戦争の清掃作用


 戦争は清掃作用を行ふ。今度の事変も種々の方面において種々の意味における清掃作用を行つてゐるが、その最も重要なものは封建的なものの清掃であらう。
 事変の及ぼす清掃作用は我が国において封建的なものがなほ最も多く残存してゐた方面において最も著しい。我々はそれを特に農村において、また婦人の生活において見ることができる。多数の農民が今や産業、ことに軍需関係の産業に吸収されつつある。事変以来婦人の職業戦線は拡大され、銃後活動を通じて婦人の社会的地位は発展しつつある。かやうな変化はそれらの人々の生活に残存してゐた封建的なものを清掃することになり、その結果は彼等のイデオロギーにも変化を生ずることになる。すでに、多数の農村の子弟が大陸へ行つて近代的戦争を経験しつつあるといふ大きな事実は、彼等の考へ方を封建的局限性から解放することに役立つであらう。
 封建的なものの清掃は今度の事変がもたらす結果のうち重要なものであり、我々はそこにこの事変の有する進歩的意義の一つを認めることができる。明治以来近代化したといはれる日本のうちにはなほ想像以上に多くの封建的なものが残存してゐたのであるが、それが今度の事変を通じて清掃され、我が国が真に近代化されるに至るといふことは、この事変の最も大きな意義に属すると考へねばならぬであらう。
 現在、事実として国民の生活のすべての方面において封建的なものが急速に清掃されつつあるのであるが、他方においては、特にイデオロギーの領域においては、却つて封建的なものが復活させられつつあるといふことも事実である。しかしかやうな封建的イデオロギーの復活の努力は果して成功するであらうか。大衆の生活は現実に変化しつつあり、変化した生活は必然に彼等の思想に影響せざるを得ないとすれは、封建主義は究極においてもはや大衆の思想とはなり得ないやうに思はれる。
 しかし今日、封建的なものの清掃と同時に資本主義文化の種々の弊害が拡大しつつあるのを我々は見てゐる。農村や家庭において保存されてゐたゲマインシャフト(共同社会)的生活の美しいものが破壊されてしまふ危険は大きくなつてゐる。封建的なものを破ると共に資本主義文化の諸弊害を越えて新しい制度を創造的に建設してゆくといふ目標のもとに革新を行ふことが、今日我々の目撃しつつある社会生活の大きな変化に対して必要なことである。


 (三月二十二日)