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海法特第十五号

小磯内閣末期より現在に至る革新陣営の情勢に就て(内務情報)
  昭和二十年六月八日       海軍省法務局

 第八十六帝国議会の推移を注視しありたる革新陣営にありては、再会劈頭に於て取り上げられたる翼政、翼賛、翼壮解体による国民運動の一元化を目指す挙国的単一党結成の課題は、陣営を痛く刺戟し、斯る軍政の政治攻勢は翼政幹部の国民運動化の美名に隠れたる政党復活地盤擁護の野望に基くものにして次期政権を約束せる政治的闇取引なりと断じ、旧政党的色彩の進出を警戒し、如斯自由主義の進出を許容する小磯内閣の政治力を云為し速かなる挂冠を糞求する状況にありたり、一方翼政の政治的攻勢下に於て翼壮団長建川美次は辞意を表明せるを以て、国内騒然たるものあり。地方本部を狙ふ帝都翼壮一部の策動も錯綜して其の帰趨逆賭し欺き状勢にありたるが、遂に建川団長以下幹部の総退陣となり、緒方〔緒方竹虎〕翼賛会副総裁の団長兼務となり、翼壮は其の性格を一新して行政の補助推進機関として新発足するに至れり。
 元赤誠会員にして品川翼壮下大崎分団員豊淵忠八郎(二五)は斯る情勢を目して翼壮解消の前提なりと断じ、皇国危急の今日国民組織の中核たる翼壮を解消するが如きは、明かに為政者の盲断にして黙視するに忍びずとなし、直接行動に依りて緒方団長を殺害し、以て政府当局者の反省を求むると共に全国翼壮の蹶起を促さんと決意し、二月二十四日遂に緒方国務相暗殺未遂事件を惹起せり。
 斯る国内政情下に於て戦局は愈々急迫し、敵は「ルソン」島に上陸、硫黄島への侵寇となり、米機の跳梁は豊受大神宮を汚し、明治神宮を焼き、宮城に投弾し、艦載機は関東、東海に醜翼を延し、三月十八日には畏多くも 天皇陛下戦災地御巡幸の御事あり、皇国存亡の危機真に逼迫せるの感を抱かしむるに至り、革新陣営は議会の低調を鳴らし、内閣の退陣を要望し、非常大権の発動を翹望し、或は宮様内閣の出現を冀求する等其の声次第に喧騒となれり。仍て之が表面化として、

一、聖戦完勝会(有馬俊郎)に在りては一月十七日役員会に於て

  (一) 昭和維新の勅命拝授
  (二) 絶対責任(切腹)制度確立
の提唱を決議

二、翼賛壮年団(建川英次)に在りては一月十八日総務会に於て

統帥行政生産の一体化 外四項目 の戦争国家体制確立に関する政府要請事項を決議

三、皇国運動同盟(伊藤力甫)に在りては一月二十二日

強力政治確立と国内体制の軍隊式改編を要望せる声明書を発送

四、南町塾(宅野清征)に在りては一月二十三日

木戸内府 松平宮相 藤田侍従長 蓮沼侍従武官長宛に
航空燃料増産外二項目を内容とする進言書を発送

五、明倫会聯合会(石崎仲三郎)に在りては、一月二十六日

重要軍需生産従業員を全部軍属とすること外一件を要望せる進言書を首相、陸海、内務、軍需各相宛に発送

六、山本英輔、徳富猪一郎外十名の同人に在りては

  先手断行 外九項目
 の決戦施策を要望せる陳情書を首相宛に提出

七、南町塾に在りては二月三日

木戸内府、松平宮相等に対し食糧増産等三項目を内容とする文書発送

八、皇国運動同盟に在りては二月八日

「時局に檄す」と題し国内体制強化方策として全産業国営化の即時断行其の他を要望し
愛国陣営の奮起を促せる檄文百部発送

九、尊攘同志会(飯島与志雄〕に在りては二月十一日

維新翼賛挙国総禊抜国難招来の責任を匡せと
戦局の禍因を断ち冀は以て宸襟を安んじ奉らん云々の内閣非難リーフレット五、○○○部作成十四日発送
○(十九日発禁処分)

一〇、天関打開期成会(満井佐吉)に在りては二月十五日

木戸内府に対し
霊剣を奉振して米英撃滅に邁進せられよ、然らずんば辞職せよとの建白書郵送

一一、みたみ会(渡辺金蔵)に在りては二月二十一日

政府の勇断を望むとの国内現状を憂憤せる建白書を首相宛発送

一二、大日本勤皇会(武井定光)に在りては二月二十三日

新党樹立問題に関し翼賛会翼壮の解消を叫ぶ軍政は、自ら反省し衆議院を解消せよ
との進言書を作成発送準備中発禁

一三、元憲兵軍曹薄井四郎は二月十八日午前十一時

基督教排撃の進言を為さんとて首相官邸を訪問麹町警察署に検束

一四、南町塾にては二月二十七日

木戸内府 松平宮相等に対し
虚て国を固め神国を何処に売る心算だ、畏れ多くも宮城を米鬼の「ダンス」場にする心算か
との進言書郵送

一五、鶴鳴荘(摺建甫)に在りては三月十八日
   
  〔不明〕的強大内閣の出現を要望す
との意見書を作成 陸、海軍首脳部に郵送

一六、尊攘同志会に在りては

「維新奉行」
要請の署名運動を展開 要請文並
挨拶状 五、○○○部を各方面に郵送

一七、大日本言論報国会(徳富猪一郎)に在りては三月二十六日

内大臣宛 「御親政による政治の実現を翹望せる請願書」郵送

一八、南町塾に在りては三月二十六日木戸内府 松平宮相等に対し

「食糧増産」に関する進言書郵送

一九、世界修理固成会(安山実)に在りては三月三十日役員会に於て政府に対する

「決戦施策」要望の
建白書提出方決議

二〇、南町塾に在りては四月二日

木戸内府、松平宮相、蓮酒侍従武官長、鈴木枢府議長に対し
重大時局に直面し重臣の政治干渉並に国家機密漏洩に関する反省を促し内府に
  朝香宮鳩彦王殿下を推薦し奉り度し
との建白書を郵送すると共に写を朝香宮殿下に郵送奉呈する等請願建白、進言、要請の頻発、或は政文、声明書の続出する傾向を生じたり


 革新陣営の楼関紙に於ても同様の論調を掲ぐるもの多く

一、世界思想戦研究所(小林五郎)機関紙「国民評論」十二月号に於て「内閣の快速調」と題し政策の中核に触れざることを論難

二、国際日本協会(藤森清一郎)は櫻関紙「復興亜細亜」新年号に於て政府当局者並に指導者の慣起と垂範を要望

三、大日本同志会(松本徳明)は機関紙「維新新聞」一月号に於て「断行の年」と題し、重要重需工場の疎開分散其他強力政治に依る決戦施策の断行を要望

四、皇民実践協議会(丹羽五郎)は櫻関紙「皇民新聞」に於て「和平論を爆砕す」と題し和平論を痛爆し直接行動を示唆、二月六日発禁

五、啓明社(石井寅雄)は機関紙「啓明」一月二十五日「完全勝利の維新体制」と題し国家維新体制の勅令を仰ぐとなし直接行動を示唆、発禁

六、国粋同盟(笹川良一)は機関紙「国粋同盟」三月号、勝つ為だ。皇国護持のために現翼政幹部は総退陣せよと主張

七、大日本勤皇会(田辺宗英)機関紙「報国新聞」二月号に於て
                                  
「噴火山上の狂態」と題し、国内の狂態を痛憤、態制〔ママ〕切替へを要望

する等論旨概ね激越にして警戒を要するものありたり。斯る情勢下政府にありては内閣強化の為二月二回に亘り改造を断行、次で三月十六日には特旨により首相の大本営会議列席が発表せられたるも、聊も空気の好転とならず、殊に三月三十日大日本政治会の発足に対しては冷淡以上のものを有し、不要と難じ、「バドリオ」的存在と警戒するもの、或は之が攻勢に対応することを目的とせる革新陣営の派閥を超越しての横断的結集を企図せる雨谷菊夫、片岡駿、豊島慶輔等を中心とする万朶会結成準備の動きを生ずるに至れり。
 他方戦局は愈々急迫し三月二十五日慶良間列島、四月一日沖縄本島への敵上陸となり、世界の視聴は本土の一角南西諸島に集中せられ、一億国民斉しく皇国の危急を感じ戦争完遂強力政治の大号令を待望するや切なるものあり、四月五日小磯首相は更に強力なる内閣の出現を冀ひ遂に総辞職するに至りたり。
 斯て六日鈴木内閣誕生せるが之に対する革新陣営の意向は個人的には鈴木首相[鈴木貫太郎]に好感を有するもの多きも、組閣に関しては従来の組閣方式を一歩も出でず、革新性なしとするもの、岡田(啓)内閣の観ありとなすもの、重臣並に大日本政治会に気兼ねせりとなすもの等あり、人事に関しても陸海内文相は概して好評なるも其他は期待薄しとなし、兎角の批判をなし居る状況なるが、西南諸島の攻防戦は我特攻隊の遜大なる戦果に不拘、戦局は依然膠着状態にして其の帰趨端倪すぺからざるものあり、此処に国民義勇隊結成の方途明かにせらるゝや革新陣営にありては重大なる関心を払ひ、組織に当り之が中核体たらんと活発なる活動を展開する一方、欧洲の崩壊に伴ふ日蘇外交問題及沖縄戦局の重大を加へ来れるに国内問題、又幾多の重大事象累積するに至り、彼等は戦争指導部に対する監視的態度に出で而も監視態度は厳となりつゝあり。
 而して彼等は現内閣の政治力を以てしては国難打開不可能なりとし、一部民間及軍革新将校等の熱望する軍政実施を要望し政府に要請する処あり、軍政実施完遂に清澄なる活動を展開すると共に、近次彼等は革新陣営の一致団結を目指し各種流体の有力メムバーを網羅し従来の団体を鮮消し、一つの団体に発展せんとするの傾向濃厚なるものあり。要するに革新陣営にありては、戦局緊迫の秋、政府の行動を監視的の態度にあり、表面概して平穏且つ自重的態度にあるも其底流而〔ママ〕は依然複雄なるものあり。戦局の推移と共に相当注意を要するものある情況にあり。         (終)