試験の矛盾



 安井文相は中等学校の入学試験地獄緩和策として、筆記試験はなるべく一科目に限つて行ふといふ断案を下し、各地方長官宛にその通牒が発せられた。東京府の如きでは、来年度の入学試験は算術と読方との二科目とすでに決定してあつたので、この通牒を如何に取扱ふかについて更めて協議してゐるとのことである。
 入学試験一科目制は安井氏のいはば専売特許であつて、氏が大阪府知事時代に管内各中等学校において国史一科目制を断行したことは有名である。この一科目制に対しては当時すでに教育界でも一般社会でも種々の批評が加へられたのであるが、今それを全国的に行はうといふには自己の専売特許であるといふ名目以上に何か確信があるのであらうか。
 簡単にいへば、今日のやうな状態で入学試験が行はれる限り、一科目であらうが、二科目であらうが、三科目乃至四科目であらうが、結果は同じである。準備教育はそのために廃せられないであらうし、児童の負担はそれによつて減じはしないであらう。試験を一科目にすれは、それで及落を決定し得るやうな答案の差異が殆どなくなり、従つて口頭試問などの方面に必要以上に重点がおかれ、その間に情実なども介入し易いのである。また科目数を減ずれは減ずるほど、今日試験準備によつて甚だしく支配されてゐる小学校では、その教育がますます偏頗なものになつてくるであらう。
 入学試験の弊害をなくするには、現在の学校の内容を改善することが急務である。試験に落第した者も、大抵どこかの学校へ結局は片附いてゐることから見て、中等学校の教は、私立までも合はせると、全体としてそんなに不足してゐない筈である。従つてすべての学校を皆が入りたがるやうな善い学校にして、どこかに偏することのないやうにすれば好いわけである。その際特に私立学校に対し、一方営利主義を押へると共に、他方積極的に補助を行ひ、公立のものと優劣なきまで質の向上を図ることが大切である。
 次に画一主義を打破して各学校をして自由にその特色を発揮せしめ、その特色に応じて選択されるやうなものにしなければならぬ。もちろん、これには各家庭が子供の特徴を理解してその性質に合つた学校を選択するといふこと、ただ公立だからといふので、とりわけ「有名」だからといふので有難がるやうなことがなくなるといふことが前提されてゐる。現在の如く学校そのものの内容が、入学試験と同じく画一主義のもので甲乙丙と採点され得るやうな状態では、試験地獄は緩和され得ない。


(七月二十七日)