戦争の見方
事変以来、軍人が物を書いて意見を述べることが多くなつたのは当然の現象であらう。その中にはもちろん批評の余地のあるものもあるが傾聴に値するものも尠くない。殊に戦争に関することでは、さすがに専門家だけのことはあると思はせるものがあるのである。
私の最近読んで特に興味深く感じたのは、濱田吉治郎海軍中将の「政策・戦略・戦術」(『国防教育』十月号)といふ小論文であつた。その中で濱田中将はまづ、今日のやうな広域にわたる戦争においては、局部の勝敗では全局の勝敗は決定しないので、個々の戦闘のために全体の戦争を忘れてはならぬと注意してゐる。これは簡単な真理であるが、日々の新聞のセンセイショナルな記事をみてゐると、とかく忘れられがちになるのであつて、つねに注意を怠つてはならないことである。
次に濱田中将は、海陸を包括する大戦略の必要を詳しく述べてゐる。日露戦争における乃木将軍の旅順攻略は、ロシアの東洋艦隊を自滅に導いたものであり、逆に東郷元帥の日本海海戦は満洲におけるわが陸軍の後方を安全にしたもので、陸軍戦略の一部である。今度の戦争においても、ドイツが勝利を得るためには、イギリスの海軍を全く無力にしてしまふことができなけれはならぬといふのである。
ところで、濱田中将によるとイギリスの政治家にはこのやうな戦略的知識を持つてゐる人が伝統的に多く、殊に戦時の首相になつた人は、みな大戦略家でもあつた。ナポレオン戦争時代のピット然り、前大戦のロイド・ジョージ然り、チャーチル然りである。もちろんヒットラー総統も決してこれに劣るものとは思はれない。顧みてわが国の政治家はどうであらうか、「敵の悪口をいつただけでは敵は参らない。イギリスの悪罵はよく聞くことだが、志気振作のための敵を罵ることの必要な場合もあるとは思ふけれど、敵性国家の長所を知つて、これに対する対策を講ずることもまた極めて必要なことである」と濱田中将は論じてゐる。
国防の上からいふと、戦術は一部分であつて、戦術の上に戦略があり、戦略の上にさらに国家の政策がある。戦術・戦略・政策が密接な関係を保ち、相互に合致しなけれはならぬことを濱田中将は強調してゐるのである。戦争と政治とは一つのものでなければならず、戦争を政治的にみることを忘れてはならない。
今日、重要なことは、政治家はもちろん、すべての国民が戦争の真の見方を知つてゐることである。個々のニュースに徒らに心を奪はれることなく、戦争を全体の立場から正しくみることを知つてゐるといふことは、高度国防に協力するために極めて大切なことである。
(昭和十六年十月五日)