文化政策の新しさ
新体制も次第に具体化してゆく。永い間理論に過ぎなかつたものが愈々現実となることになつたのである。
ここに私は理論といふものの大きな意義を考へる。国民再組織とか新国民組織とかといふ名で理論として論じられてきた事は決して無駄ではなかつたのである。もちろん、実際に出来あがる新体制は従来理論として主張されてゐたものと完全には一致しないであらう。またそれが理論として唱へられてゐた間は観念的であるとして非難されるやうな性質のものであつたのも已むを得ない。しかしそのためにそれが無用でなかつたことは今にして明かである。
新国民組織と共に要求されるのは新しい政治である。新しい政治は種々の方面から考へられるであらう。しかし政治の新しさにとつて今日最も考慮すべきものは文化政策である。外国の新しい政治をみても文化政策には大いに力をいれてゐるのであるが、我が国においては今特にそれが肝要であると思ふ。
元来、日本の政治は久しく文化政策に対する理解を欠きこれを無視乃至軽視してきたのである。文化政策といふと単なる取締に堕したり一面的に思想対策に偏したりする傾向があつた。故にもし今日の新健制が文化政策に対して真に積極的であるならは政治に全く新しいものを加へ、政治を魅力あるものにすることができる。文化政策にとつて基本的な条件は、文化といふものの豊富さを理解することである。この理解があつて初めて真の文化政策が行はれ政治に明朗性と滋味とを与へることになる。文化政策の貧困は最も根本的には文化の豊富さについての無理解から来るのである。
日本の新体制に対しては満洲国の協和会なども大きな関心を示してゐるが、その満洲国では最近次第に文化政策の重要性が理解されてきたやうだ。ことに私が深く興味を覚えたのは満洲国でも地方にゐて満系に接触することの最も多い人々が文化政策の必要を最も痛切に感じてゐるといふことである。この人々は例へば満系のための読物がないことをうつたへてゐる。実際、新京あたりの満人街などでも路傍で講談式のものを育つてゐる所に洋車曳きがうづくまつて読み耽つてゐるのを見ると、その意見の適切であることがわかる。面白い読み物を通して日本の文化に接解させることは、抽象的な満洲建国精神論をきかせることよりも遥かに有益であらう。それは満系の国民学校教師の日本視察旅行が大きな効果を収めてゐることからも察知され得るのである。
新体制の新しさを文化政策に求めることは努力に値することである。
(九月十一日)