対外政治の優位

 今度の議会において政党は外交問題を中心題目として取り上げ、広田内閣の対ソ対支外交等の失敗を糾問すると伝へられる。これはまことに当然のことと云はねばならぬ。現在の世界情勢において外交問題がますます重要性を加へて来たことは明かである。
 そのうへ、我々は、対外政治は国内政治を決定するといふ事実に注目せねばならぬ。それは、例えば日独協定が直接に国内の思想政治に反映するといふが如きことのみではない。いはゆる庶政一新のうちにも、増税案のうちにも、対外政策の決定的な意義が認められる。外交問題が優先的に論議さるべき理由は確かに存在する。
 いまや我々は十九世紀の大歴史家ランケの卓見に敬意を表してもよいであらう。彼は「対外政治の優位」を考へ、対外政治は国内政治を決定するといふことを歴史研究の原則とした。そしてこのランケは、どの歴史を書かうとしても結局「世界史」になると云つてゐる。
 今日、各国にとつて外交問題が重要性を増してきたといふことは、実にこの「世界」といふものが拡大し、拡大すると共に強力になつてきたことを意味する。如何なる国ももはや世界を無視し得ないことを知つてゐる。しかしまた現在この世界を無視しようと欲する国が如何に多いであらうか。その力がいよいよ無視し難くなつたものを無理にでも無視せざるを得ない国があるといふことが世界の現状である。かやうな矛盾はまさに世界史そのものの矛盾である。
 この矛盾からしても、対外政治の優位といふものが表面的に理解されてはならぬことが知られるであらう。一国の対外政治は国内政治の失敗を隠蔽するために、もしくは転嫁するために行はれることがある。我々は、今度の議会においても、外交問題の優先的論議によつて大衆課税、国民生活の安定の如き重要問題が看過されることのないやうに警戒しなければならぬ。しかし同時に対外政治の失敗がやがて一層強力に国内政治に転嫁されるに至るものであることを忘れてはならぬ。
 国内問題の行詰りは対外的に打開されるのほかないと云はれるであらう。国内政治が対外政治を決定するやうに見える。しかしながら注意を要することは、国内問題として現はれるものの多くが今日もはや単に一国のみにおける問題でなく、実は世界的な、世界的規模における解決を要求する問題であるといふことである。従つてここにも対外政治の優位は依然として認められる。真の対外政治は世界史の進歩の方向に沿うてのみ行はれ得るのである。 

 

  (一月十二日)