不使用の独占

 特許といふものは使用の独占を意味すると考へられるであらう。ところが専門家の話によると、
特許の規定が今日では度々、大会社で新しい発明を買つて、自分がそれを使用するといふのでな
く、却つてただ他がそれを使用するのを防止する目的に利用されてゐるとのことである。新設の
会社に新式の機械をもつて競争されてはたまらないからである。特許の規定はかやうにして使用
の独占から不使用の独占の意味に変化する。折角の発明も利用されることなく、しかも独占され
る。これは社会的に見て重大な問題でなければならぬ。
 しかし単に特許の場合に限らない、不使用の独占は到る処にある。就中すべての特権といふも
のはつねに何程か不使用の独占の意味を含んでゐる。特権者が「高貴に」、「貴族的に」見えると
すれば、それは多かれ少かれ不使用の独占にもとづいてゐる。使用の独占だけでは高貴さや貴族
らしさは感じられないであらう。
 ところで私に特許の話をしたのは或る大学教授であつたが、私はそのとき、いつも夏になると
考へることを思ひ出した。それはあの大学の図書館である。学校ほど長い夏期休暇を有するもの
はないが、その間図書館も殆ど使はれてゐないやうである。平生は無理であるとしても、せめて
この期間はそれを公衆に解放してはどうかと思ふ。さうすれば、そこで有効に銷夏のできる者も
少くないであらう。ここにも一つ不使用の独占が存在するのでないか。それとも大学の「高貴さ」
の一部分はかくの如き不使用の独占に依存するのであらうか。
 尤も、このやうなことを考へねばならぬのも、いはば一種の応急策としてであつて、我が国で
は公共図書館があまりに貧弱であるからにほかならない。研究に用ひ得る唯一のものと見られる
帝国図書館も、建築設備において東京帝大図書館に、蔵書数において京都帝大図書館に及ばない。
パリの国民図書館、ロンドンの大英博物館文庫等、外国の著名な公共図書館に比しては、もちろ
ん全く問題にならぬ。新興ロシヤのレニングラード公共図書館が今や蔵書数において世界第一と
称せられるのも、注目すべきことである。最近対外的な文化宣伝に多額の費用が投ぜられてゐる
が、日本も世界の文化国に伍して恥しくない公共図書舘を持つことなど、一要務でないか。
公共図書館がこのやうに貧弱な一面我が国では書物に対する思想にもなほ根本において骨董
趣味に通ずるものがある。骨董趣味は不使用の独占の要素を含み、それが貴族的に見えるのも一
つはそのためである。かかる骨董趣味からの脱却は、美術館はもとより図書館の発達のためにも
必要であらう。公共的な美術館や図書館の未発達は、社会性を有する藝術や思想の未発達を端的
に象徴するものであり、またその一原因でさへある。 


     (八月二十日)