学生の風俗

 風俗も時代に影響され、時代を反映するのは当然である。
 昔は角帽に社会的価値があり、若い女性にとつても角帽は大きな魅力であつた。ところがその時代には却つて大学生の中にも角帽を被らない者がゐた。殊に文科の学生には角帽も持たず、和服即ち最近の流行語でいふと日本的服装で登校する者が多く、私もその組であつた。しかるにこの頃の大学生はみな金ボタンの制服を着て角帽を被つてゐるが、皮肉なもので、さういふ現在では角帽も昔の価値や魅力を無くしてしまつてゐるのである。
 近来、大学予科生に対して斬髪令を発し、長髪を禁ずる傾向が次第に生じて来た。これも非常時風景の一つであらう。私どもが高等学校へ入つた時分には、今や諸君は一人前の人間になつたのだから何事も自治の精神でやつてゆかねばならぬ、と教師からも先輩からも教へられたものであつた。髪を長くすることは勿論自由であつた。その時代でも中学生には長髪が禁じられてゐたが、この頃大学予科生に対して斬髪令が発せられてゐるのを見ると、学生の格が一段階下げられたやうに思はれる。これは頭髪だけの問題でない、研究の自由も生活の自由も大学においてさへ次第に縮小されて来たのである。
 日本の大学で制服制帽が定められてゐるといふことは、この国においては学生が特別待遇されてゐるといふこととも関係がある。以前は「軍人学生優待」といふ札が諸所に見られたものだ。その頃は軍事専門家の勢力は今日の如くでなかつたが、彼等の勢力が絶大になつた今日では学生の特別待遇の意味も変つて、あの「学生未成年者お断り」といふ札が貼られるやうになつたのである。
 社会が変つてもイデオロギーは直ぐこれに応じて変るものでない。今日の学生の中にもなほ特権階級意識をもつてゐる者が尠くなく、それに影響を与へてゐるものに制服制帽がある。学生だからといふので特別待遇されるのはあまり善くないことで、そのために彼等の社会的訓練が欠けて来ることもあるのであるが、現在の学校は学生を軍人同様なるべく社会から分離しようとしてゐるやうに見える。斬髪令もその一つの現はれである。いつたい我が国では綜合雑誌などにおいても「学生論」が盛んであるが、これも学生の特別待遇の一種である。それは社会的にはインテリゲンチャが如何に乏しいかを、そして政治的にはデモクラシーが如何に発達してゐないかを示すものであつて、幸福なことだとはいへない。


(四月二十日)