科学思想の普及



 メートル法の普及実行はかねて懸案となつてゐたのであるが、戦時体制に対応して規格を早急に統一する必要から、今回国家総動員法の一部施行を機として陸海軍の要望に依り軍需品及び軍需施設に関し猶予期間を繰上げてメートル法が強制的に断行されることになつた。
 顧みれば、メートル法論議もすでに久しい。その実行に反対する意見は絶えなかつたのであるが、支那事変の勃発を機として、時代の思想の風潮に乗つて、それが俄然再び擡頭し、尺貫法に戻せとか、メートル法と尺貫法とを併用せよとかといふ議論が事新たに行はれるやうになり、或る地方においては折角これまで児童にメートル法を教へ込んできた小学校教員たちを混乱させつつあつたとのことである。
 しかし時代は動く。保守と反動とを踏みにじつて時代は動いてゆく。事変はメートル法の普及実行を急激に促進したのである。これは一つの例であり、同じやうな事実はあらゆる方面においていくらも観察することができるであらう。事実は思想に先んずる。思想が事実に遅れてはならない。
 航研機「世紀の翼」は世界記録を破つて堂々たる成功を収めた。これは我が全日本の感激である。科学日本の力について国民は新たな認識と自信とを得たであらう。これこそ国民精神総動員に実し得るまことに適切な快挙であつたといへるであらう。これは従来行はれてきた種々のイデオロギー的企てに数倍、否な数百倍、数千倍する効果をもつてゐる。一飛行機のうちに発揮されたのはまさに日本精神であり、誰がそれを日本精神でないと云ひ得るであらう。
 時代は動く。航研機の成功のうちに我々は新しい日本精神を、或ひは日本精神の新しい表現を見る。この日本精神の新しい形式は非常時にとつて無関係なのでなく、反対に、断じて必要なものであり、東洋平和の基礎ともなり得るものである。日本精神は「世紀の翼」に乗らなければならない。
 この際政府は国民精神総動員において科学思想の普及に努力しなければならぬと思ふ。物資の節約などといつても、科学思想の普及なくしてはその徹底的効果を期待し得ないのである。あの欧洲大戦のときドイツがあれほどまで戦ひ得たのは国民の間に科学思想が普及してゐた為めであることは、ここに更めて云ふまでもない。


(五月十七日)