国民性の改造
  − 支那を視て来て −

 支那を視て来た私の感想を一言で要約すると、支那の状態は、日本に関する限り、国内の状態の縮図にほかならぬといふことであつた。これは政治、経済、文化のすべてについて言ひ得ることである。さう或る人に話したら、いや、それは縮図でなくて拡大図であるといふことであつた。なるほど縮図といふよりも拡大図といふのが一層適切であるかも知れない。戦争は国民性の善いものも悪いものも拡大して示すのである。事変下日本の姿は平時のそれを長所においても短所においても拡大して現はしてゐる。占領地域の有様は更にそれを拡大して示してゐるといへるであらう。
 支那を視て来た者の多くは、かの地における日本人の行動に遺憾な点が尠くないことを話してゐる。これでは日支親善は望まれないし、同じ国民として恥づかしいことが多々あるといつてゐる。同胞でさへかやうに思ふほどであるから、まして支那人の感情はどうであらう。果して彼等の侮日抗日思想を根絶し得るのかと危ぶまれる有様である。
 この事態は従来主として次のやうに説明されてきた。それは即ちこれまで支那へ行つてゐる者に決して優秀な日本人とはいはれない者が多いからである、従つて必要なことは、もつと優秀な人間を送ることであるといふのである。この意見はたしかに間違つてゐない。支那人から尊敬を受けることのできるやうな日本人がもつと多く出掛けるのでなければ、東亜新秩序の建設は成就されないであらう。もちろん我々は、あのまるで火事場泥棒のやうだとまでいはれる人々のもつてゐる冒険心を正当に評価することを知らねばならぬ。インテリゲンチャにありがちなセンチメンタリズムは大陸には向かないのである。それにしても、彼等日本人の行動が支那人から尊敬される種類のものであるとはいへないであらう。優秀な人間を送ることの必要は絶対的である。
 しかしながらこの問題は更に深く考へてみなければならぬと思ふ。現在、支那に入り込んでゐる人々の多数が、普通の日本人に劣るとは信じ難いことである。否、彼等は一人の日本人であり、勇気や企業心などにおいては寧ろ人並み以上の人間でさへあるであらう。国内にあつては恐らく非難のない一人前の日本人が、支那にあつては同胞からも顰蹙されるやうな行為をして怪しまないといふこと、そこに問題があるのである。現に、彼等を非難しつつある観察旅行者の多くが、国内では優秀な人物と認められてゐる者も、支那へ行つてはいはゆる旅の恥はかき捨てといつた行動に出て、みづから怪しむところがないではないか。問題はそれ故に、日本人がひとたび国外に出ると値打が一般に低下するのは如何なる理由に依るかといふことである。北支那の学生が日本を見学して帰つた後の感想に、支那へ来てゐる日本人と日本にゐる日本人とはまるで別人のやうだといつたさうである。二種類の日本人があるわけではない、同じ日本人が支那へ行くと別人のやうになるのである。この欠陥の原因は何処にあるのであらうか。もちろん、現在支那へ行つてゐる者の多くが優秀な日本人に属しないといふこともあるであらう。もしさうであるとすれば、かの地へ出掛ける人間を再教育する必要がある。満洲拓殖の青少年に対して再教育を施してゐるのと同じやうに、支那へ行く人間に対しても再教育を施す必要がある。建設はすべて計画的に組織的に行はれなけれはならぬ。しかしその再教育を行ふにしても、目標は何処におくべきであるか。今いつた問題に対して解答が与へられなければ、この問題に対しても解答を与へることができないであらう。
 その際また従来よくいはれてきたことは、支那人に対する認識をあらためるといふことである。この意見も絶対に正しい。彼等をチャンコロ扱ひするやうな考へ方が改められなければならない。他人を卑しむことはやがて自分を卑しむことになる。まして支那は世界の古い文化国である。彼等の身に如何に深く文化が染み込んでゐるかを知つて驚かされることは屡々である。支那に対する認識を新たにしなければならぬ。それは「若い支那」を知ることであると共に、文化の伝統の根深さを知ることである。
 だがそれだけで問題は片附かないであらう。問題はつねに二重のもの、客体の認識と主体の認識とである。我々はまた自分を省みなければならぬ。支那における日本人が別人のやうであるといふ理由の一つは、彼等が慣れない環境におかれたためであり、しかもこの環境についての認識を怠つてゐるためである。他方、新しい環境に処してゆくためには自分を変へることも考へねばならぬ。島国根性といはれる数々の習性を改めることが要求されてゐるのである。しかしながら問題はまた単に大陸といふ我々にとつて新しい環境の見地からのみ見らるべきではない。支那における状態は国内の状態の縮図乃至拡大図にほかならぬ。かやうに言ふことは、問題が普通にただ支那に関聯して語られるよりは遙かに深刻な性質のものであることを意味してゐる。国民性の改造は対支工作上の問題であるのみでなく、国内改革上の問題であり、この場合にも問題が後の意味において解決されなければ前の意味においても解決されないのである。
 支那における日本人の行動のすべてが非難に値するものであるのでないことは言ふまでもなからう。宣撫工作などに従事してゐる者の行動には甚だ感動すべきものがある。一般居住民にしても、例へば何等か軍事に関するやうなことにおいては模範的に行動してゐるのである。ところがその同じ人間がひとたび市民として活動することになると、東亜新秩序の建設といふことはもとより、国家の体面さへ考へないやうな行動を平気でするといつた有様である。しかしこれは単に支那におけることに止まるであらうか。否、国内においても全く同様である。例へば役人が貯蓄奨励のために地方へ講演に行くとする。彼の熱烈な弁説にもちろん偽があるとは思はない。しかるにその同じ彼が講演会の後では土地の旅館で贅沢してゐるといつた風である。かやうな有様を非難する国民はそれならどうであらうか。例へば出征兵士の送迎における彼等の愛国心の発露に偽があらう筈はない。
 しかしその同じ人間が家に帰ると、国家のことはまるで忘れてしまつたかのやうに、買溜め、売惜しみ、闇取引を平気でやつてゐるという状態である、要するに、すべての人の行動に一貫性がないのである。
 今度の事変に対してインテリゲンチャが冷淡であるといつて頻りに非難されたことがあつた。これに対して、インテリゲンチャも戦場へ出ると立派に働いてゐるではないかといつて、応酬されたものである。事実はまさにその通りである。しかし、戦場において極めて勇敢に戦ふインテリゲンチャと銃後にあつて甚だ消極的なインテリゲンチャとは、その行動に一貫したものがないといふことも争はれないであらう。
 かやうに国民の行動に一貫性が欠けてゐるといふのは重大なことである。この事実から見て私は、歴史の現在において日本国民はその型をもつてゐないと言ひたいのである。自分に型が失はれてゐるから、国内における日本人と支那にある日本人とがまるで別人のやうに見えるのである。しかるに人間タイブの形成といふことはヒューマニズムの根本思想に属してゐる。今日の日本におけるヒューマニズムの意義は国民の型を作るといふ問題から理解されるであらう。この型は新たに作られねばならぬ、なぜならそれは失はれてゐるのであるから。国民性の改造は国民の型の形成の問題である。
 すでに私は国民の型と言ふ、それが単なる個人主義の立場から考へられるのでないことは勿論である。しかし国家意識についても、今いつた如くその一貫性が問題なのである。出征兵士を見送りに行つた国防婦人会員が帰り途で買溜めをして来るとしたら、その行為に一貫性があるといへるであらうか。愛国心は形式的なものであつてはならぬ。ましてそれは他人を排し自分を益するために利用されるやうなものであつてはならない。国家意識においても、それが一貫したものであるためには、国民の個人としての完成が大切である。蓋しすべての人間は社会であると共に個人である。言ひ換へると、国民であると共に個人である。個人としての完成がなければ、国家意識といふものも形式的、外面的になり、一貫性を欠き、従つて真にすぐれた国民であることもできないわけである。
 このことは支那における日本人の状態が何よりも明瞭に示してゐるといへるであらう。事変後、多数の日本人が大陸へ渡つたが、彼等の大部分の仕事は軍に依存的であり、同胞相手の商売である。支那人の中へ喰ひ入つてゆくといつた長期建設的事業のために真面目に努力してゐる者は極めて稀なのである。軍の厚意も一時的な金儲けのために利用されるだけで、どこまでも腰を据ゑてやつてゆくといつた態度が見当らない。かやうな欠陥は、日本人が国家に頼り過ぎて自分に頼るといふことがなく、従つて個人としての完成をもつてゐないといふことに基づいてゐる。個人として完成した人間であれば、何処へ行つても同じ値打で通用する。その値打はいはは純金の値打である。そのやうな人間は日本にゐても支那へ行つても同じやうに働けるのである。ところが単に国家の力に依存してゐる人間はいはば紙幣のやうなもので、国内においては額面通りに通用しても国外に出るとその通りには通用しないことがある。そのやうな人間は支那などへ行くと、国家の体面を傷けるやうなことを平気ですることにもなるのである。日本人が大陸へ渡つて支那人に伍し、また欧米人と競争して、十分に活動することができないといふのは、個人としての完成が足りないところに重変な原因があると思ふ。
 近年我が国においては全体主義が強調され、そしてそれは大切なことであつたが、その反面個人としての完成に対する努力が無視されてきた。しかも専ら日本民族の優秀性を自覚させようとしてきた結果は、他の民族を尊重する念を失はせると共に、国民に自己批判を忘れさせ、国民を独善的にした。真の自覚は自己批判を通じて達せられるのである。従来の国民指導の方針の欠陥が今日支那において特に明瞭に現はれてゐる。国民性の改造はまづこの指導方針の改善でなければならぬ。個人といふと直ちに自由主義だとか、個人主義だとかいつて排撃する浅薄な態度が改められなければならぬ。立派な国民は同時に個人としても立派であるべき筈である。個人として完成された人間を作つて大陸に送り出すのでなければ、建設工作は完全に遂行されないであらう。我が国においてはなほ個人主義や自由主義も或る一定や重要な意味をもつてゐるのである。
 それは国内の問題として考へても同様である。今も盛んに行はれてゐる買溜めや売惜しみは個人主義の現はれであるかの如くいはれるが、実は自由主義以前の封建的意識の現はれにほかならないのである。それは現在米や麦に関する各府県の、各町村の、封建的割拠主義と根本において同じ性質のものである。かやうな封建的意識を打破するためには自由主義の精神が生かされねばならぬであらう。我が国においては革新はあらゆる方面において二重のもの即ち封建的残滓の清算と同時に自由主義乃至個人主義の超克を意味してゐる。個人や自由の重要性を説くことは全体を無視することでなく、却つて国家意識が自主的なもの、一貫したものになるために必要なことである。
 何処へ行つても同じやうに働ける個人としての完成にとつて大切なことは、さしあたり科学や技術を身につけるといふことである。科学や技術は何処ででも通用するものである。支那における多くの日本人の仕事が軍に依存的で、自主的な建設性に乏しいといふことも、科学や技術を身につけてゐることが少いためである。興亜教育はこの点についてよく考へなければならない。キリスト教が支那にひろまつたのは、その宣教師たちが科学的乃至技術的教養を具へることに心掛けてゐたからである。ところが今日、支那へ文化工作に出掛ける日本の僧侶などに果してこのやうな用意があるであらうか。抽象的な興亜イデオロギーといふものはしこたま詰め込んでゆくであらうが、生活に即した実際的な教養は殆んど持つてゐないといふ状態である。説教に行く者でも簡単な医療の法くらゐは心得てゐるといふやうにしたいものである。
 思想の問題になると、今日の日本人は果して心の拠り所をもつてゐるであらうか、と私は問ひたいのである。それは個人としての完成にとつても重要な問題である。西洋人が遠く祖国を離れて東洋へ来て、一生落着いて働いてゐるといふことは、なんといつてもキリスト教の力であり、そこに心の拠り所があるからである。内地の或る訓練所で指導に当つてゐる者の話に、満洲へ行く青年たちは、出発の際には、かの地で骨を埋める覚悟であると立派に言ふ。その時の彼等の気持にはもちろん偽はないであらう。ところが満洲へ行つて一二年も経つと直ぐに帰りたくなつてくる。それにはいろいろ理由のあることであらうが、その大きな理由の一つは、何処へ行つても安心して暮せるやうな心の落着き所がないといふことである。これは単にいはゆる宗教の問題ではない、深い思想の問題である。支那へ行つてゐる日本人がどつしり腰を据ゑて働かうとはしないで、いつまでも出稼ぎ根性が抜けないといふことも、これに関係するところがあるであらう。軍隊の組織の中にあつては、日本人は勇んで死に就くことができる。しかし一人の個人として何処ででも死んでゆけるやうな心の拠り所は十分に掴んでゐないやうに思はれる。一時的な政治的イデオロギーでは人間は死んでゆけるものでない。自由主義者が自由のために死んだとき、その自由といふものには深い哲学があつたのである。今日の日本はもつと深味のある思想を要求してゐる。深い哲学でもなく、さうかといつて実際に役に立つ科学や技術とも離れて、いはばその中間のところで中途半端な政治的イデオロギーが振りまかれてゐるといふのが日本の状態であり、それが今日の定まらない国民心理の現実に反映してゐるのではなからうか。
 行動に一貫したものがないのは、思想において一貫したものがないからである。ここに思想といふのは、もとより単に頭の中だけにある思想のことでなく、生活の中に染み込んだ思想のことである。生活の中にまで喰ひ入るのでなけれは、思想は一貫したものにはならない。一貫した思想によつて人間の型が作られ、人間の定まつた型があればそこにはつねに一貫した思想がある。その意味で国民性の改造はまた根本において思想の問題である。
 例へば今日我が国では日本民族の特殊性といふことが頻りにいはれてゐる。しかるに自己の民族の特殊性を認めるものは、また他の民族の特殊性を認めるものでなければならぬ。自己の文化の伝統を重んずるものは、また他の文化の伝統を重んずるものでなければならぬ。もし民族主義が自己をのみ絶対化して他の民族主義を認めないといふのであれば、それは帝国主義に等しいであらう。支那事変が帝国主義的侵略でないことは政府の屡次の声明によつて明かなところである。しかるにいま支那を視て感じることは、やはり支那の伝統と独自性とを顧ることが足らず、日本的なものを押し附けようとすることがあまりに多いといふことである。安居楽業といふことは支那人の心からの願ひである。しかるに、せつかく帰つて来た支那人に対して日本の精動あたりでやつてゐるのと同じやうな形式的なことを押し附けるといふのは如何であらうか。彼等にもつと自由に生活を楽しませてやる方法がないものかと思ふ。私はもちろん支那人に対する日本の厚意の存在を疑ふものではない。問題はそこにあるのでなく、むしろ相手の事情を考へない独善にある。それは国内において官僚独善といはれるものと根本において同じ性質のものである。かやうな独善から、例へば統制を言ふ者の側がみづから無統制であるといふやうな欠陥が生じる。自己批判があつて初めて思想も一貫したものになることができるのである。
 支那人に対するには支那的性格を知らねばならぬ。これは当然のことであり、もつと努力されねばならぬことである。ただ、支那通と称する人はこの支那的性格の特珠性を誇張して考へたがる弊がありはしないかと思ふ。それは永く支那人の間で生活することによつて、あまりに細かく彼等の日常的なものに関心して物を大局的に見ることを忘れ、あまりに深く彼等の生活の中に入り込んで物を比較的に見ることを忘れるからであらう。日本人と支那人とが性格的に違つてゐることは明かである。けれども例へばモースの『日本その日その日』を読んで、そこに描かれてゐる明治時代の日本的性格と現在の支那人の性格とを比較して考へるとき、私はむしろ類似するものの多いことを不思議に思ふのである。支那的性格の特殊性と考へられてゐるものにも、単に発展段階的に日本人の性格と異るのみで、根本においては共通なものが少くないのではないかと思ふ。ヨーロッパなどに行つて、眼鏡を掛け写真器を持つて歩いてゐる連中を見れば、日本人と考へて先づ間違ひないといはれるのであるが、現在、上海あたりの支那の都会の公園へ行つてみると、眼鏡を掛けた者、写真器を持つてゐる者に出逢ふことも稀ではない。これが「若い支那」の姿である。これによつても知られるやうに、到る所変らぬ人情といふものがあると思ふ。いはゆる支那的性格を知ることは謀略や利用のためには必要であらうが、真の日支親善のためにはむしろ変らぬ人情といふものを基礎にしてゆくことが大切であらう。支那的性格を知つたか振りに支那人に対するために、却つて彼等の感情を害してゐるやうな場合を、私はしはしは見聞したのである。
 個人としての完成にとつて、科学や技術の如き何処においても通用するものを身につけることが大切であるやうに、また個人としての完成にとつては、到る所変らぬ人情に基礎をおいた教養が大切である。杭州や蘇州の寺を観て、今更ら驚いたことは仏教の衰微であつた。もし日本と支那との間に、例へば仏教のやうな、政治的関係を超えた共通の思想が現在生きてゐるとしたなら、日支親善の上にどれほど効果があることであらう。いづれにしても政治的イデオロギー以上の深い思想的連繋が日支の間に結ばれるといふことが重要である。この点から東洋文化の伝統も現代的見地において反省されねはならぬであらう。東亜新秩序の建設といふイデオロギーにもつと深い思想的内容の与へられることが大切である。
 支那における建設にとつて重要なことは、よく言はれるやうに、政治と文化との即応である。林柏生氏に会つた時にも、彼は政治と文化との乖離を指摘し、日本の工作がもつと文化的であることを希望してゐた。文化人をもつと寄越してくれ、と言ふ。しかしその文化人といふ意味は、今日、日本の表の文化人、即ち政治と離れた文化人のことではないであらう。支那の現在の政治家の多くは一面文化人である。そして政治と文化との統一は東洋思想古来の伝統でもある。一般的にいつて、政治と文化とに統一があつてこそ国民の型といふものが作られるのである。現代日本のインテリゲンチャが人間としてタイプが定まらぬものであるといふことも、彼等において政治と文化とが統一されてゐないのに基づくことが多い。政治は如何なる国民も逃れることのできぬものである。それから逃避しょうとしてゐる限り積極的な人間の型は作られない。他方、政治は文化に依るのでなけれは心の底にまで入つて国民性を作ることができぬ。支那における日本の政治と文化との乖離はまた国内におけるそれの縮図乃至拡大図である。「思索人の如く行動し、行動人の如く思索する」とベルグソンはいつたが、それは政治と文化との関係についていはれることでなけれはならぬ。
 国民性の改造は単に思想の問題でなく、政治の問題である。政治が立直らなけれは国民性の改造はできない。国民の型がないといふことは、政治の型がないといふことである。国民の行動に一貫したものがないといふことは、政治に一貫したものがないといふことに依るのである。新しい政治は国民性の改造にまで接触してゆく深味のあるものでなければならぬ。国家の理想を教育国家と考へたプラトンの説には変らぬ真理が含まれてゐるといへるであらう。しかしそれは国民に向つて単に説教することをいふのでなく、政治的実践そのもののうちに国民教育的意義があるといふこと、国民の実践的組織のうちに教育的効果が期待されるといふことでなけれはならぬ。
 国民性の改造を単にいはゆる教育の問題、学制改革の問題としてのみ見るやうな考へ方は根本的に間違つてゐるのである。その問題は却つていはゆる国民再組織の問題につながつてゐる。政治は国民性を作るのであるが、また逆に政治は国民性の表現である。今日の日本の政治は今日の日本の国民性を表現してゐる。政治の現実に対して種々の不満を懐く国民が、そのやうな政治について自分には何等責任がないかのやうに考へるとすれば、正しくない。そのやうに考へるのは封建的意識に属してをり、国民性は先づこの点において改造されねばならぬであらう。しかるにそのためにはまた国民が政治的力として動員されることが必要である。単に上から国民に説教することによつてでなく、下からの力として国民を動かすことによつて国民性は改造することができる。国民性は実践を通じて改造されるのである。だがそれにはまた聡明でしかも深い思想の上に立つ政治が要求されてゐる。
 日本の国民性は支那事変といふ極めて大きな試練を通じて改造されるに至るであらう。私は日本民族の優秀性を信じる。今日最も必要なことは、国民が一種の懐疑に陥り、その行動においても思想においても一貫したものを失つてゐる状態を速かに更改するといふことである。それには国民に覚悟を決めさせねばならぬ。覚悟さへ決まれば、日本民族の優秀な性質は発揮されるであらう。覚悟を決めさせるためには、国民がかなり永い間味はないでゐた真実を知らせるといふことも必要である。覚悟を決めるといふことは一貫したものが出てくるといふことであり、それにはまた政治に一貫したものが出てくることが必要である。国民にただ真実を知らせるといふことだけでは足りない、指導的立場にある政治に同時に一貫したものが現はれねばならぬ。