東亜協同体の現実性


 ハンス・フライヤーといふドイツの社会学者は、ユートピアの歴史を論じた書物の中で、この世界と全く違つた世界は何処に存在するかといふことが、古来ユートピアを描いたすべての人々の前に横たはつてゐたと云つてゐる。彼等は彼等のユートピアを、空間的に遠い国に求めるか、時間的に遠い過去もしくは遠い未来に求めるかした。
 しかるに交通が発達して世界の隅々が結び付けられた今日では、ユートピアを空間的に遠い処に求めることは無意味になつた。奇妙な人間や風習はたくさん見出されるにしても、単純に羨望すべきもの、努力に値するものは何処にも存在しないのである。またユートピアを遠い未来におくことは、如何にしてそこに達するかといふ問題を除外して空想に耽ることであり、そしてそれは遠い過去に理想郷を描くのと同じことである。
 我々にとつて問題はつねに現在であり、現実である。また古来どのやうなユートピアも現実から作られてゐる。もしも牛が神々をもつてゐたら、牛は牛の姿にかたどつて神々を作つたであらうとクセノファネスは云つたが、すべてのユートピアはそれを考へる人間の現実に従つて作られるものである。
 我々の立つてゐる現実は、いはば多くの現実の交切点であり、ユートピアといふものも我々の現実に交切する一つの、それ自身の現実にほかならない。ユートピアは到る処において現在的であり、あらゆる隅において始まつてゐる、とフライヤーは云つてゐる。ユートピアの像に従つて現実を形成しようとする意志がユートピア的思考の全歴史のうちに活きてをり、その本来の動力をなしてきた。
 このごろ東亜協同体の思想に対する批評が現はれ、それが単なるユートピアに過ぎぬかの如く非難されてゐる。東亜協同体はもとより単純に現実をいふのではなからう。それは一種のユートピアであるとも云ひ得るが、しかしこのユートピアと雖も全く非現実的なものであるのではない。
 支那事変といふ一つの現実はいはは多くの現実の交切点であり、この事変を如何なる現実の方向に向つて形成してゆくかが根本的な問題である。仮にこの事変が主観的な意図においては帝国主義戦争として始まつたにしても、その現実の中から他の一つの現実の可能性が示されるに至つたのである。東亜協同体はユートピアであるにしても、現実のうちに交切する一つの現実の意味を有してゐる。現実を固定的に見て、これと東亜協同体の思想とを比較して、その非現実性を論ずる者は、歴史的現実といふものの意味を知らないものと云はねばならぬ。歴史的現実とは単に客観的なものでなく、そのうちには我々自身の現実形成の意志をも含む現実である。

 

 (二月二十二日)