世界の危機と日本の立場

 ヨーロッパの動乱の発展性については、にはかに予断し難いであらう。戦争を一定の限度にとどめようとする努力はなほ抛棄されてゐないものの如くである。しかしともかく戦争は、恐らく当事者のすべての希望に反して、すでに開始された。前の世界大戦の悲惨な経験はヨーロッパのあらゆる国民の記憶から未だ消え失せてゐない筈だ。けれども戦争が始まつたとすれは、戦争はそれ自身の論理に従つて発展する性質を有することを考へねはならぬ。それは「物の論理」の必然性に従つて進行するのである。いはゆる第二次世界大戦は、もはや預言とはいはれぬほど当然な予言として、誰もしじゆう語つてゐたところである。それは今度の動乱の勃発を俟つまでもなく、すでに以前から世界の諸処において種々の形式のもとに戦はれてゐたと見ることもできる。来るべきものは遂に来たやうである。速戦即決の希望はこの際充され得るであらうか。総力戦といはれる近代戦の性質は、その可能性を著しく減じてゐることを考へねばならぬ。いよいよ長期戦となつた場合、現在中立不介入を標榜してゐる国々は、果してどこまでこの状態を継続し得るか、疑問である。もとより人間の意志は歴史の要素であり、計算に入れて考へねばならぬ。しかし人間の意志も物の論理を無視することはできない。仮に今度の動乱が何等かの外交的手段によつて速に治まるものとしても、それはいはゆる世界戦争の中断であつて終結を意味するものでなく、世界不安はその際恐らく元のままに残されるであらう。
 交戦国のいづれの側が勝つかについて、今日すでに種々の予測が行はれてゐる。それはもちろん戦乱の拡大した場合に問題になり得ることである。そのとき忘れてならないのは、近代戦は総力戦であるといふことである。それは戦争が長引くに従つていよいよ重要性を増してくる認識である。戦争が長期に亙る場合、果していづれの側がその国内体制をますます鞏固に維持し得るであらうか、独裁国であるか、民主主義国であるか。終極の勝敗は、単に軍事的力にのみでなく、政治的、経済的、思想力、また特に外交における成功に関係する。そしてこれはいづれの側が世界の輿論の支持乃至同情を獲得するかといふことにも関係してゐる。しかし何にしても我々の関心は単に、いづれの国が勝ち、いづれの国が負けるか、といふことに止まるべきではない。戦争を単なる勝負事のやうに見ることは我々の道徳的感情が許さない筈であるし、それはまた戦争そのものに対する皮相な見方に過ぎないであらう。我々の最も深い関心は、戦争といふ人類の悲劇を通じて自己を実現する「歴史の理性」は如何なるものであるかといふことでなけれはならぬ。歴史の理性は単なる物の論理ではない。歴史は単に客観的なものでなく、人間がそこに入つてをり、人間の意志が働いてゐる。歴史は人間の作るものである。もとより単に主観的な意志から歴史は作られない。歴史の理性は客観的な物の論理と主観的な人間の意志との綜合であり、このものは歴史的に作られてくる形において現はれる。歴史的な形は単に物質的な形ではない、それはまた思想の表現である。ヨーロッパの戦争は、少くともそれが拡大し且つ長期に亙る場合、負けた国においてはもちろん勝つた国においても、外的並びに内的に大きな変化を惹き起すであらう。この変化から如何なる歴史的な形が生れてくるかが問題である。それは歴史的範疇の変化と称し得るものであり、このものが世界史の推移を集約的に表現する。戦争を単なる勝負事と見るのでなく、我々の眼はつねに世界史の動向に注がれねばならぬ。
 全体主義国家はヴェルサイユ条約の改訂によつて歴史の新しい形を作らうとしてゐる。ヒトラー政権はこれを目標とし、かくしてオーストリアを合邦し、チェコを併合し、今やポーランドと干戈を交へるに至つた。だがヴェルサイユ条約の改訂がもし単に国境の改訂、地図の塗り替へを意味するに過ぎないとしたならば、それは歴史の真に新しい形を作ることであり得るであらうか。さうでない証拠は、ナチス政権が近代社会の原理である自由主義に反対して全体主義を主張したといふことによつて示されてゐる。単なる外的体制の変化は歴史の真に新しい形を意味し得ない。それでは全体主義は社会の内的体制の真に新しい形を創造する原理であらうか。チェコの併合以来ナチズムはその一民族一国家の民族主義原理をみづから破棄したのではないか、その全体主義の名のもとに帝国主義の現実政治が隠されてゐるのではないかといつた疑問は、すでに人々の提出してゐることである。また疑問とされるところは、外にはオーストリアを、更にチェコを合併したにも拘らず、或ひは幾多のユダヤ人を追放したにも拘らず、内には何か安定を得ぬものの如く「複雑怪奇」な外交政策に恃んであわただしくダンチヒやポーランドに手を伸はさうとしたドイツの事情を考へるとき、その全体主義は果して社会の内的秩序の真の革新を意味し得るのかどうかといふことである。地国の塗り替へだけでは未だ「新秩序」の創造とはいひ得ない、それは今日の世界史的な問題の核心に対する解決を意味しないからである。問題は外的秩序と共に内的秩序に関係してゐる。いはゆる現状維持国の意志に拘らずヴェルサイユ体制は改訂されねばならないであらうし、また早晩改訂されるであらう。けれどもこの外的秩序の変化は社会の内的秩序の変化を伴ひ、むしろこれを基礎としなければならぬ。
 もとより「国家の理性」は、この言葉を科学的に形成した最初の人マキアヴェリに見られる如く、単に理性的なものではない。それは民族の自己保存と自己発展の生物学的衝動である。我々はいはゆる現状打破国の意慾の自然必然性を理解しなけれはならぬ。スピノザがいつたやうに、すべての物は能ふ限り自己の存在において持続しようと努力するのであつて、国家もまたかかるものである。しかしあらゆる生物は環境においてあり、環境に適応することによつて生きてゆくやうに、国家も自己の環境であるところの世界を無視しては生存することができぬ。そして人間は技術によつて自然を支配するやうに、国家の環境に対する関係も技術的でなけれはならぬ。「国家の理性」は技術的なものである。かやうな技術は自己の勢力の維持発展の功利的目的のためにあらゆる権謀術数を用ゐることと考へられるであらう。マキアヴェリズムの名において通俗に理解される「現実政治」とはかやうなものである。いま独ソ不侵略条約はかかる現実政治であるといはれる。さうであるとしても、それはナチスの現実政治の勝利であるのか、或ひはむしろソヴェトの現実政治の勝利であるのか、それが問題である。英独を戦はせることがソヴェトの世界政策のかねての念願であるといふことは外交界の常識であつた。もしさうであるとすれば、戦争が独波戦争に止まらないで拡大した場合、ヒトラーの現実政治はスターリンの現実政治の懐に飛びこんだことになる。或ひはロシアも途にヨーロッパの戦争に捲き込まれることを余儀なくされるであらうか。ソヴェトの世界政策の立場から恐らく支那の問題はヨーロッパの問題よりも小さいと考へられてゐないに相違ない。独ソ不侵略条約の締結によつてソヴェトは東方に向つて活動する余裕を与へられたと見ることさへできるのだ。ソヴェトの動向こそ日本にとつて最も注目すべきものである。それにしても、英独の戦争はソヴェトの希望するところであることを英独共に知悉してゐながら結局戦争を始めるに至つたといふのは、如何なる必然性に依ると考ふべきであらうか。いはゆる現実政治を権謀術数とのみ考ふべきではない。ソヴェトの現実政治の根柢にはその一流の世界史的構想に基く世界政策があることを忘れてはならぬ。この点においてナチスの民族主義はその成立の事情からも知られるやうにドイツ一国の発展が主な目的であつて、統一的な世界史的構想を欠いてゐるものの如く思はれる。そこにこの民族主義の一つの弱点がある。東洋の新秩序として東亜協同体が考へられるやうにヨーロッパ聯邦の如き協同体が成立するに至るまではヨーロッパには平和がないのではなからうか。

       ニ

 独ソ不侵略条約の締結と共に日本の対欧策は白紙に還元された、そして日本はヨーロッパの戦争には介入せず、支那事変の虞理に邁進することになつた。独ソ不便略儀約の成立も、ヨーロッパの動乱の勃発も、日本にとつて「神風」であると考へられるであらう。だが天は自ら助くる者を助くといふ。主体の強化こそ環境の好転を真の好転たらしめるものである。まして漠然と環境の好時と考へられてゐるものも、仔細に分析すれは、決してさうとのみは考へられないのである。何にしても国内体制が政治的に、経済的に鞏固に確立されねはならぬ。
 今日「自主独往」といふことが力説されてゐる。それは従来もいはれなかつたことではないのだ。その真の意味を認識し、実践することが必要なのである。対英媚態を攻撃する者も対独媚態を示さなかつたであらうか。自主独往といふことは自己の環境を無視することであつてはならぬ。世界の存在を忘れた独善的態度はこの際甚だ危険である。ヨーロッパの戦乱の勃発によつて東亜の問題が俄に世界から分離されたかの如く思ふのは間違つてゐる。ロシアとアメリカの存在を忘れてはならず、アメリカとイギリスとを簡単に分離して考へることも正しくないであらう。ヨーロッパにおける戦争はむしろ支那事変の世界史的聯関を明瞭にするものである。環境の好転といふものに浮かされて火事場泥棒的な考へ方が少しでも出てくるやうなことがあつてはならず、そのやうな態度では支那事変は決して解決され得るものでない。東亜新秩序の建設は日本が支那事変に課した世界史的意義であり、それは今日ヨーロッパの戦争と共にいよいよその重要性が明瞭になつたのである。この新秩序は単に外的秩序の変更のみでなく、また内的秩序の変更を意味しなけれはならぬ。ヨーロッパの動乱に心を奪はれて日本の本来の使命を忘れるやうなことがあつてはならない。環境を忘れて孤立的に考へることも、環境に気を取られて自分を忘れることも、共に自主独往とはいはれないのである。
 いはゆる「道義外交」が独ソ不侵略条約の成立によつて挫折してから、ドイツの顰みに倣つて、日本も「現実政治」に転向せよといふ意見が現はれてゐるやうである。それが相変らず外国模倣であつては困つたもので、かかる態度が国枠主義者と称せられる者に最も多く見られるのはどうしたことであらう。外交はもとより単なる道義ではない。現実を離れた道義は道義でもないであらう。外交は技術である。技術といふのは主体が環境に対処してゆく方法である。国家は孤立したものでなく、国際環境のうちにあるものである以上、「国家の理性」は技術的でなければならぬ。現実政治といふのはかやうな技術を意味するものであり、その限りそれは何等排斥さるべきものでなく、「国家の技術」として必要なものである。しかしながら自然を支配する技術が自然についての客観的認識を基礎としなければならぬやうに、国家の技術も自己についての、世界についての科学的認識を基礎としなければならぬ。現実政治にとつて先づ必要なのは科学的認識である。それを単なる権謀術数の如く考へることは間違つてゐる。謀略は謀略に倒れる。謀略は謀略を生み、遂に破綻に陥る。マキアヴェリズムは単なる権謀術数を意味するのではない、この特異なフィレンツェ人こそ政治に経験科学的並びに歴史的基礎を与へた人である。現実政治は彼において「時務の論理」を意味してゐる。もとよりそれぞれ主体的な諸国家を処理する技術は客観的な自然を支配する技術と同じであり得ないであらう。客観的な計画の技術に対して主体的な政治の技術は何等か権謀術数的なところがあるのは当然である。しかしこのものも技術として科学的認識を基礎とするのでなけれはならぬ。もちろん技術は単なる法則の認識ではなく、客観的な知識と主観的な目的との統一であるとすれは、問題はまたこの目的にある。この目的は道義的でなければならぬ。まことに今日の世界の現実に深く思ひを到すとき、これを救ひ得るものは道義の昂揚のほかないと感ぜられることが屡々である。現実政治は道義と結び付かなけれはならない。マキアヴェリも「徳」について語つてゐる。彼において尤も徳は今日考へられるやうな道義のみでなく、はたらきのあること、従つてまた力を意味した。その際道徳もまた一つの大切な力であることが忘れられてゐない。徳と力とを如何なる仕方で結合するかといふことが彼における「国家の理性」の問題である。国家の理性は特殊的なものである。しかしそれは単に特殊的なものでなく、却つて普遍的なものと特殊的なものとを如何なる仕方で結合するかといふことが国家の理性の問題である。日本の立場は特殊的なものである、その特殊性を決して忘れてはならない。しかしまた日本の立場は普遍性を有しなければならぬ。それは世界史的構想を含まなければならない。カと徳、特殊的なものと普遍的なものとの結合こそ哲学的な意味において「構想」といはれ得るものである。技術的なものは具体的なものである。親独でなければ親英、親英でなけれは親独といつた抽象的な考へ方が克服されねばならぬ、物を関係において機能的に見てゆくことが大切である。あらゆる関係は東亜新秩序の建設の見地から考へられなければならないのである。日本の外交技術は新しい世界史的構想を基礎とすべきであつて、世界史の動向のうちにこの道義が求められねはならぬ。自主独往といつても、世界を知る必要がなくなつたわけでなく、むしろ反対である。とりわけ我々は各国の国内情勢について知らねばならぬ。一国の対外政治は或る意味においてその国の国内情勢の反映である。しかるにこれまで我々はナチス・ドイツ国内情勢について、或ひはまたソヴェト・ロシアの国内情勢について殆ど何も具体的なことを知らされてゐないのである。いはゆる道義外交は道義的であつた故に頓挫したのではなく、現実に対する認識と批判の欠乏のために破綻したのである。
 自主独往は思想の上においても必要である。それは真の意味における自主独往でなければならぬ。従来しばしば見られたところの日本主義を唱へながら実はナチス流の全体主義に依存してゐたやうな状態がこの際なくならなければならないのである。真に自主的な思想を確立するためには全体主義に対しても共産主義や自由主義に対してと同様厳正な批判が必要である。もとより全体主義にも思想的にすぐれたものがあり、それはまた歴史的意義を有してゐる。けれども全体主義はそのまま新東亜建設の原理とはなり得ないであらう。その民族主義には大きな制限のあることについては私は繰り返し論じてきた。ナチスの理論家シュミットは、政治の根本概念は「敵 ― 味方」の範疇であると述べてゐるが、かくの如き思想によつて果して日本の戦争の意義は理解され、支那事変の解決は期し得られるであらうか。汪兆銘運動が発展してきた今日においては、三民主義に対する以前のやうな感情的な批判は無意味であるはかりでなく、有害でさへある。東亜協同体の理論と協同主義の原理は今日いよいよ重要になつて来たと我々は信じる。日本主義のナチス的全体主義への思想的依存が清算されたとき初めて、我々も喜んで日本主義について語るであらう。マルクス主義が流行すればそれが全体の真理であるかのやうに考へ、全体主義が流行すればそれが全体の真理であるかのやうに考へ、かくして次から次へ転向してゆく無責任な思想態度には、何等の自主性もなく、如何なる新文化もそこから生れることができぬ。思想に発展のあるのは当然であるが、それは単なる変化でなく、その内面的聯関が理解され得るやうな発展でなけれはならぬ。我々の目標は、自由主義、共産主義、全体主義を超えた新しい思想原理を確立することである。
 イデオロギーをイデオロギーとして孤立させ、その対立を公式的抽象的に考へることについても、今日反省を要するであらう。世界は自由主義、全体主義、共産主義の三思想に別れて相戦つてゐるといはれる。しかしそれらの国家群の現実を偏見なしに眺めるとき、そのやうな思想の対立を超えて現実は何か共通なものに向つてゐるのが見られないであらうか。現実の動きは固定した思想を超えて進んでゐるやうに思はれる。思想の固定化は思想の不当な政治化によるドグマ化から生じてゐる。世界戦争は思想と現実とのかやうな乖離を取り去るであらう。我々の場合、思想が現実に遅れるやうなことがあつてはならないのである。
 我々はヨーロッパの情勢に徒らに楽観することもなく悲観することもなく我々の任務に邁進しなけれはならぬ。ヨーロッパの戦争について何事を考へるにしても、その同じ事をやはり戦争してゐる東洋に当て填めて考へてみることを忘れてはならぬ。もとより東洋の特珠性は存在する。しかしながらこの場合にも東洋の特殊性のみを考へて世界的共通性を忘れることは危険である。戦争によつてヨーロッパ文化は没落し東洋文化は興隆するといふが如きことは何の予言にもならないであらう。我々の智慧と意志とに多くのものが懸つてゐる。国民の総力を挙げて支那事変の解決に向はなければならない時期である。国民の力とは単にその肉体力のみでなく、またその智力を意味するのであつて、前者をのみ用ゐることを考へて後者を用ゐることを考へないのは、未だその総力を用ゐるものといひ得ないのである。