第十一章 唯物史観批判



彼はいつでも生産を根本に取るのでゐる。そこで悪日経済生活の構造を解剖ける場合
には、勿論生産を基準にするその見方を以て全饅を一貫せしめてゐる。言ひ換へれぽ
我々は、社会理論のこの根本構造を批判しなければならない。先づ初めに人間の行動
                 ヽ ヽ ヽ ヽ
第一に、マルクスは人間の行動賓践を直ちに掛針朴卦卦と見てゐるかのやうであ
物史覿を基礎とした、マルクス壬義の社会連動的な部面に対する批判といつてもよい。
     ハニハ○
農十一審 唯物史観批判
融 合 的 生 産
第三段の批判に進む。即ちマルクス主義の社会理論に封する批判である。
或は、

る。両者は厳密には同一でないかも知れないが、人間の社会的行動を語る場合には、
彼の社会経済学、或は社会壬義疋済学は、全く生覆概念の上に立つた経済学なのだ。
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軍機を生産と同視するこせは問題になるが、それに就いては既に述べたからここには
省く。
マルクスが悪晶生産を鹿骨経済生活の基木概念として取つたことは、常時の社会
としては最も新らしい、また至極常然の見方であつたと思ふ。機械が凌明せられ、
場の生産が手工的生産にかはつて勃興した所謂産業革命の常初は、全く革曾生活の上
に革命的な欒化が与へられてゐる‥人間は工場労働者として戌ち、商品生産はいかに
も機械を用ひての鞋曾的生産である。労働者はギタシアの昔に於けるやうな身柄を買
はれた奴隷ではないけれども、或る点で豊丁ろそれよりも危険性の多い、所謂賃銀奴
隷にならなければならなかつた。昔の奴隷には失業による食ひはぐれの心配はなかつ
フ」可)、
ナカ
今のやうに大規模に機械を利用する時代になつては、賃箸働者の誰れかは失
業者になつノて、産業の外へはね出されてゐなければならない。斯様に失業者に彗て
産業の外へはね出さ咋必要に應じてはまたその産業へよび戻される失業者の大群の
ことを、「産蒙備軍」といつてゐる。資本家は労働力を買つて生産をおこし、その事
業の中から儲けを取る。マルクスの時代には、かう⊥串触合状態が何ともいへず重大
第†一睾 唯物史教批列
一六一







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第十一事 唯鍵盤灘批判
一六ニ
仰 のものになつて見えたのだ。エンゲルスなども、英国の紡績業に於いてその惨憺たる
状態を賓見してゐたから、社会の最もいたましい、根本的な故障は−ご−にゐるのだ、
と見たことには無理がないと思ふ。いや、現在といへどもその状態はkはり赦曾の中
                        lヽ
に、重大の問題となつて存してゐる。
傍し社会経済生活が三盾進化して来ると、その生活は生産を基本概念にしてはだん
                            ヽ ヽ   ヽ ヽ
だん解けないものになつで↑つた。生産の代りに、信用或は金融が、根本的の支配
カを持つやうになつた。この金融力も、一面かち見れば資本の襲形だともいへよう
マルクス主義者は現にそのやうに考へてゐぺから、金融資本といふ言葉を使つてゐる
程でさへある。併し金融力は、所謂資本カとはすつかり性質の遽ふものなのだ.資本
は生産の中に現はれ、一旦労働者を使ひ機械を運用して、商品をつくり上げた後に儲
けを取トなければならないが、銀行家が手形を蚤行し金を貸してそれの上前をはねる
には。労働者や機械や商品生産は、少しも必要でない。そして現在では、所謂資本家
も金融家から金を借ら甘ければ事業が出来なくなつてゐるために、金融家の前に頭が
上がらない。以前は生産をしてゐる資本家が融禽を支配したでもあらうが、今では金
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l媚gm約b…貼附派弼…g附gf‥…‥朽糾……
¶ 凛日経済聾に於いては、先づ金融の作用を解剖し、更にその金融によつて支配せトれ
 十分の力をふるへなくなつてゐる生産の働らきを解剖すべきではなかaフか。
 産業革命の始まつた時代に、個人主義的生産印k手工的生産の中に行はれてゐる澄
 臍響的法則などを研究し、それを工場生産の現象の上に通用しようと思つても、それ
 は食く無意味の骨折でゐつた。今や社会檻済生活の観察には、それと同様の靖換が行
                 、、、、            ヽ
 はれなければならなくなつたのだ。私は、生産概念を基本にした経済学の代。りに、信
 ヽ ヽ ヽ
 用概念を基本にした経済学が、新dたに興らなければならぬと考へ、つねづねそのこ
 とを壬張してゐる。マルクスの輝澄法的哲学に随ふならば、悪日そのものが進展する
 と同時に、斯様ペ社会経済学の内容そのものを革新する−nは、常然のものである。
 マルクスの「資本論」は、資本壬義的生産を論じたもので、ギブシアの奴隷生産や中
世の手工的生産を論じたものではない。同様に、段階の進んだ悪日経済生活を説明す
る経済学は、■またマルクス時代の経済学と全く同一形式同高容でゐつてよい理由は
節十一事 唯物史勅批列
一六三

第十二単 唯物史観批判
一六四
ない。さて金敵力を動かす人間活動は、生産と達つた人間活動であるとするならば、
この活動は、さきに取つた所謂人間の行動賓蹟とどんな関係を持つのであるか。これ
もまた所謂人間の行動賓践の一つであるといへば、それで十分である。ここに人間の
行動賓蹟は即ち生産でないことは、一層明らかになつて来ると思ふ。

    改造方法が漫つて来る
 生産についてのこの見方が欒つて来ぺと、社会改造の賓行運動の主張の上にも、マ
ルクスのそれには幾多の改欒が加へられねばならなくなつて来る。例へば斬謂階級闘
争についての見方である。マルクスの時代には、階級国学は資本家と無産労働者との
間の同学であり、この封立は次第に尖鋭に進んでいつた。併し今は資本家は金融家の
前に頭が上らなくなつたとすると、鹿骨の中に於いて最も強力に対立するもの.は、資
本家と労働者とを併せての生産者と金融家とでゐることになつたのでゐる。勿論その
                                                                                     {
生産部内に於いては、資本家と労働者とは対立してゐるが、その生産者が今度はまた
〕括りになつて、金融家に対立するやうになつたのだ。さう頂ると、昔の所謂労資問の
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階級対立をどんなに激化していつて見たところで、社会は根本的には動揺せしめられ
ないし、またそんなことでは社会は改造せられるものでない。マルクスがこの階級国学
の考へをつくり上げる頃には、イギリスにはチャーチイスト連動といつて今の労働運
動よりはもう一段過激になつたやうな運動がゐつたので、それより幾多のヒントを得
七ゐるが、今はこのチャーチイスト運動の席旗主義で社会が改造せられる時代ではな
い。社会改造は、もつと科学的でなければならない。金融屠が社会澄済の全支配を取
つたことは、一面より見れば社会改造は背よりも容易になつたといふもので、銀行業
務は帳簿の上に立つての仕事であるから、その帳簿の動かし万一つでは、社会は何の
過激手段をも用ひず、至極科挙的に改造せられて行くことが出来よう。同盟罷業は、
犠牲の多い社会運動である。産業束蛍達の社会ではそれも有効に働らいたかも知れな
ヽ マ)、
、b カ
産業が沓達すれば沓達する程、我々はそんなむのよりも有効であつて、同時に
根本的に社会の故陥へ働らきかげ得るやうな悪違動の方法を考へなければならなく
なつてゐる。
節十〓卑 唯物鹿瀬批列
一六五

第十一事
第二に、
唯物政教批列
1】.1−,.111111一。一−。。一− − − 1−1 −一一。1一■。−一。−。。11I■−。1−■■■−▲。−I−↓−一1−。− − − ■。−11。−一■。1 −。■■1▲。−。1 − −。。。1。−■−▲。。−■11−−−。。1▲。1−。■‘●■ 一 ■
一六六
 社会の進展は飛躍的か
                        も叩
直ちに前の問題に開聯したことでゐるが、社会の温展を碑澄法的に見たこ
                                ●
とには、警戒すべ′き事柄が澤山に含まれてゐる。私は、社会が沸澄法的に進展すると
いふことは、本営だと思ふ。手工業の社会から工場生産の社会へ進展する仕方は、確…
                                                                                                                                                      一
かに一つの飛躍であつた。手工業が少しつつ姿を攣へていつて、工場生産になつたの
ではない。工場生産が始まると共に、社会経済は何から何まで面白を一新したのだ。叩
                                                                                                                                 l
                                                                l
即ちそこには止揚或は揚棄が行はれたのだ。                巾
                                                                       一
 けれどもそれは社会生活の意味が飛躍的に欒つたといふので、社会生活の外形が飛…
躍的に欒つたといふのではない。意味が飛躍的に欒れば、。外形も飛躍的に攣る場合も
あるが、さうではな」て、意味は飛躍的に欒つても、外形は漸次的にしか凝J.ないこ
ともゐる。また逆に、外形の上では飛躍的の欒化が起つたやうに見えても、意味の上
                               ●
ではただ漸次的の推移しか起つてゐないこともれる。然るに、正反より合へ進むのは
l                                                               ■
W 揚棄であり飛躍であるから、外形の上でも先つ飛躍的の欒化を起さなければならぬや…
叫                                                            −
n一ミミJ焉J謹当1一111““..1弓1一りヨイql−一1.−一1一.∃川“1Hd諾1…。i†i」】ユョaJミqlミ王。ミ」卜一一11。−一、。享ト

.‖−



 ん

うに考へるものがゐるとすれば、
シアでは飛
味をも一挙せし

つたからだ
躍的の欒化を以て
めたのでゐる。併
し、またああした
それは間違つた考へ
その鹿骨組織を一挙
しこの運動が成功し
欒革を行はなければ
でゐる

せしめ
と私は考へ
た。
外形と
たのは、欧洲大戦
鹿骨が攻欒せられ
アは不幸な閥であり、我々は寧ろその不幸に同情すべきでゐると思ふ心
り、ロシアの大衆はその直後生活にいかに深刻な脅威を受舶.セか。ま

自由とが、いかに悲惨に歴押せられたか。併しロシアの鹿骨は、
織の十分でない社会であつたから、不幸はあれだけで済んだが、
蚤達の
る。

∴同時
■後の
なか

この

人問
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■進ん
にその意
大欒革時
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襲革によ
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の十分な社会に於いて、外形の上に突然の欒草を望むならば、それは第一
                                                                                                                                                                          ′
        −
成功するも…
のでないし、また強ひてこれを賓行したとすれば、
社会
く挽想以上で、大
衆の得る不幸
を熟考しなければならない。現

.を▼

そ、こんな不景気も襲来すれば、
 ヽ
I‥ヽ



映陥を蔽ふ必要はない。
併しこの鉄
かに大い
社会生活
業者大群
陥を改造
なるもので
を破壊
あるか
混乱せしめることは仝…
知れない。我々はそこ
には確かに故障がゐる。快陥があればこ
 止伊
卜街頭へ吐き出さ
訂正する我々の手
れるのだ。何人もその
段方法は、十分科学的

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1J一
滞†三早 唯物史灘耽列
一六七


第十一撃 唯物虹教批剣
一六人
であり、賞功多くして犠牲の少ないものでなければならない。我々はそこを熟考した
いと思ふ。
     マルクス主義と理想主義
          ヽ、
 第四段、Iマルクス主義と理想主義との関係の問題は、観念論と唯物論との対立の問
題と、結局は同一問題でゐつて、解決には甚だ困難でゐる、。
 マルクス主義者は、理想壬義などいふものは要するに観念論でゐり、頭だけで心の
改造を考へてゐるものだから、社会問題の解決には何の力をも持ち得ないと見てゐる
のである。いかにも理想主義など持ち出すものには、さうした観念論を主張してゐる
人がないではない。併し理想主義だから直ちに心の改造を主張する無力なものだとは
いふこtが出来ない。私は先きに、現賓の析謂物的敵曾を改造するにも根本的には理
想王義的態度が必要で、その理想壬義的態度を根本に立てないでは、改造とか何卜か
いふことも全然言ひ得ないものであることを述べて買いたが、ここにはただ順序上マ
ルクス主義と理想壬義との関係を一纏めにして述べて置かう。
−■●一一■一■−−■一丁I■■−■l−■l■l:−=−−1− − −11。■1−。−一I−−I。。Il− − −−。−−−−■1−Il−−− −−−−I−−。1一−I■I■I−1−■−I−■−IIIl−11I−■1−−111。IJII−Il−1−●−−1−一11−■−■−−I−■一■一l一
 第一に、唯物史観を取り、人間の考へるイデオロギイは、ただ受動的に、我々の物
質的な、社会経済的な基礎生活を表現するにとどまり、それ自身に何等能動的な力、
即ち物質的な生活へさへ働らきかけ得る力を持たないものだと考へたとすれば∴】れ
はイデ「々ロギイの力を鎗りにも過少に考へたもので、それならばマルクス主義の物の
考へ方をさへ破壊することになる。マルクス主義に於いては、つねに相互作用を考へ
なければならない。人間は自身に能動的な力を持つてゐな卜ものではないし、イデオ
ロギイといへどもまた他に働らきかける力を持たないものではない。
第二に、唯物史観を取り、人間の考へる思想は悪日の進展と共に欒化して行トいの
で永遠不欒の眞理などは全く存在しないものだと考へたとすれば、これもまた誤謬
である。るれならば、前にも述べたやうに、相対主義の自殺に陥る。「眞理は社会の進
腎卦に欒化し、永久不欒の眞理は存在しない」卜壷イるそのことだけは、永久不
襲の眞理だと考へるのでなければ、この主張自身がそもそも主張としての成立をなさ
ないではないか。我が国のマルクス主義者は、この駁論にさへ答へる術を知らない、
またかつて答へたことがない。我々は、依然として永久不攣の眞理を、道徳を、理想
節†一睾 唯物史勧批判
一六九

第十一睾 唯物史親枇列
一七〇
開かれるが、これには警戒が必要である。成る程日本には日本固有の道徳がゐつたこ…
                                                            一
とは疑へない事賓でゐる。併しその道徳は、やはりその時代の悪日に封し有効な道徳…
                                                            −
でゐつたのだ。今は社会制度は世界的に決定せられて行く。諸文明図が資本王義的に…
を憧憬れつつ、人間の歩みを進め頂ければならない。時代と共に、社会と共に欒化す
るものは、地位的の眞理で、その地位の規定より脱却することがまことの人間の憧憬
なのだC 我々は脚を地につけつつ紳の光を憧憬れてゐる。尤も鹿骨はたえず歴史的に
墳化するものであり、欒化しない社会生活などは全く考へられないから、その社会生
活の中で寒行す頂我々の道徳的行窺は、時と虞とこれを寒行する人の諸種の関係によ
り、それぞれ建つて衆ちのは常然のことで、道徳行為の内容が同一でゐれと希ふこ」
は無理である。例へば昔の孝行の行為は親をよく物質的に養ふことを中心にしてゐた
                                                                                                    ●
から、今の子の孝行もそれと全く同一でゐれと希ふこと卑正しいとはいへ払い。よ
く欒化すればこそ道徳なのだ。ただ斯様に行窺は欒化していつても、人間を、社会を、
                                                                     \
完成しようとする々の理想は、欒化して行つたのではない。
 日本には日本固有の道徳がある。外来の思想などは必要でない、といふ言葉はよく
d一「一−一▼一一d▼一IJ叩dり」J一マJ「▲叩dJ一」」H」−I−.11−「−一.
&r
登達して行く場合には、日本だけその資本主義制度の埼外に出てゐることは出来な
い。そこで日本が諸文明図と同Lく資本壬義制度の社会になつたとすれば、その資本
壬義社会がどうしても持つやうになる厄病紳の不景気、失業などをも、この制度と共
に持ち込まないで済ます澤にはいかなくなる。外衆の思想が輸入せられたのではなく、
故界的の鹿骨制度の中へ日本もまた仲間入りをしたといふだけのことだ。そこでこの
時代に於いては、社会の仕組が全く建つたのだから、今J漑慮つた時代の所謂固有思
恐周有道徳をそつくりその偉ここへ持ち込む澤にいかない‥今は失業をなくすること
が何より重大な社会道徳になつてゐたとしても、昔はそんな道徳を考へてさへゐなか
つたであらう。むかし失業救済の思想がなかつたから今もまたそれは必要の思想でな
いとは、いふことが出来ない。ただかういふことはいへる。昔の思想道徳はいかにも
その時代に封應しての思想道徳でゐつたが、その中に抗人間に封√t、社会に封し、永
遠の光となるものが宿つてゐた。我々は、その永遠的なものを、今の社会に於いても
憧憬れ、これを害現しなければならないのだ、と。これならば立況な見方でゐる。
節十一筆 唯物史観北列
一七}

第十二単 唯物虫勧批判
一七ニ
必然論上の結び付き
 第三に、社会進化の必然性を力説する飴り、人間はその進化の必然性に封し、.何の
力をも加へ得ないものだ、と考へたとすれば、これはまた誤つた思想である。前にも述
                                 撫
べたが、社会進化の必然性は、自然科学上の必然性の如き絶対性を持たないものであ
るし、なほまた人間の努力がこの進化の中に要素となつて含み込まれるのでなければ、
社会進化もまた起り得ないのでゐる。古く加らマルクス主義に野する手痛い批判がゐ
つた。それ鞍「マルクス主義のいふ如くにして社会は必然の法則に随ひ進化するもの
ならば、我々はただその必然の流れに身をまかせて居ればよい澤で、特別に骨を折ら
                                                               、
ないでも理想社会へ達するであらう。何を苦しんで社会連動などをするのであるか。
その運動をなして見たところで、社会の動きが必然的のものならば、運動は.}由無力
無効ではないか。マルクス主義連動は、この敢曾進化必然論と全」矛盾した▼鴻のでは
ないか」といふ批判である。これはマルクス主義に対する有名な批判でゐるが、私の
                            ず
見るペニろでは、遺憾のない答へはこれまで一つも現はれなかつた。(日本でのことで
        くヽ






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はない。)
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  一
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   l
     一
或る人は答へて、「人間の努力は、社会のその必然的の動きをつくる重安の要素にな
るのでゐるから、必要のものだ」といつてゐるが、これは贅は完全の答へに轡つてゐ
                                     ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
ない。我々が結局問題にするのは「社会をかくかくの方向へ動かさねばならねとする
       J
そ凋理想的の見方は、社会の進みが全く必然的のものであるならば、何故必要でゐる
か」といふ鮎であるパなは進んでいへば、無産労働者が苦心んでゐようが、失業者大
群が街頭へ返られようが、すべては社会の必然的の動きでゐるから、その必然論に固
執するならば、我々はその苦悩をただ袖手傍観するより外はない筈でゐるのに、卑これ
は大欒のことだ。こんな離合的不正義はないじこの社会悪を何とか改善しなければな
らない」と感奮すをのは何故であるか、といふことで鴻る。我々はその心の激動と理
                                ♯
想ま義的の情熱と、その情熱を害行に移さうとする内心の要求とを、少しも祓する必
要はない。鎗りにも忠賓に理想壬義者であるものは、賀はマルクス壬義者自身なの
、。I−O
 J。。′





                                                                                                                                                                                               ノ



′▲
輝†ニ早 碓働史灘此例
一七三





第十三奉 祀曾主義とアナーキズム