帰還将兵の動向
最近軍部では利潤統制に関する見解を発表して注目を惹いたが、今度支那派遣軍総司令部で天長の佳節を期し「派遣軍将兵に告ぐ」と題するパンフレットが全軍に配布されたといふことはまた重要である。それは事変の意義を明快に述べ、派遣軍将兵が同時に東亜新秩序の建設戦士たるべきことを示した劃期的な文章である。
特に注目を要するのは、その中の「交代帰還将兵に告ぐ」といふ一項であらう。即ちそこには「若しこの英霊を冒涜するやうな国内の醜状、国民の無自覚あらば敢然として起ち皇運を扶翼し奉り聖戦の目的貫徹に向つて国内を導くの覚悟を必要とするは言を俟たない所である」といはれてゐるのである。
戦後国内の諸事情の発展にとつて帰還将兵の動向が大きな関係をもつてゐるといふことは、夙に事変の当初から一部の者が指摘してきたことであつた。ところで今、国内には「醜状」とおぼしきもの「無自覚」と感じられるものがないであらうか。とりわけ帰還将兵の眼をもつて見れば、慨嘆すべきもの、憤慨に値ひするものがないとはいはれないであらう。戦火の中で鍛へられ、大陸の経験で養はれた精神によつて改革の期待せらるべきものは多いであらう。
ただしかしこの際希望したいのは、眼に触れる現象に囚はれないで、その根本の原因であるところの実体を深く掴むといふことである。如何なる場合にも帰還者といふものには表面の現象が強く印象されるといふのが自然の傾向であるからである。しかるに単に現象にのみ目を着けてゐては、改革といつても、無益な瑣末主義に陥り、重点を逸することになるのは、従来いはゆる革新において国民の余りに屡々経験してきたことである。
真の改革には現象の背後にある実体を掴むことが必要である。そのためには印象に囚はれ感情にはしることなく、忍耐をもつて冷静に現実を分析しなければならぬ。改革そのものが単に現象的であつてはならないからである。すべての改革にあたり、とかく偏狭で性急になり易いいはゆる島国根性を棄てて、大局的に持続的にやつてゆくといふことは、深く大陸を経験した者の何よりも考ふべきことであらう。「大陸の経験」でさへもが「島国的に」発現する虞れがあるのである。
帰還兵の動向は今後の日本にとつて極めて重大な関係にある。それは国内情勢が複雑になつてゆくに従つて愈々重要性を加へるであらう。諸氏の大陸の経験が正しく生かされることこそ最も大切なことである。
(五月一日)