原版後記

 ここに集められた小論八十四章は、筆者が讀賣新聞夕刊「一日一題」に寄稿したものである。昨年三月以来、筆者は毎週火曜日のこの欄の執筆を担当してきたが、これらの文章は大抵その前夜または当日早朝に書かれた。今その順序に従つて収めたのは、それが筆者の眼に映じた時代のクロニクルの意味を有すると考へるからである。これらの小論がその発表の場所によつて制約されてゐることは云ふまでもない。しかし筆者は、一方一時的な現象を取上げながらその中により永続的な問題を考へ、他方より一般的な思想を時事的な問題に関はらせて述べることに、許された範囲内で努力したつもりである。この書の著者は筆者が如何に深く日本を愛してゐるかを疑はないであらう。もしこの書において日本の現状に対する不満のみが目立つてゐるとすれば、語るに値するのはただ幸福を準備するもの、もしくはこれを破壊するものであつて、幸福そのものではないからにほかならぬ。幸福そのものは沈黙の貞潔を求める。時代の現象の分析と批判とを通じて筆者が主として問題にしたのはモラルである。これらの小論の多くが人間性の問題を基礎とした時評であるのはそのためである。ここに再び版にするに当り、これまで屡々書信を寄せて筆者を励ましてくれた既知及び未知の熱心な読者に心から挨拶する。

   一九三六年十一月