政治と道徳



 ナチスのヴィーン進軍の報を聞いたとき、私の記憶には、十年あまり前ミュンヘンからヴィーンを訪ねた時のこの都の光景が浮んできた。その後オーストリアにはいろいろな政治的変化があつた。しかし私のいつも想ひ起したのは、あの、まののびたドイツ語を話し、たるんだ表情をした、すべてに悠長なものごしのヴィーンの街の人間である。
 ドイツからこの都会に入つた者は、特に著しく、ここにはあらゆる精神的緊張が欠けてゐることを感ぜねばならなかつたであらう。精神のこの弛緩は無道徳を示してゐた。それは不道徳と同じでなく、頽廃と同じでない頽廃である。かやうな無道徳なヴィーンを見たとき、その頃すでに存在した独墺合邦の政治的思想はともかく、オーストリアが到底このまま独立してゆくことは不可能であると感ぜねばならなかつた。
 外国からの旅行者にとつて住み心地の好いのは、ヨーロッパではパリとヴィーンであるといふことは、殆ど定評になつてゐるやうだ。もし東洋でそのやうな土地を挙げるとすれば、私はまづ北京を考へることができようと思ふ。もちろん住み心地の好いといふ意味は、これら三都会においてそれぞれ異つてゐる。ヴィーンの住み心地の好さは何人からもその緊張を取り去る無道徳に依るといへたであらう。
 オーストリアにおける政治的変化がヴィーンの人間にどのやうな道徳を新たに与へたか、私は知らない。ナチスはもちろんあの無道徳を共産主義の影響に帰してゐるのであるが、しかしそれは単に政治的原因からのみ考へられることではない。むしろ逆に、風俗が、道徳が、政治を決定する方面がある。我々は今ナチスのヴィーン進軍を耳にして、そのことの当否はどうであるにせよ、国民の人間的道徳の状態が一国の運命に重大な関係を有することを考へざるを得ない。
 ナチス政権下においてあの道徳的頽廃は克服されるであらうか。いづれにしても政治が人間的道徳を再建し得るためには政治そのものが道徳的でなければならぬ。現代の政治的行動主義の道徳性について深く考へてみるべき場合である。
 東洋においては古来、政治が道徳の名において行はれるといふ伝統がある。これは美しい伝統であるが、それだけにまた、道徳が失はれるとき政治も同時に失はれることになる。現在、我が国の政治の道徳は如何なるものであらうか。国民の道徳的現実は如何なる状態にあるであらうか。国民のモラルの現実に的確な理解をもつて結び附いた政治の必変が考へられるのである。

 (三月十五日)