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           所謂「怪文書」について



 近代日本において、流布の目的で作製した秘密の不穏文書を自ら「怪文書」と名乗ったのは、松島遊廓事件を告発した実川時次郎氏の「疑獄松島事件」と題するパンフレットが最初であろう。同パンフレットは菊判八四真のものであるが、その表に次のように書いてある。

   「怪文書 − かういふ熟字は大正十五年に出来た新しいものである。」と。

 爾来昭和十一年五月四日、「不穏文書取締法案」が政府より第六九回帝国議会に提出され、成立するまで、あたかも昭和の日本の激動期に呼応する如く、多くの怪文書は流されまた現実の政治に機能した。本書は、ここにいくつかの「怪文書」を収録して、日本の国家主義運動の歴史への理解の一助とした。
 「怪文書」が何故、生れるか、そしてそれが、どのような作用を営むものであるか、これには、清水幾太郎著『流言蜚語』(昭和十二年十二月、日本評論社、新版岩波書店)が最もよく答えている。著者が二・二六事件直後最初の稀を書きはじめ、南京陥落の時出版されたというこの著作には、「怪文書」という文字は、一回も現われないが、 ―― 既に時勢はこの言葉を公に使用することを困難ならしめていたのであろう ――そしてテーマたる「流言蜚語」が無形のものであるに対し「怪文書」は「文書」という有形のものである、という点において、そこに、多少差異があるにしてもここには「それは「[流言蜚語]音ふまでもなく社会が危機に直面し、その秩序が既に幾分か動揺してゐるときに生ずるものである。」(三七頁)という「怪文書」発生の基本的要因が示されている。そして更に「白昼行つてはならないことは暗くなつてからやればよいのである。流言蜚語はかうした隙間から生ずる。官報−新聞−流言蜚語。この三者の関係の把握は本質的に重要である。新聞が独自の機能を失つて官報化すればするほど、その空隙を埋めるものとして……」(四一頁)と、当時の日本の官報化した言論界とそれに表裏をなす、国民生活から超然とした支配層の戦争体制への強化と社会的重苦しさを背景として、プロテストの怒りをこめて書いている著作である。勿論この事はここに引用しただけではなく、「流言蜚語」の発生、構造、根拠、更に「流言蜚語」の担い手として潜在的公衆という当時としては新しい発見によってマス社会の生理をとらえている。
 しかしながら、本書に収録した「怪文書」に、直接関連して、生々しい「怪文書」問題を全体的に理解するには、なんといっても『帝国議会出版法速記録輯』第三輯(昭和十一年六月内務省警保局)が最も役に立つ。菊判六六四頁に及ぶこの事は、二・二六事件直後の第六一議会に政府より提出された「不穏文書取締法案」の成立までの議員と政府側(広田首相、潮内相、寺内陸相、林法相)の一問一答を全部収めてある。ここに収められた質疑応答は、追いつめられた自由主義者が、残された僅かの出版言論の自由を確保せんとし、政党人またデモクラシーのための最後の一戦をここに賭け「庶政一新」「粛軍」を旗印に愈々ファッショ化せんとする政府との必死の攻防戦を展開しているのである。「言論」の問題をも含めて、日本政治史に興味ある資料といえよう。
 質問している議員も芦田均氏を先頭に今日からみても質問内容はまことに核心をついている。六六四頁どこを引用しても、いいと思われるが、紙数の関係もあるので、(極端にいうと)手当り次第いくつか引用してみる。
 まず潮内務大臣は、この法案の提案理由を現明して、

国務大臣(潮恵之輔君) 只今上程になりました不穏文書等取締法案の提案の理由を御説明申上げます、近時所謂怪文書等の横行が甚しく、其内容も亦益々悪化するの傾向がございまして、之が為に或は人心を惑乱し、或は軍の秩序を紊乱し、或は財界を攪乱する等、治安維持上に支障を生ぜしむる事例が尠くないのでございます、斯の如き事象は治安確保の為には到底之を放置し得ざることは言を俟たない所でありますが、特に今回の如き大事変の後に於きましては、其徹底的防過を講じますことの必要が、切なるものありと痛感せられるのでございます、それ故茲に取締法を制定して……(「言論の自由を認めろ」其他発言する者あり)
議長(宮田幸次郎君) 静粛に −
国務大臣(潮恵之輔君)(続) 著しく社会人心の不安を惹起し、治安維持上に重大なる支障を生ぜしむるが如き不穏なる出版物等を、厳に取締らんとするものでございます、本法案の内容の主要なる点を申上げますと次の通りでございます
 第一に近時所謂怪文書の実情に徴しまするに、或は人心を惑乱し、或は軍秩を紊乱し(「言論の自由を認めろ」「喧しいぞ」と呼ぶ者あり)或は財界を攪乱する目的を以て、治安維持上重大なる支障を生ぜしむるが如き事項を掲載したる文書を、出版するの事例が多いのであります、それ故斯の如き悪性なる目的を以て不穏なる事項を掲載しました文書図画を出版した者、及び之を頒布したる者を処罰する為に、第一条第一項の規定を設けましたのであります〔以下略〕

と説明している。
 また委員会の升田憲元議員の質問に答へて潮内相は、次のように法案提出の意図を語っている。
 「…内務省の少壮官吏の中から西園寺公に建白書を致したと云ふことは御間違ひであると存じます、尚ほ人心惑乱とか、財界攪乱とか云ふことに付きましては、是は一般に広く民心に衝動を与へまして、公安上の不安を来し、広い範囲に亙つて経済上の不安を来すと云ふやうな場合を指すのであります、此法案を特別法などで出した、又出すべき時機でもなからうと云ふやうにも

02

仰しやいましたが、洵に是は已むを得ない社会情勢と見て出したので、斯様なことが無くて済みますれば、洵に結構なことであります、真に已むを得ぬ社会情勢と見まして、此法律を提案して御審議願ふのであります、なぜ特別法にしたか、ここは私共は深く意を用ひた考であります、一般の新聞紙法、出版法等とは、此組立は違ひますことは申すまでもない、あの方は申さば形式犯で、文字が安寧秩序を害し、治安妨害ならば、目的は問はず処罰される、此方は人心惑乱とか、財界攪乱とか、軍秩紊乱とか云ふ、目今[ママ]の一番大事な事項を ― 目的を三つ拾ひまして、之を一般言論締の方から抜出したのであります、斯様な目的のものを一般法に入れることは却て適当でない、斯様に考へまして、詰り一般から抜出した形になるのであります、是がやはり今日の情勢上已むを得ないと云ふことの趣旨を明にし、所謂怪文書の取締が必要であると云ふことの璧日を、明瞭に致したいと云ふ所存であります、斯う致して置きますれば、万々一取締る場合に於きましても、…

同じ質問に寺内陸相の答弁は次のようである。

現務大臣(伯爵寺内寿一君) 只今の御質問に御答致します、軍は政府を強要して本案を提出致したのではないかと云ふ御問でありましたが、強要をしたことはないのであります、現在の怪文書横行の現状は、単に軍のみならず表社会にも極めて大なる害を流して居ると云ふことは、私は隠れない事実と思ひます、特に軍は此怪文書の為に最も大なる被害を蒙れるものでありまして、最近数次の不祥事件の如きも亦是等怪文書に依つて、其動機原因を醞醸したものと考へるのであります、随て軍は此怪文書の絶滅に付ては、最も熱烈なる希望を有して居るものでございます、偶々此希望が政府に容れられまして、全政府の表の意見として茲に法案が提出せられたものと存じます
 次に、陸軍将校と雖も本法の精神に抵触する者は、勿論共通用を受くるぺきものとなるのでございます、本法なくんば粛軍が不可能なりや否やと云ふ御問でありまするが、是がなければ出来ないと云ふことは申しませぬ(拍手)併ながら此粛軍に対して非常なる皆様の熱烈なる御期待に速に副ふぺく又私が課せられたる所の此任務を容易にする為に、是非とも是が必要を痛感して居るのでございます、是非此際色々の御意見もございませうが、大なる御度量を以て吾々苦衷を明察せられんことを切に望んで熄まないのであります(拍手)

以下議員の質問の代表的なものを次に掲げる。
。謂石)久山琴:.      \ト\ 【
  0久山知之考 私は只・今上上程されました不穏文書等に関しまする法律案に対しまして、二三の算を致レで見たいのであ’ます、
 近来不穏文書が各方面に撒布されまして、或は人心を惑乱し、軍秩を索すと云ふ点に閑しましては、難共も内務当局と同様の意
 見を持つて居ります、嘗ての陸軍大臣の御説明に依りますると、前の相沢中佐に関する事件、或は二・二六事件に閑しましても、
 其根漁は不穏文書に在ると言はれて居る、私は必しもさうではないと考へて居りまするが、不穏文書が幾分の手伝ひを致して居
 ることだけは認めて居るのであります、昔は国乱れて忠臣出づと申して居りましたが、今日は国乱れて不穏文書出づと云ふのが
 本当の実情ぢやないかと思ふ、そこで不穏文書に依つて軍部が撹乱をされたか、若くは軍部の統制が素れた結果、不穏文書を出
 すに至つたかが、私は今日最も大切なる点ではないかと思ふのであります(拍手)其点に閑しまして、寺内陸軍大臣は果して如
 何なる見辟を御持ちになつて居りますか、先づ私は其点を御尋申上げて置きたい、私共の見まする所に依ると、遺憾ながら不穏
 文書と言へば、悉く其材料を軍部に求めて居る、寧ろ軍の内部に於て此文書が沢山発表されて居る事実を承知致して居る(拍
 手)吾々民間の者が軍の統制に関して、或は派閥抗争の問題に関しまして幾多の廃惑を持つて居る点は、即ち軍部から出たらし
 い不穏文書にあることを、先以て軍部の諸君は御承知置きを願ひたい(拍手)私共は粛軍に関する意見書と云ふ可なり部厚なる
 不穏文書を拝見したことがある、此粛軍に関する意見書が二・二六事件の根源を成したものではないかとすら考へて居りますが、
 さう云ふ時代に於きまして軍部の諸君が、吾々国民に協力を求められて、軍の秩序を守る為に、粛軍の実を挙げる為に、不穏文
 書の絶滅を期したいと云ふ御意見に対しては、決して反対する者ではありませぬ、けれどもそれは軍部の所謂粛軍が徹底した時
 に於て、始めて不穏文書の絶滅を期し得るのでありまして、私は滋に熱烈なる粛軍の実行者として、一身を君国の為に捧げる意
 味に於て御起ちになつて居る、吾々の信頻する寺内陸軍大臣のおありになる限り、斯う云ふ法律の必要を認めて居りませぬ(拍
 手)流言費語が何故起るか、此頃諸君も能く御承知でありますが、極端なる言論の圧迫が行はれて居る、新聞社に対する記事の
 差止が頻々として行はれて居る、何でも二・二六事件に対してのみ数へて見ましても、十一件かの記事差止の命令が出て居るか
 に承つて居りますが、一方に於て極端なる言論に圧迫を行つて置いて、さうして一方に於て此流言費語を気に病まれる内務大臣
 の御考が、どうも私は腑に落ちない(拍手)流言費語を絶滅する為に内務大臣が御心配に相成るのでありますれば、何故もう少
 し自由な、もう少し吾々に対して自由な言論を御認めにならないのであるか、諸君過ぐる五・一五事件当時以来、今日まで吾々
 は無形の重圧を受けて居ります、政治家が思ふこと皇一口へない、思ふことも書けない時代が長く続いて来た、之を吾々は非常時
 と称して居る、吾々が言論文書に対して自由を奪はれて居ることは、一方に於て流言輩語の起る本当の原因ではあるまいか、若
 し有ゆる方面に於て今少し言論文書の自由が認められましたら、流言費語なんかは起りさうな筈はない、又起りましても、誰も

03

之を相手にする者はない筈なのである、此窮屈なる時代を誰が作つたのでありますか、国民に依つて此非常時が斎されたのであ
るか、或は軍部の一角に於て、若くは官吏の諸君の中に、斯う云ふ時代を招来するやうな人があつたのではあるまいか、斯様に
私は考へる(拍手)財界の捜乱に対しましても私共は多大なる疑問を有つて居る、軽率不謹慎なる馬場大蔵大臣が、此増税をや
 ると云ふ新聞記事が発表されると、翌日は直ちに株界に大暴落が来る、内閣調査局や、或は大蔵省の役人諸君が何か功名手柄を
立てたやうな積りで、新聞記者に内部の問題を漏洩致しますると、それが新聞紙上に現はれて来る、現はれたる記事に依つて財
界が撹乱されるのである、若し財界の挽乱を心配される内務大臣の思召でありまするならば、あなた方の仲間を御取締を願ひた
 い(拍手)
 更に流言蛮語でありますが、何時の時代でも凡そ上は台閣に列せられる閣僚詔公より、下は義兵星の井戸端会議の話題に至り
 ますまで、悉くは浮世話である、人の噂である、其浮世話、或は人の噂が今日では流言輩語と鮮されて居る、彼等が不用意の中
 に洩らす一語々々が直ちに国家の罪人たる材料を其筋に提供する危険を、私共は考へて見まして、流言悲話を取締ると云ふこと
 は、是は容易ならざる問題ではないかと、斯様に考へて居るのであります(拍手)幕末の当時には隠密の政治が行はれた幕府の
 捕吏の手先になつて、さうして一般の市民の噂講を本として、之を検挙して断罪したと云ふ事実に対しては、内務大臣も能く御
 承知であらうと考へますが、若し本法案が実施されます暁に於ては幕末当時の隠密の政治が復活する(拍手)前にも升田君が御
 述ぺになつて居りますやうに、吾々は憲法の保障に依つて言論の自由を持つて居るけれども、其吾々に与へられたる憲法上の保
 障は、一方に於て斯の如き悪法の為に揉潤されんとする危険に瀕して居る、議会政治は、既に閣僚諸公も御承知の通り、民意を
 代表すぺき櫻関である、議会に於て吾々が言論の自由を有つて居ることは申上げるまでもありませぬが、院外に於きましても五日
 々が公正なる立場に於きまして、少くも社会を惑乱し、或は軍秩を素すが如き意図に出でざる言論に対しては、如何に内務大臣
 と雄軋五日々を弾圧することが出来針いと思ふ、併ながら此吾々の議論も往々にして不穏の言動と見られる危険が伴つて居る、一
 体吾々の言動に対して、それが本法案に抵触するか香かを何人が判断をし、決定をするのでありますか、恐らく下級検察官の手
 に依つて、是が先づ検討をされるのではないかと考へて居りますが、吾々は選挙法の改正に依りまして、真面目なる態度の下に
 国家国政の革新を図ると云ふ意味に於きまして、此法律案に翼賛致しました、随て今日でも改正された法律案の総てが惑いとは
 考へて居ない、少くも従来に此しまして、色々の点に於て私は優れるものあることを確信致して居りますが、然るに此吾々の多
                                           〔ママ〕
 大なる期待を持つて居つた改正選挙法に依つて行はれたる選挙が、全国各地方に於て沢山の違犯者を出すやうな結果を見て居る、
 法に触れる人を処断することは、是は当然であります、司法大臣が法を守る為に献身的の努力をされることは、私共も之を要
 求をする、希望をする、けれども今日の選挙違反の事件の中には、無事の民が沢山繰維の辱めを受けて居るハ拍手)曹察碧にノ
 度勾引をされますると、無事では再び警察を出て来られないのが今日の世情である(拍手)蟻地獄に蛾が落込んだやうな此の状
 態を私共目撃致しまして、そこに何か下級検察官の思達ひがありはしないか、斯様に考へて居るのであります、一体新しい法律
 が生れて参りまして、之が実施されますると、検察の立場に塵かれる人達は、非常な熱意を以て此法律の適用に当るのが過去の
 事実であります。内務大臣は選挙法の問題に対しましても、自分の部下が余り熱心な余り、或は非常識なる検挙を致して居つた
 かも知れないと云ふ意味の御祝明があつたのでありますが、私をして言はしむれば、彼等は唯の一人でも沢山の人を捕縛して、
 之を罪に陥れることに俵つて将来を約束される、故に私は大なる間違があるのぢやないかと思ふ(拍手)今度の法律と雑も結果
 に於ては私は同様であらうと思ふ(拍手)一体庶政一新は何を意味するか、只今閣僚諸君の御答弁を私は承りまして大変失望致
 したのでありまするが、捻理大臣は此法律の実施に依つて人心の一新を図ると言はれて居る、法律に依つて人心の一新が因れま
 すか(拍手)時局の重大なることは吾々は能く承知致して居る、随て斯様な怪文書、不穏文書の発行を阻止せんが為には、協力
 を決して惜む者ではありませぬ、或は出版法の改正に俵つて、新聞紙法の改正に俵つて、其目的を遂げることは出来ようと思ふ、
 此出版法、新聞紙法の改正だけでは例の流言費語を取締ることが出来ない、随て鼓に新しい法律が提案されたのであると、斯様
 に私は考へて居ります、それが危険なのである、其新しい法律に対して、内務大臣が御答になりました、一向に此法律が出来て
 も怪文書や不穏文書を発行する者以外の一般の人達に対しては、決して迷惑を掛けないと仰せになつて居る、どうも私は此点が
 甚だ腑に落ちない、一般の人と雄も不用意の中に、耳から伝つて来る浮世話をするかも知れないと云ふ危険はあると私は考へて
 居る、此頃二・二六事件に対する記事が厳重に差止められて居りまして、私共其内容を窺ひ知ることすら出来ないのであります
 るが、けれども一般の国民は正式に軍部が御発表にならない以前に、誰某が如何なる事由に依つて召喚をされた、誰某は衛戌監
 獄に収容されて居る、誰某は此事件に依つて斯の如き取調を受けて居ると言ふ、其内情に対しては、それが正鵠を得て居るか居
 ないかは別問題と致しまして、頻々として吾々の耳に入つて居る、之を林して流言費語として取締る御方針を御持ちになつて居
 るかどうか、陸軍大臣は、軍は怪文書に俵つて最も大なる被害を蒙つて居る、斯様に御述ぺになつて居りまするが、戌程相沢中
 佐の事件或は二・二六事件が其源を怪文書に発して居ると致しますれば、是程大きい被害は私はあるまいと思ふ、けれども前に
 申上げまするやうに、軍の統制が完全であつて、如何なる怪文書が軍隊に舞込んで来ても、何等心配ないと云ふ時代に於ては、
 怪文書なんかに動かされる人は一人もあるまいと思ふ、此点をどうか御考を願ひたい、私は吾々の信頼する陸軍を敢て非難攻撃
 する者ではありませぬが、事の起りを能く御考へ下さいましたら、本末願例の誤りは生じて来ないと思ふ(拍手)そこで私は内

04

  顔大臣に対しては、不穏文書又は流言輩語に俵つて社会の人心、或は軍部の統制、財界の状態を惑乱する行為であるかどうかを
  如何なる手続と、如何なる方法に依つて御認定になるのであるか、之を一つ御伺申上げて置きたい、司法大臣に対しましては、
  爺にも申上げますやうに、非違を発き、不正を札弾することは司法官に与へられたる使命でありまして、私は此点に関しては論
  義する者ぢやありませぬが、此頃司法官ファッショと云ふ言葉が頻に用ひられて居る、司法官は法律に依つて国家の革新を図ら
   ん上致して居る、是が頗る危険であります、此司法官ファッショの事実を御認めになつて居るかどうか、以上申述べました私の
  質庚に対しま⊥て、どうか総理大臣以下関係閣僚は、率直なる御答弁を御願申上げたい、さうして私を始め同僚諸君に対して安
   心を与へられるやうな明瞭なる御答弁を希望致しまして、私の貿尿を終りたいと考へる次第であります(拍手)
 この質問に対する潮内相、林法相の答弁は −。
  ○国務大臣ハ瓢恵之輔君) 言論の自由に関しまする御祝は、全く御同感でございまして、其増由を専重すぺきことは固より言
  ふを倹ちませぬ、併ながら社会の情勢上、其情勢の変化に応じて成る制限が加へられると云ふことも、是は実際として真に已む
   を得ないと思ひます、只今仰せになりました流言輩語でも、唯個人的のせ講話しとか、対々の不用意な言説が此法律の取締らう
  と云ふ目的ではないのであります。人心を惑乱し、軍秩を索乱し、財界を捜乱すると云ふ臥的で、治安を妨害すぺき流言輩語を
   為したとありますから、一般の言論や政治上の話などに左様なことがあらうとは私は予想を致さない(発言する者多し)尚は此
  法の運用は私から御答するまで針なく、司法部と警察官とで運用をしなければなりませぬ、而も此運用は特別に注意をすぺきも
   のであると私は確信します(「今の内務省が信用出釆るか」其他発言する者多し)
    〔国務大臣林頼三郎罫登壇〕
   ○国務大臣(林蔵王郎君) 今日の我国の司法官は何れも熱心に職務に尽痺致して居りまして、司法官としての最高の使命を達
  成すぺく努力致して居りますので、御尋になつたやうな司法官のフ;ショ化などと云ふことは全然認めら忍ふせぬ
    (「大有り」其他発言する者多し)
 芦周均議員の質問。
   ○芦日委員 只今の内務大臣の御説明は殉に正しい御考に基く御意見と思ひます、私も只今の御回答の趣旨に何等根本的の異議
   を持つて居る訳ではありませぬ、併ながら青々が能く考へて戴きたいと思ふことは、現在め我国の言論界がどんなに不自由な歪
   められた形で残されて居るかと云ふ点である、有形無形の言論に対する圧迫が我国の政治界を捜乱するのみならず、延ては此処

   に怪文書取締法に摘記されて居るやうな、人心の惑乱とか、或は軍秩の素乱とか、財界の漢乱とか云ふやうな事実は言諭自由に
  対する弾圧の結果である、内務大臣は勿論現在の情勢を御承知でありませう、吾々が春日読む新聞、又現在印刷になつて居る出
  版物の中に真実を書いたものが幾らありますか、今日の世態を最も直裁に書いて居るものは怪文書である、怪文書に真実あり、
  公表せられて居る印刷物に真実がないから、世人が争うて怪文書を読む、それでなかつたら何の興味があつて怪文香を世間が読
  みますか、そこをあなた方が能く御考下さらなければならぬ、吾々は今日まで軍の内情に関し、政界の内情に関し政界上層部の
  掛息に関し、色々の怪文書を見ました、其怪文書に俵つて学んだことは甚だ多い、此種の怪文書を受取つた当硯は何人もまさか
  こんなことは真実ではあるまい、真実でなからんことを望んで居つた、所が二箇月、三箇月、四箇月すると、それが悉く的中す
  る、是が今日までの怪文書存在の理由である、此怪文書はどうして起るか、言論の自由がないから行はれるのである、然るに一
  方に於て新開雑誌、其他の言論を抑圧して置いて、さうして一方では其怪文書を取締らうとされる、権力を持つて政治をして居
  る皆さんから言へば、自分の都合の悪いことは隠したのでありませう、是は人情の弱点です、仮令真実であつても不愉快な真実
  は開きたくない、是は権勢に立つ者の弱点です、であるから、私は目新しい此内閣に限つて弱点を持つとは言はないけれども、
  真理はそこにあると云ふことを能く考へて戴きたい、今日まで新聞に徒事して居る人間のことを考へて御覧なさい、新聞紙に気
  に入らないことを書いたと云つて、翌日は抜刀で躍り込む人間がある、背中を斬られる、それが丹毒に罷つて命を失はんとした、
  裁判所で共犯人がどれだけの刑罰を受けたか、懲役二年です、言論機関に抜刀で躍り込んで記者の背中を斬り付けて、人命を損
  ぜんとした犯人が日本の 天皇の名に於て行はれる裁判所に於て僅に二年の懲役に処せられた、斯様な刑罰を科して置いて、政
  府は言論の自由を擁護するとか、言論の白市を尊重するのと仰しやつても、それは理由にはなりますまい、併し現にさうである、
  勿論言論に対する抑圧は合法的に為される場合もあります、或は全く不合法な抑圧もある。合法的の抑圧はまだ之を忍ぶぺし、内
  務省が禁止命令を出され1ば吾々は謹んで遵奉します、記事の差止を命ぜられることも結構、是も吾々は固より不服はないけれ
  ども、今日言論界が最も悩んで居るのは不合法な圧迫である、或る新聞社が論説に於て、日本の予算は軍事費が鹿大であると書
  いた、さうすると或る官憲から電話が掛つて、お前の新聞の論説には、斯う云ふ趣意を述べて居る、怪しからぬではないかと云
  ふ直接談判である、二月二十六日事件の起つた直後、某新聞社は警察官の弔慰金募集を発表した、さうすると或る官憲から電話
 .が掛つて、あのような問題をお前の新聞が大きく取扱つたならば、重役の命は危いと思へと仰しやつた、或は文名もなき暴力団
  が新聞社に飛込んで行つた言論に圧迫を加へる、それを聴かなければ輪転機に砂を撒く、活字を棚を引繰り返すと云ふのである
  から、不法と知りつゝも彼等は涙を呑んで暫く隠忍して居る、新聞記者に勇気がないのではありませぬ、新聞記者は自分の主義

05

 主張の為には、命を捨て1も之を天下に発表したいと考へて居る、けれども新聞記者は新聞の営業主ではありませぬ、自分の主
 張する議論の為に、自分が働いて居る新聞社の全体に迷惑を及ぼしては相成らぬと思ふから、涙を呑んで隠忍して居る、それが
 今日の言論界の現状です、そこで現内閣成立の時に、枇政を一新すると仰しゃつた、其批政二新と云ふ中には、言論の自由蹄護
  のやり方が甚だ手温かつた、将来は此批政を革めるのだと云ふ御考で、あの一項を御入れになつたかどうか、其点を御伺致した
   いと思ひます。
  ○潮国務大臣言論に制限を加へると云ふことを、現内閣と致しましては、決して政府の権勢の為に彼此れ致すのではないので
  あります、国家の為め社会の為に、万已むを得ない場合に、已むを得ざる制限をすると云ふ立場に居るのであります、内務省が
  取扱ひまする態度もそれでございます、又非合法の圧迫、是も色々耳にする所ではございます、併し今御示になりました事例は、
  私承知致して居りませぬ、彼此れ申上げることは控へたいと思ひます、如何なる方法でございませうとも、貌に非合法の圧力を
  言論界に加へると云ふことは、甚だ宜しくない、内務省は固より、関係各省に於きましても或は他の方面に於きましても、非合
  法の圧迫と云ふやうなことは無くなすやうに努力しなければならぬ、斯様に思つて居ります、唯是が為には或る場合、合法的の
  或る程度の制限と云ふものは御辛抱を願はなければならぬのであります、左様にして行けば、自ら明朗に言論界がなつて参るこ
   と1考へて居ります。
  ○芦再委員 只今の内務大臣の御言明は殉に有難く拝聴致します、どうか此処で御答になつたことが、本当に行はれるやうに、
  実際共通り著々属行されることを青々は望んで居るのであります、唯一時遁れに議会の委員会に於て、其場限りの答弁を与へら
  れると云ふのでは、吾々は承服することが出来ませぬ、更に進んで私が御尋致したいと思ふことは、只今日本の現状に付いて申
  上げたやうに、印刷した出版物には殆ど真実は載つて居らぬ、音はんと欲して言ひ得ず宜い加減に筆を曲げたことばかり書いて
  ある、寧ろ世態の真相は怪文書に現はれて居る、こんな情勢に於て怪文書を法律を以て取締ることが出来るかどうか、天に口無
  し、人をして言はしむと昔の人は育つた、今は印刷物にロ無し、怪文書をして言はしむと云ふ時代になつて居る、さう云ふ情勢
  から出て来た此怪文書を、一片の法律を以て取締ることが出来るかどうか、根本に於て此世態情勢が一変して来なければ、何時
  迄経つても怪文育を根絶することは出来ぬのぢやないかと云ふ疑を私は持つて居ります、元来怪文書の取締と云ふが如きは、寧
   ろ国民各自の自省に倹つぺきものである。〔以下略〕

 同じく芦田議員の督ハ閏。

 ○芦申畢旦 粛軍に関する意見書と云ふ書類が出て居ります。是は怪文書ではありませぬ、村中と云ふ士官外一名が立派に著名
 したものでありますから、此法律案で言へば第一条第一項に相当する犯罪であります、共犯罪に対して陸軍は虎に当時御処罰に
 なつて居ります、然し其御処罰の潅度でほ不十分だ、斯う云ふことで今回の法律案を御掟示になつたのでありますかどうか御答
  を願ひます。
 ○寺内貝務大臣 十分に目的を達せられないと考へます、尚ほ申上げまするが、私共の怪文書と申しまするのは、語り事実を歪
 曲しましたり、或は事実でないことを基礎として或目的の為に出して居るものを怪文書と申しまするので、先遵二寸承つて居り
 ました時に、此怪文書が事実であると云ふやうな御言葉を伺つたやうに息ふのでございますが、事実であるものは私共は怪文書
 とは致して居りませぬ、其事だけを一つ御諒承厳つて置きます。
 ○芦田委旦只今の御説明は殉に明白であります、唯私が怪文書と育つたのは、例へば村中某の発表したる粛軍に関する意見書
 の如きもの、其中に書いてある十月事件の詳細なる報道の如きは、或は陸軍大臣も之を事実と御認めになつて、怪文書にあらず
 と仰せられる御趣意かと思ひます、其点は能く諒承致しました、併ながら私の中途ぺんとするのは斯の如き真実の報道であつて
 も仮令十月事件の報道が真実であらうとも、之を上長官の許可を得ずして、自分勝手に印刷して何等かの目的の為に振撒くと云
 ふやうな所為は、内容がどの程度まで真実であらうとも、吾々は之を以て怪文書と言ふのです、軍がさう云ふものを御取締にな
 らなければ、こんな法律を御出しになつても、粛軍に妨がありはしないか、或は事実が記載してあるから怪文書でないと言つて、
 軍隊内にあゝ云ふ書類が横行することを御認めになつた虹らば是は大変なことになります、そこで私が御伺致したいのは、今迄
 所謂怪文書なるものが相当に横行して、軍秩を素乱するやうなことが屡々あつた、現に永田事件の犯人相沢中佐の如きも、事件
 直後に陸軍省より御発表になつた公表書を見ますと、全く相沢中佐なる者が怪文書の為に誤られて、斯様な事件が起つたのだと
 御発表になつて居ります、併ながら陸軍の中佐ともあらう者が、鉄筆版で書いた怪文書を一冊読んで、それでふらくと上官た
f…州igf醐鋼鮎印附約g倹ョ欠f憫肘〓‥…糾帥紆g硝戟c…gg…戟cg醐報
 尿ふのは一体日本の確固たる基礎の上に立つて居る軍隊が、鉄筆版の怪文書の一枚や二枚が直ぐに人を斬つたり張つたりするも
 のか、さう云ふ者が軍隊内にあるのかと云ふ点です、私共非常に不思議に思ふ点はそれであります、そこで永田事件の相沢中佐
 は怪文書に依つて事件を起したと仰せられるが、果してそんな簡単なものがあつたか、又それ程怪文書と云ふものを寺内陸軍大
 臣は恐怖して居られるかどうか、此点の御感想を伺ひたい。

06

  b寺内罷務大臣只今粛軍に関する意見と云ふものを全然事実と認めて居られるやうな御言葉でありましたが、是は全部必しも
   事実の上に立脚して香いてはございませぬ、其事を御承知願ひます。〔以下略〕
 以上の質疑応答、更に本書に収録した「怪文書」をもとに一応我国の「怪文香」について、それが何故発生し、どの
 ように政治的な意味をになったかについて簡単に整理してみる。
 まづ当時の日本の権力層は軍部も含めて内部においては、七花八裂、一身多頭の権力争いを成しながら、国民に対し
 】枚岩として君臨している0支配者たちは、(西園寺でも平河、手塩でも政党でも内務高級官僚でも)それぞれ独自の
 情報網と組織をもりている0そしてそれは、厳密な意味での近代国家における公的なものとはいえない。しかもそれぞ
 れが一国家の運命という見地からお互いに情報を交換のうえで、最高の政治決定を行うということはしない。明治憲法
 にもとづく「政策決定」のルールは、常に実質的に破られている。所謂無責任の体系である。しかしそれだからこそ逆
 にいえば、支配層からはじき出されている者には、自己の政治的希望の実現は、時の権力者をどう選ぶか、選んでいる
 権力者をどう突質的実力者にするかによってそれは何人にも可能な機会がそ見られている、と考えられるのである。一
 身多頭のどの頭にも最高政策決定の可能性があるのである0「君側の好」という発想も、「下灘上」という風潮も、「現
 状維持派」への戦いも、(勿論主観的には純粋な救国的頼神が基となってはいるが)これを前提として考える必要があ
 ろう0しかも、権力者たちは各々自分たちの背後にこれらの人々がどのようにあるかを示し、またまさに権力層に入ら
 んとする人はその己の背後勢力、支持勢力を自分の権力層へ上昇のフミ台として利用し去る。この二面がお互に小カリ
 スマを時に応じ櫻に応じてつくる。一例をあげれば真崎甚三郎である。
  「怪文書」というむのが、たんに抑圧された個人の不満の吐けロとか、私的欲望のためとか、他人へのたんなる中傷
 ではなく、真に政治的行動として発せられるのはこういう勢力の平衝が破れかけ、再編成されると思われる時、あるい
.は、外部的衝撃によっていっきょに自己の勢力が実現すると信じたとき発生するのではないか。権力層が各自の情報網
 と自己所有の勢力をもって互に相手を倒すことを考えている0権力者についている者は相手を倒すことによって自己の

  政治決定が行われるルートが拓かれると思うのである。そのうえ公式の三−スは具体的事実を陰蔽し、上づみの抽象
 化された表現のみが与えられる。真のニュースは「国家的見地」「非常時」「軍の秩序のため」という名目で検閲、記事■
 差止め、削除という官庁の行政措置によって国民には知らされない0だから民衆は公式のニュースに本能的に不信感を
 抱いている。このとき怪文曹は「怪」が失われて真実のミースを伝えながら、その効果は「怪文書」となって動くの
                                                一
   ではないか。
  なおこの時代に「怪文書」という語を、題名に.かかげて論じたものに、「維新」十月号(昭和十年十月発行)に赤神良譲氏
  の「怪文書心理学」(三ニI三六頁)というのがある。