外国語の不安
先日或る新開の投書欄に一人の生徒のこんな投書が裁つてゐた、彼が葦の中で試準備のた
めに英語の慧貰いたカードを見てゐたら、云男が1いまごろ英語の勉讐は何だ」と吸
鳴つたので、1文句があるのなら文部省に言へ」と返答すると、その男はいきなり彼を腎附けた、
そこで彼は1外璧謁」と超して世間に訴へてゐるのである。
このやうな不安を感じてゐる者は他にもあるやうである0私の知人の中にも、近衆は電専の中
で横文字を凄むことはやめにしたといつてゐる者があり、現にそ嘗フに私に忠告してくれた者
もある0私自身は、今も時々必要があつて電車の中で外璧仰の本を見ることがあるが、辛ひにま
だ奮闘超にされたことがない0もはや問題にするに足りないと思はれるほど私も老人組に見
られるやうになつたためであらうか0それにしても外璧仰に関して表示安な客気の要するこ
とが感ぜられる。
あの不孝な青年は、腎れたことに反撥して、その後却つて壷懸命に英語を黎し出したで
あらうか。それとも殴られたことに気を腐らせて、英語の研究を全くやめてしまつたであらうか、
そのいづれでもあるまい。恐らく彼はある不快と不安を感じながら何虞かでやはりかのカードを
見てゐるであらう。さうでなければ学校の試験がうからないといふ厳然とした事青が存在するか
らである。全く、文句があるのなら文部省に言へである。
この間も議禽で一議員が学生とスパイ問超を論じてゐたやうである。それによると、畢生が外
国語の勉強のつもりで外国人に近付いて話をする、それがきつかけになつて外国人からスパイさ
れることになるといふのである。果してかやうな事曹が何かあつたのであるかどうか。外国語を
勉強してゐるためにこのやうな嫌疑がかかるものとすれば、これは「外国語粥」といふもので、
いつそ勉強をやめてしまつたのがよいと考へられるであらう。
ともかく近年外国語教育は不安な状態にある。外国語教育廃止論が出て来て以来、教師も生徒
も、外国語を教へるにも学ぶにも、熱がもてなくなつてゐるやうである。ただ学校の規則にある
からやつてゐるといふまでで、形式的で冷淡になつてゐるのではあるまいか。その上、語学の教
科蓄の内容について喧しくいはれるやうになつたし、また環替管理のために洋書を入手し難いと
ころから大学などでも演習に使ふ本に困るといふ状態である。
外国語の不安
四〇三
＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿二＿ニヨ■l
￣￣￣￣￣で∃i
四〇四
いつたい文部省では外璧州驚をどうするつもりであるか、その方針を↑分に明確にして、
ヽ ．■ ．ヽ ●一一一▲一i†一．
も
し現在のやうに外璧州警を績けてゆくつもりであるのなら、教師も生徒も安心して、自信をも
＼ ノ フ ＼ 「一コー ノ．
つて、勉写ることができるやうにしてやる必票あるのではないかと思ふ○これは特に世間に
対する関係においてその必妥があるのである0この頃璧彗の間超が盛んに論ぜられ、外慧
警の問題は表面から泊えたやうであるが、不安は解消したのでなく、一貫割になつてゐるの
である。
この前のせ界大戦の時、その影響でドイツの本が来なかつたことがある0私がドイツ語を習つ
たのはその時分であつた○その頃ドイツの本を専門に輸入してゐた本郷の南山堂をよく覗いてみ
たが、スーツクになつてゐた本がならべてあるだけで、新しいものば入つてこず、そのスーツグ
も蛮になくなるといふ有様であつた0この頃丸善へ行くたぴにいつもあの噴の事が思ひ出され
る0
高等寧校の友人に小田秀人といふのがゐて－レタラム版のカン￡『純粋理性批判』の、しか
もかなり傷んだのをどこかの墓屋で見附けてきた0それが私どもにはひどく羨しかつたもので
あるじ小田も得意で、散歩に出る時などにもそれを離さないで持・つてゐた0ドイツにカン圭い
＿」L
ふ偉い哲撃者のゐたことは開いてゐたが、その人の本を見たのは私にはこの小田の本が初めてで
あつた。
私どものドイツ語の先生は昨年亡くなられた三並良先生であつた。先生は病身でよく講義を休
まれ、たまに出てこられた時にはドイツ語はあまりやらないでほかの話をして下さつたが、或る
時カントを勉強するにはコIへンの書いたものを青むのが最もよいといふことを話された。私は
頻々にその本が見たくなり、柏木の先生のお宅を訪ねて見せて戴いたことがある。コーヘンの
『カントの経験の理論』である。それを借りて読んだのではない、手に砺つて見るだけで既に辛
両を感じたのである。
ゃはりその頃のことであつた、或る著名な寧者が、ドイツから本が来なくなると日本の拳闘は
衰へるといふ意見を教表して問題になつた。それに対する反駁が出て、到る虞で議論の種になつ
た。尤も反対論にしても、一般に外国の文化を排斥するといふものはなく、ドイツ風の学問の紋
鮎を指摘したものも多かつたやうに費えてゐる。
．今日再びヨーロッパの戦争で洋書を手に入れることが困難になつたが、．事情はあの頃とはまる
で達つてきた。第一現在、外図書が自由に来ないために日本の学問が衰へると公言して障らない
外国語の不安
四〇五
四〇六
やうな寧者はゐないであらう0反封に量的科挙といふや、差議論が盛んになつてきた。外璧叩
に写る葦畢生の関心もあの頃とはまるで違つてきたやうである○畢校の先生にきいてみると、
畢生の語学の力が墓に低↑してゆく傾向があるとのことである○もちろん日本の学問はあの頓
に比較して進歩したであらう0ともかく今日では『純粋理性批判』が岩波文岸本で読めるやうに
なつたのである0それだから語寧の勉強も必要でなくなつたと考へられるかも知れない。この頃
侍統といふことが喧しくいはれ、東洋の古典、是の古典の研究が勤められてゐるのはまことに
結構であるが、しかしそのために寧問↓においても金利生活者的な寄食主義が生じ、外国のもの
に関しても自分で新しいものを開拓してゆくことがなくなり、嘩詳の出てゐるものだけを讃んで
すませるといふ夙が若い人の間に多くなりつつありはしないであ導か、学問においても、新た
に蓄積してゆくことを考へないで滑耗するだけになるのは危険である。
或る人は外璧抑は不要であるといふ○いや、さうではない、それは必要だと他の人はいふ。し
かも二つの立場において、絶封的にさうであるかのやうに考へられてゐる。語学の如く手段と見
られ得るところの多いものにおいてさへ、物を絶対化して見る主張が盛んであるといふことが今
日の特赦である。
一兎さl野野 ＿ニ
現在、外国語の不安がどうして生じてゐるかといふと、外国語に封する教育上文化上の方針が
定まつてゐないといふことに原因がある。
その方針が定まらないのは、根本的に見ると、何事を
も絶対化して考へずにはおかぬといふ考へ方が存在するためではないかと思ふ0それだから一見
矛盾したことのやうではあるが、外国語の不安といふものは絶対主義から生じてゐえこJとになる0
いつたい日本人には物を機能的に見るといふことが足りないやうである0物を機能的に見ると
いふのは物を働きにおいて見てゆくことであるが、物を働きにおいて見るといふのは物を他との
関係において見てゆくことである。
そして物を関係において見てゆくと絶対的といひ得るものは
i▼
ない。ある関係において必要なものも、他の関係においては不必要であり、或る関係において善
いといはれるものも、他の関係においては悪いといはれる。人間と人間との関係にしても、絶対
に味方であるとか絶対に敵であるとかい寸言はない。囲と囲との関係にしても、機能的に見て
ゅくと、同じことになるであらう。ところが絶封的な見方といふものは、物を機能的にではなく
f
脊髄的に見てゆくのであつて、その場合には、一つの物はそのものとして、その不攣の本質にお
いて、善いと考へられ、味方であるといはれ、これに反して他のものは同様に絶対的に悪いと考
へられ、敵であるといはれることになるであらう0そしてかやうな絶対的な見方が近年わが国で
外国語の不安
四〇七
関係論的といふことと相封主義的といふこととは直別されねばならぬ。
†
四〇入
は次第に弾くなつてきたやうである。
物の絶封的な見方は形而一撃的であり、機能的な見方は科挙的であるといふことができる。磯
…………㍑㍑…鮒派…糾那㍑い㍑㍑
i
賓践には何か絶対的なも
州州鮒卦を卦へねばならず、さうする
梓川い一一几l一コ一口r一rrLr l 、
と、ある鮎において相対主義と見られ得るところがあるにしても－機能的な見方がどこまでも必
首
要になつてくる。
去年の夏満洲の各地を普、人から開きもし自分で見もしたこと瀬、浦人の間でほんとに仕事
をしてゐる人は満語のできる人であり、白系笑の問でほんとに仕事をしてゐる人はロシヤ語の
できる人だといふことである0この事曹は、機能的に考へると、是が大いに飛躍しょうといふ
場合には外聖霊ぶ必要が大いにあることを語つてゐる0畏主義的なドイツにおいて外国語
の嬰習が奨警れてゐるといふことは、絶対主義的に見えるナチスにも機能的な考へ方が苧有
誉ノることを示すものである0それが科挙的なところである。
彗欄崩」り¶凋∥憎瀾鳩憎淵
皿