新生活体制の基礎



 国民生活の新しい形式がいよいよ緊要な問題になつてきた。生活の刷新といふことはもちろん事変の始まると共に唱へられたのであるが、従来は何といつても真剣味が欠けてゐた。我が国の経済にまだ余裕があつたためであらう。
 しかしそれも米の問題が現はれた頃から次第に真剣味を加へて、精動においても国民生活の刷新について真面目に考へるやうになつた。殊に最近、国際情勢の変化は物動の新編成を必要とするに至り、民需の抑制はますます強化され、贅沢品の製造販費の如きは禁止を見ることになつた。今や物動と精動とが即応して進まねばならぬ事情が明かになつたのである。
 生活の刷新といつても単に外から強要されたものである場合、国民はただ消極的になるといふに止まるであらう。与へられた諸条件の変化に対して積極的に新しい生活を設計してゆくといふ新しい生活精神の現はれることが肝要である。従来いはゆる生活の刷新は、ともすれば国民を萎縮させる傾向があつた。生活の不自由を生活の合理化によつて打開すべきことも説かれたが、単なる合理化は消極化となりがちである。国民生活の中に創造的精神が現はれ、新しい生活様式が設計されねばならぬ。いはゆる新文化の創造は単に新しい芸術や哲学などの創造をのみいふのではなく、何よりも国民生活の新しい形式の創造を意味すべきである。
 しかるに国民の新しい生活設計がなされ得るために先づ必要なことは、国家の経済が計画的になるといふことである。国民に向つて生活の刷新を説く者はつねにこの点を忘れてはならないであらう。
 次に大切なのは組織である。新生活体制の組織なしには国民生活の刷新は十分な効果を挙げ得ないのである。この新生活体制は国民を単に形式的に束縛し、かくて国民を萎縮させるやうなものであつてはならず、新しい生活精神によつて生かされたものでなければならぬ。それにはこの新生活体制が下からの創意的な政治的協力の方式としての国民再編成との聯関において考へられることが必要であらう。しかも国民再編成はまた経済再編成と不可分のものでなければならぬ。新しい生活精神は新しい国民組織の中からのみ生れ得るのである。
 伝へられるところの隣組制度の法制化にあたつては右の点が考慮さるべきであると思ふ。

 (七月三日)