集機関は在郷
軍人団会議とすること前と同じ。改造後の将来、事業の発達其の他
の理由によつて、資本が私人生産業限度を超過した時は、凡て国家
の経営に移す。其の時、国家は賠償公債を交付し且つ継承した該事
業の当事者に原則として其の人を任ずる。若し其の事業が未だ私人
生産業限度の資本に達しない時と錐も、其の性質上大資本を利とし
又国家経営を合理的であると認むる時は、国家に申達し、双方協議
の上国家の経営に移すことが出来るとしてゐる。私人一百万円の私
的財産を有するに至らば一切の私利的欲求を断ちて、只社会国家の
為に尽す慾望に生活せしむぺきで、私人一千万円の私的産業に至ら
ば、其の事業の基礎及範囲に於て、直接且つ密接に、国家社会の便
益福利以外一点の私的動櫻を混在せしむぺきものでない。故に此の
二者の制限は現今まで放任せられて居た道徳性を国家の根本法とし
 て、法律化したのに過ぎないとしてゐる。
次に国家生産的組織として、
一、銀行省
 私人生産業限度以上の各種大銀行より徴集せる資本及私有財産限
度超過者より徴集したる財産を以て資本とする。海外投資に於て、
豊富なる資本と統一的活動。他の生産的各省への貸付。私人銀行へ

の貸付。通貨と物価との合理的調整。絶対的安全を保証する国民頭
金等。
 貿易順調にして、外国より貨幣の流入横溢し、為に物価騰貴に至
る恐ある時、銀行省は其の金塊を貯蔵して国家非常の用に備へると
共に、物価を合理的に調整することが出来る。経済界の好況を却て
反対に国民生活の憂患とする現下の大矛盾は一に国家が「金権」を
有せざるに基く。
二、航海省
 私人生産業限度以上の航海業者より徴集した船舶資本を以て、遠
洋航路を主として海上の優勝を争ふ。造船造艦業の経営等。
三、鉱業省
 資本又は価格が私人生産業限度以上なる各種大鉱山を徴集して経
営する。銀行省の投資に伴ふ海外鉱業の経営。新領土取得の時、私
人鉱業と併行して国有鉱山の積極的開発等。
四、農業省
 国有地の経営。台湾製糖業及森林の経営。台湾、北海道、樺太、
朝鮮の開墾。南北清洲、将来の新領土に於ける開墾又は大農法の耕
地を継承せる時の経営。
五、工業省
 徴集したる各種大工業を調整し、統一し、拡張して真の大工業組
織となし、各種の工業悉く外国の其等と比肩し、私人の企てない国
家的欠陥たるべきエ業の経営。海軍製鉄所、陸軍兵器廠の移管経営
等。
六、商業省

21

 国家生産又は私人生産による一切の農業的工業的貨物を案配し、
 国内物価の調節をなし、海外貿易に於ける積極的活動をなす。此の
 目的の為に凡て関税は此の省の計算によりて内閣に提出する。
 七、鉄道省
  今の鉄道院に代へ、朝鮮鉄道南満鉄道等の統一。将来新領土の鉄
 道を継承し、更に布設経営の積極的活動等。私人生産業限度以下の
 支線鉄道は之を私人経営に開放する。
 巻五、労働者の権利
  鼓に於ては、労働省の任務、労働条件、労働者の利益配当及労働
 的株主制等につき説いてゐる。先づ内閣に労働省を設け、国家生産
 及個人生産に雇傭さる1一切労働者の権利を保護するを任務とし、
 労働争議は別に定むる法律によりて労働省が之を裁決する。此の裁
 決は生産的各省個人生産者及労働者の一律に服従すぺきものだとす
 る。同盟罷業は断然禁止する。労働貸銀は自由契約を原則とする。
 蓋し、国民の自由を凡てに通ぜる原則とし、国家の干渉を例外とす
 るからで、真理は一社会主義の専有ではなくて、自由主義経済の理
 想に亦犯すぺからざるものがある。等しく労働者と云つても各人に
 能率の等差がある。特に将来日本領土内に居住し又は国民棒を取得
 する者の多い時、国家が一々の異民族につき其の能率と賃銀とに干
 渉することは出来ない。然し現在は資本制度の圧迫によつて労働者
 は自由契約の名の下に全然自由を拘束せられた賃銀契約をなして居
 る。労働時間は一律に入時間制となし、日曜祭日を休業して賃銀を
 支払ふ。農業労働者は農期繁忙中労働時間の延長に応じて賃銀を加
  算する。
 次に私人生産に雇傭せらる1労働者は、其の純益の二分の一の配
当を受ける。之は各自の俸給賃銀に比例して分配する。労働者は其
の代表を選んで事業の経営計画及収支決算に干与する。国家的生産
に雇傭せらる1労働者は、此の利益配当に代はるぺき半期毎の給付
を受ける。そして事業の経営収支決算に干与する代りに衆議院を通
じて国民として国家の全生産に発言するものであるとしてゐる。
巻六、国民の生活権利
 児童の権利、国家扶養の義務、国民教育の権利、婦人々樺の擁護
及平等分配の通産相統制等につき述ぺてゐる。
 先づ、満十五歳末滴の父母又は父なき児童は、国家の児童たる権
利に於て、一律に国家の養育及教育を受くることが出来る。国家は
其の費用を児童の保護者を経て給付する。そして貧困で実男子又ほ
養男子なき六十歳以上の男女及父又は男子なくて貧困且つ労働に堪
 へない不具痩疾者は、国家が扶養しなければならない。
 次に、国民教育の期間を滴六歳より満十六歳までの十箇年とし、
男女を同一に教育する。学制は之を根本的に改革して十年間を一貫
 して、日本棉華に基く世界的常識を養成し、国民個々の心身を充実
 具足せしめて、各其の天賦を発揮し得ぺき基本を作ることに努力す
 る0
 更に、其の未又は其の子が自己の労働を重視して婦人の分科的労
 働を侮蔑する言動は、之を婦人々樺の揉踊と認む。婦人は之に対し
 告訴することが出来る。有婦の男子にして嘗妾又は其の他の婦人と
 姦した者は、婦の訴によりて姦通罪を認める。売淫婦は処罰しない
 で之を買ふ有婦の男子を処罰する。
  日本国民は平等自由の国民たる人権を保障せらる。若し此の人権
 を侵害する各種の官吏は、体刑に処せられる。未決監にある刑事被
告の人権を損傷しないやうな制度を設くぺきで被告は弁護士の外に
自己を証明し弁護することが出来る知己友人等を弁護人たらしむる
 ことが出来る。
 限度以下の私有財産を、国家又は他の国民が侵害することは絶対
に出来ない。国家は将来益ミ国民の大多数をして、数十万数万の私
有財産を有せしむることが出来る。
 尚ほ、通産相統は其の子女問に於て平等分配を可なりとする。
巷七、朝鮮其他現在及将来の領土の改造方針
 先づ、朝鮮を日本内地と同一なる行政法の下に置く。朝鮮は日本
 の属邦に非ず又日本人の植民地に非ず。日韓合併の本旨に照して日
本帝国の一部たり行政区たる大本を明らかにする。そして参政権に
就ては約二十年後を期し、朝鮮人に日本人と同一なる参政権を与へ
る。そこで此の準備の為約十年後より地方自治制を実施して参政権
運用に慣れさせる。そして将来取得すべき新領土の住民が、其の文
化に於て日本人と略等しき程度にある者に対しては、取得と同時に
此の改造組織の全部を施行するといふことにする。
巻八、国家の権利
ハ一) 徴兵制の維持
 国家は国際間に於ける国家の生存及発達の権利として現時の徴兵
 制を永久に亙りて維持す。
 徴兵猶予一年志願等は之を廃止す。
 現役兵に対して同家は俸給を給付す。

 兵営又は軍艦内に於ては階級的表孝以外の物質的生活の階級を廃
 止す。
 現在及将来の領土内に於ける異民族に対しては義勇兵制を採用す
  る0
 (ニ) 開戦の積極的権利
  国家は自己防衛の外に不義の強力に抑圧写る1他の国家又は民
 族の為に戦争を開始するの権利を有す。即ち当面の現実問題とし
 て印度の独立及支那の保全の為に開戦する如きは国家の権利であ
 る。国家は又国家自身の発達の結果他に不法の大領土を独占して
 人類共存の天道を無視する者に対して戦争を開始するの権利を有
 する。即ち当面の現実問題として、濠洲又は極東西此利亜を取得
 せんが為に其の領有者に向つて開戦するが如きは国家の権利であ
 る。尚、更に同人は、排英論者にして、英語教育を廃止すべきで
  あると主張してゐる。
       第二節 橘 孝三郎
        第一、根本思想
 愛国同胞主義による王道的国民協同自治主義である。更に又農本
主義である。こゝに、王道的といふのは、盲聖人のいふ王道の意味
 であつて、昔の天下王道の理想に選ることである。国民協同自治に
 は、国民的統治と国民的協同自治との要素がある。前者は、国全体
 の立場からの全国の統治を意味し、後者は、個々人の立場から行は
 るゝ政治である。而して国民協同自治は、上より下への国民を重圧
する政治的支配を一掃して、支配に取つて代ふるに国民をして協同
 自治せしめねほならぬ。国民をして協同自治せしむる如く統治せね

22

 ばならぬ。かくて、国民的統治と国民的協同自治とによつて、地方
 協同体の共同自治体制が国家の基礎となる。こ1において、中央至
 上主義権利から地方分権利への推移があり、自治主義の完成がある
 といふのである。更に農は、本質的に協同体的のものだ。農は、国
 家の基礎である。従来の歴史を見ても、商工業によつて立つ国は滅
 亡するに反して、農によつて立つ国は、決して滅亡しないとするの
 である。而して、同人は、愛国同胞主義、協同主義、農本主義につ
 き、その著「日本愛国革新本義」に於て、次の如く述ぺてゐる。
   「まことに世界の大勢は我々をして民族主義、国民単位主義を
 採らねばならんやうに推移してをるのであります。現に我々は国
 土の根本を忘れ又は捨て去る事は絶対に許されなくなりました。
 国民的存在の中心たる同胞主義精神に再び目覚め且つ復帰せねば
  ならなくなりました。これを、 − 経済生活の側面に照して見て
  も直ちに知ることが出来ると存じます。即ち我々は今までのやう
  に勤労生活を捨て、唯営利生活にのみ没頭する事は出来なくなつ
  て参りました。又我々の経済的慾望充足も生産と分配と一切が共
  存共栄を眼目とせる協同主義の上に置かれなくてはならなくなり
  ました。かやうにいたしまして食糧晶生産も、国防工業も、貿易
  工業も、交通事業、電気事業等も、一切は国民社会本位的に合理
 化されなくてはその存在の意義がないものだといふ事が明瞭とな
  つてまゐりました。− 結果として、此処に新に国民社会的計画
  経済による新国民社会的経済組織を組立てなくてはならない必要
  の必至なるものに迫られてをるのであります。!斯の如き国民
  社会的計画経済実現はどうしたらい1のか。1それは世界最大
 の機械工業的大産業を独裁的強権の支配力に訴へて樹立すること
 であらうか。農村を工場化し、農業を大工業化することであらう
 か。断じてそんな事で我々の理想目的は達成せられるものではな
 いのであります。 − 左様なものから新社会が生れるのではなく
 て、新社会が左様なものを生むのだと申さねばならんので最初に
 して最後の条件としてあらねばならんのは新経済組織の国民社会
 的なるものを生むに価せる国民社会そのものであらねばならんの
 であります。即ち教育組織に、国防組織に、政治組織に、経済組
 織にあらゆる社会組純のそれが国民社会的に有機的に組織されて
 しかも国民社会的に整正、調和、統一されてあらねばならんので
 あります。然しながらそれも或る力によつて創り出された結果で
 あります。然らば更に斯の如き国民社会実現の原動は何か。申す
 までもない。国民社会成員の総員、教育家も、政治家も、軍人も、
 農民も、労働者も、全体が一国を愛し至誠の限りを尽して勤労し
 得るが如く結合する外ないのでありまして、即ち愛国同胞主義で
 あります。実に世界の大勢は我等に愛国同胞主義によつて完全国
 民社会の実現を促すや最も急なるものが存してをるものと言はね
 ばなりません。かくてこそ、そしてかくてのみ、我等はよく自ら
 を導き、よく自ら治め、よく自ら守り、よく自ら給し得るものと
 云はねばならん。自ら導き、自ら治め、自ら守り、自ら給し得て
 後にこそ、他を導き、他を治めしめ、他を守らしめ、他に給し得
 るといふ以外に、如何にしてょく他を導き、他を治めしめ、他を
 守らしめ、他に給する事が出来ませうか。然らは日本の世界人類
 史的使命も又かくの如くしてのみ果し得るものといふ外ないので

 あります。而うして牧野の大勢が又日本をしてこの世界史的真使
 命を遂行せしめんために動いて居るのであります。」
  「富国強兵は国家存立上の根本条件たるや論なき所です。 −
 富国強兵はたゞ一国の成員各自がよくその職に安じ得て、その国
 の為にその職貴を至誠以て果し得るの状態に於てのみ期すぺきも
 のと申さねばなりません − しかなし能ふ如く一国がよく整正、
 調和、統一を得たる状態に於てのみ富国強兵の実は望み得るので
 す。I由来、農村栄えないで兵強かりしためしもなく、兵強か
 らずんば農はよくその農たる所を同家の為に農たらしめ得たため
 しもありません。この事実は東西古今その揆を一にしてをるので
 ありまして『兵農一致』して富国強兵だつたのです。丙うして兵
 農一致、富国強兵の実はか1つて愛国同胞主義大精神の存する所、
 而うして整正、調和、統一されたる国民社会の在る所に於てのみ
 発見し得ぺきものであります。然るに日本国内の現状はT思へ
 ば痛憤、憂慮の余り発するに言葉すらありません。1権門、財
 閥、政党者流の為す所の如きものを浩嘆するが如き事は愚の樋で
 す。1国土の根本を堅うし、国防のそれ牽讐屑に担へる日本農
 民五官五十万戸三千万大衆の現状はどうでせう。I何処に相互
 信漑がありませうか。如何に健全にして充実せるの状態があるの
 でせうか。何処に神聖に犯すぺからざるの存在が見られるでせう。
 かくて日本の明日如何は知るぺきのみです。事情の急迫は文字通
 りの焦眉です。一日も早く、一刻も猶予を許しません。何とかせ
 ねばならんのです。かくて我々は愛国同胞主義精神に麹らねばな
 らんのであります。」
   「旧封建国家に於て農民は一個の人椅としての存在ではありま
 せんでした。たとえ切拾御免ではあつたもの\ しかし死ぬか生
 きるかの墳にだけは養つておかれたのは事実です。然るに明治維
 新より此方日太といふ国民社会がついに金融資本万能の支配下に
 立たねばならなくなりました今日、その最下層にうめいてをる農
 民は、傾向として見るならば、全く亡び行くま〜に捨て1顧みら
 れざる存在にまでなつてしまつたのであります。明治維新この方
 日本はどんな鋳型の中にはめこまれたかと申せば一言イギリスで
 す。日本は今まで日本をイギリス化すぺく国を挙げて夢中になつ
 て今日に及んだのです。そしてその世界〔資本〕主義の総本山た
 るイギリスの農村は − 全くた1きこはされてあとかたもなくな
 つてしまつたのです。1イギリスを学んで現状に及んだ日本に
 於ける現実の日本農村は全く瀕死の状態に投げこまれてをるので
 あります。
  資本主義社会なる形式の下に西洋都市中心唯物文明の波及浸潤
 する所、社会は全く金力支配の下に動かされ、人心は大自然を忘
 れ農本を離れ、ただ唯物生活を個人主義的に追及して亡び行くの
 を忘れるに至らざれば止まなくなるのであります。事実現在位人
 々が大自然の恵みを忘れ且つこれょり遠ざかつたためしはないで
 あらう。徒つて人間生活の根本たる土による勤労生活を捨てたた
 めしもあるまい。 − 只今の世の中は何でも東京の世の中です。
 その東京は私の目には世界的ロンドンの出店のやうにしか不幸に
 して映りません。兎に角東京のあの異状な膨大につれて、それだ
 け程度、農村の方はた〜きつぷ雀れて行くといふ事実は〔どう〕

23

あつても不定出来ん事実です。そして只今位農民が無視され、農
民の値打が忘れられたためしもありますまい。
 頭にうららかな太陽を戴き、足大地を離れざる限り人の世は永
遠であります。人間同志同胞として相抱き合つてる限り人の世は
平和です。人各々その額に汗のにじÅでをる限り幸福です。誰か
入としてこの永遠に平和な幸福を希はない者がありませうか。然
 らば土の勤労生活こそ人生最初の拠り所でなくて何でせうか。事
実『土ヲ亡ボス一切ハマタ亡プ。』ギリシャ然り、ローち然り、
雨うして大英帝国の現状は何を我々に物語つてをるのでせうか。
 その反面、四億万農民大衆の支那、ガンヂーの三億万インド農民
 大衆、之等は目下最も衷むぺき状態に投ぜられてをりますが、
 〔然し〕決してギリシャ、ローマの後を迫ふものではございませ
 ん。即ち悠々五千年の民であつたのであります。実に農本にして
 国は始めて永遠たり得るので、日本に取つてこの一大事は特に然
 らざるを得ないのであります。日本は過去たると、現在たると将
 たまた将来たるとを問はず土を離れて日本たり得るものではない
 のであります。」
  「我々はかうして皆様のやうな軍人方も、私のやうな首姓も共
 に日本人たる以上兄弟だ、同胞だといふ観念と、さうしてお互ひ
 に我々は日本人としてかやうに兄弟として生きてる以上この兄弟
 意識の上に日本を真心から抱きしめて生きて行く事によつて日本
 がはじめて生きてゆけるのだと信じてをるのであります。即ち日
 本は愛国同胞主義によつて生きてるものと申さねばなりません。
 同時に皆様のやうな軍人方も、私のやうな官姓も共にかうして日
 本人として真心を捧げ且つ受け容れ合つて全く兄弟の如く生きて
 行ける、更にお互にかうして日本を憂へ且つ愛してその為めに身
 分を賭し得るやうに日本が出釆てをるからこそ我々はかうしてを
 られるのだと信じます。即ち此所に日本の国体の極みなく貴い、
 且つ有難い訳合が在るものと信じてをります。だから私は常に申
 してをる、『日本は愛国同胞主義に生き、愛国同胞主義は国体に
 生きる、』と。
 長れ多くも我が紳武天皇が国をお肇めに相成りました事情を拝
 察いたしまするに、長髄彦が農耕部民を切り従へて征服国家の芽
 を吹き出さうとしてをつたのを東征遊ばされて之を打倒し、奴隷
 化された農耕部民を解放なされた。繰言すれば国民鮮放の実を行
 はせられて、此所に私された覇道化された日本を始めて王道化し、
 以来万世一系世界に此なき国体の基礎を定めさせられ給ひしもの
 と貯せざるを得ないのであります。でありませんで、若しも征服
 国家を神武天皇が打ち立てられたものと仮定いたしますならほ、
 大化の革新をどう考へてょろしいでせうか。日本歴史にその比較
                                     〔血T〕
 を見出す事の出来ない国民解放、国家改造の大革命が伸兄皇子即
 ち天智天皇の御手によつて成就されたなぞといふ事実は考へても
 見得ない事柄だらうと存じます。
  日本もよくも此処まで腐れたものだと思ひます。実にひどすぎ
 る0何でも金です。金の前には同胞意識もなければ、愛国精神も
 ない0国体の光の如きは何処をどうして了つたのだか、すでに認
 識の領域をすらかすめないやうに思へます。 基
  衣食住は人間生活の根本です。その如何によつて其の人間は著
  薩にもなれば、狼にもなる、特権階級、政党屋、財閥等、所謂支
 配層に属するものが常に売国奴的行為を敢てして居つて眼中国あ
  る事を知らんやうになつてしまつた時、その下敷となつてる勤労
 大衆がどうして彼等の指揮の下に彼等の支配せる国を国と思ふ事
  が出来ませうか。」と。かくて、彼は、個人主義的唯物的西洋資
 本主義文明によつて過程する社会過程を、共存共栄的東洋的精神
 文明によつて過程する新社会にまで変革しなければならぬと説き、
  この事実は必然的に愛国同胞主義によつてのみ生み出さるゝので
  あるとするのである。
         第二、直接行動主義
 橘は、直接破壊行動を是認してゐる。これは、恐らく、井上日召
 の所謂「捨石道」の感化によるものであらう。「日本愛国革新本義」
 の巻頭に、
   「日本愛国同胞主義や今何処。国体や今何処。世界の大勢、国
 内の実情、一として国本改造の急を告げざるもの無し。日本の危
 概たる真に未曾有と称せざるぺからず。之を救ふものは何ぞ。唯
 愛国革新の断行あるのみ。
  生命に価するものは唯生命を以てのみすぺし。日本愛国革新者
 ょ、日本愛国革新の大道の為に死を以て、唯死を以て立て。」
 と赦し、尚同書中には、
   「革新を呼ぷ者は先づ身を国民に捧げて立たねばなりません。
 1救国済民の大道にたゞ死を以て捧げたる志士の一団のみよく
 革新の国民的大勤行を率ひて立ち得べく、国民大衆はまたかくの
  如き志士にのみ従ふ外ないのであります。 − 丙うして日本の現

 状に訴へて見る時何処よりも先に皆様の如き軍人層にかやうな志
 士を見出す外ないのであります。そして之に応ずるものは何より
 も農民です。」
 と言つて、海軍士官達の深甚なる考慮と鉄の如き決意を希望して居
 るのである。
  尚、同人が、五・一五事件に参加し、破壊行動の一部を分担し
                    〔略〕
 た理由については後述愛郷会の項参照。
        第三、国民解放策
  「日本愛国革新本義」に述ぺられたる国民解放策は、次の如きも
 のである。
一、障碍物掃蕩
  日本を腐らせ、日本を亡ぼさんとしてをる郷子身中の虫を徹底
 的に掃蕩すぺきである。
 二、内部清算
  如何なる重要なる立場に立てる人物と錐も、如何なる有為の逸
 才たりとも、大道を売る如きものに対しては、立所に一刀両断あ
  るのみ。
 三、対内策
  先づ人心の安定、従つて衣食住の安定、職業の安定、そして報
 酬を平均化す。奮修品製造禁止による失業群は食粗品生産、軍需
 品生産の方に向ける。軍需品工業の方はその原料品工業たる各種
  の重工業まで国家管理の下に合理化した形式に於て、能ふ限り拡
 大すればよろしい。この方法は勿論、軍需品エ業にのみ止まるぺ
 きものではない。他の一切の国民的重大産業は国民社会的に管理

24

  経営し且つ拡大されなくてはならない。
   次に農業方面は
    (一) 家産法を設定すること
    (二) 大地主を無くすること
    (三) 国有土地を解放して内地植民を部落建設的に行ふこと
   金融は庶民信用の形に於て、合理化さるぺきだ。
   尚一般消費者と農民との間に協同組合の形式に依り合理化され
  たる経済自治制を採らしむるの要がある。
   次に借金の根本的整理、負担の根本的整理が必要、更に物価を
  最も健全に且つ合理的に安定せしむるために必要な緊急衆を能ふ
  限り実行する必要があるわけだ。
  尚、非常時政府樹立。
 四、対外策
   日本愛国革新は世界革命を意味する。内に存する我々の障害物
  はもと外なるものと同根にして一族なりと見ねばならない。満蒙
                                  〔生〕
  問題の如き之を如何にせんかといふ事は自国の更正を前提として
  のみ可能であると同時に外に対しては土匪を云々するが如き事柄
  は末の未なるもので先づアメリカをた1き伏せ、更に国際聯盟を
  屈伏せしめる事から始めなくてはならない。
         第四、新日本建設大綱
  前同書には、次の如く掲げてゐる。
 一、政治組織
   愛国同胞主義による王道的国民協同自治組織の政治組織でなく
  てはならない。上より下への方向を取つて国民の頭上に重圧さる
 1政治的支配を一掃して支配に取つて代ふるに国民をして協同自
 治せしめねばならぬ。国民をして協同自治せしむる如く統治せね
 ばならぬ。
二、経済組織
 一切の経済組織を国民社会的に統制し且つ組織立てねばならぬ。
 即ち経済を社会的に計画立て、同時に個人の経済生活を営利主義
 的価格経済生活状態より救つて厚生経済生活に入らしめる為に必
 要な一切の手段を尽さねばならない。無論一切の国民的に重大な
 資源、生産手段、流通機関の営利目的による独占及び運用は之を
 厳禁する。
三、共済組織
  厚生生活の基礎工事の一たる共済事業は国民社会一大独立組椒
 を与へて充分その目的を達成するが如く組織立てねばならない。
四、教育組織
  営利主義的免状学校の根絶、愛国同胞主義棉神滴養に通する自
 営的勤労学校或は塾組織の教育でなければならぬ。
五、国防組織
  強兵の実は常に農村の実情如何に左右される。兵農主義による
 大軍隊の組絨を必要とする。
 尚、同人著「国民共同体王道国家農本建設論」には、経済統制に
つき、次の如く述ぺてゐる。
  「農村と都市の不調和的発達によつてまき起さるゝ資本主義的
 病態化は、国家統制あつてのみ防止され得る。1であるから国
 民共同体制の国民社会経済組織の厚生経済的なるもの1実現は一
  に国家の統制管理に委ねなくてはならない¢しかし申すまでもな
  くこの」国家の機能は、よく農村共同体及都市共同体の国民共同体
  的整調発達に任ず可き以外の何物でもなく、若しこれを脱線して
  国家的資本主義に転落する事、赤露の如くんば自殺といふ外ない
  のである。 − その統制管理はあくまで指導監督の域を守るぺく、
  支配干渉になつてはいけないのである。か〜る考慮の上にどうし
  ても国家経営にうつす可き産業は之を国家の直営とす可きであ
  る」。


   第二編 国家主義詔団体の指導理論、運動理論
        及政策

     本編に於ては、満洲事変前後より三国同盟締結頃まで
    の問、団体若は事件の結成若は発生順に従つて、その指
    導理論、運動方針及政策を摘記する。

    〔庶資料の第二編、第一孝涌洲事変前後より五・一五事件前後まで。
    第二章五・一五事件後国体明徴前迄.第三革国体明敏以後二エー六
     事件迄。は省略す。〕


     第四章 二・二六事件(昭和十一年二月二十六日)
         後支那事変(昭和十二年七月七日)頃迄
       第一節 概 説
 二こ一六事件を契機として、軍は、粛軍の名の下に、革新陣営と
一時」縁を切り.、武装蜂起論、タ」デタI主義が、表面より一応影
 を潜めたのであるひ而して、これに代るぺきものとしで国家主義運
動の戦線統一及これを通じての単一維新政党の樹立といふことが、
全右真に要望せらる1に至つたものである。そこで一部の有力分子
 によつて二月会なるものが組織されて、その母体団体ならんとした
 のであるが、それが、十分なる力を発揮しない中に、昭和十一年十
月、橋本欣五郎の大日本青年党が組織せられたのである。当初、橋
本大佐によつて右翼の大同団結が出来ると考へて、非常に期待した
向もあつたのであるが、同党は、党員の厳選主義をとり、未組織大
衆から有力なる同志を求めたので右翼一般の失望を買ひ、戦線統一
 の要望は一時頓挫したのである。然し、遂に右巽の幹部連中は、こ
 の形群たる維新政党樹立の全面的な要望を背景として、真剣に協議
を重ねた結果、昭和十一年十二月、時局協議会の成立を見たのであ
る。而し、これも内部的に各種の対立抗争を惹起し、維新政党の樹
立に至らずして分裂したのである。即ち、江藤源九郎、赤松克麿等
の一派は、議会進出を唱へ、時局協議会と離れて、政治革新協議会
を結成し、これに対し、時局協議会に於ける瑞穂倶楽部の小林順一
                          〔ママ〕
郎、生産党青田益三等は議会進出反対を強張し、この二派に重大な
る対立抗争を招来したのである。そして江藤、赤松は、その統率下
 にある
 新日本国民同盟 国民協会 愛国政治同盟 愛国革新聯盟
 の四団体を糾合して同年七月
 月本草新党
 の結成を見たのである。
 かくして、戦線統一運動も失敗し、右翼はその闘争の目標も失ひ、

25

 漸次、沈滞が深まらんとしてゐた時に、勃発したのが支那事変であ
 る。尚、この“問に於ては
  東 方 会
  昭和研究会
 の設立がある。
  尚、又、特記すぺきものとして、道場、塾運動の提唱である。そ
 して又、国家主義運動を、大衆の地盤の上に確立しょうといふ傾向
 が看取されるのである。
  更に又、この頃より所謂上部工作運動が著しくなつて来たやうで
  ある。
        第二節 大日本青年党(大日本赤誠会)
 創  立 昭和十一年十月十七日

主要人物 橋本欣五郎 建川英次 陶山篤太郎 今牧嘉雄
     西本 喬
    〔ママ〕
一、指尋理論
 貞道主義、天皇帰一主義を、その指導原理として標傍する。その
 「宣言」中には、
  「世界各国を見るに、他を光被するに足る体制を有する国家な
 し、此の時代に於て一歩を先んじ、優秀なる国家体制を確立する
 ものは、正に世界に光被するを得ぺし。惟ふに八紘一宇の顕現を
 国是とする我国は、即時其の本然の発揮にょり、国民の全能カを
 挙げ 天皇帰一し奉り、物心一如の飛頗は国家体制を確立し、光
 輝ある世界の道義的指導者たるを要す」
 尚、『大日本青年党指導精神要綱』には、次の如く鍔解してゐる.
 二、虹確執方針
 当初、八名の党員より出発し、量より質といふ方針で既成団体と
 縁なき有力者の内より全国的に党員獲得運動を展開したのである。
 そして昭和十三年には優秀党員養成の目的を以て二十一名の党員を
 選定の上、講習を受けしめ、これ等を中心に党勢拡張に努め、同年
 八月には、外廓団体として、大日本産業労働団を結成する等のこと
 があり、そして機関紙「太陽大日本」を発行し、首脳部の地方遊説、
 座談会開催等により党員獲得に邁進して居たのであるが、最近は、
更に、量へと転向し、党終局の目的は、全国を青年党一色となす一
 国一党主義の実現にありとしてゐる。そして組織目標を青年層、帰
 還兵におき、その訓練及動員に最もカを入れ、昭和十三年後は戦地
内地を一貫する昭和維新を具現する要ありとし、上海方面にも支部
 を置き、更に「赤誠団」なるものを編成し、党の行動的運動の主体
 たらしめ、更に外廓団体として「大日本学生田」を組織し、以て指
導理論の研究と党員の養成に資せんとしてゐるのである。そして、
国内革新の「中央突破」をやることが使命だとし、只組織拡大の為
 めなら選挙に関係して差支へない。又労働問題に介入するも可とし、
遠からず吾々が頗起する時櫻が来るので今のところ訓練が全く肝要
 だと説き、橋本宣言の予言性を強調してゐるのである。従つて、結
 局、武装蜂起の形で革新断行に進まうといふ様に見受けられるので
 あるが、尚注意すぺきことは、最近、五・一五事件の関係者である
元海軍大尉浜勇治を同党指導部長に置きたることと他との共同戦線
を主張して政界、革新陣営及陸海軍の将官級辺と緊密なる連路を採
 りつゝあることである。
 次に、昭和十四年十一月、同党の発した「組絨に関する指示」を
見れば、次の如くである。
 一、組織方針
  (一)一国一党を期し、国民の指導的中核勢力たるを目標とす。
  (二) 我党は国民運動を展開して国家革新を行ふを主とし、従
   って選挙に依つて目的の遂行を為さんとする選挙党に非ず。
  (三) 従つて組織力の強化は党活動の主なる目標なり。組織力
   の強化は質量両面に於ける党員の充実拡大を必要とす。
 二、組織対象
  (一) 党の主体勢力は青年勤労層に在り、俵つて之を組織の第
   一対象とす。
  (二) 新しき時代層に在る青年知識階層は、長き低迷の後漸く
   活力を増しっゝあり、その指導力はよろしく獲得すぺきもの
   にして組織の第二の対象とす。
  (三).帰還将兵は最も忠誠に燃ゆる国民の中堅分子なるを以て、
   之を組織の第三の対象とす
  (四) 各種の革新団体に属し、或は朝野に活躍する有力者は、
   其等の人士が真に我が党の主張に共鳴し、革新に当るの熱情
   を有する場合には、積極的に入党せしむべき第四の対象なり。
 三、訓練方針
   党の組織力の充実には、量質兼備の党員が鉄の如き団結と軍
  の如き統制と神の如き構神とに依つて渾然一体たる事を要す。
   之が為に党員に対し、次の如き訓練を与ふ。
  (イ) 思想訓練に俵つて、宣言を信仰的に把握せしめ、併せて、

26

  主張政策を体得せしむ。
 (ロ) 行動訓練に依つて、統制と団結の実際を会得実践せしむ。
 (ハ) 生活訓練に依つて、共同協力の生活に徹底せしめ、同志
  の難を救ふに当つては水火をも辞せざる相信互助の清神を強
  固ならしむ。又之に俵つて同志相敬し、長上を尊び、後輩を
   育成するの構神を滴養せしむ。
 (ニ) 本訓練は、全党員に及ぶは勿論なるも、特に各組織の青
  年分子を以て構成せらるる赤誠団に対しては徹底的に行ふも
   のとす。
 (ホ) 正規の訓練組織として、農村訓練所及労働訓練所を設置
  し実務に即しっ\将来の党の中堅分子の訓練養成を行ふ。
 四、本年度(昭和十五年度)の組織目標
 (一) 党員十万人を獲得するを以て本年度の目標として努力す。
  (二) 各府県には少くも一個以上の支部を建設す。
   支部未結成の府県に対しては、本部として積極的に努力す
   ぺきも隣接府県及び支部既設府県の党員は凡ゆる轢会を利用
   して之に協力すぺし。
  (三) 府県聯合支部及び同準備会は、同一府県内の各郡市に対
   し全般的に支部の結成を見る如く指導すぺし。
  (四) 各支部は其の郡(市)内の金町村に分会を結成する如く
   指導すぺし。
  (五) 各分会は党員の増加に努力し、又堪組織を充実活用すぺ
     し。
  ハJハ) 党の指導下に、赤誠健児団及び大日本学生団等の教化団

  体を組織す。前二者の指導には、第一次的には支部長、第二
  次的には府県聯合支部長之に当り、学生団は第一次的には府
  県聯合支部、第二次的には本部之が指導に当る。
 更に同党は昭和十五年五月二十日次の如き指令を発してゐる。
      大日本青年党国民組織活動に関する件
 支部、分会堆の党組織整備し党勢の充実せる地区に於ては「大日
本青年党国民組織活動」の名称下に左記の運動を開始すぺし
一、「大日本青年党国民組織活動」とは其の地区内に於ける清神
 文化、政治経済万般の国民生活を青年党精神によりて振作し具
 体的事業案を通してこれが指導性と組織性を附与せんとするもノ
  のなり、
 二、活動方針としては時局意識の昂揚により町村内全体の団結を
 高め部落常会(町内会)及び村金(町会)を始めとし時々利害
 相反する農全産業組合その他各種団体の融合統一を指導し最高
 の村策(町策)を決定せしめ漸次必要にして軽易に実行し得ぺ
 き事項をこれに提示し其の一、二を選び逐次実行し次で完璧を
  期するものとす、
 三、実行すべき事項は其地方情勢に鑑み之に適応するものを選択
 し党はその実行の先頭に立つぺきものとなるも二、三その内容
  を例示すれば左の如し、
     ‖構 神
  ュ 五人組内の戦死者に対しその命日に墓参を行ふ、
  2 護国神社等に献本を行ふ、
  3 出征軍人の慰問を励行す、

  4 ‖溝家族の鶉叫山間及びその慰安を講ず、
 S 銃後労働奉仕を徴底せしむ、
 6 街頭に於ける聖戦下にあるまじき行為の粛正、
    文 化
 1 小範囲の座談会を励行し青年党精神の注入或は内外の情勢
  を教育す、
 2 帰校後の児童教育を郷土的に実施す、
 3 農業初め実業の知識の向上を期し権威者の講習会を開く、
    経 済
 ュ 真剣な消費節約運動を具体化す、
 2 闇取引の相互監察を実施す、
 3 生活必需品肥料等の確保配給に努力す、
 4 根本的に生産力拡充の障害を除去す、
 S 中小商工業者の救済補導及びその組織の革正を指導す、
 6 病人に対する応急扶助を講ず、
    護国講の結成
一、英霊に感謝し其の偉勲を永久に伝へ敬神崇祖の美風を養ひ併
 せて国民椅神を作興する為各分会毎に適当の党員指導の下に護
 国講を結成すぺし、
 二、護国講は党員は勿論其他分会内一般の男女を以て構成す、
 三、護国講の行ふぺき行事概ね次の如し、
 1 日を定め護国神社招魂忠魂碑(又は氏神)に参拝す、
 2 日を定め戦死者の霊に墓参す、
 3 戦死者の遺族出征家族を物心両方面より援助す、

  四、護国講の組織は其の地方の風習に依り適宜決定す、
  五、神拝の祝詞次の如し、
    『英霊に報謝しっ〜業にいそしみ万事を 天皇に帰一し国家
   の興隆に一身を捧げ奉る』
 三、政 策
  第一、昭和十四年十一月、同党の発表した「政策に関する指示」
 を見れば、次の如くである。
 一、基本国策
   ュ 目標、速かに飛躍的大日本国家体制の確立を期し、之を基
    準として、清洲支那及び亜細亜諸邦を包含する大亜細亜の生
    命的統合体制の建設を目標とす。
   2 国防、本体制内に於ける国防は、優に是等諾邦を外敵より
   防護し直ちに全亜細亜の解放、白人帝国主義の掃滅を為すに
    必要且充分なる軍備の充実を期す、
   3 経済、本体制内に於ける軍備の充実、故に諸邦の民族生活
    の安定向上に必要且充分なる自給自足体制の建設を目指す。
   4 政治、我国を中枢指導国家とし、本体制内に於ける諸民族
    諸国家を単位とする統合国家体制の樹立を期す。
   S 外政、本統合体制樹立の障害たる英国勢力の一掃を主眼と
   し、併せて英国を中心とする欧米諸国の為に圧迫せられつ1
    ある諸民族、諸国家の解放を図る。
  6 思想、皇道を淵源中核とする亜細亜文化の拡大的再生発展
    を図り、之を以て本統合体制の思想的棉神的中枢と為す。
  ニ、政策大綱

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  右の基本国策に基き、当面の我が内外国策の大網を次の如く定
 む。
  T 対外政策
    之を分つて、1対支(東亜を含む)政策部面と、2対欧政
   策部面との二つとす。
   1 対支政策部面
    対支建設部面に対する政策は、主として支那事変即時解決
   を目標とする新支那建設に関するものとす、之が為に実施す
   ぺき方策次の如し。
   (一) 新支那中央政権の樹立を指導育成す。而して新政権の
    建設指導精神は(イ)我が国と一体不可分に統合し、(ロ)
   偏狭なる民族利己主義を清算して将来建設さるぺき東亜統
    合体制の中堅国家たるぺき興亜精神を振起確立し、この為
    に三民主義を揚奏し、従つて之に立脚せる国民党政権より
    独立し、(ハ)支那及び亜細亜の仇敵たる英国の思想及び
    勢力を扶除し、(ニ)支那社会を思想的乃至社会的に解体
    混乱せんとする共産主義の侵迫を徹底的に排撃す。
     この指導精神に基き新中央政権の執るべき緊急政策は次
    の如き基準に依る。(ホ)我が国及び満洲国に思想的経済的
    政治的各部面に於て、我国の指導の下に一体不可分の統合
    体制の確立を行ふ。(へ)容共親英抗日の迷妄に陥れる蒋
    介石の国民党政権より独立脱離す。で・)英国の支那制圧
    及び抗日の拠点たる各外国租界の返還回収を強行し、又其
     の文部侵略の現実的証左なる全支那に亙る英国の経済的政

  治的利権、即ち鉄道利権、海関棒、鉱山棒、内海航行樺、
  租借地等の回収を断行す。之に対しては日本の新政権即時
  承認、徒つて、日本の率先して租界返還を行ふぺきを期待
  す。(チ)西北地区に於ける中国共産党を駆逐し、防共地
  帯の設置を行ふ。
 (二) 新支那中央政権を即時承認す。
   我が国の期待する如き指導構碑及び緊急政策を確立する
  新中央政権樹立せば、我が国及び満洲国は直に之を承認す。
 (三) 諸外国をして新中央政権を承認せしむ。承認せざるも
  のに対しては通商を行はしめず。
 (四) 租界其の他日満支統合体制の建設を阻害すぺきものは
  率先して之を新中央政権に返還す。
 (五) 経済的政治的思想的に我が国は極力新政権に対し、戦
  後の復旧及び再建を助力指導す。
 (六) 軍事的には、我が国は渚介石政権を撃滅し、日満支一
  体の国防の確立を図り、之に必要なる地域には、日本軍の
  永久駐兵権を確保す。治安の維持、匪賊の掃蕩は、主とし
  て新支那中央政権の有すぺき国防軍及び警察力をして之に
  当らしめ、我が国は之を援助指導するに留む。
                                〔マレー〕
 (七) 印度支部、蘭領印度、タイ国、ビルマ、馬来聯邦等に
  対しては、速かに日満支を枢軸とする統合体制に編入せし
   む。
 (八) 印度に対しては、その独立運動を助長支援す。
  2 対欧米政策部面

   支部事変解決及び東亜統合体制の建設を目標として決定す。
  二) 対英国政策は徽底的に強硬たるを要し、英国の勢力を
   支那はもとより東亜全地域より駆逐す。
  (二) 対独伊政策は、それが英国を共同の敵とする世界新秩
   序建設を企図する国家群なるを以て、旧来の行き掛りに囚
   はれず、極力日独伊枢軸を強化す。
  (三) 対蘇聯政策は、之を英国攻撃に向はしむべく誘導し、
   雄大なる国交調整を敢行し、一は以て我が国の南方経給の
   為に必要なる軍力経済力を充実し、一は以て不愉快なる日
   蘇の諾懸案を抜本塞源的に解決す。
  (四) 対米政策は、九ケ国条約を廃棄し、米国をして東亜及
   び支那に成長しっ1ある新事実を承認せしめ、若し之を承
   認せざる時は断乎として之を排撃す。
 U 国内政策
   国内政策は専ら我が基本国策の遂行を可能ならしめる国家
  総力戦的国防体制の樹立を目標とす。
   国内政策の部面を分つて、1重要戦時政策部面と、2国家
  体制の改革の部面と、3国民組織の再編成の部面とす。
  1 重要戦時政策部面
   重要戦時政策は、軍需資材の確保増強、戦時経済生産力の
  拡大及び国民生活の安定充実を図るものとす。
  (一) 軍需大工業の国営
    経済的軍隊にも此すぺき軍需大工業は完全に国家の統制
   経営に移すを要す。即ちそれは尤大なる資金設備を必要と

  し、且徹底的磯密に属するもの多きが故に、之を自由放逐
  にして営利的民間企業に委す事は不当且危険なり。且軍需
  工業の利潤を独占する戦時成金の続出は、戦場の将兵の労
  苦犠牲を一部財閥が搾取するが如き事実を生み、国民の社
  会的思想的反感を激成し、最も必要なる戦時下国民思想の
  統一を挽乱する惧れ多きを以てなり。
 (二) 重要資漁等の国営
   国防カを増強し、生産力を拡充すぺき重要資源として最
  も重大なるは電力なり。之を国営に移す事に依りて莫大な
  る電力を豊富且低廉に国防産業及び国民の生活向上充実に
  振り向ける事を得ぺし。現在既に発送電事業は国家管理体
  制にあり、更に国家の統制を強化し、之を国営に移すを要
  す。又配電事業は未だ民間の手に放置せられあるを以て、
  之又急速に国家管理或は進んで国営に移すを要す。
   其の他鉱山資源の開発、森林事業の如き逐次国営に移す
   を必要とす。
 (三) 金融の国営
   現在の経済機構に在つてはその血管にも此すぺき金融事
  業が依然として国家の統制を逸脱し、自由主義的運用に放
  任せられ、金融財閥は一切の経済的支配を行へる経済幕府
  の観あり、此処に之を国家の手に収め、自由主義的金融を
  廃止して、国策的金融に転換是正するを要す。其の第一着
  手として生命保険及び徴兵保険(その契約高二百億)を恰
  も簡易保険の如く国営とし、之を以て国民生活安定の為に

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 必要なる事業即ち肥料の国営に依る農村の再建、医療の国
 営に依る国民保健の増進其の他農業保険、社会保険等の資
 金に充当するを要す。何故なれば、之等の契約金は皆国民
 の血肉の所産たる零細なる資金を集めて成れるものにして、
 当然之等は国民の生活安定向上に振り向けらるぺきものと
 す。然るに之等が保険業者の営利的操作に委せあるは極め
 て不当なりとす。保険の国営より運んで銀行信託事業の如
 き金融一般も国営に移すを要し、之に依りて金融国営の体
 制を確立するを要す。
(四) 戦時農村対策
  戦時農村対策の眼目は戦時食料の確保と国防に要する人
 的資源の培養を主とす。之が為に採るぺき政策次の如し。
  (イ)耕地の計画的運営を行ひ、之が為に土地制度の改
 革をなし、家産法的農地法の設定(即ち一農家当り耕作地
 の世襲制及びその土地の売買禁止)及び耕作権の保護を行
 ふ。(ロ)農業経営の計画化、綜合化を行ふ。(ハ)農村の
 機械化を促進し、以て労力の不足を補ひ、又生産品の増大
 を図る。機械化の為に必要なる磯城及び動力等の配給は国
 家或は公共団体之に当る。ハlこ食料及び生活必需品故に
 農家に必要なる農業資材即ち肥料等の計画的配給を行ふ。
  ハホ)農業保険及び農村金融の施設を強化拡大す。(へ)
 適正農産物価希を公定し、工業生産品との鋏状価希差を是
 正す。ハト)農村保健の増進を図る為に医療の公営或は国
 営を行ふ。ハチ)農業移民の」国営を行ひ、内地人に食料問
  魔の逼迫を緩和し、併せて外地挽に満蒙支の農村建設に資
   す。
 (五) 戦時労働対策
   戦時の巨大なる消費と新秩序の建設資材を生産するには、
  全国カの動員を必要とするは勿論なるも、就中共の基礎た
  る労働力の動員に依り、其の最大の能力を発揮せしむるを
  必要とす。然るに自由主義経済櫻構に於ける労資の関係は、
  利潤追求者としこの資本家と、費銀追求者としての労働者
  との対立関係に在るを以て、労資間の人格的結合を欠如し、
  労働条件は労資の力関係に依つて決定せられ、生産は金儲
  け本位に歪曲せられ、労資間の紛争は絶ゆる事なく、かく
  して戦時下に於ける労働力の最大能率を発揮する事は不可
  能に属す。
   依つて戦時下に於ける労働政策の方向は次の如くなるを
  必要とす。ハイ)労資利害関係の対立する基礎的条件を克
  服し、経営者と労働者が其の職能的任務を遂行する為に一
  体となれる経営統合体の確立を図る。(ロ)戦時下に於け
  る労働生産力を高め、労働力の健全なる維持を図る為に、
  国家は労働条件の規制を次の如く定む。即ち、L能率的時
  間制、及び交代制、休憩制、休日制、乙最低、最高、及び
  標準賃銀制、よ作業環境の改善、保健、安全施設の徹底、
  人生活物資配給機関の整備、住宅及び交通条件の整調。
   (ハ)戦時下不足の甚しき労働力の需給を調整する為に、
   国家は労働力の計画的動員及び労働力の培養を行ふ。
 へ六) 中小商工仙菜対篭潤州題瀾礪欄瀾憎畑礪瀾‥州J.grミ
  戦時下に於て所謂中小商工業は、犠牲産業として、窮迫
 の状態に放任せられあるの観あり。勿論其の内には我が国
 の産業編成が軽工業中心主義より急激に重工業本位に転移
 する過程、及び配給機関が整理統合せられ、小売業者の過
 剰が整理せらるゝ過程に於ける必然的現象にして、従つて
 中小工業者対策も単なる救済に非ずして、産業再編成の観
 点より考慮せらるぺきもの多し。
  然れども中小商工業者の窮乏は現実の深刻なる問題にし
 て、従つて此の対策は、産業再編成の急速なる実現と、之
 に到る迄の最短期間に於ける国家的生活保障の両面より確
 立するを要す。故に、既に政府に依つて行はれつ〜ある職
 業紹介機関の国営、転業斡旋の如き応急対策を愈々励行す
 ると共に、次の如き方策を至急行ふを要す。
  (イ)国家は産業再編成の具体案を至急決定し、現在の
 過剰中小商工業者を之に編入すぺきものとす。勿論中小商
 工業として本来的に必要なる人には、将来と雄も維持する
 を要す。之に属するものは、本来大規模工場生産に通せず、
 或は小規模経営が最も適当なる半芸術的中小工業及び商人
 の創意を必要とする商業及び交通運輸の未発達地帯の商業
 の如きものとす。其の他の中小工業は大工場の単位となし、
 又中小商業は各種の配給機関に編入せしむ。(ロ)将来編
 入すぺき産業に従事し得る如く、職業の再教育を大規模に
 実漉す。(ハ)満洲支那等の建設に当らしむる為に、商工
  移民政策を確立す。ハエ)工業組合、商業組合を合理的に
  経営せしむ。之と共に商業部面に於ては、問屋制度を廃止
  し、系統的市場制を確立す。組合に対して国家は一方資金、
  設備、技術の宣伝等に便宜を図ると共に、他方中小工業の
  乱立を制限し、その分布を整調し、又小売商の許可制度を
  確立して、同業者の乱立と競争との調整に当る。(ホ)中
  小商工業者の生活再建に至るぺき最短期間の生活維持及び
  新生活再建に当つての資金を国家は最低金利及び長期曾付
   の方法を以て融通するを要す。
  2 国家体制改革の部面
  重要戦時政策を遂行し、東亜統合体制の確立を目標とする
 雄大なる国策を遂行するが為には、旧来の自由主義的政治体
 制を一掃し行政、立法等の諸制度より進んで官吏制度、教育
 制度、保健制度の改革を必要とす。
 (一) 議会制度を改革して真の公論の府たらしむ。之が為に
  既成政党の勢力を一掃し、一国一党的巽賛政党を以て議会
  を構成す。此の為に選拳法の改正を行ひ、選挙国営制を採
  用し、第一院(衆譲院)は大選挙区制に依る地域別代表を
  以て構成す。第二院(貴族院)は現行有爵議員を主とせず、
  之を各方面の専門家有識者及び文化的職能代表を主として
  構成すべきものとす。
 (二) 内閣の強化を行ふために、国務大臣と事務長官とを明
  確に区別せる内閣制度を樹立し、現在の省の廃合を行ひ、
  少数国務大臣制を確立す。

29

 (三) 官更制度の改革を行ふ。之が為には官吏任用の限界を
 拡大し、広く民間在野の人材を各部面に亘つて登用す。又
  不当なる官更身分保障金を廃止し、高等文官任用制度を改
 革して、単に法律的知識の有無を以て任用の標準とする弊
  風を打破す。
 (四) 地方自治制度の改革を行ふ。現在の地方自治制度は著
  しく法治主義の為に禍されて、地方自治体ハ市町村制度)
  は納税、徴兵、義務教育の割一的分割的法治主義の行政本
  位に組立てられ、其の為に、地方自治体は其の有機的生命
  体たるの笑を破壊せられたり。依つて経済上、市町村治上、
  教育上、社会上等各生活部面に於ける有機的統合体たる市
  町村の本質に基き地方自治体を再組織するを要す。之が為
  には、(イ)市町村区劃を単なる狭義行政上の必要より決
  定したる従来の制度を改革して、市町村なる生命的有横的
  統合体の発展に適当する如く改編す。(ロ)市町村に於け
  る経済的、社会的、思想的藷活動を分離対立せしめざる為
  に該自治体の中枢指導組織を確立し、それをして凡ゆる活
  動を統合せしむ。例へば市町村に夫々市町村指導組織を確
  立し、市町村の産業、教育、行政等の活動を指導統制せし
  むると共に、組織上に於ても、各機関の単一化とその統合
  化を図る。村に於ける農会、産業組合、農事実行組合、村
  役場の産業事務等を単一機関にまとめ、之を指導組織の産
  業部の指導下に置くが如し。此の自治体に於ける指導統合
   組綴こそ、我が党の云ふ党組織の樹立なり。

 (五) 教育制度の改革
  現在の大学専門学校教育を一貫する弊害は、其の教育内
  容及び制度に於て、全く個人自由主義に堕したる状態なり。
  (イ)国家は、育英制度を確立し、櫻会均等の実を行ふ。
  (ロ)教育内容には日本精神の本義と大陸経給の思想的実
  務的知識技能を能ふるを本旨とす0ハハ)、教育制度に於て
  は各種の官公私立専門学校を整備し、之に依つて国家の必
  変とする専門的人材を多量に造出し、又国立大学を整備統
  合して、最優秀の人材を養成し、(1ニ又国立の最高級の
 一大研究機関を設置して、各方面の青年学者を網羅し、学
  術文化を世界最優秀のものたらしむ。
 (六) 保健制度の整備
   我が国の当面せる大事業を遂行するためには国民保健の
  制度を整備して、民族生命力の培養増強を必要とす。之が
  為に消極的には医療を国営とし、諸種の国民的疾病を根絶
  し、積極的には国民営養の向上を図り、又体育を盛にして、
  国民体位の向上を行ふを要す。
  3 国民組織再編成の部面
   真に国策の遂行に自治積極的に対応し得る如く国民組織
  の再編成を行ふ。現在の国民組織は、其の産業組織に於て
  も又地域的組織に於ても、自由主義的体制に放任せられ、
  戦時国策遂行に適応する事を得ず。此処に於て国家制度の
  改革と共に、統合帰一主義に基く国民組織の再編成を必要
    とす。

 へこ 也呵村組織
   奥村組織を分つて、農村自治組織と農村産業組織の二と
  す。前者に就ては「国家制度改革の部面」の(四)項に於
  て市町に於けるものを含めて、述ぺたる所なり。依つて此
  処には農村産業組織についてのみ示すこと〜す。
   農村産業組織は、単一協同組合組織を主体とす。
   (イ) 協同組合は、現在の産業組合を改組強化し、之を
 枢軸として、農会、農事実行組合等の産業団体を之に編入
  す。(ロ) 協同組合は、部落基本単位とし、郷郡県に応じ
  てそれぐ組織を設く。(ハ) 組合員たるの資格は財産的
  地位に依らずして、専ら信用に置く。(ニ) 組合の事業は
 生産企劃配給の三部門とし生産部門に於ては、各職業別に
  生産を統制し其の増大を行はしめ、企画部門に於ては、労
  力の調節、信用の計画を行はしめ、配給部門に於ては、組
  合内外の物資の融通を担当して配給業務を統制す。
 (二) 工場組織
  工場組織を分つて工場統治組織と工場経営組織の二つとす。
 (イ) 工場統治組織
  1 任務 労資一体の工場運営の為には、経営者技術者労
  働者が家族の如く一体となり、産業報国の精神を深め、
                         〔ママ〕
   三者の人格的融合を図りし職務分換に応ずる合理的生活
   を確立し、精神肉体両方面に於て産業報国を充分果し得
   る力を養ひ、又利潤の合理的使用法を定め、工場の設備
  拡張等を行ふものとす。之等を鴇当すべき組織即ち工場
    統治組織とす。之吾れが党組織なり。
   2 構成 現在の産業報国会は全産業を戦時下国家の要求
    する処に順応する方針を以て組織せられたるも、それが
    官僚的一方よりの指導に基いて結成せられたる為形式の
    みあつて其の実少く、作業者大多数の自発的報国の意思
    を組織し得ざる憾多し。依つて本組織に就ては経営者托
   術者労働者が何れも国家産業に於て、それぐ・一任務分担
    を異にするも其の問階級的区別の意識完全になく、真に
    報国の実を拳ぐる為に強力一体となり、魂ある産業報国
   運動を行ふを得べし。換言すれば、之工場内に党の組織
    を確立するに外ならず。現在の産業報国会の企図する所
    も之によつて初めて、全従業員の報国の意思を工場に具
    現するを得ぺし。この統治組織は故に経営者全従業員の
    内より、思想的実践的に優秀なる人々を以て構成し、工
    場の方針の確立及び工場内の調和向上等を指導するもの
    とす。
  (ロ) 工場経営組織
   之は工場生産の能率化及びその増大の為に、労働条件の
   規制に当り、能率の増進の為に労働時間、交代、休日制の
   決定、賃銀の合理的決定、保健安全設備の決定、物資配給
   住宅医療等に当るものとす。此の構成は能率増進、生産増
  大を図る委員会の如きものとし、統治組織の指導下に立つ。
  (三) 中小商工業者組織
    この層に含まるゝ生活部面は都市に於ける中小商工業者