「良薬忠言」

 新内閣の為すべきことは客観的に決められてゐる。だから誰が内閣を作つても同じ問題の解決に当らねばならぬわけで、ただその解決の能力があるかないかが重要な点である。
 それでも新内閣に対して何か希望するとすれば、私は汪派の第一の理論家、周仏海氏の文章を想ひ起すのである。それは本年一月一日の上海の或る新聞に載つたものであるが、他の人々の新年に寄せる言葉がおほむね形式的で空虚である中に、周仏海氏の文章は内容があつて光つてゐた。氏は「良薬は口に苦けれど病に利あり、忠言は耳に逆ヘど行に利あり」といふ支那の古い諺によつて「良薬忠言」と題して、友好的精神から日本に対し批評を加へ、その改正を求めてゐる。
 和平を愛する多くの中国人は今も日本の誠意を疑つてゐるが、その原因は日本に誠意がないといふことでなく、却つて全く日本の機構上、組織上、意見の統一上及び命令の執行上に欠陥があるといふことであると周仏海氏は述べ、三つの点を指摘してゐる。
 一、左右が一致せず。これは組繊及び機構における横の関係をいふので、組織が煩雑で機関が重複してゐるといふことになる。甲の機関と乙の機関との意見が違ひ、いづれに従ふべきかを知らず、これがため日本全体の誠意が疑はれるやうになる。
 二、上下が貫徹せず。これは同一機構内における縦の関係を指すので、上級機関の命令が下級機関に達すると決してそのまま実行されず、甚だしいのになると全く実行されないために、上級機関の誠意が打消されてしまふのである。
 三、前後が連接せず。これは時間的関係をいふので、後任者は自分の功績を顕はさうとして常に前任者の施設を全部ひつくりかへしてしまふ。そこで事務上に連繋がなく、誤解が発生することになるのである。
 周仏海氏の右の忠言は、遺憾ながら、適切なものと認めざるを得ないやうに思ふ。第一の点は特に思想の不統一に基いてをり、他の点は主として組織及び機構に関係してゐる。しかもかやうな欠陥は、単に対支工作においてのみでなく、国内行政においても見られるのである。それは統制のことなどで民間人が官僚と接解する場合いつも経験してゐることである。
 新内閣が考慮し糾正し改善すべきものがそこにある。新内閣にとつても当然第一の目標であるべき事変処理のためにも、また差し迫つて要求されてゐる内政上の諸問題の解決のためにも、その実行が必要である。


(一月十七日)