人心一新の要



 平沼首相は内閣総辞職を決行するに際していつてゐる。「此の非常時局を突破せんとするに当つては局面を持換し、人心を一新するを以て刻下の急務と信ずるものであります」と。
 まことに人心を一新することは刻下の急務である。そのことは単に人が変つたといふだけでは出来ない。新しい政治が必要なのである。我々が新内閣に期待するものは人心を一新し得る新しい政治である。
 この新しい政治は先づ支那事変の処理、日本の世界政策、国内改革等に関して政府の方針を明瞭にして国民に知らせることにある。平沼内閣は「対欧策」の破綻の責を負うて辞職することになつたのであるが、そのいはゆる「対欧策」の内容が如何なるものであるかは一般国民には明瞭に知らされなかつたのである。国民もおほかた知つてゐるだらうとして曖昧にしておくといつた態度が善くないのである。すべてかやうな曖昧な遣り方がこれまで政治を頗る不明朗にしてゐた。人心を一新するためには明朗な政治が必要であり、それにはすべての問題について政府の行はうとするところをはつきりと国民に知らせなければならぬ。
 対欧策の修正も問題であらうが最も根本的なことは支那事変の処理である。この方策が明確に決定しさへすれはおのづから他の外交政策も決定する筈である。支那事変はどうするのだ、これが国民の最も知りたがつてゐることである。戦争即ち長期建設であるといふのは全く正しいが、しかし「長期建設」の名によつて事変処理の具体的な方策を曖昧にしておくといふやうなことがあつてはならない。
 人心を一新するには何といつても国内改革の断行が必要である。これを行はなければ、支那事変の処理もできないし、自主的外交も不可能である。先づ手近なところで革新の実を示すといふことが人心を一新して東亜の新秩序建設に対して国民を邁進せしめる所以である。
 独ソ不可侵条約の与へた最大の教訓は、困難な問題を避けて一寸延ばしに延はしてゐても結局無駄であるのを知らせたことである。それは自主的である必要を教へたといはれるが、困難な問題を回避してゆくやうではもちろん自主的であることはできないであらう。時局の重大性は益々加はつてきた。自ら進んで困難な問題に正面からぶつつかつてゆく勇気のある政治家が出て来なけれは、政治に対する国民の信頼は獲得されないであらう。


(八月三十日)