職業観念の変革



 先日、地方長官会議の席上、二三の知事から、殷賑産業の影響で下級官吏に転業者が続出してゐることが指摘され、速かにその対策を樹立すべきことが要望された。また同会議における訓示の中で荒木文相は、この頃喧しい小学校教員の不足の問題に論及した。これも軍需景気の影響に依るものである。
 実際、右のやうな事実、そしてそれに伴ふ官吏や教員の質の低下は、国家にとつて重大な問題である。その対策として一般に考へられるのは待遇改善であり、それは先づ是非実行されねばならぬことである。
 けれども他方、右のやうな事実が主として殷賑産業の影響に依るものであるとすれば、かくの如き影響を及ぼしつつある殷賑産業そのものにも根本的な検討を加へ、その悪影響を除くことに努めなければならぬ。その影響は経済的なものであると共に道徳的なものである。これを現在のままに放置しておいては、下級の官吏や教員の待遇改善も、その効果を挙げ得ないであらう。
 下級官吏や小学校教員の待遇は以前からあまり善くはなかつた。それにも拘らず成り手があつたといふには、一つの理由として、そのやうな職業に結びついた身分的観念が考へられるであらう。それらの職業は単に経済的観念からでなく身分的観念から、即ち官吏や教員は他の職業の者よりも身分的に尊敬されるものであるといふ観念から、選択されたのである。
 しかるに最近の社会的経済的情勢はかやうな職業観念を変革しつつある。職業の身分的観念が毀れて経済的乃至功利的観念が次第に支配的になりつつある。かやうな変化はこの頃の学校卒業生の就職傾向のうちにも見られるであらう。職業の身分的観念は封建的なものである。支那事変の影響の最大のものの一つとして私は封建的なものの清算といふことを挙げたいのであるが、これもその一つの場合である。
 封建的な職業観念の破壊されることはそれ自身としては善いことである。しかしそれがただ功利的な職業観念に代るのは困つたことであつて、この観念を更に変革して新しい職業観念、職業の社会的機能的観念と人格的使命的観念との統一が確立されねばならぬ。この変革はもとより現在の経済機構の改革と結び付いて可能である。


 (五月十日)