序
天に白日あり、炳として八紘を照らし、世に聖君あり、赫として千紀
に光あり、畏くも我が
明治天皇を稽へ奉るに、聖君中の聖君として瞻仰し奉るべきこと、猶宇
宙の光輝、独り天の白日を仰ぐがごとしとすべきか。
世界の局面に上つて、欧米列強の伍班に入り、我が日本をして、夙に
東方の和平を鎮護するの使命を荷ひ、久しく九鼎大呂よりも重からしむ
るを致さしめられしは、洵に 天皇の御丕徳御稜威の然らしめし所にあ
らずや。宜なるかな、中外期せずして、推尊するに 大帝の称呼を以て
することや。
予や少壮にして 天皇の朝に仕へ、欧洲に遊学して、彼の地強正に
虎踞龍蟠、互に覇を争ひ、雄を競ふの秋に会ひ、夙に彼の邦史家の仰い
で以て大帝と為す所の帝王を記せる諸史伝を読み、其の帝者の徳を以て
立たず、寧ろ治者の力を以て主となすを観、窃かに慊焉たらざるもの多
かりしに、後、恩寵に浴すること愈深く、宵衣_食の余、日常供御の間、
御一挙手、御一投足の際にも、御盛徳の自ら発露するもの、一として民
を愛し世を思はせたまふ人君の亀鑑を示させらるるにあらざるなきを拝
聞する毎に、欽仰景瞻益深きを加へたり。
天に彼の白日あるが如く、世に此の 聖君在ますあり、独り其の光を
して広く八紘を照らさしむべきのみならず、又実に永く千紀に仰ぐ所あ
らしむべきなり。是を以て平生この御半面の光輝を仰ぐに便せしむるの
道具はらざるを憾みとすること、亦夙に深し。
今親しく 天皇の側近奉仕者たりし耆宿貴紳に就き、その謹述せられ
し所を次第し、之を刊行して、遍く世のこの御半面を拝瞻し奉るの一助
たらしめむことを期せらるるあり、真に年来の憾みとする所を償うて余
あるを覚えしむ。
冀くは此の一書「明治大帝」の編纂せられし本来の旨趣に攷へ、世の
読者均しく心を潜め、深く荘敬の誠を致し、以て 天皇の御盛徳、自ら
日常の間に発露するもの多きを翫味し奉り、内に省みて苟も人に長たる
者の修養に資し、幸に邦家のため、民人のために淬礪努力するの一大警
策たらしめられむことを。聊か希望する所を一言し、以て序言に充つ。
昭和二年七月
内閣総理大臣兼外務大臣陸軍大将男爵 田中義一謹識