米国への関心



 パネー号事件も円満に解決し、当時我が国民の送つた慰問金がアメリカ大使の発意によりて日米親善の史蹟保存等のために使はれることになつた。事変の中の微笑ましいエピソードである。パネー号事件の際における同情の発露は日米親善に対する我が国民の熱意を示すものである。また先般アメリカの或るエージェントを通じて日本の現代作家の作品が彼の地に紹介されるやうになつたことも悦ばしい。
 かやうな出来事は別にして、この頃我が国のインテリゲンチャの間においてアメリカに対する関心が本格的に高まつてくるのが認められるやうである。これは注目するに足る現象である。
 黒船の渡来このかた日本とアメリカとは密接な関係をつづけてきた。我が国民の実生活はヨーロッパのいづれの国からよりもアメリカから多く影響を受けてゐる。しかるに文化の方面ではこれまで日本のインテリゲンチャはアメリカをとかく軽んずる傾向があつた。このアメリカニズム嫌悪は我が国に残存してゐる封建的なものに基くことが多かつたであらう。
 世界の新しい文化を期待させるものとして一時ソヴェトとアメリカとを挙げることが常識になつた時においても、インテリゲンチャの関心はソヴェトに集中されて、アメリカはそれほど深く顧みられなかつた。今日、日本の世界史的使命について語られるやうになつたが、世界的大国民であらうと欲する者は世界から学ぶことを知らねばならぬ。
 我々がアメリカから学ぶべきものは多いであらう。そのプラグマチズムの哲学は廿世紀の思想として大きな意義をもつてゐる。アメリカニズムを軽薄だといふ者は、ピューリタニズムの流をひく理想主義がアメリカに存在することを忘れてゐる。とりわけ最近ヨーロッパから追放された世界的学者の多くがアメリカに集つてゐるが、彼等がこの新しい環境において何を作り出すかを我々は注目せねばならぬであらう。
 日本のインテリゲンチャのアメリカに対する関心が増してきたことは我々の文化の新世代を語るものである。それは映画や野球に表徴される文化が今や全く日本人の身についてきたことを意味してゐるが、それと同時にアメリカに対する関心が精神的に本格化してきたところに重要な意義がある。
 論壇の巨人田中王堂氏が逝いてから六星霜、この五月九日は七回忌に当つてゐる。氏はアメリカ思想の最も好い理解者であつた。最近文化人のアメリカに対する関心が次第に高まるにつれて氏の業績の新しさが思はれるのである。


(五月三日)