閑  暇
                                                    ヽ

 七十年の昔、或るドイツの哲学者は自国民の特徴を記して、第一に、ドイツ人は閑暇を持つことを理解しない、と云つてゐる。また次に、ドイツ人はあまりに沢山読み、そして支配的な党派に対して屈従的であることに熱中する、と書いてゐる。
 ドイツ人はヨーロッパ人のうち最も勤勉な国民であると称せられてゐる。しかしそれは彼等が閑暇を持つことを理解しないからであると云はれる。ドイツは世界中で本が最も多く出版される国として知られてゐる。ドイツ人は沢山読む。読書はもとより甚だ必要有益ではあるが、ただあまりに沢山読んでゐると、その思想がブッキッシュになり、抽象的理論に流れ、高い識見、こまかな直観が失はれ、広い批判力が養はれるどころか、却つて意外に近視眼的になり易い。支配的な党派に対して屈従的であることに熱中してゐるといふ言葉も、ドイツの現状を考へれば間違つてゐるとも云へぬであらう。
 しかるに右の如きことがまた現在日本人の特徴と見られはしないかと危まれるのである。日本人の勤勉は世界的に有名である。出版される本の多いことにおいても日本は世界有数の国である。あまりに沢山読むといふ批評は日本人の場合にもあてはまらなくはないやうである。
 勤勉が美徳であることには異論があり得ない。けれども、ただ勤勉であることは人間を知らず識らず屈従的ならしめる。ただ勤勉な人間は精神を失ひ、善き常識を、またエスプリを無くするのがつねである。我々は閑暇を持つことを理解せず、閑暇の価値を知らないのではないか。それは怠けてゐることでなく、大局に目をつけ、大きなものを捉へるために必要である。閑暇を持つことを理解し、閑暇の有する深い意味を知るのでなくては、真にすぐれた文化は生れ得ないのである。
 日本人の勤勉によつて日本の商品は世界の市場を風靡した。日本人の勤勉によつて無数の書物が翻訳され、著述され、文化の華は開いてゐるかのやうに見える。けれども、前の場合には閑暇を持ち得ずに低い賃金で働く労働者があるやうに、後の場合には閑暇も知らずに働かざるを得ないインテリゲンチャがある。日本人の勤勉は称揚されてもよいが、また我々は閑暇を持つことを理解し、且つ閑暇を持ち得るやうにしなければならない。いつまで我々の文化は熟しない果物のやうな状態を持続するのであらうか。
 ドイツ人の勤勉はドイツ帝国を興隆せしめた。しかし彼等はあまりに勤勉で近親眼的となり、政治的智慧を有しなかつたために、世界大戦の大不幸に見舞はれた。国民がただ勤勉を誇りとすることもまた危しと云ふべきである。

(四月二日)